今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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最近マジで暑いので、隼斗たちにも味わってもらう。


Ex.酷暑の中、タワマンの空調が止まった一日①

その日は、ニュース番組が朝から「命に関わる危険な暑さ」と繰り返すほどの猛暑だった。

その状況へ追い打ちをかけるように、タワーマンション全体で電圧異常が発生し、住戸のエアコンが一斉に停止した。

管理会社から届いた通知には「室外機系統のトラブルにより復旧は明日以降」とだけ書かれていた。

 

「…………あっちぃ…………」

 

隼斗がフローリングに直座りしたまま、力なく呟いた。

甚兵衛姿。

片膝を立てて、ハンディファンをゆらゆらと顔の前で振っている。

だが、送られてくる風もぬるい。

文字通り、焼け石に水だった。

 

「……まさかマンション中のエアコンが止まるなんてね……」

 

彩葉がソファに座ろうとして、思わず手を離した。

 

「布地まで暑い……」

「だからフローリング座ってんだよ俺……」

 

だが、冷たかったはずの床も、すっかり熱を持っていた。

 

「義体がオーバーヒートしそう~…………」

 

ヤチヨがぐったりとローテーブルに突っ伏している。

 

「あっつぅ~~~~いぃぃ!!」

 

かぐやだけが元気に叫んだ。

 

「…………あんま大声出すな……余計暑く感じる……」

「だってあっついもん!!」

 

リビングのあちこちで、四人が思い思いにへたり込んでいた。

窓の外は容赦のない太陽。

室内の温度計は、既に体温を超えていた。

 

「……私、高校の頃、こんな環境で一人暮らししてたのかぁ……」

「今の方が気温は上がってっけど、そうだよ。だから倒れたんだからなオメー……」

「今更ながら反省してます……」

「ホントだよぉ!あの時どうしたらいいか焦りに焦ったんだからぁ!」

「ゴメン、ゴメンだけど叫ばないでかぐや……」

 

十年前の出来事を思い返して言い合う彩葉とかぐや。

 

「飲みモンで誤魔化すのも限界だなこりゃ。マジで、誰が熱中症で倒れてもおかしくねえぞ……」

 

隼斗がグラスの麦茶を振りながらぼやく。

溶けて小さくなった氷がカランと音を鳴らした。

 

「え、いま隼斗『ねぇチュウしよう』って」

「言ってねえわ、聴覚デバイスの調整要るか?」

「冗談じゃぁん」

 

かぐやの冗談に、「ったく」と呆れながら汗で濡れた髪を掻き上げる隼斗。

 

 

 

髪を掻き上げる仕草。

大きく開いた甚兵衛の胸元。

麦茶を飲み込むたびに上下する喉。

暑さにやられ、肩で息をするその姿は、本人に自覚のないまま妙な色気を漂わせていた。

 

 

 

 

その隼斗の姿に、彩葉が視線を逸らした。

 

ヤチヨは無言で胸元を見た。

 

かぐやだけは隠そうともしていなかった。

 

「「「……………ゴクリ」」」

 

無言のまま生唾を飲み込んだ三人。

そんな三人に呆れた目線を送りながら、小さくため息を吐いた。

もっとも、その気怠げな流し目がさらに色気を増していることに、本人だけが気付いていない。

 

「やめろ。なに考えてっか目ぇ見りゃ大体分かる。でも今はマジで無理。暑さで先に死ぬ……」

「そういうシチュの本、一昔前はコミケの定番だったんだけどね……」

「……流石に最中に熱中症で搬送は笑えないわ……」

「そういうこと……。あとヤチヨはなに言ってんだ、頭茹だってんのか……」

「ひどぉい……」

 

ローテーブルに突っ伏したヤチヨが溶けたように身体を投げ出している。

ぐでっとヤチヨに寄り掛かりながら、かぐやが彩葉に愚痴る。

 

「ていうかさぁ……なんで義体なのに暑いのぉ……。もっとハイテクに出来なかったのぉ……」

「やめてかぐや暑いぃ……」

 

彩葉がじとりと見返した。

 

「アンタらだけ楽にさせないわよ……」

「そんな理由でぇぇ!?」

「冗談よ……冗談」

 

彩葉は力なく手をひらひらと振った。

 

「いまその冗談は笑えないよぉ!」

「汗の気化熱じゃなくて、水冷循環式とかさぁ。ラジエーター積むとかさぁ」

「冷媒を義体のどこに積むんだよ……」

 

デジタル時計に付属している温度計を見ながら、隼斗ががっくりと肩を落とした。

 

「……水シャワー浴びようかと思ったんだが、この気温じゃ意味ねえな。気温が体温超えてっし」

「なんとかならないのぉ~~~……???」

 

サーキュレーターを独占しながらかぐやが言う。

首振り機能がONなのに手で押さえているので、ガガガガと嫌な音を出している。

「壊れる壊れる」と彩葉が慌てて止めるが、その声にも力は無い。

 

「…………も~~~ダメだ。しゃーない、行くかぁ」

「どこにぃ?」

「実家ぁ」

「お義母さんのとこ?」

「……なんかニュアンス違う気ぃするけど、ツッコむ気力もねえや」

 

スマホを取り出した隼斗。

 

「あ、もしもし?俺だけど」

「……いや詐欺じゃねえわ。正真正銘アンタの息子の高羽隼斗ですが?」

「……そうそう、そんでちょっと相談なんだけど」

「今日そっち行ってもいいか?エアコンがイカレちまっててさ」

「……うるせぇなぁ、言われんでも連れてくって」

「置いてけるワケねぇだろ。……あい、そしたら今から向かうから」

 

通話を切る電子音が『ピッ』と鳴り、妙に大きく部屋へ響いた。

 

「……避難所と連絡着いたから、立てるヤツから立って準備しろ~」

「「「むりぃ……」」」

 

呆れた溜息を吐きながら、隼斗は続ける。

 

「……俺ぁ先に車冷やして待ってっけどよ。俺も限界だから、十分で来なかったら置いてくぞ」

「「「……はぁい」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関のドアが開いた瞬間、ひんやりとした冷気が四人を包み込んだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁ……」

 

誰からともなく、安堵とも感嘆ともつかない声が漏れる。

さっきまで肌にまとわりついていた熱気が、一気に引いていくようだった。

 

「お帰り、隼斗。彩葉ちゃんにかぐやちゃん、ヤチヨちゃんもお久しぶり」

「ただいま」

「お久しぶりです」

「「お邪魔しまーす!」」

 

彩葉、かぐや、ヤチヨの三人が、隼斗の母───高羽千鶴(たかばちづる)に頭を下げた。

 

「もう何度も来てるんだから遠慮しないで。狭い家だけど、リビングで涼んでて」

「今、冷えた麦茶持ってくるから」

「ありがとうございます、お義母さん」

「もう、また『お義母さん』って。『千鶴さん』で良いって言ってるのに」

「彩葉ちゃんは律儀というか、なんというか」

「……お袋、最近はもう完全に娘扱いだよなぁ。……彩葉だけじゃねえけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングへ移り、冷えた麦茶を一口飲んだ瞬間。

 

「…………生き返るぅ~~~~!」

 

かぐやが両手でグラスを抱えたまま天井を仰いだ。

 

「冷たい……!」

 

ヤチヨも、小さく目を丸くする。

 

「エアコンって文明の勝利なんだねぇ……」

「いや今さら?」

 

隼斗が苦笑する。

リビングでは二十五度に設定されたエアコンの風が静かに流れていた。

さっきまでの灼熱が嘘のようだった。

彩葉はグラスを両手で包み込みながら、ほっと息を吐く。

 

「……人心地ついたぁ」

「さっきまで室温が三十七度超えてたからな」

「義体でも、ちゃんと暑いのね」

 

千鶴が不思議そうに首を傾げる。

 

「人間と同じ感覚になるよう調整してますから」

 

彩葉が答える。

 

「暑いものは暑いし、寒いものは寒いです」

「食べたら食べただけ太っちゃうし!」

「便利なのか不便なのか、分かんないわね」

 

千鶴は笑いながら、皆のグラスへ氷を足していく。

 

「でも、その方が人間らしいのか」

「……まあ、そのおかげで夏は地獄だけどな」

 

隼斗はソファへ身を預けた。

冷房の風が火照った身体をゆっくり撫でていく。

ようやく思考まで戻ってきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくは誰も口を開かなかった。

エアコンの風の音だけが、静かなリビングに流れていた。

 

「今日はどうするの?泊まってく?」

 

千鶴が穏やかな声で尋ねる。

 

「空調の復旧は明日までかかるって話だから、迷惑じゃないならそうしたいんだけど」

「迷惑なもんですか」

 

千鶴は即答した。

 

「ただ、部屋が無いからリビングに布団敷いて寝てもらうことになっちゃうけど。四人とも」

「俺の部屋、もう無ぇしなぁ」

「アンタの部屋だったのなんて、もう十年以上前じゃないの」

 

くすりと笑う。

 

「鶫の部屋になってからの方が長いわよ」

「言ってみただけだよ……」

 

隼斗は肩をすくめる。

 

「そういや親父は?」

「お父さん?今日は仲間内でゴルフ」

 

時計を見ながら千鶴が答えた。

 

「そろそろ帰ってくる頃じゃないかしら」

「あ、そ」

 

それから十分もしないうちだった。

ガチャリ、と玄関のドアが開く音が響く。

 

「ただいまー」

 

低くよく通る男の声が聞こえてきた。

 

「あ、お父さん帰ってきた」

 

千鶴が立ち上がる。

廊下から現れたのは、日に焼けた肌にポロシャツ姿の男性だった。

ゴルフ帰りらしくキャップを脱ぎながらリビングへ入ってくる。

隼斗の父───高羽翔吾(たかばしょうご)だ。

 

「おぉ?車があるからもしやと思ったけど、やっぱ隼斗じゃねぇか」

「よぉ、親父。おかえり」

「なんだ、今日は珍しく帰ってきたと思ったら避難民か」

「ニュース見てねぇの?」

「見た見た。立川四十度近かったろ?」

「タワマンのエアコン全滅。直んの明日」

「そりゃ災難だったな」

「で、どこ行ってたんよ」

「葉山だよ。海風はあったけど結局暑かったわ」

 

ゴルフバッグをリビングの隅に置くと、翔吾は三人へ視線を向ける。

 

「彩葉ちゃん、かぐやちゃん、ヤチヨちゃんも久しぶり」

「お久しぶりです」

「こんにちはー!」

「お邪魔してます」

「遠慮しなくていいぞ。今日は好きなだけ涼んでいきな」

 

そう言いながら冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取り出す。

隼斗の向かいの椅子にどかっと座りながら。

 

プシュッ

 

小気味よい音が部屋に響いた。

そのまま喉を鳴らすと、「ぷはぁっ」と息を吐きながら缶をテーブルへ置いた。

「いやぁ、ゴルフ場も地獄だった。母さんが凍らせたペットボトル持たせてくれて助かった」

「この気温で行くなよ」

 

隼斗が呆れたように言う。

 

「付き合いだからな」

 

翔吾はビールを飲みながら肩をすくめた。

 

「お前こそ、この暑さで甚兵衛一枚とは。その格好じゃ目に毒じゃないか?」

「……はぁ?」

 

その一言に。

 

彩葉の肩がピクリと跳ねる。

 

ヤチヨはすっと視線を逸らし。

 

かぐやだけが勢いよく頷いた。

 

「そうなの!」

「おい」

「すっごい色気だった!」

「お前黙れコラ」

「三人ともゴクリってなったもん!」

「言うなっつの!」

 

リビングに笑いが広がる。

千鶴は口元を押さえながら笑い、翔吾は腹を抱えて笑った。

彩葉とヤチヨは、暑さとは別の理由で頬を赤く染めていた。

さっきまで暑さで死にそうだった空気は、賑やかな団欒へと変わっていた。

 

そんな団欒の中、玄関のドアが開いた。

 

「ただいまー!」

 

元気な声と共に鶫が帰宅した。

その勢いのままリビングへ入ると、目を丸くした。

 

「え?なんでみんないるの?」

 

一瞬固まり、すぐに顔を輝かせる。

 

「避難してきた」

「エアコン壊れたの」

「なるほど!」

 

と納得する鶫。

そんなやり取りの中、千鶴がキッチンから顔を出す。

 

「ちょうど人数増えたし、今日は手巻き寿司にでもしようかしら」

 

すると真っ先に反応したのは、もちろんかぐや。

 

「やるーーーー!!」

 

両手を突き上げて目を輝かせた。

 

「じゃあかぐや、お魚捌こうかな!」

「お、かぐやちゃんのお手並み見られんのか」

「チラッと配信は見たことあるけど、目の前で見れんのは贅沢だな」

 

と、翔吾が茶々を入れる。

彩葉は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「また寿司職人始まる……」

 

隼斗は椅子から立ち上がりながら。

 

「じゃあ俺、酢飯作るわ。お袋は休んでてくれ」

「お客さんなのに、ちょっと悪い気がするけど……」

「隼斗が言ってんだから気にすんな、母さん」

「俺のセリフだろそれ」

「そしたらヤッチョは~汁ものでも作ろうかな~」

「んん……料理人が多くてウチやることないなぁ」

 

鶫が眉根を寄せた。

翔吾は笑いながら

 

「俺はビール係」

「なんの係だよそれは」

 

隼斗のツッコミに、全員から笑いが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かぐやは千鶴からエプロンを受け取ると、袖をまくった。

 

「じゃあ今日は本気でいきます!」

「おっ」

 

翔吾が少し身を乗り出す。

千鶴が保冷バッグから一尾の真鯛を取り出した。

 

「かぐやちゃん、これお願いできる?」

「まっかせて!」

 

かぐやは嬉しそうにエプロンの紐を締め直し、包丁を手に取る。

 

シャッ──

 

鱗が軽快な音を立てて飛ぶ。

頭を落とし、内臓を取り除き、水洗いを済ませる。

包丁はそのまま迷いなく骨に沿い、鮮やかな手つきで三枚に下ろしていく。

刃は骨に沿って滑るように走り、艶のある身だけを綺麗に切り分けていく。

 

「……すご」

 

鶫が思わず声を漏らした。

 

「ヤッチョ、このアラお願い!」

「うけたまかしこま仕り~!」

 

捌いた後の鯛のアラをヤチヨが受け取り、キッチンへと持っていく。

 

「配信でチラッと見てたけど、生で見ると手際がすごいな……」

 

翔吾も思わず腕を組んだ。

 

「これだけで金取れるぞ」

 

真鯛の刺身を皿へ美しく並べていたかぐや。

その翔吾の反応を受けて気分を良くしたのか、かぐやは更にボルテージが上がった。

 

「よぉし、次はマグロ!その次はサーモン!あときゅうりと~生姜も欲しいよね~!」

 

一方その頃。

 

「酢飯完成~」

 

隼斗が飯台を抱えて現れる。

ほんのりと立ち上る酢の香りが鼻を擽る。

 

「お!そしたらば、ちょいと失礼~♪」

 

かぐやが一口味見して頷いた。

 

「うん、ちょうどいいお酢加減!さっすがぁ!」

「毎回やらされてるからな」

「『やらされてる』じゃなくて『やってくれてる』でしょ?」

 

彩葉が笑う。

 

「はいはい」

 

隼斗も苦笑しながら飯台を置いた。

 

「あ、お袋。表の鉢の大葉もらってもいいか?」

「良いわよ。増えすぎてちょっと困ってるから、減らしてくれれば助かるわ」

「おっけー。適当に見繕うわ」

 

園芸用の鋏を手に、玄関から外へ向かう隼斗。

少し経って、両手一杯の大葉を抱えて戻ってきた。

 

「お皿並べ終わったー!」

 

鶫が得意げに胸を張る。

 

「アラ汁もできたよ~」

 

ヤチヨが鍋の蓋を開ける。

出汁の香りが部屋いっぱいに広がった。

その匂いにつられるように、

 

「腹減ったぁ……」

 

誰ともなく声が漏れる。

 

「よーし」

 

千鶴が皆を見回した。

 

「じゃあ、いただきましょうか」

 

食卓を囲む七人の笑顔に、昼間の猛暑はもう遠い出来事になっていた。

エアコンの風よりも、この食卓を満たす賑やかな笑い声の方が、ずっと心地よかった。

 

 

 




入江末吉さん、おすぽーんさん、評価いただきありがとうございます。

お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。

活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。
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