①セミファイナル
タワーマンションのエントランス前。
帰宅した隼斗は、入り口の前で立ち往生している見覚えのある二人を見つけた。
「なにしてんのお前ら」
「あ、隼斗くん」
芦花が振り返る。
「お兄ちゃん丁度いいところに!アレ!アレなんとかして!」
鶫が入り口の隅を指さした。
「アレ?……セミ?」
地面に転がった、大きめのアブラゼミが一匹。
「かぐやちゃんにお昼お呼ばれしたんだけど……」
「入り口にあれがいて入れないの!」
「かぐやはなにしてんの。アイツは虫平気だろ」
「揚げ物してて手が離せないって」
「タイミング悪ぃなぁ。……でもアレ、もうお亡くなりだろ」
「分かんないじゃん!まだファイナって無いかもじゃん!」
「ファイナるて」
「隼斗くん、申し訳ないんだけど……」
「あー、はいはい。どかしてくりゃ良いのね」
「お願いできる?」
面倒くさそうに手をひらひら振りながら、隼斗はセミへ近付く。
指先が触れようとした、その瞬間だった。
セミの脚がぴくりと動いた。
「……」
持ち前の動体視力で、そのわずかな動きを見逃さなかった隼斗。
だが、次の瞬間。
ブオンッ
いきなり羽ばたいたセミが、隼斗の顔面めがけて飛んできた。
「「きゃあああああ!!」」
芦花と鶫の悲鳴が響いた。
隼斗は焦る様子もなく、飛んできたセミを素手で鷲掴みにした。
「「いやあああああ!!」」
二人の悲鳴が一段階大きくなった。
「まだ生きてたわ~」
ブブブブブッ、と羽を震わせるセミを持ちながら、隼斗が振り向く。
「そうだね!申し訳ないけどこっち来ないで!」
「酷くね?」
「ゴメン!本当にゴメンだけど向こうやってお兄ちゃん!」
「鳴かないからコイツ雌だわ」
「「いいからはやく!!」」
「助けてやったのにこんな扱い悪いことある?」
隼斗がぶつぶつ言いながら、二人と反対方向へ向かって歩き出す。
街路樹の幹に、そっとセミを引っ付けた。
「……よし」
軽く手を払いながら戻ってくる。
「なんか遠くね?」
二人との距離が、さっきより明らかに開いている。
芦花と鶫が、無意識に一歩ずつ後ろに下がっていた。
「ゴメン」
「なんで謝んの?」
「お兄ちゃん、上がったらまず手洗ってね」
「言われんでも洗うけどさ」
「できれば肘くらいまで洗ってね……」
「そこまで?」
深いため息をつきながらエレベーターへ向かう隼斗。
後ろから、芦花と鶫がそっとついてくる。
ただし、いつもより少しだけ距離を空けたまま。
「……なあ」
エレベーターの中で、隼斗がぽつりと言った。
「セミと、そのセミから助けてやった恩人への扱いがこれか?」
「恩人だとは思ってるよ」
芦花が真顔で言った。
「思ってるなら、そんな遠ざかるなよ。もう壁に引っ付いてんじゃねえか。セミか?」
「これは条件反射だから」
「条件反射で片付けるなって」
エレベーターの扉が開くと、二人が勢いよく下りた。
ぶつくさ言いながら隼斗も付いていく。
玄関のドアを開けると、揚げ物の良い匂いが漂ってきた。
「あ、来た来た!!」
かぐやがキッチンから顔を出す。
「みんな揃った?入り口にセミいたんでしょ?」
「隼斗くんが退治してくれた」
「退治じゃなくて移動させただけだからな」
「でも顔面ダイブされてたよね」
「未遂だわ」
かぐやが目を輝かせた。
「え、なにそれ聞きたい!」
「聞かなくて良い」
隼斗が洗面所に向かいながら、深いため息をついた。
リビングからは、鶫と芦花がキャーキャー話している声が聞こえてきた。
「……お前らな」
洗面所から顔だけ出して、隼斗が呆れたように言った。
「次からは自分でどうにかしろよ」
「「無理」」
即答だった。
②
隼斗はツクヨミの街角、待ち合わせ場所から少し離れた楼閣の屋根に潜んでいた。
「……来た」
鶫が姿を現す。
そわそわとした様子で、時計を何度も確認している。
しばらくして、待ち合わせ相手が現れた。
洋装。
ツクヨミでは珍しい燕尾服。
声はハスキーで、遠目には性別が判然としない。
「お待たせ、待った?」
「全然待ってないよ。そしたら行こっか」
……。
「『待った?』だと?」
隼斗の口から、低い声が漏れた。
「鶫はなぁ、1時間前からログインの準備をして*1」
「30分前にはログインして*2」
「10分前にはその待ち合わせ場所に来てたんだよ……*3」
「鶫の時間を無駄にしやがって。テメェの残りのツクヨミライフでキッチリ償ってもらおう」
チャキっと、長銃形態に変形した大刀を構える。
狙いは、燕尾服の相手。
「待たんかい!!」
背後から怒声が飛んだ。
「なに!?緊急招集って聞いてきてみれば鶫ちゃんのデートの邪魔!?」
彩葉だった。
息を切らしながら駆けつけている。
「デートじゃねえよ」
隼斗が振り返らずに言う。
「デートだとしてもお兄ちゃんは認めませんよあんな燕尾服なんてきてチャラついてる男なんて」
「やかましいわ!私も今のアンタがウチの副所長ってことを認めたくないわ!」
「見ろ彩葉。燕尾服だぞ。100%男だ。200%ノリでコスプレしてるチャラついた男だ」
「いや燕尾服だけで判断すんな」
「燕尾服ってチャラついてるの?だとしたら昔、隼斗も着てなかった?」
いつの間にかランチャーを背負ったかぐやが、隣で首を傾げていた。
「……」
隼斗が一瞬、言葉に詰まる。
「あれは文化祭の執事喫茶で、コンセプトがあってだな」
「そうそう。今もそんな感じでコンセプトあるんじゃないの?」
「あるわけねえだろ、アレはただの遊び人だそうに決まってる」
「あと今の俺は殺し屋
「え~なにそれおもろ~!」
なんてやり取りをしている二人の後ろで彩葉が深いため息をついた。
「冗談じゃない、こっちはヤチヨの配信アーカイブの消化を中断してまで来てるのに、妹のデートの邪魔ぁ?やってられんわ、戻る」
「おい待て、俺がいつそんなこと頼んだ」
「ああ、流石に理性が」
「俺はただ、アイツが二度とツクヨミにログインできねえようにしてえだけだ」
「もっとできるか!」
彩葉が額を押さえながら振り返った。
「はぁ……芦花も鶫ちゃんのセンパイとしてなんか言ってやってよ」
離れたところで、静かに様子を見守っていた芦花に声がかかる。
「誰が芦花って?」
芦花がゆっくりとサングラスをかけた。
「殺し屋ROKA
どこからか、KASSENのミニオンが装備している火縄銃まで取り出す。
いつも芦花の腰のポシェットに入っているオコジョまでサングラスを掛けタバコを燻らせている。
「なにやってんの。サーティーンってなに」
彩葉が呆れた声を上げる。
「鶫ちゃんが私の配信にデビューしてから13年目」
芦花が真顔で言う。
「もはや私にとっても鶫ちゃんは妹みたいなものなの。手伝うよ隼斗くん」
「芦花……」
隼斗の目に、一瞬だけ光が宿った。
芦花がそのまま隼斗の隣に陣取り、火縄銃を構える。
「あんなチャラついた配信者みたいな恰好の子に鶫ちゃんは渡せない。行くよ隼斗くん!」
「おう!」
隼斗が力強く頷いた。
「……ところで配信者ってチャラついてる判定なの?そこんとこも詳しく聞いていいか?」
「今はそれどころじゃないでしょ」
「ちょっと待てアンタら!!」
彩葉が声を張り上げる中、隼斗と芦花はそれぞれの銃を実体化させたまま、
屋根から飛び降りて鶫たちを追い始めた。
「ウッソぉ……」
彩葉が頭を抱えた。
「いやあの勢いだと二人ともホントにやりかねないな……。かぐや、止めに行くよ」
「かぐやって誰ぇ?」
彩葉の背筋が凍った。
「ゑっ」
「かぐやは殺し屋カグヤ
いつの間にか、レンズ部分が星形のサングラスをかけたかぐやが、KASSENで使っているランチャーを背負って立っていた。
「面白そうだから行ってきま~す!!」
シュタタタタと、かぐやは隼斗と芦花を追いかけていった。
「…………」
あんぐりと口を開け、取り残されて呆けていた彩葉だったが。
「おいおいおいおい!!!」
ハッと再起動し、二人と
追跡対象の二人はまだ隼斗たちに気づいていなかった。
「ねえ、あの店行かない?」
「行こ行こ」
二人が仲良く歩いている、その少し後ろ。
「……射線が通らねえな」
隼斗が建物の陰から狙いを定めている。
「隼斗くん、こっちから回り込もう」
芦花が別ルートを提案した。
「かぐやが先回りしとくね!!」
かぐやが屋根の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら追い越していく。
「お前、身のこなし良すぎるだろ」
「ウサギだからね~!!」
追跡は続く。
鶫たちが立ち止まって会話をするたびに、三人は物陰から様子を伺う。
「……男だな」
「でも声だけ聞くと女の人にも聞こえるよ?」
「つまり男が女声出してるってことか」
隼斗とかぐやが小声でやり取りしている。
「うぅん、確かにハスキーだけど、女の子っぽくもあるような……」
芦花が首を傾げた。
「性別不詳ってのが逆に怪しい」
「そこ怪しむとこじゃないと思う……」
しばらく尾行が続いた後、二人がとある喫茶店に入っていった。
「入るぞ。監視しやすい奥の席を確保する」
「私も」
「かぐやも!!」
三人が同時に店内へ突入しようとした、その瞬間。
「───ちょっと待ちなさい!!」
背後から彩葉の声が響いた。
「はぁ、はぁ……やっと追いついた……」
追いついた彩葉が、肩で息をしていた。
「もう限界。三人とも、一旦落ち着いて」
「彩葉、今良いところなんだ」
「良いとこじゃないでしょ、鶫ちゃんの友達を犯罪者みたいに追い回してるだけでしょ」
「まだ犯人と決まったわけじゃないが、限りなく黒に近いグレーだ」
「証拠は?」
「燕尾服」
「それだけ?」
「それだけで十分だろ」
「十分じゃないから!!一回頭冷やそう!」
彩葉が三人を強制的に喫茶店の外の路地に連れ出した。
「とりあえず、鶫ちゃんに直接聞いてみよう」
「正気か?」
「正気だよ。尾行なんかより、よっぽど正気でしょ」
彩葉が鶫にメッセージを送った。
『鶫ちゃん、いまツクヨミだよね?』
『マップ見ると近くなんだけど、ちょっとだけ外出てこられる?』
すぐに返信が来た。
『え、どうしました?いいですけど』
数分後、鶫が喫茶店から出てきた。
「彩葉さん?どうしたんです?」
「……あの、実はね」
彩葉が気まずそうに事情を説明し始めた。
説明を聞き終えた鶫の顔が、みるみる赤くなっていく。
「───はぁ?」
低い声だった。
鋭い視線が隼斗をその場に縫い付ける。
「お兄ちゃん、今の説明、本当?」
「……」
隼斗が目を逸らした。
「サーティーンとか言って、銃まで持ち出したの?」
「……」
「あの子、友達だから。ただの友達。しかも……」
鶫が深いため息をついた。
「その燕尾服、なんでかっていうと」
鶫が言い淀んだ。
「……お兄ちゃんのせいだから」
「は?」
「文化祭の時。お兄ちゃんが執事喫茶で燕尾服着てたの、見た友達の一人だから、あの子」
隼斗の動きが止まった。
「あの後、燕尾服フェチになったって言ってた」
「……」
「本人に直接言うのもあれだから黙ってたけど、これはもう言うしかないよね」
隼斗の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
「……つまり」
「うん」
「あの時の俺のファンサが、原因ってことか?」
「そういうこと」
芦花とかぐやが、じっと隼斗を見つめている。
「隼斗くん……」
「隼斗ェ……」
「……」
そこへ、彩葉が二刀のブーメランをするりと取り出した。
刀身が不気味にぬらりと輝く。
「アンタのせいで性癖壊れたのが原因やんか!!」
峰打ちで、勢いよく隼斗を殴った。
「ぐはっ」
「元はと言えば全部隼斗の自業自得!!」
「待っ」ゴッ
「鶫ちゃんに迷惑かけて!」
「いろh」ガ゙ッ
「芦花もかぐやも巻き込んで!!」
「落ちt」ドボッ
「しかも原因は全部自分!!」
「燕尾服は着せられt」バキィッ
「ノリノリでファンサしたのは誰!!!!」
「い、痛ぇ……心が……」
「街区だから痛くないんじゃない?」
隼斗がその場にうずくまった。
かぐやがフィードバックないよね?と言いながらその隼斗をつんつんと突いている。
「お兄ちゃんの馬鹿……」
鶫が呆れたように呟く。
「あの子に、ちゃんと謝ってきなさい」
「……分かった」
隼斗が店内に入ると、燕尾服の相手がテーブル席で紅茶を飲んでいた。
「あの、すみませんが」
「はい?……え、JunY0uさん!?」
相手が目を丸くする。
「すみませんでした!!!!!」
隼斗が深々と頭を下げた。
「……へ?」
事情を、隼斗が要点だけかいつまんで説明する。
待ち合わせを見て早とちりしたこと。
勝手に殺し屋のふりをして追い回したこと。
本当に申し訳ないことをしたこと。
相手はしばらく目を丸くしたまま聞いていたが、やがて小さく笑った。
「……そういうことだったんですね。いきなり謝罪されて驚きました」
「本当に、すみません」
「大丈夫ですよ」
相手が穏やかに首を振った。
「特に何かされたわけでもないですし」
「……そう言ってもらえると助かる」
隼斗がほっと息を吐いた。
「それにJunY0uさん……というか、隼斗さんには感謝してるんです」
「……感謝?」
隼斗が眉をひそめた。
なんの話だ。
「ええ」
相手が少し照れくさそうに笑った。
「自分の
隼斗の動きが止まった。
「……」
ゆっくりと、鶫の方を見る。
「……」
鶫が無言で頷いた。
「……」
ゆっくりと、彩葉の方を見る。
「……」
彩葉が二刀のブーメランを構えながら、無言でチョイチョイと手招きしていた。
「すみません、ちょっと外出てきます」
隼斗が静かに言った。
「はい?ええ、どうぞ」
相手が不思議そうな顔をしながら見送る。
覚悟を決めた顔で、隼斗が店の外へ出ていった。
ドゴォッ
バキィッ
ゴグワッ
外から、大音量の殴打音が響いてきた。
「……」
店内に残された相手が、窓の外をちらりと見た。
「あの、皆さん配信で見てるまま、仲良いんですね」
いつの間にか店内に入っていたかぐやが、にこにこしながら答えた。
「うん、いつものことだよ!」
「そうなんですね……」
殴打音は、しばらく続いた。
③黒鬼との麻雀配信
「よー、ジュンヨウだ。今日は黒鬼の三人と麻雀配信だ」
配信タイトルは【麻雀】黒鬼と真剣勝負してみた【JunY0u×帝×雷×乃依】
「よう、子ウサギ共。お前らの帝様がきたぜ」
「雷だ」
「乃依で~す」
「ルール説明する。四人打ち、東南戦。特にハンデはなしだ」
「へぇ、ジュンヨウ結構打つの?」
乃依が興味深そうに聞いた。
「まあ、そこそこ」
「そこそこって、その言い方が一番怖いんだよな」
帝が苦笑した。
「雑誌のインタビューで見たけど、雷って麻雀運だけって言われてなかったか」
「言われてる。事実だから否定しない」
雷が淡々と答えた。
「よし、始めるぞ」
東一局
配牌。
「……」
隼斗が牌を静かに並べ替える。
帝も同様に、真剣な表情で手牌を整理していた。
「ジュンヨウ、リーチかけそうな顔してる」
乃依がぼそっと言った。
「……お前なぁ、まだ配牌見ただけだろ」
「顔見りゃ分かるもん」
数巡が進む。
雷が牌を捨てた瞬間。
「あ」
雷が小さく声を漏らした。
「どうした」
「今の、残しとけばよかったかも」
「言うのおせえよ」
帝が呆れたように言う。
「でも、まあ良いや」
雷が特に気にした様子もなく次の牌を引く。
数巡後、雷が目を見開いた。
「……これ和了ったかも」
「は?」
帝が固まった。
「さっき切る牌間違えてなかったか?」
「なんか、揃った。と思う。見てもらっていい?」
「それ倒して違ったらチョンボだからな」
雷が手牌を倒すと、綺麗にツモの形になっていた。
「「「う~わぁ……」」」
隼斗、帝、乃依が同時に声を漏らした。
「……雷、今の打牌の仕方、なんか適当じゃなかったか?」
隼斗が疑わしげに聞いた。
「適当だった」
「適当でダマツモすんな」
「運が良かった」
「運の一言で片付けるな……」
帝が頭を抱えた。
東二局
「さっきので流れが雷に行った気がするわ」
帝がぼやきながら牌を並べる。
「そういう時こそ、しっかり牌効率考えないとね?」
乃依がにやりと笑った。
「言われなくても分かってる」
帝が集中し始める。
役牌を集めながら、慎重に手を進めていく。
隼斗はその様子を横目で見ていた。
「……帝、さっきから捨て牌の間隔が一定だな」
「あ?」
「迷ってる牌は少し長く持って、迷ってない牌はすぐ切ってる。何狙いか読まれるぞ」
「……」
「今は索子待ちか?一索と八索が混じってるけど他の捨て牌は萬子と筒子ばっかだ」
帝が一瞬、動きを止めた。
「お前、そういうとこ見てんのか」
「見てないと勝てないからな」
「じゃあ俺も観察してみようかな」
乃依が身を乗り出した。
「ジュンヨウの手、リーチ近そうだよね」
「……なんでそう思う?」
「顔が真剣になってきてる」
「顔の話ばっかだな、お前」
「顔って結構出るんだよ、色々」
「ま、それは俺も同意」
乃依がにこにこしながら牌を切る。
数巡後、隼斗がリーチをかけた。
「リーチ」
「言った通りじゃん」
乃依が満足げに笑った。
「勘が良すぎるだろ」
「勘じゃなくて、観察だよ」
その局は、隼斗が無事に和了した。
「よ~しお前ら点棒寄越せ~」
「くっそ、読んでたのに」
帝が悔しそうに言う。
「読まれても、他に選択肢がなかったからな。押すしかなかった」
隼斗が淡々と答えた。
東三局
「そろそろ本気出すか」
帝が椅子に座り直した。
「牌効率、真剣に考えるとこうなるよね~」
黙々と手を進めていく帝。
だが、その集中を乱すように、乃依が口を開いた。
「帝、また裏目引いてない?」
「……」
「顔がちょっと曇った気がする」
「……揺さぶるな」
「揺さぶってないよ~、感想言っただけ~」
「雷、お前もなんか言ってやれ」
帝が助けを求めるように言った。
「……特にない」
「役に立たねえ」
「役に立たなくて悪かったな」
その間にも、雷は特に何も考えていなさそうな顔で牌を引き、また特に何も考えていなさそうな顔で捨てていく。
数巡後。
「ツモ」
雷が静かに手牌を倒した。
「「「またかよ!!」」」
三人の声が揃った。
「……雷、お前どういう理屈で麻雀してんだ」
隼斗が思わず聞いた。
きょとんとした顔で雷が答える。
「理屈なんてない。引いた牌を、なんとなく組み合わせてる」
「なんとなくで勝つな……」
「勝てる時は勝てる」
雷が涼しい顔で言った。
南入り
「このままだと点数やべえな」
帝が点棒を数えながらぼやいた。
「ジュンヨウと雷が抜けてる」
「雷は運だから対策できないけど、ジュンヨウはなんか対策できそうな気がする」
乃依が隼斗を見ながら言った。
「対策って言われてもな」
「読みで対抗しようとしてるんでしょ?だったら、逆に読ませてみるのはどう?」
「……フェイクの表情作るってことか」
「そうそう」
乃依が楽しそうに笑った。
「俺、それ得意だから見ててよ」
数巡後、乃依が牌を切る手を、わずかに躊躇わせた。
隼斗がその動きを見て、少し眉を寄せる。
「……」
その一巡後、乃依が牌を引いた瞬間、ほんのわずかに口元が緩んだ。
切られた牌は萬子の四。
「四萬……?乃依、もしかしてもうテンパったか?」
「いや~どうかな~」
「……」
隼斗が警戒し、打牌が慎重になる。
攻めるつもりだった手を止め、安全牌を優先して切り始めた。
隼斗の川に自分の安全牌が並び始めたのを察して、乃依が小さく笑った。
「さっきの四萬、フェイクだったんだけどな」
「え」
隼斗が固まった。
「顔だけ作って、本当は全然揃ってなかった」
「……マジか」
「二向聴だったかな。ふふ、たまには俺も読み勝つよ」
「……やられた」
隼斗が苦笑した。
「お前、本当に人読みうまいな」
「褒め言葉として受け取っとくね」
笑いながら乃依が次の牌を切った。
ニヤニヤしながら帝も牌を切る。
「ふっふ、ウチの乃依も中々やるだろ?」
「あ、それロンね。帝ちゃん跳満直撃ぃ~」
「俺かよ!?!!?」
オーラス
最終局。
点数はほぼ横並びだったが、雷がわずかにリードしていた。
「このままだと雷が勝つのか」
帝が渋い顔をする。
「運だけで勝たれんの癪だな」
「運だけってこと、本人はなんとも思ってなさそうだけど」
隼斗が雷の方を見た。
雷は特に気負う様子もなく、静かに牌を並べている。
「雷、優勝したい気持ちある?」
「別に、勝ったら嬉しいくらい」
「その温度感で毎回勝つのずるいだろ」
帝がぼやいた。
最終局が進む。
帝が牌効率を駆使して手を進める。
隼斗と乃依が互いに読み合いを続ける。
そして雷は、相変わらずの飄々とした様子で牌を引いていた。
「……ツモ。ドラ一枚あるけど、赤いのと裏も乗ってるのかなこれ」
雷が手配を倒しながら静かに言った。
「「「……」」」
三人が同時に脱力した。
「……今日、俺と乃依でずっと頭脳戦してたのに、結局雷が全部持ってったな」
隼斗が椅子にもたれかかりながら言った。
「毎回こうなんだよ」
帝がため息をついた。
「雷相手に本気出すの、馬鹿らしくなる時ある」
「本気出しても出さなくても、結果あんま変わらないんだよね俺」
雷が淡々と言った。
「それはそれで悔しいな」
乃依が苦笑した。
「今日はジュンヨウの人読み、勉強になったよ」
「お前もたいがいだったけどな」
「褒め言葉として受け取っとくね~」
隼斗が小さく笑った。
「いい時間だし今日はここまでにしとくか。おつかれ~」
「おつかれ」
「おつかれ様」
「おつかれ~」
④朝日とのサシ呑み
『隼斗、今夜空いてるか?』
夕方、スマホにメッセージが届いた。
差出人は帝アキラ――彩葉の兄、酒寄朝日。
『空いてるけど、どうした』
『たまには二人で呑まないか。積もる話もあるし』
……珍しいな。
朝日から直接誘われることは、そう多くない。
大抵は彩葉経由で連絡が来る。
『分かった。どこ行く』
『前と同じとこで良いか。完全個室のバー』
『了解』
夜。
路地裏の小さなバー。
先に来ていた朝日が、グラスを傾けながら片手を上げた。
「よお」
「よお。珍しいな、直接誘ってくるの」
「たまにはいいだろ。座れよ」
隼斗が向かいの椅子に腰を下ろす。
バーテンダーにウィスキーのロックを頼んだ。
「今日はなんの用だ」
「用がないと呼んじゃいけないのか」
「そういうわけじゃないが」
朝日が少し笑った。
「まあ、強いて言えば……最近、お前の様子が気になっててな」
「俺の様子?」
「研究所も忙しそうだし、配信も相変わらずやってるし。彩葉から聞いてる限りだと、休みらしい休みもあんまり取れてないんじゃないかって」
隼斗のグラスが運ばれてくる。
一口飲んで、少し考えた。
「まあ、忙しいのは事実だな」
「だろ」
「でも、嫌々やってるわけじゃないしな」
「それも分かってる」
朝日が自分のグラスを見つめながら言った。
「ただ、彩葉たちのことを大事にしてるからって、自分のこと後回しにしすぎてないか、心配になっただけだ」
隼斗が少し黙った。
「……お前がそういうこと言うタイプだとは思わなかった」
「俺だって、妹の旦那の体調管理くらい気にするさ」
「旦那じゃねえって」
まだ。
「もう十年以上経ってんのに?」
「時間の問題じゃなねえだろ」
隼斗が苦笑した。
「そういや」
朝日がグラスを回しながら言った。
「彩葉の方は、最近どうだ?」
「相変わらずだよ。研究所で忙しくしてる」
「幸せそうか」
単刀直入な質問だった。
隼斗も、単純に答える。
「幸せだと思う。本人もそう言ってた」
「……そうか」
朝日が小さく息を吐いた。
「なら良い」
「毎回聞いてくるよな、それ」
「兄貴だからな」
「兄貴の役目、それだけで良いのか」
「良いんだよ。妹の幸せ確認するのが一番大事な仕事だ」
隼斗が笑った。
「かぐやちゃんとヤチヨちゃんは?」
「二人とも元気だ。義体の調子も問題ない」
しばらく、他愛のない会話が続いた。
黒鬼の活動の話。
研究所の様子。
最近のライブの話。
「……なあ」
グラスが二杯目になった頃、朝日が少し声のトーンを落とした。
「聞いていいか」
「なんだ」
「お前は、今幸せか?」
隼斗が少し驚いた顔をした。
「……なんだよ、急に改まって?」
「いや、いつもお前は彩葉の話とかかぐやたちの話ばっかするけど、お前自身がどうなのかって、あんまり聞いたことなかったなと思って」
隼斗が少し考えた。
グラスの中の氷が、小さく音を立てて溶けていく。
「……幸せだよ」
静かに答えた。
「毎日、賑やかで。飯作って、みんなで食って。配信して、研究所で仕事して。そういう当たり前の積み重ねが、幸せなんだと思う」
「……そうか」
朝日が少し目を細めた。
「それなら安心した」
「お前、俺の幸せまで確認する義理あるのか」
「あるだろ。妹の旦那なんだから」
「だから旦那ではねえって」
「まだ、か?」
「…………」
隼斗が無言でウィスキーを煽る。
朝日も笑いながらグラスを傾けた。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
会計を済ませて店を出る頃、朝日が言った。
「たまにはこういうのも悪くねえな」
「またやろう」
「気が向いたらな」
「お前もその言い方好きだよな」
「彩葉に言われて気づいた。口癖になってるのかもしれん」
隼斗が苦笑した。
夜の街を、二人並んで少し歩く。
「隼斗」
「なんだ」
「これからも彩葉のこと、頼むな」
「言われなくても」
「あの二人のことも」
「分かってる」
朝日が満足そうに頷いた。
「じゃあな」
「おう、また」
それぞれの方向へ、二人は別れて歩いていった。
なお、②はギャグ時空なので今後の番外編には反映されません。
しかし性癖をぶち壊された鶫の友人自体はギャグ時空ではない本編軸にもいます←
ヨーダ2546さん、評価いただきありがとうございます。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。
私は有休をとって明日(8/7)のムビチケ争奪戦に挑みます。