夏休み。
昼下がりの諏訪の森公園には、蝉の鳴き声が響き渡っていた。
木々の間を抜ける風は生ぬるく、遊具の周りには近所の子供たちが集まっている。
「隼斗ー!こっちこっち!」
かぐやが大きく手を振っている。
その隣には、十人ほどの子供たち。
「……なんで俺まで連れてこられてんだよ」
「だって暇そうだったじゃん!」
「暇だからって公園に連れ出すなよ……」
隼斗は呆れたように言いながらも、手にはコンビニで買った飲み物の入った袋を提げていた。
どうやら、本当に嫌がっているわけではないらしい。
「お兄ちゃん!」
一人の男の子が駆け寄ってくる。
「なに?」
「セミ!」
「セミ?」
「そこの木!めっちゃ高いとこにいる!」
男の子が指差した先。
かなり高い枝に、一匹の蝉が止まっていた。
「俺に捕れって?」
「うん!」
「届くかぁ?」
「兄ちゃんならとどく!」
「せぇたかいし!」
即答だった。
隼斗は苦笑する。
「期待されても困るんだけどな……」
そう言いつつ、木を見上げる。
「……ああ、あれか」
「見えるの!?」
別の男の子が驚く。
「見えるよ」
隼斗が目を細める。
「アブラゼミだな。行ってみるから、ちっと待ってな」
「「「「「「やった!」」」」」」
男の子たちが一斉に歓声を上げた。
その一方。
「よーし!かぐやと鬼ごっこする人~!」
「「「「「はーい!!」」」」」
子供たちの半分ほどが一斉に手を上げる。
「じゃあ鬼はかぐや!」
「えー!」
「かぐや速いじゃん!」
「よーし、誰から捕まえようかな~!」
かぐやが腕を広げる。
「逃げろー!」
「わー!!」
子供たちが蜘蛛の子を散らすように走っていく。
「こらぁ~!待てぇ~!」
「かぐや姉ちゃん、三十秒数えて~!」
かぐやも追いかけていく。
「……元気だなぁ」
かぐやも、子供たちも。
その様子を見送った隼斗は、木の幹に手をかけた。
「よっと」
「えっ」
「うわぁ……!」
子供たちの目の前で、隼斗が軽々と上へ登っていく。
「すげぇ……」
「お兄ちゃん、木登れるの!?」
「まあな。危ねえから真似はすんなよ」
そう言いながら枝へ手を伸ばす。
蝉が羽音を鳴らして飛び立とうとした、その瞬間。
「っと」
隼斗が素早く手を伸ばす。
逃げようとした蝉を、一瞬で捕まえた。
おまけに、飛び立ったときにつきものの排泄物もしっかり避けている。
「ほれ、捕ったぞ~」
「「「「「おおおお!!」」」」」
男の子たちは大興奮。
隼斗は木から降りると、アブラゼミを男の子が肩から下げた虫籠へ入れてやった。
「気を付けて持てよ。そんでしばらくしたら逃がしてやりな。セミって飼うのはムズいから」
「ありがとう!」
「すげぇ!」
「お兄ちゃん、カッコいい!」
その少し離れた場所では、
「待て待て待て~!」
「きゃー!」
「こっち!」
「そっち行った!」
かぐやと子供たちが走り回っている。
「
「うわぁ!」
「次は誰~?」
「俺!」
「じゃあ逃げろ~!」
完全に子供たちの輪の中へ溶け込んでいた。
それを見ていた女の子の一人が、隼斗の服の裾を遠慮がちにちょこんとつまんだ。
「……ねえ」
「ん?」
「お兄ちゃんって、何歳?」
「んー?」
隼斗が少し考える。
「17歳。高校生」
「高校生!?」
「おう」
「大人じゃん……」
「いや、高校生だからまだ大人じゃないだろ」
「でもカッコいい……」
「ん?」
「なんでもない!」
女の子が顔を真っ赤にして、友達のところへ走っていく。
「ねえねえ!」
「なに?」
「さっきのお兄ちゃん、めっちゃカッコよくない?」
「分かる!」
「木登りもできたし!」
「虫も平気だった!」
「高校生だって」
「おとなだぁ」
「でもかぐやちゃんが連れてきてたよ」
「……付き合ってるのかなぁ」
「つぐみちゃんのお兄ちゃんでしょ?彼女いないって言ってたよ」
「ホント!?……あ、でもつぐみんのお兄ちゃんかぁ……」
「高羽さん、お兄ちゃん大好きだもんね」
「……」
隼斗は少し離れたところで、その会話を聞いていた。
とはいえ声の大きさもあって内容を全て把握できているわけではない。
それでも、漏れ聞こえる声から内容を類推は出来た。
「……まあ、ちょっと歳上の異性に憧れるのはよくあることだろ」
まるで他人事だった。
その頃、かぐやの周囲では。
「かぐや姉ちゃん速い!」
「もう一回鬼やって!」
「次、俺が逃げる!」
「かぐや、疲れたぁ~!から、休憩!」
かぐやがその場にしゃがみ込む。
すると、男の子の一人がすぐ隣に座った。
「かぐや姉ちゃん」
「ん?」
「アイス食べたい」
「え?」
「暑いもん」
「……確かにぃ」
かぐやが空を見上げる。
「隼斗にお願いしてみよっか!」
「いいの!?」
「たぶん!」
その「たぶん」に何の根拠もないことを、かぐや自身も分かっていた。
しばらくして。
虫取りを終えた隼斗が戻ってきた。
「お、鬼ごっこ終わったか」
「終わったー!」
「兄ちゃん!」
男の子たちが一斉に隼斗へ駆け寄った。
「はやとにいちゃん!」
「ん?」
「アイス奢ってくれよ~!」
「暑いよ~!」
「アイス食べたい!」
隼斗が目を細める。
「……お前らなぁ」
子供たちが期待に満ちた目で見上げる。
「……仕方ねえなぁ」
「やったー!!」
「ただし、一人一個な」
「やったぁぁ!!」
「かぐやも!」
「オメーもかよ」
「だって暑いもん!」
「はいはい……」
隼斗がポケットからスマホを取り出した。
「じゃあ、人数確認するぞ。ちゃんと一人一個な」
「おれチョコ!」
「ぼくソーダ!当たりつきのヤツ!」
「私バニラ!」
子供たちが次々に希望を叫ぶ。
「注文多いな……」
「かぐやはチョコモナカ!」
かぐやが手を挙げる。
「はいはい。……いやちょっと待てよ?」
隼斗が子供たちを見回す。
「そもそも、俺が全員に買って大丈夫か?」
「え?」
「知らねえ人からアイス貰ったっつって、家で親に話されたらどうすんだよ」
「あ~……」
「『知らない男の人にアイス買ってもらった』なんて話、普通に不審者情報が回るだろ」
子供たちが顔を見合わせる。
「……たしかに」
「でも高羽のにいちゃんだろ?知らない人じゃねえって!」
「その理論やめとけ?」
「え~!」
「だから、お前らの親御さんに確認が取れるなら買ってやる。できないなら今日はなしだ」
「「「「「えぇ~!」」」」」
「まあ待て」
隼斗はスマホを弄りながら続ける。
「オメーら、自分の親に連絡取れるか?スマホ持ってるか?」
「できるよ!」
「ぼくも!」
「わたしも!」
「おれ、まだスマホ持ってない……」
「ボクが連絡取れるよ!」
「じゃ、全員確認してくれ。勝手に奢ったとか思われるのも嫌だからな」
「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」
子供たちが一斉にスマホを取り出して、保護者に連絡を取り始めた。
しばらくして。
「大丈夫だって!」
「うちも!」
「ぼくも!」
「おれも!」
「『高羽くんならいいよ~』ってうちの姉ちゃんも言ってた!」
「そっか」
隼斗が頷く。
「じゃあ、改めて一人一個な」
「「「「「「やったー!!」」」」」」
「ところでお前、姉ちゃんって言った?なに、俺の知り合いか?オメーの姉ちゃん」
「クラスメイトっつってた!」
「名前は?」
「いさやま!」
「オメー諌山弟かよ、世の中狭いな」
「俺いさやま!」
「知ってる、いや今知ったけど」
「かぐや姉ちゃんも!」
「俺にもモナカ!」
「分かった分かった」
隼斗が苦笑する。
「あと、お嬢ちゃんたちは?」
隼斗が女の子たちへ声をかける。
「えっ」
「アイス、食べねえか?」
「……食べる!」
「じゃあ遠慮すんな。親に確認だけは取ってな」
隼斗が笑った。
「全員分な」
女の子たちが顔を見合わせる。
「……やっぱりカッコいい」
「うん……」
その声を聞いた隼斗が振り返る。
「ん?」
「「なんでもない!」」
女の子たちは慌てて顔を逸らした。
一方、かぐやは。
「隼斗、子供たちにモテモテじゃん!」
「お前もな」
「え?」
隼斗が男の子たちを見る。
「さっきから『かぐやお姉ちゃん!』ってずっと言われてるだろ」
「……へへ」
かぐやが嬉しそうに笑う。
「じゃあ私たち、人気者だね!」
「俺は別に人気者になりたくて来たわけじゃねえんだけど。オメーを迎えに来ただけなんだけど」
「でもアイス奢るんでしょ?」
「……」
「やっぱり優しいじゃん!」
「うるせえ」
隼斗はそう言いながらも、口元には小さな笑みを浮かべていた。
その後。
近くのコンビニで人数分のアイスを買い、二人は子供たちと公園のベンチへ向かった。
女の子たちはかぐやと一緒にベンチへ座り、男の子たちは少し離れた縁石へ。
その中央には、まるで引率者のように隼斗が腰を下ろしていた。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
「いただきます!」
一斉に包みを開ける。
「おれチョコ~!」
「ぼくソーダ!」
「俺モナカ!」
「お前ら、溶ける前に食えよ」
隼斗がアイスの包みを破りながら笑う。
口にアイスを咥えながら、手に持ったビニール袋にアイスのゴミを回収する。
「はやとにいちゃん、これうまい!」
「そりゃ良かったな」
「にーちゃんは?」
「俺はソーダ。当たり付きのヤツな」
「ぼくといっしょ!」
「オメーらこの時期に外で遊んでっけど、宿題終わったんか?」
「ボクはおわった!」
「俺あと読書感想文だけ!」
「おれ全部やってない!おわった!」
「
「かぐやねーちゃんは?」
「かぐや、チョコモナカ!」
少し離れたベンチでは、女の子たちがかぐやを囲んでいた。
「ねえ」
「ん?」
「かぐやちゃんと、はやとくんってお付き合いしてるの?」
「へ?」
かぐやが目を丸くする。
「お付き合いって、なにぃ?」
「えっ」
女の子たちの方が固まった。
「えっと……一緒に遊ぶ人、とか……?」
「でーとしたりとか?」
「うーん?」
かぐやは首を傾げる。
「隼斗とは一緒に住んでるよ?」
「え!?」
「それって、お付き合いってことじゃないの?」
「違うよ~?」
かぐやは何でもないことのように答える。
「隼斗は隼斗。かぐやはかぐや!彩葉もいるし!」
「……そっかぁ」
女の子たちは顔を見合わせた。
そこから、少し離れたところで。
「な~、にーちゃんとかぐやねーちゃんって付き合ってんの?」
男の子がアイスを食べながら尋ねる。
「んーや?」
隼斗はあっさり首を振った。
「一緒に住んでるってだけ。同居人」
「おともだち?」
もう一人の男の子が続ける。
「んー、まあそう」
「じゃあ仲良し?」
「そりゃまあな」
「かぐやねーちゃん、足速いもんな!」
「それ関係あるか?」
隼斗が笑う。
「ある!」
「そうかよ」
男の子たちがけらけら笑う。
隼斗もアイスをかじりながら、ふとベンチの方へ目を向けた。
かぐやは女の子たちに囲まれて、楽しそうに話している。
「……まあ」
小さく呟く。
「仲良くやってんなら、それでいいだろ」
その言葉を、男の子の一人が聞きつけた。
「にーちゃん、今なんか言った?」
「何でもねえよ」
「えー!」
「アイス溶けるぞ」
「ほんとだ!」
「やべやべ!」
慌ててアイスにかぶりつく男の子たち。
隼斗は苦笑しながら、棒が見え始めた自分のソーダアイスを眺めた。
「……あ、当たりだ」
「えっ!?」
「マジ!?」
男の子たちが一斉に身を乗り出す。
「いいなー!」
「当たり、もう一個食べられるの!?」
「知らねえよ。昔と同じなら、もう一本じゃねえの?」
「じゃあ、はやとにいちゃんまた食べられるじゃん!」
「……俺よりお前らの方が喜んでねえか?」
隼斗が呆れたように笑う。
少し離れたベンチから、その声を聞いたかぐやも振り返った。
「えっ!隼斗、当たったの!?」
「おう」
「ずるーい!」
「なんでだよ。ズルかねえだろ」
「かぐやも当たりたかった!」
「オメーのやつ、当たり付きじゃねえだろ。じゃあオメーが食うか?」
「いいの!?」
「別に俺、もう一本食いたいほどアイス好きじゃねえし」
「やったー!もうけ!」
かぐやが嬉しそうに笑う。
その様子を見ていた女の子たちが、また顔を見合わせた。
「……やっぱり仲良しじゃん」
「ねー」
「にいちゃん!」
そのとき、男の子の一人が隼斗の服を引っ張った。
「ん?」
「今度クワガタ見つけた!しかもオオクワ!」
「マジか。どこだ?」
「あっちあっち!」
男の子が公園の奥を指差す。
「案内してくれるか?」
「うん!」
隼斗が立ち上がる。
「ちょっと待ってよ~!」
かぐやも慌てて立ち上がった。
「かぐやも行く!」
「お前、さっきまでアイス食ってただろ」
「もう食べ終わったもん!」
「早ぇな……」
二人は子供たちに引っ張られるように、公園の奥へ向かっていった。
蝉の声はまだ、暑さを惜しむように公園いっぱいに響いている。
その鳴き声の中で、子供たちの笑い声と、かぐやの明るい声が重なっていた。
夏休みの昼下がり。
二人はまた、そんな何気ない一日を思い出の一つにしていった。
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