食事が終わり、皆でテーブルを片付ける頃には、外はすっかり日が暮れていた。
「それじゃ、お風呂にしましょうか」
千鶴が台所から声をかけた。
「申し訳ないけど狭いお風呂だから、一人ずつね。お父さんと隼斗は最後で、女の子が優先ね」
「へーい」
隼斗が気の抜けた返事をする。
「俺はゴルフ場でシャワー浴びてきたから、最後で良いぞ」
翔吾がビールの残りを飲み干しながら言った。
「ウチも後で良いよ~」
鶫がソファに寝転がったまま手を挙げる。
「じゃあ、彩葉ちゃんから入る?」
千鶴が彩葉に向き直った。
「え、私からで良いんですか」
「もちろん。遠慮しないで」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
彩葉が立ち上がりかけたところで。
「待って!」
かぐやが勢いよく手を挙げた。
「かぐや、先に入りたい!」
「なんでよ」
「だって、早くさっぱりしたいんだもん!今日暑すぎて汗すごかったし!」
「私だって同じくらい汗かいてるけど」
「じゃあジャンケンで決めよう!」
「急に体育会系」
彩葉が苦笑した。
「いいじゃん、公平でしょ!」
「私は別に、いつでも良いよ~」
ヤチヨが静かに言った。
千鶴が笑いながら仲裁に入った。
「じゃあ、彩葉ちゃんとかぐやちゃんとヤチヨちゃんで、ジャンケンで決めましょうか」
「「賛成(!)(です)」」
「私は後でも良いんだけど……」
「おふくろが言ってんだから、甘えなって」
彩葉とかぐやが声を揃えた。
ヤチヨは苦笑いしていたが、隼斗に取りなされてじゃんけんに参加する。
「最初はグー!」
かぐやの掛け声で始まる。
「じゃんけんぽん!」
彩葉がグー。
かぐやもグー。
ヤチヨがパー。
ヤチヨの一人勝ちだった。
「あー、負けちゃった」
彩葉が肩をすくめた。
「かぐやも負けたぁ……」
「私が一番?」
ヤチヨが少し驚いたように呟いた。
「じゃあヤチヨが一番風呂だな」
隼斗が言った。
「良いの?乗り気じゃなかったのに、申し訳ない気が……」
「良い良い、勝負は勝負だしね」
彩葉が軽く手を振る。
「じゃあ、お先にいただいちゃうね」
ヤチヨが立ち上がった。
「タオルはここにあるからね」
千鶴が脱衣所の場所を教えながら案内する。
「ありがとうございます」
ヤチヨが向かった後、リビングには残り六人が座っていた。
「次、私とかぐやでもう一回ジャンケン?」
彩葉が聞くと、かぐやが首を振った。
「ううん、もう良いよ。彩葉が先で」
「え、良いの?」
「ちょっとやってみたかっただけなんだ。お風呂の順番決めとか!」
「……ありがとう、かぐや」
彩葉が少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。
「普段はどうしてるの?」
千鶴がかぐやに尋ねた。
「普段は~かぐやが一番最初!そんでその次がヤチヨで、彩葉、隼斗の順番!」
「結局アンタは一番最後なのね」
「まあ、女の風呂のが時間掛かるしな。あとこいつらの髪乾かすし」
「あ、久々にお兄ちゃんにドライヤーしてもらおうかな」
そんな雑談をしていると、しばらくしてヤチヨがお風呂から上がってきた。
「お待たせ、彩葉」
「ありがとう」
彩葉が入れ替わりで浴室へ向かう。
リビングでは、翔吾が缶ビールの二本目を開けながら、鶫に何やら話しかけていた。
「そういや鶫、最近モデルの仕事どうなんだ」
「順調だよ!今度またお兄ちゃんとコラボの撮影あるし」
「へえ、隼斗と?」
「うん。芦花さんの企画で」
「お前、モデルなんてやるのか」
翔吾が意外そうに隼斗を見た。
「まあ、配信者としての案件でな。友達に頼まれたら断れねえし」
隼斗が肩をすくめる。
「あんた昔から、そういうとこあるわよね」
千鶴がキッチンから茶々を入れた。
「頼まれると弱いっていうか」
「……否定は出来ねえなぁ」
そんなやり取りが続く中、ヤチヨはソファの隅で静かにテレビを眺めていた。
「ヤチヨ、さっぱりしたか?」
隼斗が聞くと、ヤチヨが小さく頷いた。
「うん。お風呂、気持ち良かった」
「そりゃ良かった」
その表情はどこか穏やかだった。
猛暑で疲弊していた昼とは打って変わって、落ち着いた夜の空気に馴染んでいた。
「ヤチヨ、髪どうする?乾かすか?」
「……乾かしてもらいたいけど、みんなの前ではちょっと恥ずかしいな」
「気にすんなよ」
「気になるよぉ」
「じゃあ、かぐやも後で乾かしてもらお~!」
「……やっぱりお願いしてもいい?隼斗」
「当てつけ?」
彩葉が上がってくると、次はかぐやの番だった。
「かぐや、行ってきます!」
元気よく浴室へ向かう後ろ姿を見送りながら、彩葉がソファに座り直す。
「……なんか、今日は色々あったね」
「エアコン壊れて、避難してきて、寿司作って、風呂の順番でジャンケンして」
隼斗が指を折りながら数える。
「濃い一日だったな」
「でも、悪くない一日だったよ」
彩葉が微笑んだ。
「久しぶりに、こういう賑やかな時間、良いなって思った」
千鶴がその言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めた。
「いつでも来て良いのよ。四人とも」
「ありがとうございます」
窓の外では、夜風が少しだけ熱気を和らげ、玄関先の草花を静かに揺らしていた。
夜もすっかり更けた頃。
最後に浴室から上がってきた翔吾が、タオルで雑に髪を拭きながらリビングへ戻ってきた。
「ふぅー……やっぱ風呂はいいな」
「お父さん、お疲れさま」
千鶴が笑いながら洗面所の電気を消す。
「これで全員入ったわね」
「じゃあ寝る準備すっか」
隼斗が立ち上がる。
リビングダイニングのローテーブルを端へ寄せ、ダイニングチェアも壁際へ移動させる。
最後に残ったのはダイニングテーブルだった。
さすがに一人で動かすには大きい。
「こっち持つよ」
彩葉がダイニングテーブルの反対側へ回る。
「サンキュ」
二人で息を合わせるように持ち上げると、木製のテーブルは静かに壁際へ収まった。
「次はソファか」
「隼斗、行ける?」
「おー」
「あー待ちな、彩葉ちゃん。ソファは俺と隼斗で運ぶよ。こういうのは男の仕事だ」
「でも、自分たちが寝る場所ですし……」
「親父がこう言ってんだから甘えろって。ったく、カッコつけやがって」
「可愛い娘みたいな子たちの前じゃ、中年親父だって少しは良いとこ見せたくなるんだよ」
「お袋に言うぞ」
「スマンそれは勘弁」
「おら、持ち上げるぞ」
「おう、せーのっと」
隼斗と翔吾でソファを慎重に壁際に寄せる。
しばらくすると、リビングダイニングは広い一枚の空間になっていた。
「よし、これで布団敷けるだろ」
「ウチ、押し入れから出してくるね」
鶫がそう言って、二階の押し入れから布団を運んでくる。
「一、二、三、四……」
数えながらフローリングの上に並べていく。
「四人分だね」
「ありがとう、鶫ちゃん」
彩葉が礼を言うと、鶫がにっこり笑った。
「よっ、と」
隼斗は慣れた手付きで布団を広げ始める。
「掛け布団は薄手ので良いですか?暑いし」
「うん、タオルケットで十分」
彩葉が答えた。
「そしたらタオルケット持ってきますね」
「あ、鶫ー!かぐやも行くよ!枕とかもいるし!」
「じゃ、かぐやも付いてきて」
鶫とかぐやが階段を上っていく。
「寝る場所どうする?」
「順番は特に決めてねえけど」
その隼斗の発言に、枕を両脇に抱えたかぐやが階段からすっ飛んできた。
「かぐや、真ん中がいい!」
「危ねえから階段から飛び降りんな!」
隼斗がツッコむと、その隣では翔吾が爆笑している。
「あと布団の敷き方的に真ん中無えから。縦横で二組ずつだし」
「んぇ~!……じゃ~くじ引きで良いか~」
「テンションの乱高下よ」
アホ毛が萎れ、唇を尖らせて肩を落としたかぐや。
あまりの落差にみんなが笑った。
鶫がメモ帳を取り出し、小さく切った紙にそれぞれの名前を書いて即席のくじを作る。
くじ引きの結果、隼斗の隣にヤチヨ。
もう一組は彩葉の隣にかぐやという配置になった。
隼斗が布団の配置を決めながら、最後の一枚を整える。
「よし、こんなもんか」
四枚の布団が綺麗に並んだリビングダイニングを見渡して、隼斗が満足そうに頷いた。
「なんか、あれみたい!修学旅行だっけ?」
かぐやが布団の上にぺたりと座り込んだ。
「修学旅行は男女別だけどな。まあ雰囲気は似てるか」
「でも、こうやって並んでるの見ると、なんか楽しいじゃん」
「それは分かる」
彩葉も少し笑いながら、自分の布団の位置を確認した。
「じゃー恋バナしよ!定番なんでしょ?」
かぐやが枕を抱えながら言うと、ヤチヨがくすっと笑いながらツッコんだ。
「この四人で恋バナしても、お互いの話しか出てこないでしょ」
「あっ……ほんとだ!」
「……あんま
隼斗が眉根を寄せた。
キッチンで洗い物をしていた千鶴が笑いながら声を掛ける。
「それこそ今更でしょ」
「だとしても、こっぱずかしいんだよ」
「アンタ、そういうクールぶったところは昔から変わんないのね」
「『ぶった』って言うな。性分なんだよ、これが」
「はいはい」
千鶴は笑いながら洗い物を終え、手を拭いた。
「それじゃ、私とお父さんはもう休むわね。みんな、おやすみなさい」
「彩葉ちゃん、かぐやちゃん、ヤチヨちゃん、おやすみな。鶫もさっさと寝ろよ~」
「朝はゆっくりしてて良いからね」
「もう子供じゃないんだから分かってるよ、おやすみ~」
「おやすみなさい」
「おやすみー!」
「おやすみです」
「あーい、おやすみ~」
それぞれが声を返す。
リビングには、エアコンの穏やかな風だけが静かに流れていた。
「……ほんと、修学旅行みたいだねぇ」
鶫がぽつりと呟く。
「だから男女同室じゃねえって」
隼斗が苦笑する。
「細かいことはいいの!」
かぐやは自分の布団へ勢いよく飛び込んだ。
「ふかふかぁ~!」
ごろん、と一回転。
その様子に皆が思わず笑う。
「アンタはどこでも元気だなぁ」
彩葉も笑いながら布団へ腰を下ろした。
ヤチヨは自分の布団――隼斗の隣へ静かに腰を下ろし、広げられた布団を見つめる。
「……みんなでこうして寝るの、久しぶりだね」
「そうだな」
「旅行以来じゃない?ほら、草津の!」
「……あれは寝たって言うか、うん。やめよこの話」
彩葉が少しだけ顔を赤くした。
そんな会話に、ふふっと笑いを零した鶫が布団から立ち上がる。
「ウチもそろそろ寝ますね。おやすみなさーい」
「「「「おやすみ(~)(!)」」」
「また明日~」と言い残して、鶫が二階の自室へと向かう。
トントントン、と階段を上がっていく音を聞きながら、隼斗は周囲を見回した。
昼間は命に関わるほどの暑さだった。
けれど今は、涼しい風と、さっきまで響いていた笑い声の余韻に包まれている。
悪くない一日だった。
そう思いながら、隼斗は部屋の照明を少しだけ落とした。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。