時系列は前話、前々話とは異なり、Ex.十年後④及びEx.実家にご挨拶②以降になります。
「……本当に泊まっていくのか?実家に?」
……正直、まだ少し気後れするんだが。
RX-8が京都市内に入ったところで、隼斗が言った。
「お母さんに会わないまま出雲行くのも変でしょ。……あとでお兄ちゃんから話行きそうだし、近くに来たならちゃんと顔出しとかないと」
「……まあ、そうか。今さら逃げる理由もねえしな」
京都の実家。
挨拶に来たあの時と違い、スッとチャイムを鳴らす彩葉。
数秒後、玄関が開き、酒寄紅葉が出迎えた。
「彩葉、久しぶりやね」
「お母さん、急にごめんね」
「ええよ、これくらい。……高羽くんも、久しぶりやね」
「お久しぶりです。すみません、今日はお邪魔します。これ、つまらないものですが」
手土産を渡しながら頭を下げる隼斗。
受け取りながら紅葉が少し目を細めた。
「今回は、二人でどこ行くん?」
「島根。出雲大社に」
「……ほう。出雲ね。ええとこや」
紅葉は二人の顔を見比べ、小さく口元を緩めた。
「良い旅になるとええね」
夕食の席で。
「隼斗、それ取って」
「ほれ」
「ありがと」
「そういえば、朝日さんは帰ってきてないんですね」
彩葉に醤油を渡しながら隼斗が紅葉に聞いた。
紅葉が少し目を細めてその様子を見ていた。
「……何も言わんでも通じ合っとるんやね」
「え?」
「『それ取って』の一言で、何が欲しいかまで分かっとったやろ、今」
「……言われてみれば」
彩葉が照れ隠しをするように、料理へ醤油を回しかけた。
「十年も一緒におったら、そらそうもなるか」
紅葉がそう言って、茶碗を持ち上げながら隼斗の問いに答える。
「あの子も『彩葉たちが帰るなら俺も』言うとったけどな。今日はタイミング悪かったらしいわ」
「そうなんですか」
「まあ、顔見たかったんならまた今度で」
「いえ、顔自体はいつでも見られるので。今日居たとして、揶揄われるのが目に見えてますし」
「それはありそう」
彩葉がくすっと笑う。
紅葉が茶碗を置きながら、二人を見た。
「で、二人で旅行やなんて、ずいぶん珍しいやん」
「たまにはと思って」
「ふぅん」
紅葉が湯呑を傾ける。
「出雲、ねぇ」
「なにかありましたか?」
「なんでもあらへんよ」
「……含みがあるなぁ」
彩葉がぼそりと呟く。
隼斗はその横で茶をすすった。
湯呑を置くと、彩葉が指先で小さく手招きした。
「お茶」
「……ん」
隼斗が湯呑を差し出した。
彩葉は当たり前のように受け取り、隼斗の湯呑にお茶を注いだ。
「ありがとう」
「ん」
そのまま自分の湯呑にも茶を注ぐ彩葉。
そのやり取りを目の前で見せられた紅葉は呆れたように目を細めた。
「……」
「なに?どうしたのお母さん」
彩葉がきょとんとした顔で問いかけた。
ただ、紅葉は少し笑って。
「……いや、なんも」
と返して、湯呑を啜った。
食事が終わって、団欒中。
彩葉が台所で食器を洗っている。
隼斗も手伝いに行こうとしたところ、紅葉に「客が気を使わんでええ」とやんわり制されてしまった。
「今日、どこ泊まるん?」
「朝日さんの部屋をお借りしようかと」
「彩葉は?」
「私は自分の部屋」
台所から彩葉が応えた。
紅葉が少し笑った。
「相変わらず律儀やね」
「律儀、とはなにがでしょうか」
「別に、なんでもないわ」
紅葉が席を立ちながら言った。
「布団、朝日の部屋に敷いとくわ。ゆっくりしい」
「すみません、ありがとうございます」
夜。
朝日の部屋。
敷いてもらった真新しい来客用の布団に座りながら、隼斗が少し考えていた。
「……紅葉さん、なんか含みのある感じだったな」
「お母さんはいつもああだよ」
「……慣れねえな、あの人の含み笑い」
「私も、慣れたわけじゃないけどね」
同じく布団に腰を下ろしていた彩葉が、立ち上がりながら言った。
「明日、早く出るんだよね」
「七時には出たい。渋滞巻き込まれたくねえし」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ。寝坊すんなよ」
「隼斗こそ」
彩葉がドアを開け、退室していった。
廊下を歩いていく足音と、静かに扉が閉まる音が聞こえた。
電気を消灯して、布団に入る。
スマホのアラームを六時にセットして、枕元へ置く。
そのまま隼斗は目を閉じた。
翌朝。
二人とも予定どおりに支度を済ませ、紅葉に挨拶をして京都を発った。
RX-8で山陰道を走る。
「良い天気だな」
「うん」
助手席の彩葉が窓の外を見ていた。
「紅葉さん、なんか楽しそうだったな」
「そう?」
「昨日の夜、様子見に来た感じの含みのある言い方してた」
「……気にしないでいいよ、いつものことだから」
彩葉が少し目を逸らした。
「気にしないでって言われると気になるんだが」
「気にしなくて良いの」
出雲大社に到着。
大鳥居をくぐり、参道を歩く。
「……大きいな」
「うん」
拝殿の前で、二人が並んで一礼する。
「出雲大社って、二礼四拍手一礼なんだよね」
「知ってたのか」
「調べてきた」
「俺と同じことしてるな」
作法通りに参拝を終える。
「……なんかお願いした?」
「言わない」
「教えてよ」
「言うと叶わないって言うだろ」
「隼斗がそういうの気にするタイプだと思わなかった」
「気にしないけど、一応な」
参道を歩きながら、彩葉がぽつりと言った。
「……ここ、縁結びの神様なんだよね」
「知ってる」
「私たちの縁、振り返るとなんか変な感じがする」
「どんな風に」
「最初はクラスメイトで、隣人だっただけなのに」
彩葉が少し歩調を緩めた。
「かぐやが来て、色々あって、ヤチヨが来て、また色々あって。……そこから、こうなるまで」
「長かったな」
「長かった」
「でも、途中で終わらなくて良かった」
彩葉が隼斗を見た。
「……そうだね」
「お前が草津で言ってくれた時のこと、たまに思い出す」
「言わないでよ、恥ずかしい」
「思い出すって言っただけだろ」
「思い出さないで。顔から火が出そうだったんだから」
二人でしばらく笑った。
神楽殿の大注連縄を見上げる。
「でかいな、これ」
「日本一の大きさらしいよ」
「……せっかくだし、もう一回お願いしとくか」
「もうしたでしょ」
「二回しても罰は当たらないだろ」
彩葉が笑った。
「良いんじゃない。今度は何をお願いするの」
「……お前と同じだろうな」
「なにそれ、教えて」
「教えない」
「ずるい」
参拝後、宿にチェックイン。
天然温泉露天風呂付の離れ。
夕食後、部屋に戻った二人がそれぞれスマホを確認していた。
「かぐやからメッセージきてるね」
彩葉が画面を見せた。
『出雲大社どうだった?おみやげ楽しみにしてるね!』
「……お土産の方が気になるのか」
「かぐやらしいでしょ」
隼斗のスマホにも通知が来ていた。
『ヤオヨロー! 出雲大社、良い雰囲気だった?おみやげ話楽しみにしてるね~』
「……ヤチヨは土産話の方か」
「性格出てるね、二人とも」
隼斗が少し笑いながら返信を打った。
『土産も話も両方期待しといてくれ』
すぐに既読がついた。
『やった!!』
『楽しみにしてる♪』
「……すぐ返ってきたな」
「待ち構えてたんだと思う」
彩葉も返信を打っている。
『明日帰るから、色々話すね』
『了解!気をつけて帰ってきてね!』
『運転、隼斗に無理させないでね~』
「……無理させないでって、私に言ってる」
彩葉が少し苦笑した。
「まあ、間違ってはいないけどな」
「そこは否定してよ」
「嘘は吐けなくて」
隼斗が肩を竦める。
「……そういえば」
彩葉がふと思い出したように立ち上がった。
「部屋に露天風呂、あるんだよね」
「ああ、あるな」
「せっかくだし、一緒に入ろ」
「……は?」
隼斗が間の抜けた声を漏らした。
「いや、お前」
「前も入ったじゃん」
「それは……そうだけどよ」
以前、一緒に露天風呂へ入ったことはある。
だから今さら過剰に意識する話でもない。
……ないんだが。
「こういう旅館で言われると、なんか身構えるだろ」
「なんで?」
彩葉は本気で首を傾げた。
「今さら恥ずかしがるようなことでもないでしょ?」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「……それとも嫌?」
少しだけ表情を曇らせる。
その表情を見た瞬間。
「……そういう聞き方はずるいだろ」
「じゃ」
彩葉が小さく笑う。
その笑顔を見て、隼斗は思った。
……あ、これ、ハメられたか。
「決まりね」
「いや、俺まだ了承してねえぞ」
「先に行ってるから、準備できたら来てね」
「……聞いてねぇ」
返事を待たずに浴衣を抱えて部屋の奥へ向かう彩葉。
途中で振り返る。
「ちゃんと来てね?」
彩葉が念を押すように笑う。
「……行くよ」
答えを聞いて満足そうに笑うと、彩葉は脱衣所へ消えていった。
それを見送った隼斗は頭を掻いて。
「……毎回こうなんだよな」
ぼやきながら立ち上がる。
……結局、毎回こうやって流されるんだよな。
数十分後。
火照った身体を冷ますように、彩葉は広縁のチェアに腰掛け、外を眺めていた。
開け放たれた窓から、夜気を含んだ風が静かに吹き込んでくる。
「露天風呂、良かったな」
「星が綺麗だった」
「そうだな」
同じく、入浴後の隼斗が隣に座る。
「……色々ありがとうね」
「なにが」
「実家に付き合ってくれたのと、ここまで運転してくれたのと」
「運転は俺の趣味だ、礼はいらん」
「それでも」
彩葉が少し寒そうに肩をすくめた。
隼斗は何も言わず部屋へ戻って、カーディガンを持ってきた。
彩葉も何も言わずに、手渡されたそれに袖を通す。
「ありがと」
「ん」
やりとりはそれだけ。
しばらく静かな時間が流れた。
「明日はどうするんだっけ」
ふと、彩葉が聞いた。
「流石に運転で疲れてるし、行けるとこまで行ったら泊まりかな。そのまま帰れそうなら帰る」
「……じゃあ、泊まっちゃおうよ」
「そりゃ助かるが、良いのか?」
「ずっと運転させといてあれだけど、隼斗にもゆっくりしてもらいたいし」
「そうか、そしたらどっかで宿取るか」
「それにお休みは明後日まで取ってるでしょ」
「じゃあ、明日は急がず帰るか」
「……それに、こういう時じゃないと一人占めできんやん」
隼斗は思わず言葉を失った。
照れ隠しに頬をぽりぽり掻きながら。
「恥ずかしいこと言うなよ」
「なんで。事実でしょ」
彩葉が顔を隠すように少しだけ横を向いた。
「普段は研究所でもみんなに囲まれてるし、家じゃかぐやとヤチヨがいるし。だから、こういう時くらい」
「……そうだな」
隼斗が空を見上げた。
「じゃあ、ゆっくり帰るか」
「うん」
「宿は、明日探すか」
「私も一緒に探す」
「二人で選ぶのも悪くないな」
彩葉が少し笑った。
「……たまにはこういうのも良いね」
「そうだな」
星空を見上げながら、二人はしばらくそのまま座っていた。
「……なあ」
「なに」
「さっきの願い事」
「教えないって言ったでしょ」
「もう一回聞いていいか」
「駄目」
「なんでだよ」
彩葉が少し笑いながら、隼斗の肩に頭を預けた。
「……いつか、勝手に叶うから」
隼斗が何も言わなかった。
ただ、静かにその重みを受け止めていた。
「あ、帰るの明後日なら二人に連絡しとかないと」
「あっ。……さっき『明日帰る』って言ってなかったか?」
「……言っちゃった」
「……しれっと訂正しときな」
後日、京都の彩葉の実家で。
リビングで紅葉が一人、スマホの画面を見ていた。
彩葉から送られてきた出雲大社での写真。
二人並んで、大鳥居の前で笑っている。
「……ふふ」
紅葉が小さく笑った。
「せやから、二人で行くって言うた時、あないな顔しとったんか」
「良かったわ、幸せそうで」
誰に言うでもなく呟いて、スマホをしまった。
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