「……お邪魔しますよ、っと」
メッセージからわずか数十分後、酒寄と少女は連れ立って帰ってきた。
少女に連れられて足を踏み入れた隣室は、今朝までの「質素な女子高生の一人暮らし」とは明らかに異なり、バターとトマト、炒めた肉の匂いが立ち上る。
思わず腹が鳴りそうになった。
ちゃぶ台の上には、ここが木造アパートの一室であることを忘れさせるような、彩り豊かな皿が並んでいる。
「じゃ~ん!まずは生のとうもろこしから作ったポタージュ!
こっちは新ゴボウとアスパラのカリカリサラダ!
メインはトマト煮込みハンバーグ、ズッキーニのソテーをそ・え・て☆」
「……これも、高羽のウォレットから……?」
魂が半分口から漏れ出したような顔で酒寄が呟く。
対する少女は、舌をぺろっと出しながら「どや~!」と満面の笑みで胸を張っていた。
一瞬、頭の中で算盤を弾いた。
124,400円、プラス、食材費。
……まあ、今回は、いい。
仕方ねえ。
「そだよ~」
……とはいえ、悪びれてる様子はねえな。
ハンドブレンダーもフライパンも、綺麗に洗われて水切り籠に収まっていた。
俺が暇つぶしにと貸し出した道具を、こいつは完璧に使いこなして「作品」を仕上げていた。
「おう。料理は良く出来てる。それは結構だ」
まずは肯定から入る。
「うちにあるもんで好きに暇つぶししていい」と言ったのは俺だ。
道具を使われたことも、食材のストックを多少消費されたことも、
勝手に食材を購入したこともこのクオリティを見せられれば文句はない。
だが。
俺は一呼吸置いてから、少女の目をしっかりと見据えた。
「『留守番頼むぞ』とも言ったよな、俺」
「えっ、あっ……」
少女の動きが止まる。
「一切外に出るな、とまでは言わねえ。
だが、うちだけじゃなく酒寄の家の戸締まりと……あと、連絡だ。書き置きくらいはしとけ。
分かるか?」
「……心配するだろ。酒寄も、俺も」と言い添える。
一度言えば、こいつはちゃんと覚える。
だからこそ、今ここで言っておく。
……文字が書けるかは別として、通販出来るならパソコンにメモくらい残せるだろ。
「……うん、ごめんなさい」
「分かったならそれで良い。さ、食おうぜ。せっかく作ってくれたんだ、冷めちまう」
少女の頭を軽く撫でてやってから床に座る。
ふと横を見ると、酒寄はいまだに心ここにあらず、といった様子で固まっていた。
最新型スマコン124,400円と、この豪華な食材費。
その罪悪感で、今にも消えてしまいそうな悲壮感を漂わせている。
「あ~……酒寄、あんま気にすんな。
俺もこうしてご相伴に預かってるわけだし、これの費用は請求しねえよ。
スマコンもまあ……『事故』だろ、これは。高い勉強代だったと割り切る。
なんなら経費で落とせるしな」
「そんなんで納得できるわけないでしょ!?」
食い気味に酒寄が叫ぶ。
「いいや、事故じゃないって言うなら、これは俺の自己責任だ。
暇つぶしにと思ってPCやタブレットのパスを解除してったのは俺だからな。
せめてウォレットにはパスを掛けておくべきだった。
セキュリティの甘さが招いた結果だよ」
「そんなのあんたの責任じゃ……!」
「ならお前の責任でもねぇ。……とにかく」
パン、と両手を叩いて強引に話を切り上げる。
「この話はここで終わり。
ぶっちゃけ痛いのは痛いが、致命傷じゃねえよ。
配信なり案件なり、なんなら幾つか申し込まれてるコラボを受ければ、ペイして余りある。
普段コラボなんて面倒でしねえからな、良い理由が出来た」
「でも……!」
まだ引き下がらない。
どこまで強情なんだ、この女は。
困ったように少女へ視線を向けると、彼女は「我が意を得たり」とばかりに目を輝かせた。
「はい、食べて!」
「むぐっ」
少女が、酒寄の口の中に強引にスプーンを突っ込んだ。
滑らかなポタージュを強制的に流し込まれた酒寄は、抗議の声を上げる間もなく、
その表情をふにゃりととろけさせた。
「お金が無いのよ……貧乏なのよ……。
こちとら必死に学費稼いでんのよ。他人に借りなんか作ってらんないのよ……」
愚痴をこぼしながらも、彼女の手は無意識にスプーンを握り、二口目を掬っていた。
「なんなのよ、旨いじゃないのよ。
なんなのよ、あんた……。
久しぶりの美味しいご飯で、身体が喜びに満ちていくじゃないのよ……」
「差し入れの頻度、足りなかったかぁ……」
「そういう催促じゃないのよ……」
ついに酒寄はちゃぶ台に顔を伏せてしまった。
相変わらずツッコミだけは鋭く返ってくるあたり、変なところで余裕はありそうだが。
「……悪魔」
「悪魔じゃないよ、かぐやだよ~!」
「ムカつく……!クソッ、ムカうまい……っ」
その言葉を聞いて、俺は少し口角を上げた。
「お、名前貰ったのか?」
「うん!かぐやだって!彩葉がつけてくれたの!」
「そか。良い名前だな、かぐや」
俺はそう呼びかけながら、かぐやの作った「高価すぎる」ハンバーグを口に運んだ。
確かに、これは腹が立つほど旨かった。
……いやまあスマコンについては普通にキレてはいるけどな、内心。
みっともねえから表には出さねえけど。
「あのさ……マジでここでは匿えないよ?
ただでさえ親に無理言って一人暮らしさせてもらってるんだし、面倒事は……」
フローリングに力なく横たわり、パンパンに膨れた腹を摩りながら酒寄が零す。
制服のスカートだっていうのに、今の彼女にはデリカシーを気にする余裕も残ってないらしい。
流石に目のやり場に困るので、俺は視線を逸らしてかぐやの方を向いた。
かぐやはと言えば、酒寄のタブレットとノートPC、さらに携帯ゲームキットまで引っ張り出し、
それらを器用に連結させて何やらプログラミングに没頭している。
キーボードを叩く手には迷いがなく、速い。
「(……マジかよ。学習速度、バグってねえか?)」
タブレットに表示した参考コードを横目に、指は止まらない。
……ブラインドタッチかよ。
さらに気になるのは、その手元にあるゲームキット。
見覚えがある──妹の
ベビーグッズにでも紛れ込んでいたんだろうか。
「~♪」
鼻歌まじりにコードを書き進めるかぐや。
その姿を見つめる酒寄の瞳には、どこか懐かしさと切なさが混じったような色が浮かんでいた。
だが、彼女が複雑な感傷に浸る時間は短かった。
「できた~!」
時既に遅し。
お姫様はEnterボタンを高らかに「ッターン!」と叩き、作業の完了を宣言した。
「はっ、まさか……! サイバー犯罪とかじゃないですよね!?」
「……そこまで危ねえことはしねえと思うが。……しねえよな?」
食事中、スマコンの代金を払うために「銀行のデータを書き換えてウォレットに充当すればいい」なんて、
一流クラッカー顔負けの恐ろしい提案を聞かされた後だ。
俺の背中にも嫌な汗が流れる。
幸い、今回は法に触れる類ではなかったらしい。
かぐやは自慢げにゲームキットの画面を俺たちに突き出した。
「ゲームキット見つけたから弄ってみた! これで『犬DOGE』といつも一緒だって!」
「へぇ……オリジナルで組み込んだのか。すげえじゃん」
画面の中では、ドット絵の犬が愛嬌たっぷりに尻尾を振っている。
俺が感心して褒めると、かぐやは「いひひ」と少し照れくさそうに笑った。
「そうだ。ねえ、明日は何の料理にする? 食べたいものある?」
「……一生住む気満々かよ」
かぐやの無邪気な問いかけに、酒寄が深く、深いため息をつく。
「だって~、他にどこ行けばいいの?
もし捕まったら、かぐやちゃん解剖されちゃうかも~!うーれれれぇ!」
わざとらしく自分の身を抱き、目尻に嘘泣きの涙を浮かべておどけるかぐや。
その三文芝居を見せつけられた酒寄は、観念したように立ち上がった。
「……本当に、迎えが来るまででいいのね?」
「いいの!?」
「おー、良かったな」
ぱあっと顔を輝かせるかぐや。
だが無条件で受け入れるほど、この現役苦学生のガードは甘くない。
「一、目立たない! 二、許可なく外出しない! 三、私たちの邪魔をしない!
これが守れるなら、家居ていいよ」
「ええ~!?じゃあかぐやは、どこにも行けず、楽しみもなく、ずっとこのままってこと~!?」
不満げに頬を膨らませる少女に、俺は苦笑しながら助け舟を出した。
「よく考えろ。第二項は『許可なく』だ。
誰の許可かは明示されてねえ。つまり、俺の許可でもいいわけだ」
「高羽、甘やかさないで!自分でハッピーエンドにするって言ったんでしょ、巻き込まないで」
「ぷっぷくぷ~♪」
「この話、無かったことに」
口笛にもなっていない音を鳴らして誤魔化そうとしたかぐやだったが、酒寄には逆効果だった。
「やっぱ一緒にハッピーエンド行こう?お願い、彩葉☆」
「……~♪」
潤んだ瞳で媚びた声を出すかぐや。
酒寄はそっぽを向き、今度は自分の方が口笛を吹いて無視を決め込む。
「ちょっと~!無視禁止! ……もう、彩葉の家じゃなくて、隼斗の家に住もうかな~!」
「それは諸々の理由により、却下だ」
お決まりのポーズで、両手の人差し指を「×」の形にする。
「んえ~!? なんでぇ~!?」
「理由は三つ。まず一つ、酒寄とお前なら同性同士だが、俺とお前だと異性同士だ。
未成年の男女の同居は、世間体が悪すぎる」
指を一つ立てて告げる。
「二つ目。頻度は低いが、たまに妹の鶫がふらっと遊びに来ることがある。
そん時にお前がいると、色々と説明がつかなくて不味い」
二つ目の指を立てながら。
まあ、誤魔化しようはいくらでもあるが、今は防壁として使わせてもらう。
最後に三本目の指を立てつつ。
「最後に三つ目。配信中に女の声とか乗ったら終わるんだよ、俺が。
一応、そこそこ見られてるからな」
以上の理由により、うちでは預かれません。悪いな。
そう言って手を合わせ、軽く頭を下げる。
「そこそこ……?」
酒寄が首を傾げる。
そこそこだろ、テテテとか琴とか黒鬼とかに比べれば。
そんなやり取りの最中、畳まれた布団の上に置かれていた酒寄のスマートフォンが、アラームを鳴らした。
──19:30。
「あっ!やばっ……あぁ~……。この時間までに予習終わらせるつもりだったのに……」
「なに!?どこ行くの!?またかぐやを置いていくの?」
今度は本気の涙目で、かぐやが酒寄にヒシッとしがみつく。
「この映えない、つまんない家で、かぐやは一人ぼっちで……」
「悪かったわね、映えなくて。……マジで迎えが来るまでだからね。あ、そうだ。四つ目!
食費は定額制!」
「増えた!?」
「増えたな」
「あと、どこも行かないから離しなさい。ただツクヨミにヤチヨのライブ見に行くだけだから」
「行くんじゃん!かぐやも連れてって!」
「ムリ、スマコンが無いと……あっ」
酒寄の言葉が、途中で止まる。
……あるじゃねえか。
かぐやが、期待に満ちた目で俺を見上げながら、両手を差し出してくる。
「ねぇ~、隼斗~……?」
深い溜息を一つ吐きながら。
「五つ目。勝手に人のウォレットから高額な買い物をしない」
「また増えた!?」
呆れ半分で言いながら、差し出された掌の上にスマコンをケースごとポン、と置いてやる。
「……次やったら、流石に笑って済まさねえぞ」
言い添えた一言を聞いているのか、いないのか。
かぐやの目が、一瞬で輝いた。
新しい玩具を買ってもらったガキみたいに。
「ねえねえ!一緒にツクヨミ行こ!」
「俺は自分の部屋から入る。あとで合流な」
「んえ~!?なんでぇ~!?」
「人んちでVRとか落ち着かねえし」
少し間を置いて。
ちらり、と横目で酒寄を見やる。
「……あと、酒寄の推しのライブ。俺居ないほうがいいだろ?
それに、そもそも戻らねえと俺のスマコンねえし」
「んぇ~じゃあ終わったらこっち来てぇ~」
軽く肩を竦めてから、酒寄に今度はしっかり目を合わせる。
「酒寄、こいつ頼むわ。初ログインだし」
「……分かったわよ。で、どこで落ち合う?」
「階段上の鳥居んとこ。あそこ分かりやすいだろ」
それだけ伝えて、俺は自室へと引き上げた。
あいつが『何も起こさないはずがない』という確信を抱えながら。
おしょーさん、肉無しチキンさん、ぶどう大福さん、FDDさん、評価いただきありがとうございます。
ROSOさん、評価に続いて感想いただきありがとうございます。
ベルク@チョモランマさん、感想いただきありがとうございます。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
お気に入り率、日間透明、新作ランキングに入ったようで全てみなさんのおかげです。
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