今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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Ex.酷暑の中、タワマンの空調が止まった一日②

食事が終わり、皆でテーブルを片付ける頃には、外はすっかり日が暮れていた。

 

「それじゃ、お風呂にしましょうか」

 

千鶴が台所から声をかけた。

 

「申し訳ないけど狭いお風呂だから、一人ずつね。お父さんと隼斗は最後で、女の子が優先ね」

「へーい」

 

隼斗が気の抜けた返事をする。

 

「俺はゴルフ場でシャワー浴びてきたから、最後で良いぞ」

 

翔吾がビールの残りを飲み干しながら言った。

 

「ウチも後で良いよ~」

 

鶫がソファに寝転がったまま手を挙げる。

 

「じゃあ、彩葉ちゃんから入る?」

 

千鶴が彩葉に向き直った。

 

「え、私からで良いんですか」

「もちろん。遠慮しないで」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

彩葉が立ち上がりかけたところで。

 

「待って!」

 

かぐやが勢いよく手を挙げた。

 

「かぐや、先に入りたい!」

「なんでよ」

「だって、早くさっぱりしたいんだもん!今日暑すぎて汗すごかったし!」

「私だって同じくらい汗かいてるけど」

「じゃあジャンケンで決めよう!」

「急に体育会系」

 

彩葉が苦笑した。

 

「いいじゃん、公平でしょ!」

「私は別に、いつでも良いよ~」

 

ヤチヨが静かに言った。

千鶴が笑いながら仲裁に入った。

 

「じゃあ、彩葉ちゃんとかぐやちゃんとヤチヨちゃんで、ジャンケンで決めましょうか」

 

「「賛成(!)(です)」」

「私は後でも良いんだけど……」

「おふくろが言ってんだから、甘えなって」

 

彩葉とかぐやが声を揃えた。

ヤチヨは苦笑いしていたが、隼斗に取りなされてじゃんけんに参加する。

 

「最初はグー!」

 

かぐやの掛け声で始まる。

 

「じゃんけんぽん!」

 

 

 

 

 

彩葉がグー。

かぐやもグー。

ヤチヨがパー。

 

 

 

 

 

ヤチヨの一人勝ちだった。

 

「あー、負けちゃった」

 

彩葉が肩をすくめた。

 

「かぐやも負けたぁ……」

「私が一番?」

 

ヤチヨが少し驚いたように呟いた。

 

「じゃあヤチヨが一番風呂だな」

 

隼斗が言った。

 

「良いの?乗り気じゃなかったのに、申し訳ない気が……」

「良い良い、勝負は勝負だしね」

 

彩葉が軽く手を振る。

 

「じゃあ、お先にいただいちゃうね」

 

ヤチヨが立ち上がった。

 

「タオルはここにあるからね」

 

千鶴が脱衣所の場所を教えながら案内する。

 

「ありがとうございます」

 

ヤチヨが向かった後、リビングには残り六人が座っていた。

 

「次、私とかぐやでもう一回ジャンケン?」

 

彩葉が聞くと、かぐやが首を振った。

 

「ううん、もう良いよ。彩葉が先で」

「え、良いの?」

「ちょっとやってみたかっただけなんだ。お風呂の順番決めとか!」

「……ありがとう、かぐや」

 

彩葉が少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。

 

「普段はどうしてるの?」

 

千鶴がかぐやに尋ねた。

 

「普段は~かぐやが一番最初!そんでその次がヤチヨで、彩葉、隼斗の順番!」

「結局アンタは一番最後なのね」

「まあ、女の風呂のが時間掛かるしな。あとこいつらの髪乾かすし」

「あ、久々にお兄ちゃんにドライヤーしてもらおうかな」

 

そんな雑談をしていると、しばらくしてヤチヨがお風呂から上がってきた。

 

「お待たせ、彩葉」

「ありがとう」

 

彩葉が入れ替わりで浴室へ向かう。

リビングでは、翔吾が缶ビールの二本目を開けながら、鶫に何やら話しかけていた。

 

「そういや鶫、最近モデルの仕事どうなんだ」

「順調だよ!今度またお兄ちゃんとコラボの撮影あるし」

「へえ、隼斗と?」

「うん。芦花さんの企画で」

「お前、モデルなんてやるのか」

 

翔吾が意外そうに隼斗を見た。

 

「まあ、配信者としての案件でな。友達に頼まれたら断れねえし」

 

隼斗が肩をすくめる。

 

「あんた昔から、そういうとこあるわよね」

 

千鶴がキッチンから茶々を入れた。

 

「頼まれると弱いっていうか」

「……否定は出来ねえなぁ」

 

そんなやり取りが続く中、ヤチヨはソファの隅で静かにテレビを眺めていた。

 

「ヤチヨ、さっぱりしたか?」

 

隼斗が聞くと、ヤチヨが小さく頷いた。

 

「うん。お風呂、気持ち良かった」

「そりゃ良かった」

 

その表情はどこか穏やかだった。

猛暑で疲弊していた昼とは打って変わって、落ち着いた夜の空気に馴染んでいた。

 

「ヤチヨ、髪どうする?乾かすか?」

「……乾かしてもらいたいけど、みんなの前ではちょっと恥ずかしいな」

「気にすんなよ」

「気になるよぉ」

「じゃあ、かぐやも後で乾かしてもらお~!」

「……やっぱりお願いしてもいい?隼斗」

「当てつけ?」

 

彩葉が上がってくると、次はかぐやの番だった。

 

「かぐや、行ってきます!」

 

元気よく浴室へ向かう後ろ姿を見送りながら、彩葉がソファに座り直す。

 

「……なんか、今日は色々あったね」

 

「エアコン壊れて、避難してきて、寿司作って、風呂の順番でジャンケンして」

 

隼斗が指を折りながら数える。

 

「濃い一日だったな」

「でも、悪くない一日だったよ」

 

彩葉が微笑んだ。

 

「久しぶりに、こういう賑やかな時間、良いなって思った」

 

千鶴がその言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めた。

 

「いつでも来て良いのよ。四人とも」

「ありがとうございます」

 

窓の外では、夜風が少しだけ熱気を和らげ、玄関先の草花を静かに揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜もすっかり更けた頃。

 

最後に浴室から上がってきた翔吾が、タオルで雑に髪を拭きながらリビングへ戻ってきた。

 

「ふぅー……やっぱ風呂はいいな」

「お父さん、お疲れさま」

 

千鶴が笑いながら洗面所の電気を消す。

 

「これで全員入ったわね」

「じゃあ寝る準備すっか」

 

隼斗が立ち上がる。

リビングダイニングのローテーブルを端へ寄せ、ダイニングチェアも壁際へ移動させる。

最後に残ったのはダイニングテーブルだった。

さすがに一人で動かすには大きい。

 

「こっち持つよ」

 

彩葉がダイニングテーブルの反対側へ回る。

 

「サンキュ」

 

二人で息を合わせるように持ち上げると、木製のテーブルは静かに壁際へ収まった。

 

「次はソファか」

「隼斗、行ける?」

「おー」

「あー待ちな、彩葉ちゃん。ソファは俺と隼斗で運ぶよ。こういうのは男の仕事だ」

「でも、自分たちが寝る場所ですし……」

「親父がこう言ってんだから甘えろって。ったく、カッコつけやがって」

「可愛い娘みたいな子たちの前じゃ、中年親父だって少しは良いとこ見せたくなるんだよ」

「お袋に言うぞ」

「スマンそれは勘弁」

「おら、持ち上げるぞ」

「おう、せーのっと」

 

隼斗と翔吾でソファを慎重に壁際に寄せる。

しばらくすると、リビングダイニングは広い一枚の空間になっていた。

 

「よし、これで布団敷けるだろ」

「ウチ、押し入れから出してくるね」

 

鶫がそう言って、二階の押し入れから布団を運んでくる。

 

「一、二、三、四……」

 

数えながらフローリングの上に並べていく。

 

「四人分だね」

「ありがとう、鶫ちゃん」

 

彩葉が礼を言うと、鶫がにっこり笑った。

 

「よっ、と」

 

隼斗は慣れた手付きで布団を広げ始める。

 

「掛け布団は薄手ので良いですか?暑いし」

「うん、タオルケットで十分」

 

彩葉が答えた。

 

「そしたらタオルケット持ってきますね」

「あ、鶫ー!かぐやも行くよ!枕とかもいるし!」

「じゃ、かぐやも付いてきて」

 

鶫とかぐやが階段を上っていく。

 

「寝る場所どうする?」

「順番は特に決めてねえけど」

 

その隼斗の発言に、枕を両脇に抱えたかぐやが階段からすっ飛んできた。

 

「かぐや、真ん中がいい!」

「危ねえから階段から飛び降りんな!」

 

隼斗がツッコむと、その隣では翔吾が爆笑している。

 

「あと布団の敷き方的に真ん中無えから。縦横で二組ずつだし」

「んぇ~!……じゃ~くじ引きで良いか~

「テンションの乱高下よ」

 

アホ毛が萎れ、唇を尖らせて肩を落としたかぐや。

あまりの落差にみんなが笑った。

 

鶫がメモ帳を取り出し、小さく切った紙にそれぞれの名前を書いて即席のくじを作る。

 

くじ引きの結果、隼斗の隣にヤチヨ。

もう一組は彩葉の隣にかぐやという配置になった。

 

隼斗が布団の配置を決めながら、最後の一枚を整える。

 

「よし、こんなもんか」

 

四枚の布団が綺麗に並んだリビングダイニングを見渡して、隼斗が満足そうに頷いた。

 

「なんか、あれみたい!修学旅行だっけ?」

 

かぐやが布団の上にぺたりと座り込んだ。

 

「修学旅行は男女別だけどな。まあ雰囲気は似てるか」

「でも、こうやって並んでるの見ると、なんか楽しいじゃん」

「それは分かる」

 

彩葉も少し笑いながら、自分の布団の位置を確認した。

 

「じゃー恋バナしよ!定番なんでしょ?」

 

かぐやが枕を抱えながら言うと、ヤチヨがくすっと笑いながらツッコんだ。

 

「この四人で恋バナしても、お互いの話しか出てこないでしょ」

「あっ……ほんとだ!」

「……あんまここ(実家)でそういうことは言わんでくれるか?」

 

隼斗が眉根を寄せた。

キッチンで洗い物をしていた千鶴が笑いながら声を掛ける。

 

「それこそ今更でしょ」

「だとしても、こっぱずかしいんだよ」

「アンタ、そういうクールぶったところは昔から変わんないのね」

「『ぶった』って言うな。性分なんだよ、これが」

「はいはい」

 

千鶴は笑いながら洗い物を終え、手を拭いた。

 

「それじゃ、私とお父さんはもう休むわね。みんな、おやすみなさい」

「彩葉ちゃん、かぐやちゃん、ヤチヨちゃん、おやすみな。鶫もさっさと寝ろよ~」

「朝はゆっくりしてて良いからね」

「もう子供じゃないんだから分かってるよ、おやすみ~」

「おやすみなさい」

「おやすみー!」

「おやすみです」

「あーい、おやすみ~」

 

それぞれが声を返す。

リビングには、エアコンの穏やかな風だけが静かに流れていた。

 

「……ほんと、修学旅行みたいだねぇ」

 

鶫がぽつりと呟く。

 

「だから男女同室じゃねえって」

 

隼斗が苦笑する。

 

「細かいことはいいの!」

 

かぐやは自分の布団へ勢いよく飛び込んだ。

 

「ふかふかぁ~!」

 

ごろん、と一回転。

その様子に皆が思わず笑う。

 

「アンタはどこでも元気だなぁ」

 

彩葉も笑いながら布団へ腰を下ろした。

ヤチヨは自分の布団――隼斗の隣へ静かに腰を下ろし、広げられた布団を見つめる。

 

「……みんなでこうして寝るの、久しぶりだね」

「そうだな」

「旅行以来じゃない?ほら、草津の!」

「……あれは寝たって言うか、うん。やめよこの話」

 

彩葉が少しだけ顔を赤くした。

そんな会話に、ふふっと笑いを零した鶫が布団から立ち上がる。

 

「ウチもそろそろ寝ますね。おやすみなさーい」

「「「「おやすみ(~)(!)」」」

 

「また明日~」と言い残して、鶫が二階の自室へと向かう。

トントントン、と階段を上がっていく音を聞きながら、隼斗は周囲を見回した。

昼間は命に関わるほどの暑さだった。

 

けれど今は、涼しい風と、さっきまで響いていた笑い声の余韻に包まれている。

 

悪くない一日だった。

 

そう思いながら、隼斗は部屋の照明を少しだけ落とした。

 

 

 

 




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