「隼斗くん、彩葉とかぐやちゃんとヤチヨちゃんというものがありながら」
商店街の入り口。
芦花が腕を組んで立っていた。
真夏の日差しの中、日傘も差さずに仁王立ちしている。
「どこでこさえてきたの、そんな大きな子連れて」
隣で真実も同じ顔をしている。
両手に提げていたエコバッグをそっと地面に置いて、腕を組む姿勢まで揃えていた。
「待って待ってなに怖い」
隼斗の隣には、小さな男の子が立っていた。
鳶色の髪。
橙色の垂れ目。
どこかで見たことのある顔立ち。
背には小さなリュックを背負い、小さな手で隼斗の裾をきゅっと握っている。
「……おとーさん、この人たちだれ~?」
「「やっぱり」」
芦花と真実の声が揃った。
声の揃い方が、練習でもしたのかというくらいぴったりだった。
「いや待てお前は知ってるだろ」
小声で男の子に耳打ちする。
「……FUSHI、お前ここはふざけられると困るんだが」
「外で声掛けられたらお父さんって言えばいいって、かぐやが」
「アイツの差し金かよ……。いや、知らない人相手ならまだいいんだけどさ」
隼斗が頭を抱えかけたところで。
「隼斗くん」
芦花が真顔で近づいてきた。
一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「ちゃんと説明して」
「説明する。説明するから、その顔をやめてくれ」
真実も無言でこちらを見ている。
無言の圧が二人分。
そこへ。
「芦花さ~ん!真実さ~ん!すみません、遅れちゃって……」
鶫が小走りで合流してきた。
息を切らしながら手を振っている。
「え」
鶫の足が止まった。
「お兄ちゃんが二人!?ちっちゃいお兄ちゃんだ!!」
「……あー」
隼斗は額を押さえた。
「またややこしくなった……」
「順番に説明する」
近くのカフェに移動して、五人でテーブルを囲んだ。
FUSHIは大きなパフェを前に、目を輝かせている。
スプーンを両手で握りしめて、いただきますとも言わずにすぐさま突撃していた。
「まず、この子は俺の子供じゃない」
「じゃあ誰の子」
「親子って概念がない。うちの研究所で作った義体に、FUSHIが入ってる」
「え、FUSHI……?」
芦花と真実が顔を見合わせた。
二人ともコーヒーカップに手をかけたまま、動きが止まっている。
「ウチの研究所が作った幼児型義体。今回の義体は……」
隼斗が少し言葉を選んだ。
「まあ、俺の三歳の頃をモデルにしてる」
「え」
「はい?」
芦花と真実がFUSHIを見た。
FUSHIがパフェを頬張りながら、にこにこしている。
アイスクリームが少し口の端についているのも、なんだか本物の三歳児じみていた。
「……確かに、隼斗くんの小さい頃の写真見たことあるけど」
「待て、なんで見たことあるんだ」
真実がぼそっと言った。
「似てる、というか」
「同じ」
芦花が言った。
「なんで隼斗くんをモデルにしたの?」
「FUSHIが希望した」
「ボク、大きな体が良かったから」
FUSHIがパフェのスプーンを持ったまま言った。
真剣な顔で、でも子供らしい丸っこい発音で。
「ただ、いきなり大人の体格の義体に入るのは、感覚の齟齬がデカい」
「だから乳児型、幼児型、小児型、少年型、青年型と段階を踏んでアップデートしていくんだ」
「それで今は幼児型。外出してたのは環境の変化によるパラメータの……専門的になるから良いか、別に」
「いや、そこじゃなくって、なんでお兄ちゃんをモデルに?」
「そこは俺も特に聞いてねえな」
「……頼りがいのあるイメージが、隼斗だったから」
FUSHIが少し得意げに言った。
本人はドヤ顔のつもりらしいが、表情筋がまだ子供の設定なのでただただ可愛いだけだった。
「じゃあ本当に子供じゃないんだ」
「子供じゃない」
「彩葉たちは知ってるの?」
「知ってる。かぐやの仕込みだ、さっきの『おとーさん』は」
「かぐやちゃんが?」
「悪ふざけが過ぎる。あとで説教だ」
隼斗が小さく息をついた。
額を押さえながら、コーヒーを一口飲む。
鶫が椅子に座り直しながら言った。
「ウチ、最初見た時、本気で心臓止まるかと思った」
「悪かったな、事前に言えなかった」
「言ってくれたら心の準備できたのに」
「言うタイミングなかった」
芦花が興味深そうにFUSHIを見た。
「ねえ、FUSHI」
「なんだ、芦花?」
「隼斗くんのこと、パパって呼ぶの?」
「え……その、かぐやが『外で声掛けられたら、こう言えば良い』って言ってたから、言ってみただけなんだ」
FUSHIが少し不安そうな顔をした。
パフェのスプーンを持つ手が止まって、上目遣いで隼斗を見る。
「隼斗、迷惑だったのか?」
「いや、別に?おかしかねえだろ。似た容姿の大人と子供がいたら、その方が自然だ」
芦花と真実の追及が洒落にならなかったから、察してほしかっただけで。
「隼斗」
「ん?」
「ボク、お父さんって呼ばない方が良かったのか?」
「知り合いの前だけな」
「じゃあ二人きりなら?」
「別に好きにしろ」
「わかった、おとうさん」
「今じゃねえだろ」
FUSHIが花が咲いたような笑顔になった。
本当に子供みたいな笑い方だった。
「「……やっぱり、隠し子……」」
「だから違うって。FUSHIも悪ノリするな」
「つい、楽しくて」
FUSHIが小さく肩をすくめた。
言動の一つ一つが、生粋の子供のように見えてくる自分が悔しい。
「あっ、そういえば!」
パン、と両手を合わせた鶫。
なんだ嫌な予感しかしねえぞ。
スマホを操作して、カメラロールを遡っていく。
指の動きに迷いがなかった。
「これ!この間お父さんのSDカードから取り込んできたんです!」
と、表示したのは。
いまのFUSHIとそっくりな顔で。
着物の上にベストのような上着を羽織った。
三歳の頃の俺だった。
七五三の時のヤツだこれ。
「おいこら何を保存してんだ」
「「わ~!かわいい~!」」
「可愛いでしょ~!」
「お前は何でドヤ顔なんだよ」
アラサー男にそれは褒め言葉じゃねえ。
友達に見られたいもんでもねえし。
「で!これとFUSHIを見比べると~」
鶫が画面を表示したまま、スマホをテーブルに立てる。
その横にFUSHI。
本人も興味津々といった様子で自分の隣の画面を覗き込んでいる。
「……」
「……」
「「
「だからモデルだって言ってるだろ」
そりゃ似るだろ。
似せてんだもん。
芦花がスマホを見る。
食い入るように画面とFUSHIを交互に見比べていた。
「違いが髪型と服くらいしかないね」
「七五三の時のヤツだからなこれ」
「にしても激似~」
真実がショートケーキを口に運びながら言う。
ここでFUSHIが、ぼそっと口を開いた。
「ボクもそう思う」
「お前もかい」
「どう見ても親子にしか見えないもんね」
芦花がしみじみと言った。
「血縁ゼロなんだけどな」
「説得力もゼロだけどね」
「……じゃあ」
鶫がFUSHIを見る。
真剣な顔で首を傾げていた。
「ウチから見たら、お兄ちゃんの弟で、ウチの弟?」
「違う」
「じゃあ息子で甥っ子?」
「違う」
「お兄ちゃんそのもの?」
「それも違う」
「じゃあなにぃ!?」
「俺も説明できねえけど血縁も姻戚関係もねえわ」
鶫が頭を抱えて、テーブルに突っ伏しそうになった。
ここで、FUSHIが首から下げていたスマホケースのスマホがメッセージの受信を告げた。
もちもちとした手でテーブルにスマホを置き、操作するFUSHI。
指の動かし方がまだ少し覚束ないが、それでもちゃんと画面を開いてみせた。
「かぐやからだ」
「かぐやから?」
スワイプしてメッセージアプリを開く。
そこに表示されたメッセージは。
『ちゃんと『おとーさん』って言った???』
「……」
「「「「……」」」」
テーブルが静まり返った。
芦花が天井を見た。
「犯人いたね」
真実が小さく頷く。
「黒幕」
鶫も苦笑した。
「かぐやだ」
「帰ったら説教確定だ、アイツ」
コーヒーカップを傾け、隼斗がボソッと呟いた。
「隼斗」
「なんだ?」
「成功したって返していいか?」
「ダメだ」
「ダメか?」
「絶対ダメだ」
「ちぇっ」
FUSHIが唇を尖らせながらスマホをしまった。
その仕草すら、どこからどう見ても子供そのものだった。
「……ねえ、隼斗くん」
芦花がにやにやしながら言った。
「この事、彩葉たちに報告する?」
「する必要あるか?」
「絶対面白いことになると思う」
「
「「「言おう」」」
芦花、真実、鶫の声が綺麗に揃った。
「お前らも息ぴったりだな……」
隼斗が溜息を吐きながら、コーヒーカップを置いた。
FUSHIだけが、まだ半分残っていたパフェを幸せそうに食べ続けていた。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。