今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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8話

ログアウト後、酒寄の部屋を訪れると、ノートPCとタブレットを広げたかぐやが何やら調べ物をしていた。

何より目を引いたのは、その髪色だ。

アバターと同じ、派手な金髪に変わっている。

「は?金髪?亜麻色だったよな?」

「え~隼斗もそんなこと言うの~?」

 

「じゃあ~」なんて言いながら目を瞑るかぐや。

すると髪色どころか、肌の色までがどんどん変わっていく。

褐色肌に銀色の髪、かと思えば真っ白な肌に燃えるような真っ赤な髪。

果ては真っ青な肌に毒々しい紫色の髪とまで来て、最初の肌色と金髪に戻った。

この分だと、瞑っていた目の色まで変わっていてもおかしくない。

 

「んでもやっぱこれっしょ~♪」

 

得意げに金髪へ手櫛を通すかぐや。

机に向かっている酒寄に目を向けると、無言で首を横に振られた。

 

「……デカくなった辺りから思ってたけど、ほんと規格外だなお前……」

「ねぇ隼斗ぉ。ライバーってどうやってなるの?」

「ライバーの……なり方、ねぇ……」

 

改めて聞かれると、言葉に詰まる。

 

「そう、それ~!」

 

かぐやがくるりとこちらを向く。

金髪がふわりと広がる。

部屋の照明を反射して、無駄にキラキラしてやがる。

コンディショナーのCMか?

 

「配信ってなにするの?歌うの?喋るの?戦うの?隼斗みたいにゲームするの?それとも料理?」

「やりたいことやりゃいんだよ。法律と、常識と、モラルに反しない限り、何やってもいい」

 

……このお姫様には、その三つが一番難易度高そうだが。

なり方、なんて特にねえしな。

ツクヨミで何か発信してりゃ、そいつはもうライバーみてえなもんだ。

 

「じゃあ、あの戦うやつ!あれやってみたい!隼斗、教えて?」

「いきなり俺とコラボるのはやめとけ。ある程度、お前にファンが付いてからにしとけ」

 

そうでないと、こいつ自身の魅力が損なわれる。

ジュンヨウの腰巾着、なんて見られ方はこいつが一番嫌うだろう。

 

「……ま、配信外でコーチングくらいなら受けてやるよ。身内割ってことで、タダでな」

「やりぃ~♪」

「また甘やかして……」

 

酒寄の苦言に、無言の苦笑で答える。

仕方ねえだろ。

ある程度裏でコントロールしておかないと、このお姫様は何をやらかすか分かったもんじゃねえんだから。

 

「ねえねえ、そしたら絵が動くやつとか、BGMとか?その辺教えて?」

「ん?ああ、Live2DとBGM、ジングルとかか……」

 

んー教えるのは良いんだが。

 

「まず自分で調べてみろ。その方が頭に入るからな」

「んぇ~!むぅ……隼斗がそういうなら、やってみるけどぉ」

 

ああ、それと。

 

「始めるならさっさと始めたほうが良いな」

「なんでぇ?」

 

口に出てたか。

配信者やってっと、考えてることそのまま口に出ちまうな。

まあ、これは別に聞かれて不味いワケでもない。

 

「いや、お前全ライバーに宣戦布告したろ。イベント発表直後に、大声で」

「うん!それが?」

 

とはいえ、あの叫びが悪手かって言われると微妙だ。

少なくとも、『名前を売る』って意味じゃ満点に近い。

 

「配信始める時に一番キツいのは、『誰にも見られねえ』ことだ。

 無名から初めて一気にバズるのなんて一握りなんだよ」

 

まあさっきはゼロスタートのが有利だなんだ言ったけど。

つまるところ、知名度が要る。

初動が上手く行かなくて、発信側(ライバー)から受信側(リスナー)に戻っていく連中なんざ星の数ほど見てきた。

 

「……そっか。かぐや、もう有名人なんだ!」

「悪名寄りだけどね……」

 

酒寄がぼそりと呟く。

 

「実際有名だ、一時的にはな。

 今なら『ライブで叫んでた変な金髪』で人来るし、そのまま掴めりゃデカい」

「おお~……!」

 

鉄は熱いうちに打てってな。

かぐやは「なるほどぉ……」と感心したように頷くと、すぐさま手元の画面へ視線を戻した。

 

「じゃあまずチャンネルと~立ち絵!あとそれ動かすやつ!」

「うーわ、行動力えっぐ」

「かぐや、たぶん今日寝ない気だよこれ……」

 

酒寄がげんなりした声を漏らす。

まあ、容易に想像はつく。

 

「……ほどほどにしとけよ。明日も学校なんだ」

「かぐやはがっこ行かないしへーきへーき!」

「お前じゃなくて酒寄の心配してんだよ」

「なんでぇ!?」

 

即座に机へ突っ伏す酒寄。

そんな様子に苦笑しながら、俺は部屋のドアへ向かった。

 

「分かんねえことあったら、学校終わってから聞け。

 明日は終業式だし、午後にゃ帰ってくるから。配信周りならある程度は教えてやれる」

「ほんと!?」

「ただし俺の分かる範囲でな」

「善処しま~す!」

 

政治家かよ。

一番信用ならねえ返事が返ってきやがった。

早くも頭痛の予感を覚えながら、俺は自室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!」

「うっへぇ、お前こんなきちきちで組んでんの……?」

「な、なぁにこれぇ~?」

 

終業式を終えて帰宅するや否や、自室の壁にびっっっしりと書き込まれた予定を貼りだした酒寄。

夏休みだというのに、完全な休養日は一週間に一日あれば良い方。

それ以外は勉強とバイトで埋まっている。

飯と風呂の予定まで書き込んであり、表は23時までしかないのにその外側にまで科目名が書き足されている。

 

「夏休みの予定だけど?」

「さも当たり前みてえに言うな」

「えぇ~……やだぁ……かぐやと遊んでぇ~……?」

 

上半身を弓なりに逸らし、奇妙なポーズでねだるかぐや。

だらりと垂れた金髪が重力に引かれて揺れ、物欲しそうに口を突き出す。

ご丁寧に口元に指先を添えながら。

 

「一日とて無駄にできないから、邪魔禁止ね。……高羽も」

「とても遺憾」

「え~~~!やだっぴ~~~!!!」

 

畳まれた敷布団に飛び込んで、転がりながら駄々をこねるかぐや。

ごろごろ転がっていたが、敷布団一枚で世界の果てまで行けるわけもなく。

 

「ぐぇっ」

 

敷布団から落ち、その勢いでちゃぶ台の足にぶつかるかぐや。

そのちゃぶ台の上には、酒寄愛用の参考書が山積みになっていて。

 

「痛っ!痛い痛い痛い……」

 

かぐやに向かって降り注いだ。

 

「追い出すよ。……で?」

 

そんなかぐやに絶対零度の視線を向けた酒寄は、次いで部屋の隅を般若のような形相で睨みつける。

 

「あれらは?」

 

触れて良いのか、それ。

そこにあるのは大量のガラクタ。

よくわからん変なキャラクターのぬいぐるみ。

くそデカいトーテムポールのような置物。

なんでアコギまであんの?

 

「配信用!全部百均だから安心!」

「今どきの百均ってトーテムポール売ってんだすげえな」

「ねえ見て見て二人とも!ライバー始めたんだ!どう?」

 

自信満々に酒寄のノートPCを見せるかぐや。

その画面にはツクヨミの動画配信サイトと、そこに投稿された……いや、アーカイブだなこれ。

とにかく、昨日のかぐやのアバターを元にした、へったくそな立ち絵が画面内で動いている。

不気味に手を振ったり、顎に手を当てたり。

動きだけは、思ったよりしっかりしていた。

……とはいえ、クオリティはお察しだ。

立ち絵もそうだが、ジングルの不協和音も聞けたもんじゃねえ。

 

『かぐやっほー!月からやってきたかぐやだよー。

 今日はやること思いつかないからぁこれで終わりっ!じゃあね~』

─おっ

─この間ヤチヨのライブにいた子?

 

と、二つのみだがコメントは付いている。

動きの速さ自体は間違っちゃいねえが、それにしたって質が……。と顔を手で覆いたくなっていると。

 

『……ん?これで切れてるのか?』

─インカメになってる

─かわいくね?

 

配信終了直前。

暗転するはずだった画面に、かぐや本人の顔がどアップで映り込んでいる。

 

「「おいおいおいおい」」

 

おもっくそ事故ってるじゃねえか。

クオリティのわりに再生数回ってるのこれの所為かよ。

もう両手で顔を覆いたい。

見たところ、チラシやはがきとかの特定に繋がるようなものは出てないのは救いか……。

 

「てか、なんだこの不安になる不協和音は」

「あ、酒寄はそっち?俺は立ち絵。画面レイアウトはきちんと出来てるんだが」

「ジングルだよ!オリジナルで作ったの!」

 

言いながら、ファイルを実行してかぐや曰くの『ジングル』を再生する。

酒寄は額に手を当てながらかぐやを制止している。

うん、俺も頭痛い。

眼の負担とかじゃないやつ。

 

「あれ?どうやって曲を……あっ、私のキーボード?勝手に出さないでよ~」

「あっ、流石にキーボードは百均にはねえのね」

「おっ、彩葉もしや弾けるね~?ぜ~んぜん上手くいかなくてさぁ」

 

リアクションから経験を察したのか、かぐやは机の傍らにあったキーボードを酒寄の目の前に配置して電源を入れる。

まあ、音楽の授業ん時にピアノ弾いてたって話だ。*1

キーボードも、もちろん弾けるんだろう。

酒寄が床に置かれたキーボードの前に正座する。

 

「いっちょ、お願いしますよ先生~♪」

「はぁ……そもそもまずコードってのが……あって……」

 

そこまで言って、不意に言葉が止まった。

鍵盤へ伸びた指先が、触れる寸前で止まる。

 

さっきまでのげんなりした表情とも違う。

何かを躊躇うような、妙な間。

 

「……酒寄?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼びかけても返事はなかった。

伏せられた睫毛が、わずかに震える。

 

部屋の空気が静まり返る中、かぐやだけは無邪気に目を輝かせていた。

そんなかぐやから、それから俺へと視線を向けた酒寄は、

 

固く握っていた拳を、ゆっくりと解いた。

次の瞬間、指が鍵盤に沈んだ。

明るい音が、狭い部屋に跳ねる。

軽やかでさわやかな、心躍るメロディ。

 

「――っ」

 

思わず、息を呑んだ。

楽譜も無しだってのに。

しかも、多分これ即興だ。

 

「……こういうのは?」

「わぁ~!天っ才!凄すぎる~!」

 

遠慮ゼロの称賛を浴びた酒寄は、恥ずかしそうにかぐやから目を逸らした。

 

「いろいろ、中途半端には出来るんだけどね」

「今のが中途半端なら、俺が使ってるフリーのジングル形無しだぞ」

「んな大袈裟な」

 

そんなやり取りを見ているかぐやは笑いながら、指を一つ立てて。

 

「ふふっ、もっかい!エンドレスで!」

 

そのリクエストに、酒寄は鍵盤を叩くことで答えた。

 

細い指が鍵盤の上を躍る。

 

流れるように走る指先は、まるで別の生き物みたいだった。

 

美しいメロディが耳を楽しませる。

かぐやは目を瞑り、身体を揺らして聴き入っている。

最後の一音が、部屋の空気を震わせて消えた。

弾き終わった酒寄が上目で、無言のままに反応を伺う。

 

「ヒュー!!うふふふっ!」

「大真面目に酒寄に音関係依頼しよかな」

「あっ、そうだ!彩葉の曲を私が歌えば大バズ確定じゃん!んん~!!」

 

立ち上がったかと思うと、天に腕を突き上げるかぐや。

あんま大きい動きするな、お前Tシャツ一枚なんだから色々見えんぞ。

 

「ねえ彩葉、作って!」

 

両手を床に付いてねだるかぐや。

そんな彼女に、自己評価の低い超人は断ろうとするが。

 

「いやいやいや、カバーで良いじゃん!」

「いや~!オリジナルが良~い~!」

「作れんなら、オリジナルの方が強ぇのは間違いねえぞ」

 

カバーは原曲のファンが聞きに来るが、オリジナルは『それ』を聞きに来るファンが作れるからな。と援護射撃。

あそこまで真っ直ぐ欲しがられりゃ、悪い気はしねえだろう。

しかも戦略的にも、オリジナル曲の恩恵はデカい。

褒められ慣れてないみたいに、酒寄は視線を逸らした。

しかし先のように緻密なスケジュールを組んでいて、時間が無いという点を考えた折衷案として。

 

「……大昔のヤツ。もはや黒歴史だよ」

 

ノートPCを操作して、以前作曲したものが纏められているフォルダを開いた。

 

「新しく作る暇はさすがにないからね」

「かぐや、片方俺にも貸してくれ」

「ほいっ♪」

 

かぐやから放り投げられたワイヤレスイヤホンをキャッチ、右耳に装着する。

その前に、一応念のため。

 

「酒寄、これお前のだけど借りて良いか?ダメなら部屋から俺の持ってくるけど」

「良いわよ、そのくらい」

 

了承も得られたことで、今度こそ右耳に装着。

それを確認したかぐやがファイルを開く。

次の瞬間、イヤホンから流れてきた音に――

 

「……お前これ、いつ作ったやつだよ」

「え?タイムスタンプ見ればわかるでしょ。……10年前よ。お父さんと一緒に、作ってたの」

 

少し目を伏せて、酒寄が答えた。

6歳かそこらん時に、この完成度の楽曲だぁ?

オメーその頃の俺なんか変身ベルト付けて自転車乗り回してコケ倒してたぞ。

……いや、笑えねえ。

子供の遊びで出来て良い音の作りじゃねえぞ、これ。

 

「あぁヤッバ~!これ彩葉作ったの?すごすぎ~!」

「んん……い、良いから。適当に歌ってみたら?」

 

目を輝かせて褒めちぎるかぐや。

酒寄は伏せていた目を少し上げて、恥ずかしいのか口を尖らせて少しぶっきらぼうだ。

 

「~~~♪」

 

メロディに乗せて、鼻歌を歌うかぐや。

この短時間で既にリズムを掴んでいる。

こっちもこっちだなおい。

 

 

 

──だれも止められやしない。歌わずにはいられない──

 

即興で歌詞をメロディに乗せ、歌いながらかぐやは酒寄の腕を掴む。

 

「彩葉!プロデューサーになって!

 一緒にヤチヨカップ優勝しよう?このボロアパートから伝説が始まる~」

「「ボロアパート言うな」」

 

実際、ボロなんだけどな。

今どきインターホンはおろか、玄関チャイムも付いてない物件なんてあるもんなんだなと思ったよ俺も。

 

「ムリです」

「え~ん!絶対楽しいのに~!」

「邪魔しないならここにいて良いって言ったでしょ?」

 

先ほど貼りだしたスケジュールを指差しながら、酒寄が言う。

以前決めた五か条のうちの第三条「私たちの邪魔をしない」だ。

 

「……そのぎちぎちの予定表、多少余白あるだろ。

 ……勉強中やらバイト中やらに、俺らがメシ用意すれば5分くらいは浮くだろ」

「高羽は余計なこと言わないで!」

 

ぴしゃりと拒絶されたが、酒寄の表情には迷いが生じている。

 

「んんん……んがぁ~~~!!」

 

癇癪を起こして立ち上がるかぐや。

一拍置いて、その頭のてっぺんにあるアホ毛がピン!と立ったかと思うと酒寄の目の前に座り込む。

涙を浮かべ、鼻を啜って、両手を握りしめて媚びた声で迫真のおねだりを決めた。

 

「ねぇ、彩葉ぁ……」

 

この「おねだり」に弱い自覚がある酒寄は、「その手は食わん!」と断固拒否の姿勢だ。

とは、言ったものの。

 

「うぅう……。このまま終わりたくない……ハッピーエンドにしたいなぁ……」

 

さっきまでのふざけた声音じゃない。

アホ毛までしおらしく垂れ下がり、声は間違いなく本気だった。

 

……あーあ。

これ、酒寄に一番効くやつだわ。

 

案の定、それを食らった酒寄は歯を食いしばり、数秒間たっぷり悩んだ末。

降参したように溜息を吐いた。

 

「……それ、ずるくない?」

 

 

 

ほどなくして、整えられたスケジュールのすぐ下に、手書きの決意表明が貼りだされた。

黒の太いマーカーで、子どもが勢いのまま書いたような丸い文字。

 

『ヤチヨカップゆーしょーまでのみちのり』

 

その下には、箇条書きのように丸印が並ぶ。

 

『いっぱいはいしん見てもらう』

『ふじゅ~をかせぎまくり ウハウハ』

『りょうりをべんきょーす。』

『ライブもやっちゃう!!キャー♡』

 

右下には、アホ毛のようなものが突き出している謎のキャラクター。

丸っこい体に短い手足。

片腕を勢いよく突き上げながら、

 

『ブラックなんとかをたおす ムカ』

 

 

 

*1
隼斗は芸術科目は美術を選択したため、音楽の授業は受けていない




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