夕食後。
四人でリビングに集まり、ソファやラグに思い思いに転がっていた。
テレビはついているものの、誰も真面目に見ていない。
かぐやはソファの背もたれに顎を乗せ、彩葉はスマホを弄り、ヤチヨはテーブルの上に置かれたお茶を飲んでいる。
隼斗はというと、ソファに深く腰掛けてスマホを眺めていた。
そんな、いつもの夜。
「ねえ」
かぐやが突然、顔を上げた。
「『目をそらしたら負けゲーム』やろうよ!」
「……愛してるゲームに引き続き急だな」
隼斗がスマホから顔を上げる。
「なにそれ?」
彩葉も顔を上げた。
「ルールは簡単!」
かぐやが勢いよく立ち上がる。
「二人で向かい合って、ずーっと見つめ合うの!」
「うん」
「で、恥ずかしくなって目をそらしたり、照れすぎて視線を外したら負け!」
「なるほど」
ヤチヨが頷く。
「それだけ?」
「それだけ!」
かぐやが胸を張る。
「ただし、目をそらさない限り、何してもオッケー!」
「……何しても?」
彩葉が少し嫌な予感を覚えた顔をした。
「話しかけてもいいし、近づいてもいいし、触ってもいい!」
「それ、だいぶ難易度高くない?」
「だから面白いんじゃん!」
かぐやがにやりと笑った。
「よーし!まずは彩葉とかぐや!」
「また私!?」
彩葉が即座に抗議する。
「だって『愛してるゲーム』でも一番最初に負けたじゃん!」
「それは急に『愛してる』って言われたからでしょ!」
「じゃあ今回は目を合わせるだけ!」
「……それなら」
彩葉が少し考える。
「まあ、やってみる」
「よし!」
かぐやが彩葉の正面に座った。
二人の距離は、腕一本分。
「じゃあ……スタート!」
かぐやがぱちっと目を見開いた。
彩葉もかぐやを見る。
「……」
「……」
数秒。
十秒。
二十秒。
「…………」
「…………」
かぐやの目が、じっと彩葉を見つめる。
彩葉も負けじと見返す。
「……意外といけるじゃん」
かぐやが呟いた。
「喋っていいんだっけ?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
彩葉が少しだけ口元を緩める。
「かぐや、近くで見ると結構まつ毛長いね」
「え?」
かぐやの瞳が、わずかに揺れた。
「……そう?」
「うん」
「……」
「……」
かぐやが黙る。
彩葉も黙る。
「……なんか、こうして見るとさ」
かぐやがぽつりと言った。
「彩葉って、かわいいよね」
「…………」
今度は彩葉の瞳が揺れた。
「……かぐや?」
「なに?」
「そういうこと言うゲームだっけ?」
「別に?」
かぐやが笑う。
「ルール違反じゃないし、目をそらさなきゃいいんだもーん」
「……そうだけど」
「じゃあ、もっと言ってもいい?」
「…………」
彩葉が一瞬、目を細める。
「……どうぞ」
「彩葉かわいい」
「……」
「今日の髪型も好き。ちょーかわいい」
「……」
「ちょっと目に力入ってるその顔も好き」
「…………」
彩葉の頬が、ほんの少し赤くなる。
「……かぐや」
「なーに?」
「それ、反則じゃない?」
「何が?」
「何がって……」
彩葉の視線が一瞬だけ揺れた。
しかし、まだ逸らしてはいない。
「……私、こういうの弱いの知ってるでしょ」
「知ってる!」
「じゃあやめなさいよ!」
「やだ!」
かぐやが楽しそうに笑う。
「彩葉がどこまで耐えられるか見たい!」
「……っ」
彩葉の顔がさらに赤くなる。
そして。
「…………もー無理」
ふっと、彩葉が目をそらした。
「はい、かぐやの勝ち」
「やったー!」
かぐやが両手を上げる。
「やっぱり彩葉、弱い!」
「うるさぁい……」
彩葉が顔を覆う。
「『愛してるゲーム』のときと同じじゃん」
蚊の鳴くようなか細い声に、隼斗が笑いを零した。
「……隼斗黙って」
「はいはい」
「次、ヤチヨ!」
かぐやが振り返る。
「私?」
「そう!」
ヤチヨが少し困ったように微笑む。
「じゃあ、やってみようか」
「絶対強いんだよなぁ、ヤチヨ」
彩葉がぼやく。
「そんなことないよ?」
「『愛してるゲーム』で私を泣かせた人が何言ってるのよ」
「……あれは彩葉が勝手に泣いたんじゃーん」
「正論が刺さる!」
かぐやが笑いながら、ヤチヨの正面に座る。
「じゃあ、スタート!」
二人が見つめ合う。
「……」
「……」
ヤチヨは穏やかだった。
いつもの柔らかな笑顔。
対するかぐやは、最初こそ余裕そうだった。
「……ヤチヨ」
「なに?」
「かわいいね」
「ありがとう」
即答。
「……」
「……」
「照れないの?」
「うん」
「なんで!?」
「かぐやに言われるの、嬉しいよ?」
「そういうところ!」
かぐやが少し頬を膨らませる。
「じゃあ、ヤチヨもなんか言ってよ!」
「いいよ」
ヤチヨが少しだけ首を傾げた。
「かぐや、かわいいね」
「…………」
かぐやの顔が止まった。
「今日も元気でかわいい」
「……」
「笑ってるところも好き」
「……」
「こうやって一生懸命ゲームしてるところも、かわいい」
「…………」
かぐやの頬が、じわじわ赤くなっていく。
「……ヤチヨ」
「なに?」
「それ、ずるくない?」
「どうして?」
「……恥ずかしい」
「でも、目はそらしてないよ?」
「…………ん~~~!」
かぐやが必死にヤチヨを見つめる。
数秒。
十秒。
二十秒。
「……」
「……」
そして。
「…………負け!」
かぐやが突然、両手で顔を覆った。
「はい、ヤチヨの勝ち」
「やった」
ヤチヨが小さく笑う。
「なんでそんなに強いのぉ……」
「かぐやが可愛いからじゃない?」
「それ言われたらもっと恥ずかしい!」
ソファへ逃げるように転がるかぐや。
「……やっぱり『愛してるゲーム』と同じだな」
隼斗が呟いた。
「何が?」
「ヤチヨが強い」
「隼斗も強かったじゃん」
彩葉が言う。
「ヤチヨ相手には引き分けだったけど」
「あれは仕方ないだろ、どっちも強者だったからだ」
隼斗が肩をすくめる。
「じゃあ次、隼斗と彩葉!」
「えっ」
彩葉が固まった。
「私!?」
「そう!」
「いや、私もう一回負けてるんだけど!」
「だからリベンジ!」
「……」
彩葉が隼斗を見る。
隼斗は特に嫌そうな顔もしていない。
「いいぞ」
「即答!?」
「別に見るだけだろ?」
「……そうだけど」
彩葉が隼斗の正面に座る。
「じゃあ、スタート!」
二人が目を合わせる。
「……」
「……」
彩葉は、さっきよりもずっと真剣だった。
絶対に負けたくない。
そんな気持ちが目に出ている。
隼斗はいつも通り。
何の気負いもない。
「……」
「……」
「隼斗」
「ん?」
「……何考えてるの?」
「別に」
「何も?」
「お前の顔見てる」
「それは分かってる!」
彩葉の頬が少し赤くなる。
「……そういうことじゃなくて」
「じゃあ何?」
「……もういい」
「そうか」
沈黙。
数秒。
彩葉がじっと隼斗を見る。
「……」
「……」
「……」
「……」
彩葉の視線が、隼斗の目から鼻、口元へとほんの少し移動する。
しかし、すぐに目へ戻る。
「今、目そらしかけたろ?」
「そらしてない!」
「ふぅん、ならセーフか。続行だな」
「……!」
彩葉が悔しそうに眉を寄せる。
「……ほんと、こういうときだけ強いんだから」
「こういうときだけ?」
「普段から強いけど」
「褒めてる?」
「褒めてない」
「そうか」
「……」
また沈黙。
そして隼斗が、ふっと笑った。
「彩葉」
「なに?」
「耳たぶ赤いぞ。口元見たときに、なに連想したんだ?」
「…………!」
彩葉の頬がさらに赤くなる。
「そっちだって!」
「俺は平気」
「ずるい……私だけみたいやん」
「何が?」
「……なんでもない」
彩葉が唇を噛む。
しかし、目はそらさない。
「……絶対負けない」
「頑張れ」
「その余裕が腹立つ!」
「そうか?」
「そうよ!」
「じゃあ、もっと腹立つこと言ってやろうか」
「……何?」
隼斗が少しだけ身を乗り出す。
二人の距離が縮まった。
「俺、お前のこういう顔好きだぞ。頑張ってる顔、綺麗で」
「…………」
彩葉が固まった。
「……」
「……」
「……っ」
頬が一気に赤くなる。
「……それは」
「ん?」
「……反則」
「目そらしてないからセーフだろ」
「そういう問題じゃ……」
彩葉の目が潤む。
それでも、視線だけは隼斗から離さない。
「……負けたくない」
「じゃあ頑張れ」
「……」
「……」
数秒。
彩葉が耐える。
十秒。
二十秒。
三十秒。
「…………」
そして。
「……っ、無理!」
彩葉が目を閉じる。
「はい、隼斗の勝ち」
「よし」
「くっそぉ……!」
彩葉が悔しそうに顔を覆う。
「また負けた……」
「彩葉、今日全敗じゃん」
かぐやが笑う。
「うるさい!」
「でも、さっきより長かったよ」
ヤチヨがフォローする。
「……慰めになってない」
「じゃあ次!」
かぐやが勢いよく立ち上がる。
「隼斗とヤチヨ!」
「また俺?」
「だって前回引き分けだったじゃん!」
「じゃあ今回も引き分けでいいだろ」
「ダメ!」
「なんでだよ」
「勝敗を決めるの!」
「決まるかぁ?」
ヤチヨも少し口元を緩めた。
「じゃあ、やってみようか」
「ヤチヨまで乗り気なんかよ」
隼斗が苦笑する。
二人が向かい合う。
「……スタート!」
かぐやの声。
隼斗とヤチヨの視線が重なる。
「……」
「……」
静かだった。
二人とも笑っていない。
照れてもいない。
ただ、互いを見ている。
「隼斗」
「ん?」
「こうして見ると、隼斗って本当に目が綺麗だね」
「そうか?」
「うん。琥珀みたいに綺麗な瞳」
「ヤチヨもな。真珠と海を合わせたような、神秘的な色だ」
「ありがとう」
淡々と返す。
「……」
「……」
「これ、終わるのか?」
「隼斗が目をそらせば終わるよ~」
「じゃあ、終わらねえな」
「私もそう思う」
「……」
「……」
ヤチヨが少しだけ笑う。
「そういえば、前に『愛してるゲーム』で言ってたよね」
「何を?」
「『いつも思ってることを言えばいいだけ』って」
「ああ、んなこと言ってたか」
「じゃあ、今も同じ?」
「まあな」
「……そっか」
ヤチヨが微笑む。
「じゃあ、私も」
「ん?」
「隼斗」
「なんだ?」
「大好きだよ」
「……」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
隼斗の眉がピクリと動いた。
しかし、目はそらさない。
「……俺もだ」
「ふふ」
「なんだよ」
「やっぱり、少しだけ動揺した?」
「してねえよ」
「したよ」
「してない」
「した」
「……」
「……」
二人とも笑わない。
目もそらさない。
そのまま、さらに時間が過ぎていく。
「……ねえ」
かぐやが小声で彩葉に尋ねた。
「これ、いつ終わるの?」
「知らないわよ……」
「二人とも強すぎない?」
「『愛してるゲーム』でも引き分けだったしね」
「じゃあ……」
かぐやが考える。
「物理攻撃!」
「やめなさい」
彩葉が即座に止める。
「目をそらさなきゃいいんでしょ?」
「そうだけど!」
「じゃあ隼斗の脇腹を――」
「
隼斗が即座に答えた。
「……聞こえてた?」
「聞こえるわ。外野が直接攻撃してくんなよ」
「じゃあ、こっちはどう?」
ヤチヨが隼斗の手を取った。
「……?」
そのまま、指を絡める。
「…………」
「…………」
隼斗の目が、ほんの少しだけ細くなった。
「ヤチヨ」
「なに?」
「これはルール上ありなのか?」
「目をそらしてないから、ありだよね?」
「…………まあな」
「じゃあ、このまま続けよう」
「……そうするか」
二人は手を繋いだまま、なおも見つめ合う。
「…………」
「…………」
「……強すぎる」
かぐやが呆然と呟いた。
「これ、勝負になってないじゃん」
「最初からそういう二人なのよ」
彩葉がため息をつく。
「じゃあ、仕方ないから引き分け!」
かぐやが宣言した。
「異議なし」
隼斗が答える。
「私も」
ヤチヨも笑いながら答えた。
「……また引き分けかぁ」
かぐやが悔しそうに頬を膨らませる。
「でも……まだ組み合わせ残ってるよね?」
かぐやが、思い出したように顔を上げた。
「かぐやと隼斗!」
「……また俺か、三連戦じゃねえか」
隼斗が面倒そうに眉を上げる。
「そう!さっきから強者同士ばっかりで面白くないんだもん!」
「俺を巻き込むなよ」
「いいじゃん、いいじゃん!」
かぐやが隼斗の前に回り込む。
「『愛してるゲーム』では、隼斗はヤチヨと引き分けだったじゃん?」
「そうだな」
「じゃあ、今回は勝負をつけよう!」
「目ぇ逸らさなきゃいいだけだろ?」
「そう!」
「なら、負ける気しねえな」
「言ったなぁ!?」
かぐやがむっと頬を膨らませる。
「じゃあ、スタート!」
二人が向かい合った。
「……」
「……」
かぐやは、じっと隼斗の目を見る。
隼斗も、まっすぐにかぐやを見返す。
数秒。
十秒。
二十秒。
「……」
「……」
「隼斗」
「ん?」
「目、大きいね」
「そうか?」
「うん。なんか、じーっと見てると吸い込まれそう」
「お前、結構じっと見るよな」
「だってそういうゲームだもん」
「そりゃそうだ」
「……」
「……」
かぐやは少し考える。
そして、にやりと笑った。
「じゃあ、もっと近づいてもいい?」
「別にィ、好きにすりゃ良んじゃねえの」
かぐやが、ほんの少しだけ身を乗り出す。
距離が縮まる。
「……近いな」
「でも、目は逸らしてないよ?」
「そうだな」
「隼斗ってさ」
「ん?」
「こうやって近くで見ると、意外とまつ毛長いよね」
「お前もな」
「え?」
「長い」
「……」
かぐやの動きが、一瞬止まった。
「……それ、今言う?」
「攻められたから反撃しただけだろ」
「……」
「どうかしたか?」
「なんでもない!ん~~~!」
かぐやが少しだけ頬を膨らませる。
「じゃあ次!」
「おう」
「隼斗って、かっこいいよね」
「そりゃどうも」
「……」
「……」
「……全然効かない!」
「何が?」
「なんでもない!」
かぐやが悔しそうに唸る。
その姿を見て、彩葉は口を隠して笑っている。
「じゃあ、隼斗!」
「なんだ?」
「大好き!」
「俺も」
「んぐ…………」
かぐやの眉がぴくっと動いた。
「……即答!?」
「さっきとおんなじ、返しただけだぞ」
「ずるい!」
「何がだよ」
「もっとこう……間とかないの!?」
「ないな」
「う~~~!」
かぐやが唸る。
しかし、目は逸らさない。
「……じゃあ、最後の手段!」
「何する気だ?」
かぐやがさらに顔を近づける。
鼻先が触れそうな距離。
「……これでも平気?」
「平気」
「…………」
「…………」
「……」
そのままの距離で数十秒。
隼斗が不意に、ニヤリと笑って。
「……キスしてやろうか?」
かぐやの頬が、少しずつ赤くなっていく。
「……負け!」
かぐやが勢いよく顔を背けた。
「はい、俺の勝ち」
「くっそぉぉぉ!」
かぐやが頭を抱える。
「隼斗、強すぎ!」
「普通だろ」
「普通じゃない!」
ソファの上から彩葉が笑う。
「かぐや、隼斗相手だと全然攻め切れないじゃん。反撃喰らってるし」
「だって隼斗、全然動じないんだもん!」
「まあ、かぐや見てて飽きないしな。ツラ良いし」
「……」
かぐやが固まる。
「……今の、もう一回言って」
「嫌だ」
「なんで!?」
「ゲーム終わってるから」
「んが~~~~!!ずるい!!」
リビングに笑い声が響いた。
「じゃあ、次!」
かぐやが勢いよく立ち上がる。
「ヤチヨと彩葉!」
「……私?」
彩葉が嫌そうな顔をする。
「また私なの?」
「だって、ヤチヨとやってないじゃん!」
「……」
彩葉がヤチヨを見る。
ヤチヨは、いつもの柔らかな笑顔を浮かべていた。
「私はいいよ」
「……」
「彩葉?」
「……分かった」
彩葉が渋々、ヤチヨの正面へ移動する。
「じゃあ、スタート!」
二人の視線が重なった。
「……」
「……」
彩葉は、先ほどよりも慎重だった。
ヤチヨ相手なら、かぐやのときとは違う。
下手に何か言えば、逆に自分が追い込まれる。
なにせ十年……いや二十年以来の最推しなのだ。
だから、まずは黙っている。
「……」
「……」
ヤチヨも、何も言わない。
ただ穏やかに彩葉を見つめている。
「……」
「……」
「……ヤチヨ」
「なに?」
「……なんでそんな平然としてるのよ」
「彩葉のこと見てるだけだよ?」
「それが恥ずかしいの!」
「でも、目は逸らしてないね」
「……もう負けたくないから」
彩葉が少しだけ睨むように見つめ返す。
「そっか」
ヤチヨが微笑む。
「じゃあ、私も負けないね」
「……」
「彩葉って、やっぱり綺麗だね」
「……っ」
「目も綺麗」
「……」
「真剣な顔も素敵」
「……」
「今みたいに、頑張ってるところも好きだよ」
彩葉の頬が、少しずつ赤くなる。
「……ヤチヨ」
「うん?」
「それ、分かって言ってる?」
「もちろん」
「……」
「でも、目は逸らしてないよ?」
「……そういうところ、ほんと強いよね」
彩葉は悔しそうに笑う。
しかし、視線は外さない。
「じゃあ……私からも言う」
「うん」
「ヤチヨって、本当に優しいよね」
「ありがとう」
「それに……」
彩葉が少しだけ息を吸う。
「綺麗」
「……」
今度はヤチヨの瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「……ふふ。ありがとう」
「効いた?」
「ちょっとだけ」
「よし」
彩葉が小さく笑う。
「でも、まだ負けないよ」
「私も」
二人は、そのまま見つめ合い続ける。
「……」
「……」
一分。
二分。
「長くない?」
かぐやが呆れたように呟く。
「ヤチヨ、また強いじゃん」
「彩葉もかなり頑張ってるけどな」
隼斗が言う。
「……でも、彩葉ってさ」
かぐやが少し考える。
「ヤチヨ相手だと、なんか『愛してるゲーム』のときより強くない?」
「確かに」
隼斗も頷く。
「今回は自分から攻めてるからな」
「……!」
「攻撃は最大の防御ってことかぁ」
彩葉の耳が少し赤くなる。
「聞こえてるからね、二人とも!」
「はいはい」
「ごめんごめん」
そんなやり取りをしている間も、彩葉とヤチヨは視線を外さない。
そして――
「……これ、終わらないね」
ヤチヨが笑う。
「……うん」
彩葉も笑った。
「じゃあ……」
彩葉が少しだけ身を乗り出す。
「引き分け?」
「そうだね」
「……引き分け!」
かぐやが宣言した。
「また引き分けかぁ!」
「でも、面白かったよ」
ヤチヨが笑う。
「彩葉、すごく強かった」
「……そう?」
「うん」
「……じゃあ、よしとする。負けなかったし」
彩葉が少しだけ嬉しそうに笑った。
「さて!」
かぐやがぱん、と手を叩く。
「今日の戦績を発表しまーす!」
「……戦績?」
彩葉がスマホから顔を上げる。
「いつの間に集計してたのよ」
「頭の中で!」
「絶対適当でしょ」
「失礼な!」
かぐやが胸を張る。
「ちゃんと覚えてるもん!」
「本当に?」
ヤチヨが笑う。
「うん!」
かぐやが指を一本立てる。
「まず、かぐや!」
「いきなり自分からなんだ」
隼斗が笑う。
「かぐやは――」
かぐやが指を折りながら数える。
「彩葉に勝ち!」
「う……」
彩葉が小さく唸る。
「ヤチヨに負け!」
「うん」
ヤチヨが頷く。
「そして隼斗に負け!」
「よし」
隼斗が小さくガッツポーズをする。
「……なんでそこだけ嬉しそうなのよ」
彩葉が呆れる。
「俺、勝ったからな」
「子供か」
「勝負事なんだから喜んでいいだろ」
「まあ、それはそうだけど……」
かぐやが続きを発表する。
「というわけで、かぐやは一勝二敗!……くっそぉ……」
かぐやが頭を抱える。
「結構頑張ったのに!」
「十分頑張ったと思うよ」
ヤチヨが笑う。
「特に隼斗戦は、かなり粘ってたし」
「そう!そうなんだよ!」
かぐやが勢いよく顔を上げる。
「あとちょっとだったんだから!」
「いや、あれは無理だろ」
隼斗が苦笑する。
「最後の『キスしてやろうか?』は反則だよ!」
「ルール上はセーフだろ?文句言われる筋合いはねえな」
「そうだけどぉ!」
かぐやが頬を膨らませる。
「じゃあ次!」
かぐやが彩葉を見る。
「彩葉!」
「……嫌な予感しかしない」
「彩葉は――」
かぐやが指を折る。
「かぐやに負け!」
「はい」
「隼斗に負け!」
「……はい」
「ヤチヨと引き分け!」
「……よし!」
彩葉が小さく拳を握った。
「そこ喜ぶんか」
隼斗が笑う。
「だって、引き分けは負けじゃないし」
「なるほど」
ヤチヨが頷く。
「ということで、彩葉は――」
かぐやが少し間を置く。
「一勝……」
「え?」
彩葉が固まる。
「……」
かぐやがニヤッと笑う。
「って言いたかったけど、ゼロ勝二敗一分け!」
「…………」
沈黙。
「……ちょっと待って」
彩葉の目が据わる。
「なんで一勝あるみたいな言い方したのよ」
「なんとなく?」
「なんとなくで期待させないで!」
リビングに笑い声が響く。
「いや自分で分かるだろ、勝ってねえんだから」
「うるさい!」
「でも、彩葉は今日全敗じゃないよ」
ヤチヨがフォローする。
「引き分けが一つあるから」
「……そうよね」
彩葉が少しだけ胸を張る。
「私は負けてない。ヤチヨとは引き分けだった」
「うん」
「……それだけでも今日はよしとする」
「さっきも同じこと言ってたな」
隼斗が呟く。
「隼斗は黙ってて」
「はいはい」
かぐやが笑いながら、今度はヤチヨを見る。
「じゃあ、ヤチヨ!」
「はい」
「ヤチヨは――」
かぐやが指を折る。
「かぐやに勝ち!」
「うん」
「隼斗と引き分け!」
「うん」
「彩葉とも引き分け!」
「そうだね」
「ということで――」
かぐやが両手を広げる。
「一勝!二分け!」
「おお」
彩葉が声を漏らす。
「強い……」
「しかも負けなしだな。無敗のヤチヨ」
隼斗が言う。
「そうだね」
ヤチヨが少し照れたように笑う。
「でも、引き分けが多いから」
「いや、それが強ぇだろ」
隼斗が言う。
「負けてないんだから」
「……隼斗に言われてもなぁ」
「なぜ」
彩葉が苦笑する。
「そして最後!」
かぐやが勢いよく隼斗を指差す。
「隼斗!」
「俺か」
「隼斗は――」
かぐやが数える。
「彩葉に勝ち!」
「はい」
「ヤチヨと引き分け!」
「はい」
「かぐやに勝ち!」
「はい」
「……」
かぐやがじっと隼斗を見る。
「二勝一分け!」
「おお」
彩葉が思わず声を上げる。
「負けなしじゃん」
「まあな」
隼斗が肩をすくめる。
「……なんか腹立つ」
「なんでだよ」
「余裕そうだから」
「実際、余裕だし」
「「隼斗ぉ!」」
彩葉とかぐやが同時に声を上げる。
「ふふふ」
ヤチヨが楽しそうに笑う。
かぐやが腕を組み、四人の戦績を頭の中で整理する。
「えーっと……」
「どうした?」
「……これ、勝敗だけで見ると隼斗が一番だね」
「そうだな」
「でもヤチヨは負けなし」
「うん」
「かぐやは一勝二敗」
「……」
「彩葉は……」
「言わなくていい」
彩葉が即座に遮る。
「はい」
かぐやが素直に頷く。
「じゃあ、分かりやすくポイント制にしよう!」
「ポイント?」
ヤチヨが首を傾げる。
「勝ちを2ポイント、引き分けを1ポイント、負けはゼロ!」
「急に大会みたいになったな」
隼斗が笑う。
「いいじゃん!」
かぐやが指を折る。
「私――勝ち一回だから2ポイント!」
「うん」
「引き分けなし!」
「そうだね」
「だから2ポイント!」
「はいはい」
次に彩葉を見る。
「彩葉は、勝ちゼロ!」
「……」
「引き分け一回だから1ポイント!」
「……1ポイント」
「合計、1ポイント!」
「念押しせんでも分かってるわよ!」
彩葉がむっとする。
「次、ヤチヨ!」
「はい」
「勝ち一回で2ポイント!」
「うん」
「引き分け二回で2ポイント!」
「合計4ポイントだね」
ヤチヨが答える。
「正解!」
かぐやが嬉しそうに頷く。
「そして隼斗!」
「はいよ」
「勝ち二回で4ポイント!」
「おう」
「引き分け一回で1ポイント!」
「ということは――」
ヤチヨが少し考える。
「5ポイントだね」
「正解!」
かぐやが両手を上げた。
「ということで!」
立ち上がり、テレビの前に立つ。
「本日の優勝は――!」
「……」
「……」
「隼斗!」
「うし」
隼斗が小さく拳を握る。
「そして準優勝はヤチヨ!」
「ありがとう」
ヤチヨが笑う。
「三位、かぐや!」
「ぐぬぬ……」
「そして四位――」
かぐやが彩葉を見る。
「彩葉!」
「でしょうね!」
彩葉がソファに倒れ込む。
「分かってたわよ!」
「でも1ポイントだよ」
「その1ポイントが引き分けだからぁ!」
「そうだね」
「負けじゃないから!」
「うんうん」
ヤチヨが優しく頷く。
「……なんか、私だけ慰められてない?」
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「うん」
「……」
彩葉が少し考える。
「じゃあ、ヤチヨ。次やったら絶対勝つから」
「うん。楽しみにしてる」
「……!」
彩葉の顔が少し赤くなる。
「そういうところよ……」
「え?」
「なんでもない!」
彩葉が慌ててスマホを手に取る。
その横で、かぐやが悔しそうに唸っている。
「次は絶対勝つ……!」
「誰に?」
隼斗が聞く。
「全員!」
「無理じゃね?」
「なんで!?」
「俺とヤチヨは無理だろ」
「またやってみないと分かんないじゃん!」
「そう?」
ヤチヨが首を傾げる。
「じゃあ、次はかぐやが勝つかもしれないね」
「そう!そういうこと!」
かぐやが勢いよく頷く。
「次は絶対勝つ!」
「頑張って」
「うん!」
四人の笑い声が、再びリビングに響く。
こうして――
夕食後の、なんとなく始まった遊びは。
思いのほか白熱する本気の勝負となり。
本日の最終戦績は、
隼斗――二勝一分け。
ヤチヨ――一勝二分け。
かぐや――一勝二敗。
彩葉――二敗一分け。
隼斗の優勝という結果で、幕を閉じたのだった。
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