酒寄研究所 とある月曜日
「所長、今日の午後のスケジュールですが」
研究員の田辺くんがタブレットを持ってやってきた。
「十三時から進捗ミーティング、十四時半に企業との打ち合わせ、十六時から副所長との定例です」
「分かった。ミーティングの資料は?」
「所定のフォルダに格納済みです」
「見てなかった。ごめん、ミーティングまでに確認しとく」
「いえ、格納したのが昨日ですので。所長、日曜日は何をされてたんですか?」
「踊ってみた動画を撮ってた」
「…………」
「他になにかある?」
「……いえ、では事前にご確認だけお願いいたします」
田辺君が静かに去っていった。
もうこういう反応にも慣れたな~。
田辺修平
踊ってみた投稿されてる
佐伯智也
昨日撮ってたのか
田辺修平
↳所長はそう言ってた
三島悠人
心予報のジュンヨウのハート、誰が見ても喰らうでしょ
水瀬玲奈
副所長が困った笑い方で出てきてびっくりした~
石動遥
↳あれで♡作ってるの心臓に悪い
長谷川岳
出社したら普通の顔してるけどな副所長
石動遥
↳そこがいい
白石慎吾
↳何度も言うけど副所長に手を出そうとか考えるなよ……
石動遥
↳何度も言うけど推しに手なんか出さん
むしろ私が誘ったとて私に手を出すジュンヨウは解釈違い
田辺修平
こいつが法務部なの怖いんだよな
十三時のミーティング
「YC型の感覚フィードバックの調整なんですが、ヤチヨさんからフィードバックが来てまして」
「どんな内容?」
「ぬる燗の温度感知が少し鈍いと。具体的には四十度から四十五度間の識別精度が低いらしくて」
「……それ、居酒屋に行って検証してもらった結果だね」
「そうです。領収書も添付されてました」
「……まあ、データは正確だから良いか」
研究員たちがメモを取っていた。
新人の岡崎がそっと隣の田辺に耳打ちした。
「あの、これって普通なんですか」
「普通だよ」
「副所長が被験者さんとぬる燗飲みながらデータ取ってるのが?」
「うちの研究所の義体はYC型とKG型とFS型の三体」
「それぞれ月見ヤチヨさんと酒寄かぐやさんとFUSHIさんが入ってる」
「FUSHIさんはまた新しい義体のテストが決まってて……これはまた別の話か」
「とにかく、日常生活の全部がデータになってるからな。勿論被験者のプライバシーは厳守してるけど」
「……すごいですね」
「すごいよ。だからうちの論文が強いんだよ」
田辺修平
新人に説明したら「それって家族みたいなものですか」って言われた
白河由依
まあそうね
長谷川岳
所長に言ったら「そうだけど、なにか?」って言いそう
石動遥
そして新人がそれ以上聞けなくなる
十四時半の企業との打ち合わせ
面会室に通された担当者三名と、対応に出た隼斗。
「高羽副所長、本日はお時間いただきありがとうございます」
「義体技術の応用について、ぜひ所長に直接お話を……」
「まず私が聞きます。内容によっては所長にお繋ぎします」
「あ、そうなんですか」
「うちはそういう仕組みです。ご了承ください」
担当者が名刺を出した。
隼斗が受け取って一枚ずつ確認した。
「本日の要件を教えていただけますか」
「はい、えっと、御社の義体技術を医療分野に応用したいと考えておりまして」
「具体的にはどのような」
「感覚フィードバックの医療用途への転用を……」
隼斗が話を聞きながら、手元のメモに何かを書いている。
「その方向性は所長の専門領域と一致します。少々お待ちください」
隼斗が一度中座した。
廊下で彩葉に内線を入れる。
「今来てる企業、医療応用の話だ。見て話聞いた感じまともそう。通していいか」
「……資本関係の確認した?」
「事前にヤチヨに確認してもらった。……背後関係に問題は無いのことだ」
「じゃあ通して。私も行く」
面会室に戻る。
「所長も同席します。少々お待ちください」
担当者三名が顔を見合わせた。
「……副所長、一個だけ聞いていいですか」
一人が小声で言った。
「概ねわかりますが、どうぞ」
「かぐやいろPの古参リスナーなんですが、所長って本人ですよね」
「公式情報以外はお答えできません」
「ですよね……!でも来て良かった……!!」
隼斗が少し止まった。
「……それ、所長には言わない方が良いですよ」
「なんでですか」
「仕事モードで来るので」
「分かりました」
「でも仕事として良い提案をいただけたら、普通に喜びます」
担当者が三人で静かにガッツポーズをした。
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酒寄研究所に打ち合わせ行ってきた
1 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 20:55:53 ID:1sLAnBbhy
他にここの住人で酒寄研究所との打ち合わせ行ってきた人っている?
2 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 20:57:55 ID:LjdFOtBPy
行ったよ、最初は副所長が全部捌くんだよな
5 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:00:22 ID:0Wtj4h8H8
副所長が通して良いと判断したら所長が来る仕組みらしいね
7 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:01:43 ID:z/PEiWgEz
副所長の目が良すぎてヤバいと思った。こっちの資料の構成の穴を三分で見つけてきた
10 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:03:44 ID:FIcyU/4NY
あの方の目はガチだからな
12 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:05:54 ID:JF+CiVCrV
所長が来た時に担当者の一人がうっかりかぐやいろP古参ですって言いそうになってたの草
15 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:07:21 ID:QPZvynbf6
副所長に止められてたじゃないですか
18 名前:あるところの名無しさん 2041/7/17 21:09:58 ID:HpvSmZHj4
「仕事モードで来てるので」ってフォローが優しかったわ
危うくJunY0uチャンネルのメンシ入るところだった
所長が「……あっ」という顔をした日
午後三時。
研究所の空気が変わった。
最初に気づいたのは田辺だった。
所長室のガラス越しに見えた彩葉が、手を止めて天井を見上げた。
そして小さく「……あっ」という顔をした。
それだけだった。
田辺がすかさずSlackを打った。
田辺修平
@all
所長が『あっ』の顔した
佐伯智也
マジ?
いつよ
田辺修平
3分前
成瀬真帆
法務に連絡した方が良いんですかね
石動遥
もう居る
部内周知済み
副所長は?
田辺修平
外出中
真鍋恒一
副所長に連絡しよう
白河由依
誰が連絡する?
岡崎奈央
田辺さんお願いします
田辺修平
なんで俺
岡崎奈央
メンションは私が飛ばしておくので @高羽隼斗
田辺が渋々隼斗に電話をかけた。
「もしもし、どうした田辺」
「副所長、所長が『あっ』の顔をしました」
「すぐ戻るわ」
十五分後。
隼斗が研究所に戻ってきた。
所長室のドアをノックする。
「彩葉」
「あ、隼斗。ちょうど良かった」
「今度は何を思いついたんだよ」
「KG型の可動域の問題についてなんだけど」
「関節の機械的な制限じゃなくて神経接続のマッピングを変えれば……」
「ちょっと待て、……よし、続けて良いぞ」
彩葉が早口で説明を始めた。
隼斗がボイスレコーダーを併用し、メモを取りながら聞いている。
廊下で田辺が様子を伺っていた。
隣で新人の岡崎が小声で言った。
「副所長、めちゃくちゃ早口の所長の話についていってますよね」
「慣れてるんだろうな、十年以上の付き合いだし」
「羨ましいような怖いような」
「ところでお前俺に電話連絡押し付けたろコラ」
「副所長にメンションしたのでそれで許してください!まだあれで限界です!」
田辺修平
副所長が来て所長と話してる
成瀬真帆
解読できてる?
田辺修平
解読しながらメモ取ってる
レコーダーも付けてる
佐伯智也
毎回そうだよな
真鍋恒一
所長の思考速度に口の速度が追いついてない状態を副所長だけが処理できる
白石慎吾
研究所の要だ
石動遥
部内から「今回は特許絡みそうですか」って連絡来たんだけど分かる?
田辺修平
まだ分からないと伝えて
緒方綾香
法務の皆さんに合掌
残業申請は忘れずにしてください
いつも通り1分単位で残業代付けるから
石動遥
もっと感謝して
高羽隼斗
@石動遥
いつも感謝してるよ
石動遥
くぁwせdrftgyふじこlp
田辺修平
副所長、強火ファンを調理するより解読に力入れてください
法務部 とある週
「高羽副所長、例の特許申請の書類ですが」
法務部の石動が分厚いファイルを持ってきた。
「多いな」
「KG型の新しいアプローチと、それに附随する三件です」
「……先週の『あっ』から四件か」
「記録的な速さです」
「所長に確認取ってあるか?」
「取りました。内容は正確です。あとこれ、酒寄紅葉弁護士からのチェックも入ってます」
「顧問弁護士のチェックが入った状態で来るのか、今は」
「はい。所長のお母様が顧問になってから処理速度が上がりました」
「……なるほど」
隼斗がファイルを受け取った。
「酒寄弁護士以前は……酷かったもんな」
「法務部全員残業でしたからね」
「申し訳なかったけど、いつも迅速で感謝してる。今はどうだ?」
「定時に帰れることが増えました」
「そりゃ良かった」
「ただ所長が『あっ』の顔をした週だけは今でも覚悟が必要です」
「それは俺もそう思ってる」
石動が少し笑った。
「副所長もそう思うんですね」
「思う。あの顔は条件反射で身構える」
石動遥
副所長も所長の『あっ』の顔に条件反射で身構えるって言ってた
朝倉悠真
所長のそばに一番長くいる人でもそうなるんだ
橘美咲
10年以上いてそうなるということは永遠にそうなんだろうなぁ
石動遥
でも副所長が一番早く動けるのは事実だから均衡が保たれている
橘美咲
顧問弁護士の先生が来てからだいぶ楽になったけどね~
久瀬陽介
先生のチェックが早くて精度が高いんだよな
朝倉悠真
所長の母親だもんな、頭の回転は親譲りだよ
久瀬陽介
それはそう
泊まり込みが三日を超えた夜
研究所の一室。
隼斗がコーヒーを二つ持って彩葉の作業机に置いた。
「あと何時間かかる?」
「……あと六時間くらい?」
「今日中には終わるか」
「そうだね」
彩葉がコーヒーを一口飲んだ。
「かぐやから連絡来てた」
「何て?」
「『待ってるよ』って」
「……うん」
隼斗も手元の画面を確認した。
「ヤチヨからも来てた」
「何て?」
「『おかえりが言える日を楽しみにしてる』」
「……」
彩葉が少しだけ手を止めた。
「早く終わらせよっか」
「そうだな」
かぐやいろPチャンネルに深夜上がった『歌ってみた』のコメント
─『帰りたくなったよ』上がってる
─泊まり込みが三日超えたな
─毎回この感じの曲かぐやが選ぶよな
─ヤチヨのとこにも何か上がってる
─『やさしさで溢れるように』かぁ……
─二人とも重い
─この二人、深夜に投げる『歌ってみた』動画さ
毎回微妙に違う曲を選んでくるのに全部「待ってる」系なんだよな
─曲のチョイスにそれぞれのキャラが出てる
─かぐやは「待ってるから帰ってきて」でヤチヨは「帰ってきた時のために準備してる」みたいな
─その差が二人の関係性を表してる気がして好き
─いろPとジュンヨウ、早く帰れると良いな
翌朝。
研究所から自宅に戻ってきた二人を、かぐやとヤチヨが出迎えた。
「おかえり!!」
「おかえり~」
「「ただいま」」
かぐやがそのまま彩葉に抱きついた。
ヤチヨが隼斗の横に並んだ。
「おつかれさま」
「ああ」
「ご飯、二人で作って待ってたよ」
「……そうか」
少し間を置いて。
「ありがとな」
「どういたしまして♪」
田辺修平
所長と副所長、今朝出勤してきた
昨日の今日だし休んでも良いのにな
石動遥
お疲れ様です!!!!!
佐伯智也
かぐやいろPとヤチヨのチャンネルに昨夜歌ってみた上がってたな
緒方綾香
毎回あれで泊まり込みを把握してる
あの二人ロクに申請してくれないんだよ
自分たちがトップだからって……!
久瀬陽介
二人が帰ったらすぐ削除されるんだよな動画
成瀬真帆
削除前に保存してる人いる?
白河由依
さすがにそれは……
石動遥
してる
田辺修平
俺もしてる
岡崎奈央
私もしてます
佐伯智也
研究所スタッフ全員してそうな勢い
有給の話
人事の緒方さんが頭を抱えていた。
「所長、来月のライブがある日なんですが、有給申請が……」
「何人?」
「研究員の七割です」
「……予想より多いね」
「大型コラボ配信も重なってまして」
「それは私も出るから休みたいんだよね」
「……所長が休むと研究所が止まります」
「副所長に任せるかな」
「副所長もご出演ですよね?」
「……」
彩葉が少し考えた。
「特別休暇にしよっか」
「特別休暇の理由が難しいんですが」
「所長と副所長の副業のライブがある日、と書いて」
「……書いていいんですか」
「うちの研究員は全員知ってるし、業務に支障が出ない範囲で有給を推奨する方針だし」
「その方が管理しやすいでしょ。どうしても急ぎってタスクが無ければ全員お休みで」
「その日出る人には代休か振替休暇の案内しよう」
人事の担当者が書類にメモを取った。
「分かりました。特別休暇の理由、『所長・副所長のライブ出演に伴う一斉付与』で広報します」
「よろしく」
「……ちなみに所長」
「なに?」
「私もいちリスナーなので、楽しみにしてますね」
「もちろん。業務の引き継ぎだけしっかりね」
「ありがとうございます!!!」
緒方綾香
来月のライブの日、特別休暇になった
理由「所長・副所長のライブ出演に伴う一斉付与」
後々正式に広報します
佐伯智也
休みなのは助かるけど理由で笑う
岡崎奈央
うちの研究所って……
田辺修平
でも所長と副所長がちゃんと業務と副業を分けてるからこそこういう判断ができるんだよな
長谷川岳
ホワイトだよなここ
成瀬真帆
法務部だけは諸事情でちょっとアレですけどね
岡崎奈央
法務部の皆さんいつもありがとうございます
石動遥
↳もっと感謝してくれていい
真鍋恒一
顧問弁護士の先生が来てから法務もだいぶ楽になったとは聞いたけど
三島悠人
所長のお母様が顧問なんだよな
水瀬玲奈
所長と頭の回転が似てるからチェックが早いんだよね~
石動遥
ついこの間法務部内でもその話になってた
緒方綾香
なんにせよ大型ライブが楽しみです
リンドさん、竜せいさん、評価いただきありがとうございます。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。