今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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Ex.実家にご挨拶②

 

酒寄家に到着した。

 

「……」

 

インターホンの前に立った彩葉が手を伸ばす。

 

伸ばして、止まる。

引っ込める。

 

再び伸ばす

また止まる。

また引っ込める。

 

「「「……」」」

 

俺とかぐや、ヤチヨが無言で見守る。

 

三回目。

やっぱり引っ込めた。

 

「……彩葉」

「待って」

 

四回目。

引っ込めた。

 

「彩葉~」

「待ってって!」

 

五回目。

引っ込めた。

 

「……もう駅に着いたって連絡は入れてんだろ?」

 

呆れたように言う。

流石に五回はちょっとな。

気持ちは分かるけどよ、オメーらと同居するって家族に報告した時の俺もこんな感じだったし。

 

「入れてるし既読も付いてる……」

「じゃあもう大体着く時間も分かってるんじゃ無~い~?」

 

かぐやが首を傾げる。

 

「そのうちお母さんの方からガチャってドア開けて出てきちゃったりして~」

 

ヤチヨが楽しそうに言った。

 

「心の準備ってもんがあんのよ……!」

 

彩葉が半泣きで振り返る。

 

「今更?」

「今更!」

「今更~」

「今更だね~」

 

三人から全く同じ返事が返ってきた。

彩葉の味方がいない。

 

「だって十年ぶりくらいなんだよ!?」

「そりゃそうだけどもよ、いつまでもここでこうしてるワケにもいかんべ」

「ぐぐぐ……!」

 

歯を食いしばって反論を探している彩葉。

ややあって、ふっと力が抜けたかと思うと。

 

「……自分一人なら良いけど、三人を否定されるかもって考えると……」

 

彩葉がぽつりと漏らした。

仕方ねえなぁ。

両肩に手を置いて、ぽんぽんと叩いてやる。

 

「大丈夫だろ」

「どこがぁ……」

「だってよ」

 

少しだけ笑う。

 

「オメー、高校ん時に『文系選択から理転して、東大工学部行って義体作る』なんて

 ハチャメチャなプレゼンしたんだろ?」

「うっ」

「それで納得させたんなら、今さら挨拶くらいで負けねえって」

 

彩葉が言葉に詰まる。

その左隣から、かぐやがぎゅっと腕を抱き締めた。

 

「彩葉ならだいじょーぶ!」

「根拠は?」

「彩葉だから!」

「雑!」

 

今度はヤチヨが反対側から肩を寄せる。

 

「もし怒られても四人で聞けば四分の一だよ~」

「四倍になる可能性のが高いんだけど」

「「……あ~」」

「否定できないね~」

「否定して?」

 

思わず漏れた彩葉のツッコミに、全員が笑った。

張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

「それによ、なに言われようが、この関係を否定されようが、

 今更お前から離れるような俺らじゃねえって。……ほら」

 

俺はインターホンを顎で示した。

 

「行ってこい。それとも俺が押すか?」

「……ううん」

 

彩葉が小さく深呼吸する。

 

一回。

 

さっきより深く、もう一回。

 

それからゆっくりと玄関へ向き直った。

 

「……うん」

 

彩葉が深呼吸する。

一歩前に出る。

指先がインターホンへ伸びる。

今度こそ押そうとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

その瞬間、玄関のドアが開いた。

 

「「「あっ」」」

 

俺たち三人の声が重なり、彩葉だけがピシっと固まった。

玄関から現れたパンツスーツの女性は、俺たちを───

いや、彩葉を見て一言。

 

「相変わらず甘ちゃんやね」

 

彩葉の顔が引きつる。

 

「インターホン押すだけやのに何分かかっとるん?研究所の所長さんいう肩書きは立派やけど、

 インターホン一つ押せへんのやったら肩書きが泣くで」

 

終わりだった。

 

「お、お母さん……」

「家ん中から全部(ぜ~んぶ)見えとったわ」

 

逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイニングで椅子に座り、茶を入れているのを待つ俺ら三人(隼斗、かぐや、ヤチヨ)

彩葉は手伝おうとキッチンに行ったが。

「あんた何年帰ってこうへんかったと思てるん。邪魔になるだけや」と返され、撃沈。

 

「……」

 

撃沈した彩葉が俺の隣に座った。

 

「追い返された~?」

 

かぐやが小声で聞く。

 

「追い返された……」

「お手伝い失敗?」

「失敗した……」

「どんま~い」

 

ぽんぽんとヤチヨが肩を叩く。

完全にしょんぼりしていた。

 

「どうぞ」

「「ありがとうございま~す……」」

「どうも、いただきます」

「いただきます……」

 

湯呑を受け取る。

彩葉だけ妙に小さい声だった。

 

「それで、君が彩葉の補佐しとる『高羽隼斗』くんでおうてる?」

「はい」

 

自然と背筋が伸びた。

 

「ご挨拶と自己紹介が遅れて申し訳ありません。

 酒寄研究所の副所長を務めています、高羽隼斗と申します」

 

湯呑を置く。

懐から名刺入れを取り出し、中から一枚差し出す。

紅葉さんは受け取った名刺を一瞥し、そのまま自分も名刺を差し出した。

 

「どうもご丁寧に。

 酒寄総合法律事務所の代表弁護士を務めております、酒寄紅葉です。お噂はかねがね」

「娘さんには公私ともに大変お世話になっております」

「高校生の頃から同居しとるとか」

「はい、その件では朝日さんにも大変ご迷惑をおかけしました」

 

ぴくり、と。

紅葉さんの眉が僅かに動いた。

 

「あの子とも面識あるんやね」

「副業の方で少々関りがありまして。その縁もあって研究にも出資していただいております」

 

「なんか隼斗凄いまともに話してるね……」

「副所長モードだね~」

「ちゃんと社会人してる……」

「失礼じゃない?」

 

彩葉が小声で突っ込んだ。

失礼にも程があるだろ。

少し笑みがひきつった。

 

「で、今日はわざわざ東京から、何の用件で来はったん?」

 

本題だ。

単刀直入、こっちとしても都合がいい。

 

「彩葉さんと、私とかぐやとヤチヨ。四人の今後についてご挨拶に伺いました」

 

紅葉さんが湯呑を置く。

 

「今後、ねぇ」

 

その視線が俺を見た。

次にかぐや、ヤチヨ。

最後に彩葉。

 

「確認やけど」

 

静かな声だった。

 

「今でも四人で暮らしとるんやね?」

「はい」

「研究所も共同経営」

「はい」

「生活費も共有」

「はい」

「彩葉」

「な、なに」

「この子らの戸籍上の後見もまだあんたがやっとる?」

「うん」

「ほな研究所も家庭も、実質四人で一つっちゅうことやね」

 

彩葉が小さく頷いた。

紅葉さんは少し考えるように顎へ手を当てる。

 

「ほな」

 

そして。

 

「誰が言い出したん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だけ沈黙が落ちた。

 

「俺です」

 

即答した。

彩葉がこっちを見る。

 

「そう」

 

紅葉さんは驚かない。

 

「理由は?」

「責任を取るためです」

「何の責任?」

「彩葉さんと、かぐやと、ヤチヨの人生です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彩葉さんには、自分の我儘を手伝ってもらいました」

「かぐやには、自分の我儘で故郷と立場を捨てさせました」

「ヤチヨには、寂しい思いをさせて随分と待たせてしまいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯呑を置いて、真剣な表情でこちらを見据える紅葉さん。

その目には興味の色が浮かんでいる。

 

「ほな聞くけど」

「はい」

「彩葉が倒れたら研究所は誰が回すん?」

「私です」

「研究が失敗したら?」

「立て直します。一つや二つ研究が失敗したところで、うちの研究員たちは優秀ですので」

「君が倒れたら?」

「彩葉とかぐやとヤチヨと、優秀な研究員たちが引き継ぎます」

「なるほど」

 

紅葉さんは湯呑を持ち上げる。

一口だけ茶を飲んだ。

 

「研究所の話はよう分かった」

 

静かに言った。

 

「ほな次や」

 

次?

彩葉がびくりと肩を震わせる。

 

「高羽くん」

「はい」

「君、料理できるん?」

 

「はい?」

 

予想外の質問だった。

思わず声が裏返った。

横でかぐやとヤチヨが茶を吹き出しそうになる。

 

「……まあ、人並みには」

「隼斗が人並みだったら平均が高すぎるよね」

「エスプーマ持ってる一般成人男性がそこら中にいるわけないよね」

 

かぐやとヤチヨが脇で小声で話している。

彩葉が無言でうんうん頷いている。

 

「掃除は?」

「してます。自室は自分たちで掃除する分担で、共有部分は日替わりで担当しています」

「洗濯は?」

「やります。下着は各自でやってもらってますが」

「彩葉が徹夜続きで倒れたら?」

「その前に引きずってでも寝かせます」

「ほう」

 

少しだけ、本当に少しだけ。

紅葉さんの口元が動いた。

 

「彩葉」

「ひゃい」

 

急に振られて変な声が出てんじゃねえか。

 

「今の話、盛っとらん?」

「盛ってない」

 

即答だった。

 

「むしろ控えめ」

「控えめなんか」

 

紅葉さんが小さく呟く。

 

「この人、研究所に泊まり込みそうになった私を三回くらい担いで帰ってるし」

「減らすな今年だけで四回だ」

「四回だった」

 

訂正した。

 

「体調崩した時もずっと看病してくれたし」

「普通だろ」

「普通かなぁ」

 

彩葉が首を傾げる。

 

「いや~普通じゃないと思うよ?」

 

かぐやが言った。

 

「彩葉、三十九度出てても『明日発表だから』ってパソコン開こうとしてたし」

「開いてたね~」

 

ヤチヨも頷く。

 

「隼斗がバッテリー抜いたよね、パソコンの」

「抜いたわそういや」

「抜かれた」

「で、その発表隼斗が代わりにやってたし」

「やったわ。まあ、共著だったし」

 

彩葉が遠い目をした。

紅葉さんは無言で茶を飲んでいる。

ただ、さっきより少しだけ目が柔らかい。

 

「ふぅん」

 

そう言って湯呑を置く。

 

「ほな次」

 

まだあるのか。

彩葉が目に見えて青くなった。

 

「君ら」

 

紅葉さんの視線が今度は四人全員へ向く。

 

「互いにどういう認識なん?」

 

静かだった。

だが今までで一番核心を突いていた。

 

「研究仲間?」

 

「同居人?」

 

「共同経営者?」

 

「恋人?」

 

一人ずつ見ながら問いかける。

 

「どれなん?」

 

空気が少しだけ張り詰める。

紅葉さんは腕を組んだ。

 

「研究所の運営方針や家事分担の話やない」

 

真っ直ぐ俺の目を見る。

 

「君らが、これからどう生きていくつもりなんか聞いとる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは四人ともそれぞれ目を合わせて。

息を合わせたわけでもなく、自然にタイミングが合った。

 

「「「「家族(です)(かな!)(で~す)」」」」

「ふっ」

 

始めてはっきりと、紅葉さんの表情に笑みが浮かんだ。

 

「なるほどなぁ」

 

そう言って四人を見回す。

 

「彩葉」

「は、はい」

「昔から口下手やったけど」

 

彩葉が嫌な顔をした。

 

「今のでよう分かったわ」

「え?」

「要するに」

 

紅葉さんは肩を竦める。

 

「もうとっくに家族になっとるんやね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙。

彩葉が目を瞬かせる。

かぐやとヤチヨも顔を見合わせた。

俺だけが少し苦笑する。

まあ、傍から見たらそうだろうな。

 

「せやのに」

 

紅葉さんが続ける。

 

「なんで今さら挨拶なん?」

 

その言葉に、彩葉が固まった。

確かにそうだ。

十年近く同居。

研究所も共同経営。

戸籍上の後見も継続。

世間一般の順番で言えば、とっくに手遅れである。

だからこそ。

 

「けじめです」

 

俺は答えた。

 

「家族だと思っているからこそ、です」

 

紅葉さんは黙って聞いている。

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちは今まで勝手にやってきました」

「……」

「彩葉さんにも」

「かぐやにも」

「ヤチヨにも」

「たくさん支えてもらいました」

 

 

 

 

 

 

一度息を吐く。

そして。

 

「だから改めて」

 

左手を見た。

薬指の指輪が光る。

 

「これから先も、一緒に生きていきたいと思っています」

 

静かに言う。

 

「その報告と、ご挨拶に来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋が静かになる。

今度は誰も口を挟まなかった。

 

かぐやも。

 

ヤチヨも。

 

彩葉も。

 

紅葉さんだけがじっとこちらを見ている。

 

そして数秒後。

 

「……なるほど」

 

ぽつりと言った。

 

「ようやく本題が出てきたやん」

「とはいえ、貴女の了解を得に来たわけではないです。あくまで、報告なので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またも静寂。

彩葉が思わず青ざめた。

 

「ちょっ、隼斗!?」

 

横から肘が飛んでくる。

俺は気にしない。

だが紅葉さんは怒らなかった。

むしろ。

 

「ははっ」

 

小さく笑っていた。

 

「なるほどな、おもろいやん」

 

湯呑を置く。

 

「そんな言い方する辺り、君も大概頑固やね」

「よく言われます」

「せやろなぁ」

 

紅葉さんは苦笑した。

 

「でも嫌いやないわ」

 

彩葉が目を丸くする。

 

「お母さん?」

「許可もろてから家族になる段階なんて、とっくに過ぎとるやろ」

 

あっさりと言う。

 

「十年近く一緒に住んで」

「研究所立ち上げて」

「同じ飯食って」

「病気したら看病して」

 

肩を竦めた。

 

「そんなもん親とは言え、口出す余地なんかあらへん」

 

彩葉が呆然としている。

紅葉さんは四人を見回した。

 

「せやから、反対も賛成も今さらや」

 

そして。

 

「せやけど」

 

声色が変わる。

久しぶりに聞く、母親の声色だった。

それこそ、お父さんが亡くなって以来。

 

「一つだけ聞かせてもらおか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彩葉は幸せなん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋が静まった。

 

彩葉が息を呑む。

 

紅葉さんの視線は、(彩葉)を見ていた。

 

「研究所の成功とか」

「義体技術とか」

「世界がどう変わるとか」

「そういう話やない」

 

静かに、本当に静かに問う。

 

 

 

 

 

「彩葉」

「……」

「今、幸せなん?」

 

 

 

 

 

 

彩葉が固まる。

即答できない。

 

コイツは昔からそういう人間だ。

自分の幸せより先に、研究とか、仕事とか。

他人のことを考える。

だから。

 

「幸せですよ」

 

代わりに、勝手に答えた。

彩葉と紅葉さんの顔が俺に向く。

 

「隼斗――」

「幸せじゃなかったら」

 

そのまま続けた。

 

「十年も一緒にいないでしょう?」

 

少なくとも俺はそうです、と付け足した。

その言葉にかぐやが頷く。

 

「うん!」

 

ヤチヨも頷く。

 

「そうだね~」

 

そして、彩葉が小さく俯いた。

しばらく沈黙して、照れくさそうに、困ったように笑った。

 

「うん。……幸せだよ、お母さん。私は今、とっても」

 

紅葉さんの肩から力が抜けた。

夫が亡くなってから二十年弱。

弱みを見せまいと、子供たちを育て上げねばと気を張っていたのだろう。

ようやく、安心したように。

 

「そうか」

 

その一言だけだった。

部屋に静かな空気が流れる。

 

彩葉は少し照れくさそうに笑い、かぐやとヤチヨもどこか安心したように息を吐いた。

 

紅葉さんは湯呑を持ち上げ、一口茶を飲む。

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら孫の顔はいつ見れるん?」

「お母さん!?!?!?」

「あんたもう28やろ、そろそろ考えんと。朝日は望み薄やし」

「いきなり生々しい話止めてくれる!?」

「あと籍は入れとき。あんたらやのうて、あんたらの子供ができた時に困るやろ」

「現時点では予定はありませんが」

「隼斗!?!?!?」

「スケジュール聞いたんとちゃうねん」

「……ああ、かぐやとヤチヨを赤ん坊から育てたのは俺たちなので、実質この二人が俺たちの子供ともいえますが」

「「3日で育ったけどね~」」

「そこもちゃうねん。……なぁ彩葉、もしかしてこの子、意外にボケなん?」

「たまにこういうところがあって……」

 

酒寄母娘が、似たような顔で頭に手を当てていた。

 

 

 




紅葉さんって彩葉に対しての対応がモラハラ精神的DVになってしまってましたけど、根底には愛情はあったと思うんですよね。
でなければ『音楽は自由に楽しむんやで』の回想シーンの本を読んでいる穏やかな表情にはならない。
朝久さんが亡くなってその方向性を間違えてしまったのが、親子にとって不運だったという考えです。
なので本作ではこういう形になりました。
納得いかない方もいらっしゃるかと思いますがあくまで作者の解釈ですので、ご了承いただければと思います。



藤の道さん、月夜空さん、ただの民さん、フォーリスさん、評価いただきありがとうございます。

水無月くがつさん、感想いただきありがとうございます。

お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。

活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。
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