ただ『超かぐやメシ!』はちょっとさぁ、公式さんさぁ、ズルじゃん。
なんなのよ、てえてえじゃないのよ。
公式からの供給で、体にエネルギーが満ち満ちていくじゃないのよ。
「隼斗の弱点が知りた~い!」
突然、かぐやがそう言い出した。
「アンタ、またそんなこと言って」
彩葉は呆れたように言いながら、手元のスマホから顔を上げる。
「だぁって、気にならない?」
かぐやはソファの背もたれから身を乗り出した。
「ゲームも料理も運転も歌も勉強もできるし、虫も平気なんだよ?」
「なんか一つくらい弱点があった方が可愛げあるじゃん!」
「まあ……言われてみれば、確かに」
ヤチヨが顎に手を当てる。
「隼斗って、苦手なものあったっけ?」
「ほら!」
かぐやが嬉しそうにヤチヨを指差した。
「ヤチヨも気になるんじゃん!」
「いや、気になるというか……」
ヤチヨは少し考える。
「単純に、私も思いつかないなって」
「でしょ~?」
かぐやが得意げに胸を張る。
彩葉は小さくため息をついた。
「でも、弱点って言うなら一個あるじゃない」
「なになに?」
「目が良すぎてあんまりKASSENできないっていうのは?」
「あ~」
かぐやが一瞬考える。
「それは長所と引き換えじゃん?」
「まあ、そうだけど」
「だからノーカン!」
「アンタ、判定が雑すぎない?」
彩葉が呆れる。
「それに、もっとこう……『実はこれだけは苦手です』みたいなのが知りたいの!」
「例えば?」
「虫が怖いとか、高いところがダメとか、暗いところが怖いとか!」
「隼斗、全部平気そうだけど」
「じゃあホラー!」
「むしろ楽しむ側じゃない?」
「絶叫マシン!」
「喜んで乗るでしょ」
「辛いもの!」
「普通に食べる」
「お酒!」
「強い」
「……」
かぐやが黙った。
「……なんか腹立ってきたな~!」
「本人に何の罪もないのに?」
あまりの理不尽さに彩葉が笑う。
「だって一個くらいあってもいいじゃん!」
「まあまあ」
ヤチヨが苦笑する。
「でも、そう言われると私も少し気になるかな」
「でしょ!」
かぐやが再び食いついた。
「隼斗の弱点、探してみようよ!」
「どうやってよ」
「うーん……」
かぐやが腕を組む。
しばらく考えたあと。
「……とりあえず、まずは鶫に聞いてみよう!」
「他人任せかい」
彩葉が即座に突っ込んだ。
「だって鶫なら、隼斗の小さい頃のこととか知ってそうじゃん!」
「それは確かに」
ヤチヨが頷く。
「そういえば、前に鶫から聞いた話があったような……」
「ほら!」
かぐやが身を乗り出す。
「なになに?」
「昔、結構子供っぽい失敗はしてたって話」
「へぇ~!」
かぐやの目が輝いた。
「それ、詳しく聞きたい!」
「でも、今の隼斗の弱点とは関係ないんじゃない?」
彩葉が冷静に指摘する。
「それも後で聞けばいいじゃん!」
「後でって……」
「まずは隼斗の弱点がないか調べよう!」
かぐやは完全に乗り気だった。
「……で、具体的にはどうするの?」
「……」
かぐやが考え込む。
「…………とりあえず」
「うん」
「鶫に聞いてみよう!」
「結局話はそこに戻るのね」
彩葉が呆れたように笑った。
「じゃあ、呼んでみる?」
ヤチヨがスマホを手に取る。
「芦花と真実も呼んだら?こういうの、人数がいた方が思いつくかもしれないし」
「いいね!」
かぐやが即答した。
「三人とも呼ぼう!」
「本気で調査する気?」
「もちろん!」
かぐやが拳を握る。
「名付けて!」
「いや、名前はいらないから」
「……『隼斗の弱点捜索大作戦』!」
「だからいらないって」
彩葉が苦笑する。
「というわけで、緊急招集!」
かぐやがグループチャットを開き、勢いよくメッセージを打ち込んだ。
「よし!三人とも来てくれるって!」
かぐやが満足そうにスマホを置いた。
「隼斗、今日は遅くなるって言ってたよね」
「うん、確かね」
彩葉が頷く。
「じゃあ、その間に集合だね!」
「なんだか、本当に調査みたいになってきたね」
ヤチヨが楽しそうに笑った。
「当然でしょ!」
かぐやが胸を張る。
「隼斗の弱点を見つけるまで終わらないからね!」
「……そこまでしなくてもいいと思うけど」
彩葉はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。
一時間と少し後。
タワーマンションのリビングに、鶫、芦花、真実の三人が集まっていた。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす!」
「……お兄ちゃん、まだ帰ってきてないよね?」
玄関から顔を出した鶫が、周囲をきょろきょろと見回す。
「大丈夫だよ!」
かぐやが笑顔で手を振った。
「今日は遅くなるって言ってたから!」
「ならいいけど……」
鶫は少し安心したように息を吐いた。
三人がソファやラグの上に思い思いに腰を下ろす。
その間に、かぐやはどこからかホワイトボードを引っ張り出してきた。
「じゃあ、さっそく調査開始!」
ホワイトボードをリビングの中央に据え、かぐやがマーカーを構える。
「まず、鶫!」
「はい?」
「ちっちゃい頃の隼斗の失敗、なんか知らない?ヤチヨが聞いたことあるって」
「ちっちゃい頃のお兄ちゃんの失敗?」
鶫が首を傾げる。
「ウチ、そんなの話したことあったっけ?」
「ほら、かぐやの卒業ライブの作戦会議のあと」
ヤチヨが静かに口を開いた。
「隼斗に『鶫は連れて行かない』って言われたとき」
「…………」
鶫が固まった。
そして――
「あ~あ~あ~!!」
両手で顔を覆う。
「思い出した?」
「なんか勢いで言ったのは思い出した!」
鶫が顔を上げる。
「……でも、なに言ったっけ?」
「ん~……」
ヤチヨが記憶を辿る。
「なんか、自転車?とか、滑り台?とか……ヒーローとか?」
「あ~、はいはい!」
鶫が指を折りながら思い出していく。
「滑り台から飛び降りて足を挫いたのと、自転車に二人乗りで爆走してコケたのと……」
「うんうん」
「あと、ヒーローが自己犠牲する展開で毎回泣いてた話か!」
「本当に子供っぽい失敗してる」
最後のは失敗というより可愛らしいけど、と芦花が思わず笑った。
「ガキぃ~」
かぐやもにんまりと笑う。
「アンタが言えたことか」
彩葉が即座に突っ込んだ。
「うちの弟みたいなことしてるな~」
真実がしみじみと言う。
「んでも、子供の頃の話だからなぁ」
鶫が腕を組む。
「今のお兄ちゃんの弱点って、想像つかないや」
「確かに」
ヤチヨが頷く。
「今の隼斗からは、そんなポンコツエピソードは想像できないもんね」
「絶対しないよね、こんな失敗」
かぐやがホワイトボードに、聞いた話を書き込んでいく。
・滑り台から飛び降りて足を挫く
・自転車二人乗りで爆走してコケる
・ヒーローの自己犠牲展開で号泣
「うーん……」
かぐやがホワイトボードを眺める。
「やっぱり、今の隼斗の弱点じゃないなぁ」
「そりゃそうでしょ」
彩葉が苦笑する。
「十年以上前の話なんだから」
「でも!」
かぐやがマーカーを握り直す。
「絶対何かあるはず!」
「そんなに自信満々に言われても……」
芦花が苦笑する。
「隼斗くんって、頭もいいし、何でもできるイメージあるからなぁ」
「それなんだよね」
真実が腕を組む。
「完璧超人すぎて、逆に弱点が見えにくいんだよね」
「だったら、ここにいる全員で考えればいいじゃん!」
かぐやが勢いよくホワイトボードを振り返る。
「今日は徹底的に洗い出そう!」
「……なんか、本当に始まっちゃったなぁ」
彩葉がため息をつく。
「まあ、面白そうだし、付き合うよ」
ヤチヨが笑う。
「私も!」
真実が手を上げる。
「ウチも、まあ……昔の話を聞かれた以上、気になるし」
鶫も苦笑しながら頷いた。
芦花も肩をすくめる。
「じゃあ、私も参加する」
「よーし!」
かぐやが嬉しそうにマーカーを掲げた。
「それじゃあ~♪」
ホワイトボードの一番上に、大きくタイトルを書き始める。
・滑り台から飛び降りて足を挫く
・自転車二人乗りで爆走してコケる
・ヒーローの自己犠牲展開で号泣
「……本当に書くんかい」
彩葉が呆れた。
「当然!」
かぐやは満面の笑みを浮かべた。
「絶対に一個くらい、見つけてみせるんだから!」
こうして、隼斗本人の与り知らぬところで、『隼斗の弱点捜索大作戦』が始まった。
「じゃあ、思いつく限り出していこう!」
かぐやがホワイトボードに新しい欄を作った。
「まず、虫」
「平気だよね、完全に」
彩葉が即答する。
「うん、私と鶫ちゃんもついこの前助けてもらったし」
「エントランスの前にセミがいたやつですね」
「隼斗、あのあと遠ざけられたのちょっと哀しそうにしてたから、別の方面でダメージはあったみたいだけど」
「…………また今度謝っとこうね」
「そうですね……」
芦花と鶫がちょっとバツが悪そうにする。
「かぐやも見たことある。前住んでたアパートでゴキブリ出ても、嫌そうな顔はしてたけど普通に対応してた」
「あのアパート、ボロだったからなぁ……」
「カブトムシとかクワガタもテンション上がってたし、虫は平気かぁ」
「毒があったりとか、そういうのは別だろうけどね」
かぐやがマーカーで『虫→平気』と書き込む。
「高いところは?」
芦花が聞いた。
「これは検証済みだよね」
彩葉が言う。
「前に脚立登らせたけど平気だった。観覧車とかも普通に乗ってるし」
「じゃあ高所も平気かぁ」
「そもそもツクヨミとはいえ、空飛ぶウルト使ってるし」
「ちょっと待ってください、彩葉お姉さんお兄ちゃんと観覧車乗ったことあるんです?」
『高所→平気』
「暗いところは?」
真実が挙げる。
「夜中に電気消して探し物したことあったけど、普通に見つけてた」
ヤチヨが言った。
「暗所も問題なしか」
「くっそー、ハヤブサの癖にぃ」
「別に名前が鳥だからって鳥目なわけじゃないぞ、かぐや」
鶫がかぐやに苦言を呈すが、かぐやはどこ吹く風でホワイトボードに書き込みを続ける。
『暗所→問題なし』
「ホラーは?」
「むしろ好きな方だと思う」
彩葉が苦笑した。
「一緒に映画観たことあるけど、私の方が悲鳴上げてたし」
「むしろ楽しんでるまであった」
「いきなり驚かされる、所謂ジャンプスケアは驚いてたけど……」
「それはかぐやも驚くしな~」
『ホラー→むしろ楽しむ』
「絶叫マシンは?」
「遊園地行った時、率先して一番前の席に座ってた~」
かぐやが思い出しながら言う。
「楽しんでたよね、あれ」
「これもKASSENのウルトに通ずるもんな~」
「あれ、一回使ったことあるけど、速すぎてなんも分からんかったよ」
『絶叫マシン→楽しむ』
「辛いものとかは?」
真実が挙げた。
「KOKO壱の5辛のカレー、普通に完食してたよ」
「私が涙目になってる横で平然と食べてた」
彩葉が少し悔しそうに言う。
「10辛とかになると分からないかもけど、そんなの真実以外、この中の誰も食べられないし」
「芦花さんや?私も平気ではないからね?たま~~~に食べたくなるだけだからね?」
「たまに食べたくなれる時点で凄い舌だと思うよ」
「褒められてる気がしないなぁ~?」
『辛いもの→普通に食べる』
「お酒は?」
「強い」
彩葉が即答した。
「一升瓶空けても普通に喋ってたことあるし」
「強すぎる……」
鶫が呟く。
「鶫ちゃんはお酒どうなの?」
「そこそこです。成人してから皆さんとも、大学でも飲み会行ってますけど、まだ潰れたことはないですね」
「遺伝かぁ」
『お酒→強い』
「ゲームは?」
「それはもう論外でしょ」
かぐやが肩をすくめた。
「KASSENは目の良さで反則級に強いし、他のゲームも大体上手いもん」
「器用だからな~」
『ゲーム→強い』
「勉強は?」
「研究所の副所長やってるくらいだから、言うまでもないよね」
彩葉が言う。
「そもそも東大の時点でじゃない?」
「日本の最高学府~」
芦花と真実が揶揄うように囃し立てる。
同じ東大を卒業した彩葉が少し顔を赤くした。
『勉強→東大』
「あ、そしたら寝起きとかは?低血圧で機嫌悪くなるとか」
真実がパッと思いついたことを挙げる。
「うーん……」
「隼斗、朝強いよね?」
「朝、私たちの中で一番起きるの早いし」
「前に『夜更かしした時も普段通りの時間に起きちまうんだよな……』ってぼやいてた」
「それはそれで弱点な気がするけど〜」
「でもそれで日中パフォーマンス落ちてるの見たことないや」
「もしかしたら殺人級の睡魔に襲われてるかもだけど、表に出てないし」
「くそ〜」
『朝→強い』
「料理は?」
「言わずもがなでしょ~」
かぐやが即座に言った。
「うちの台所は隼斗とかぐやとヤチヨの縄張りです、ハイ」
彩葉が居住まいを正しながら言う。
けらけらと笑いながら、かぐやがホワイトボードに書き込む。
『料理→美味い』
「運転は?」
「RX-8乗りこなしてるし、バイクも」
彩葉が答える。
「上手いかどうかは分かんないけど、下手ではないよね~」
「昔はバイクで何度かコケてはいましたけどね」
「でも隼斗の運転で酔ったことないしな~」
「義体って車酔いの機能もついてるの?」
『運転→上手い』
「歌は?」
「配信でよく歌ってるけど、上手いよね」
芦花が言う。
「ライブやってるしねぇ」
「コメント欄のみんなからも評判良いもんね、隼斗の歌」
「『低音が気持ちいい』とか『感情乗ってる』とかね」
「デュエットのときに特にそう思うんだけど、隼斗、声の重ね方が上手いんだよね~」
「あ~、分かる。ハモってる方も気持ちいいよね」
『歌→上手い』
「機械は?」
「研究所の機材とか、普通に直しちゃうし……それこそバイクも弄ってるしね」
彩葉が言う。
『機械→強い』
「研究は?」
「もう聞くまでもないでしょ」
『研究→強い』
「スポーツは?」
「体育祭の時、全部万能だった気がする」
真実が思い出しながら言った。
「体育の授業では球技も、器械体操も、長距離走も、水泳も、ダンスまでそつなくこなしてたよね」
芦花が付け加える。
「授業と言えば柔道もやってたよね。ウチの旦那が『今度こそ隼斗くんから一本取る。…………取りたい』って言ってたの覚えてる」
「弓道までできるとか聞いたことある。私たちの高校、確かに体育の選択で弓道あったけど」
彩葉が言う。
「ちゃんとした作法までできてたのかはともかく、的には当たるって」
「変わり種すぎる~」
『スポーツ→球技、器械体操、長距離走、水泳、柔道、弓道まで全部こなす』
ホワイトボードには、隼斗の得意分野がずらりと並んでいた。
・滑り台から飛び降りて足を挫く
・自転車二人乗りで爆走してコケる
・ヒーローの自己犠牲展開で号泣
・虫→平気
・高所→問題なし
・暗所→問題なし
・ホラー→むしろ楽しむ
・絶叫マシン→楽しむ
・辛いもの→普通に食べる
・お酒→強い
・朝→強い
・ゲーム→強い
・勉強→東大
・料理→美味い
・運転→上手い
・歌→上手い
・機械→強い
・研究→強い
・スポーツ→球技、器械体操、長距離走、水泳、柔道、弓道まで全部こなす
「……弱点、な~んも出てこないんだけどぉ」
かぐやがマーカーを持ったまま項垂れた。
「これ、逆に清々しいな」
彩葉が苦笑する。
「隼斗くん、本当に何でもできるんだね」
真実が半ば感心したように言った。
「弱点なしって、それはそれで怖くない?」
芦花が首を傾げる。
「人間らしくないというか」
「でも、絶対何かあるはずなんだよ!!」
かぐやはまだ諦めていなかった。
「じゃあ、直接聞いてみたら?」
鶫が提案した。
「それだと素直に答えてくれないんじゃない?」
彩葉が首を振る。
「隼斗、そういうの隠すタイプでしょ」
「うーん……」
かぐやが腕を組んだ。
そして、しばらく考え込んだあと。
「あ」
「どうしたの?」
ヤチヨが尋ねる。
「そういえば隼斗ってさ」
かぐやが顔を上げる。
「お願いすると、いつも『気が向いたらな』って言うよね」
「言ってる」
彩葉が即答した。
「言うね」
ヤチヨも頷く。
「言う」
芦花。
「言うねぇ」
真実。
「……昔から言ってた気がする」
鶫まで頷いた。
「…………」
全員が黙った。
互いの顔を見る。
そして、もう一度ホワイトボードを見る。
・滑り台から飛び降りて足を挫く
・自転車二人乗りで爆走してコケる
・ヒーローの自己犠牲展開で号泣
・虫→平気
・高所→問題なし
・暗所→問題なし
・ホラー→むしろ楽しむ
・絶叫マシン→楽しむ
・辛いもの→普通に食べる
・お酒→強い
・朝→強い
・ゲーム→強い
・勉強→東大
・料理→美味い
・運転→上手い
・歌→上手い
・機械→強い
・研究→強い
・スポーツ→球技、器械体操、長距離走、水泳、柔道、弓道まで全部こなす
そして、隼斗の口癖のような。
『気が向いたらな』
かぐやがゆっくりとマーカーを持ち上げた。
「……これじゃない?」
「え?」
彩葉が振り返る。
「弱点」
「でも、それって断ってるだけじゃない?」
芦花が首を傾げる。
「いや……」
ヤチヨが何かを思い出すように目を細める。
「よく考えてみると……」
「そのあと、大体やってくれてません?」
鶫が言った。
「あ」
真実が声を漏らした。
全員の視線が、鶫に集まる。
鶫が指を立てる。
「お兄ちゃん、『気が向いたらな』って言った後、なんだかんだやってくれること多くないです?」
「……」
「…………」
「………………」
全員の顔に、少しずつ何かを察した表情が浮かんでいく。
「待って」
かぐやが呟いた。
「これ……もしかして」
彩葉が腕を組む。
「『断ってる』んじゃなくて……」
「その場では一回逃げるけど」
ヤチヨが続ける。
「結局、折れてる?」
「…………」
かぐやがホワイトボードを見る。
「……弱点、見つけたかも」
「いや、まだ早いでしょ」
彩葉が苦笑する。
「ちゃんと実例を出してみないと」
「実例?」
「『気が向いたらな』って言って、そのあと結局やったこと」
「それなら……」
ヤチヨが手を挙げた。
「私、いくつか思い当たるかも」
「かぐやも!」
かぐやが勢いよく手を挙げる。
「じゃあ、みんなで思い出してみよう!」
こうして、調査は新たな段階へと突入した。
今度のテーマは――
『隼斗は、本当に断れているのか』
だった。
「まず私から!」
かぐやが勢いよく手を挙げる。
「弾き語り配信に乱入したときさぁ、『また気が向いたら』って言ってたけど!」
「ああ」
彩葉が頷く。
「私のリクエストのときも、ライブのときも。なんだかんだ一緒に演ってくれるんだよね」
「それ、歌配信に乱入したときも言ってた~」
ヤチヨも思い出したように笑う。
「『気が向いたら』って言いながら、結局コラボしてくれるんだよね~」
かぐやがホワイトボードに書き込む。
『弾き語り・ライブ・歌配信
→「気が向いたら」
→結局やる』
「他には?」
芦花が聞く。
「あ」
真実が手を挙げた。
「隼斗くんの誕生日のとき」
「誕生日?」
「時間稼ぎのために子らを預けたときも、なんだかんだ言いつつ預かってくれたなぁ」
「そうだった!」
かぐやが頷く。
『子供の預かり
→最初は憎まれ口
→結局預かる』
「まだあるよ」
芦花が口を開く。
「鶫ちゃんを、私の配信のモデルにって話のとき」
鶫が顔を上げる。
「……ウチです?」
「うん。隼斗くん、『許可取んなら俺じゃなくて親だ親』とか言ってたけど」
芦花が苦笑する。
「千鶴さんと翔吾さんに話を通しておいてくれたんだよね」
「……」
鶫が目を丸くする。
「それ、初耳なんですけど」
「あ」
芦花が固まる。
「……これ、本人から口止めされてたんだった」
「え?」
鶫がさらに目を見開く。
「でも、まあ……時効じゃない?」
「時効って何です!?」
「今まで知らなかったんだ……」
ヤチヨが苦笑する。
かぐやはというと、すでにホワイトボードへ書き込んでいた。
『鶫の配信モデル
→結局、裏で話を通していた』
「まだあるよ」
真実がぽつりと言った。
「帝さまとのコラボ配信」
「ああ!」
かぐやが振り返る。
「帝のウチで料理したときも言ってたね!」
「そうそう。次回の話をしたときに」
真実が頷く。
「『気が向いたらな』って」
「言ってた。しかも今度、駒沢兄弟のウチでもコラボ配信で料理するって!」
かぐやが嬉しそうに言う。
彩葉が少し考える。
「……待って」
「なに?」
「黒鬼も身内判定なの?」
「…………」
全員が黙った。
かぐやがゆっくりホワイトボードを見る。
そこには、すでに大量の事例が並んでいる。
・弾き語り・ライブ・歌配信
→「気が向いたら」
→結局やる
・子供の預かり
→最初は憎まれ口
→結局預かる
・鶫の配信モデル
→結局、裏で話を通していた
・黒鬼との自宅料理コラボ
→なんだかんだ言って2回目も確定
そのほとんどに共通している言葉。
『気が向いたら』
そして、その後に必ず続くのは、
『結局やる』
ということ。
「断ってないじゃん」
かぐやがマーカーを握ったまま、ぽつりと言った。
「……断れてないじゃん」
彩葉が続ける。
「……断れてないね」
ヤチヨ。
「うん、断れてない」
芦花。
「完全に断れてないねぇ」
真実。
「……お兄ちゃん、昔からそうだったかも」
鶫。
「「「「「「……断れてないじゃん!!」」」」」」
リビングに、六人分の声が響き渡った。
かぐやは勢いよくホワイトボードに大きく書き込む。
強調するように、赤のマーカーで。
・弾き語り・ライブ・歌配信
→「気が向いたら」
→結局やる
・子供の預かり
→最初は憎まれ口
→結局預かる
・鶫の配信モデル
→結局、裏で話を通していた
・黒鬼との自宅料理コラボ
→なんだかんだ言って2回目も確定
隼斗の弱点!
身内からのお願いを断れない!
「これだ!」
「でも、『弱点』っていうより……」
彩葉が苦笑する。
「優しさじゃない?これも『優しさ』って長所と引き換えな気がするけど」
「優しさにつけ込めるなら、立派な弱点でしょ!」
かぐやが即答した。
「いや、言い方!」
「でも、確かにそうかも」
ヤチヨが笑う。
「隼斗って、最初は『気が向いたらな』って言うんだけど」
「うん」
「結局、相手が困ってると折れるんだよね」
「そういえば……」
芦花が顎に手を当てる。
「お願いされて断ったあと、一人になってから『……仕方ねえなぁ』って言ってるところ、何度か見たことある」
「それ、もう完全にダメじゃん!」
かぐやが笑い出す。
「自分から折れてるじゃん!」
「お兄ちゃん、昔からそういうところあるんだよねぇ」
鶫も苦笑する。
「ウチが小さい頃、夏休みの宿題で困ってたとき、最初は『自分でやれ』って言うのに、結局最後まで手伝ってくれてたし」
「ほら!」
かぐやが嬉しそうに叫ぶ。
「昔からじゃん!」
「……これはかなり有力だね」
彩葉がホワイトボードを見る。
「でも、本人に教えるのはやめといた方がいいかな」
「なんで?」
「自覚されたら、逆に対策されるでしょ」
「あ」
かぐやが納得する。
「じゃあ秘密ね」
「絶対秘密」
ヤチヨが頷く。
「秘密ですね」
鶫も頷いた。
「ウチ、お兄ちゃんに知られたら怒られる気しかしないし……」
「大丈夫大丈夫!」
かぐやが胸を張る。
「絶対バレないって!」
「……」
鶫がじとっとかぐやを見る。
「その言葉、さっきも聞いた気がする」
「今回は本当!」
「信用できないなぁ……」
そんな会話をしながらも、五人の視線はホワイトボードに向いていた。
そこに書かれた一文。
隼斗の弱点!
身内からのお願いを断れない!
完璧に見える男にも。
どうやら、一つくらいは弱点があったらしい。
「『気が向いたらな』は、ただの前置きだったんだ……」
彩葉が呆然と呟いた。
「言葉と行動が一致してない典型例だよね、これ」
ヤチヨが笑いを堪えながら言う。
「でも、それって……」
鶫が少し考える顔をした。
「結局、優しいってことじゃないです?」
「優しいけど、弱点でもあるんだよ!」
かぐやが力説する。
「口では渋るのに、結局折れちゃうんだから」
「押しに弱いってことだよね」
芦花が納得したように頷いた。
「そう考えると、隼斗くんってちょっと可愛いところあるかも」
真実がくすくす笑った。
「今まで完璧超人だと思ってたのに」
彩葉が少し複雑そうな顔をする。
「まあ、それはそれで良いところだと思うけどね」
「うん、良いところでもあり、弱点でもある」
かぐやがホワイトボードを満足げに眺めた。
「今日の調査、大成功だね!」
「本当に見つかると思わなかった」
彩葉が苦笑した。
「これで、隼斗にちゃんと可愛げがあるって証明できた!」
「そもそも証明する必要あったの、それ」
鶫が呆れたように言う。
「あったの!かぐやにとっては大事なことだったの!」
その時。
玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
隼斗が帰ってきた。
「「「「「「おかえり」」」」」」
六人の声が一斉に揃う。
「……なんか、すげえ人数いるな」
隼斗が周りを見渡しながら固まった。
そして、ホワイトボードに書かれた文字に目が留まった。
隼斗の弱点!
身内からのお願いを断れない!
「……」
「ヤバッ」
鶫が体を縮める。
しばらく隼斗は無言でその文字を見つめていた。
「……誰の仕業だ、これ」
「かぐやの仕業!」
かぐやが堂々と手を挙げた。
「なんで自分から名乗り出るんだよ」
「だって事実だし!」
「……これをきっぱり否定できねえのが悔しいけど、そんなことねえだろ」
隼斗が頭を抱えた。
「断ってるときは断ってる」
「じゃあ隼斗、研究者らしく実験してみようか」
彩葉がにやりと笑った。
「実験?」
「例えば、私が『今すぐ郵便ポスト行ってきて』って頼んだら、どうする?」
「いや、自分で行けよ」
「でも、こんな夜更けだよ?」
「……気が向いたら、一緒には行ってやるかな」
「「「「「「ほら!!」」」」」」
六人の声が揃った。
「うるせぇなぁ」
隼斗が顔を顰めながらぼやいた。
「なんか今、めちゃくちゃ楽しそうにされてるの分かるんだけど」
「楽しいもん!」
かぐやが満面の笑みで言った。
「隼斗にも人間らしい弱点があったって分かって、なんか嬉しい」
その言葉に、隼斗が少しだけ黙った。
「……人間らしいって、そんなことで判断すんな」
「でも、事実じゃん」
「事実だけど」
隼斗が観念したようにため息をついた。
「……まあ、否定はしねえよ。お前らに頼まれたら、断りきれねえのは事実だ」
その素直な言葉に、リビングが一瞬静かになった。
「……隼斗」
彩葉が少し照れくさそうに言った。
「それ、私たちのこと大事にしてくれてるってことだよね」
「……そういう言い方すんな。恥ずいから」
隼斗が視線を逸らした。
「照れてる」
かぐやが小声で言う。
「照れてねえ」
「照れてる」
ヤチヨも小声で続く。
「照れてねえっつってんだろ。お前ら一回黙れ」
その言い方が少し強かったからか、かぐやがにやりと笑った。
「じゃあ、これならどうかな~?」
「なにが」
かぐやがすっと隼斗の脇腹に指を伸ばした。
「なn――」
ビクンッ
脇腹を突かれた瞬間、隼斗の体が大きく跳ねた。
「「「「「「え!?」」」」」」
六人の声が同時に上がった。
「今の反応、なに!?」
彩葉が目を丸くする。
「……なんでもねえ」
隼斗が脇腹を押さえながら、明らかに動揺していた。
「なんでもなくないでしょ!!」
かぐやが目を輝かせた。
「隼斗、脇腹弱いんだ!!」
「弱くねえ、人並みだろ」
「今めちゃくちゃ跳ねたじゃん!」
「不意打ちだっただけだ」
「じゃあ、もう一回やっていい?」
「駄目だ」
「即答だ」
ヤチヨがくすくす笑う。
「新しい弱点発見だね」
「発見じゃない。……忘れろ」
「無理」
かぐやがホワイトボードに素早く書き込んだ。
・弾き語り・ライブ・歌配信
→「気が向いたら」
→結局やる
・子供の預かり
→最初は憎まれ口
→結局預かる
・鶫の配信モデル
→結局、裏で話を通していた
・黒鬼との自宅料理コラボ
→なんだかんだ言って2回目も確定
隼斗の弱点!
身内からのお願いを断れない!
隼斗の弱点その2!
脇腹が弱い!(要検証だけど、多分ホント)
「増えてるぅ……」
隼斗が頭を抱えた。
「今日だけで弱点二個も見つかるとは思わなかった」
彩葉が笑いを堪えながら言った。
「もう勘弁してくれ」
「絶対しない。良いこと知っちゃった!」
かぐやが満面の笑みで言い切った。
リビングには、また賑やかな笑い声が響いていた。
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