夜。
リビングのソファに、三人がそれぞれ力なく沈み込んでいた。
彩葉はノートPCを閉じたまま目を閉じ、かぐやはクッションを抱えてぐったりと横になっている。
ヤチヨは静かに座っているものの、いつもより明らかに肩の力が抜けていた。
隼斗がコーヒーを片手にキッチンから戻ってきて、その様子を見回す。
「……全員疲れてんなぁ」
「そりゃ……ね……」
彩葉が目を閉じたまま答える。
「今週、論文の締め切り三本重なってたから」
「楽しいんだけどね~」
かぐやがクッションに顔を埋めながら言った。
「今週コラボ配信七本もあって、さすがに声が枯れそう」
「ヤッチョもツクヨミの管理でちょっと……。隼斗は元気だねぇ……」
ヤチヨがぽつりと呟く。
「まあ、もともとの体力が違うわ」
隼斗は苦笑しながら、三人を見渡した。
「……今日は、俺が全部やる」
「え?」
彩葉が薄目を開けた。
「お前ら三人とも、今日はもう何もしなくて良い。飯も風呂も、全部俺がセッティングする」
「……良いの?」
「良いから、そのまま座ってろ」
隼斗はそう言って、再びキッチンへ向かった。
まずは夕食。
「今日は消化に良いもんにするか」
冷蔵庫を開け、鶏もも肉と野菜を取り出す。
「彩葉、飯は食えそうか?」
「……食べたい。でも気力ない」
「作らなくて良い、座ってろって言ったろ」
隼斗が手際よく鶏もも肉をミンサーでひき肉にする。
それをふわりと丸め、鶏団子にしていく。
鍋に春雨とえのき、たまねぎにわかめを入れ、生姜を加えた中華スープを仕上げる。
やがて、ごま油の香りがリビングまでふわりと漂ってきた。
「かぐやは?」
「なんか喉痛いから、あったかいもの食べたい……」
「なら、ちょうど良いな」
しばらくして、湯気の立つスープが三人の前に運ばれた。
「……美味しい」
彩葉が一口飲んで、少しだけ目を細める。
「疲れた体に染みる」
「喉にも優しい……」
「生姜入れてるからな。身体も温まるだろ」
かぐやが少しずつスープを飲み、ヤチヨも静かに一口。
「……ありがとう、隼斗」
「別に、これくらい大したことねえだろ」
隼斗が答えながら、三人の様子を見守る。
スープを食べ終えた頃には、三人の表情も少しほぐれていた。
それでも、疲れが完全に抜けたわけではない。
「風呂、順番に入るか。今日は全員の髪、乾かしてやる」
「……本当に?」
彩葉が少し驚いた顔をした。
「疲れてんだろ。それくらいはやる」
「じゃあ、私から良い?」
「おう」
「……あと、耳掃除もして欲しい」
「欲張りめ」
「膝枕で」
「ホントに欲張りだな」
「かぐやも!かぐやも膝枕で耳掃除!」
「……ヤッチョも、してほしいな~……って」
「義体に耳垢排出の機能ねえんだけど」
「「じゃあ膝枕だけでも!」」
「……しょーがねえなぁ。ほら彩葉、さっさと入ってこい」
「うん、じゃあお先に」
彩葉が先に風呂を済ませ、リビングへ戻ってくる。
「ほれ、座んな」
隼斗がドライヤーを構え、ソファの後ろに立っている。
彩葉はソファに腰掛け、頭を隼斗に預けた。
「……なんか、贅沢だね」
「たまにはこういうのも良いだろ」
温かい風が、丁寧に髪を乾かしていく。
「……気持ち良い」
彩葉が目を閉じた。
「疲れが、少し取れる気がする」
「無理すんなよ、お前」
「してない……つもり」
「してるだろ」
隼斗が少し呆れたように言う。
「研究、根詰めすぎだ」
「分かってるけど……」
「分かってるなら、たまには休め」
「……休んでるつもりだけど」
「つもりなだけで、休めてねえの」
髪を乾かし終えると、隼斗はドライヤーを置いて彩葉の隣に腰掛けた。
「じゃあ頭、膝に乗せろ」
「え」
その片手には竹製の耳かき。
草津で買った土産物だ。
彩葉が少し驚いた顔をする。
「耳掃除もしてほしいって言ってただろ」
「言ったけど……本当にやってくれるんだ」
「一応、聞いた以上はな」
揃えた自分の膝をポンポンと叩く。
彩葉がおずおずと頭を乗せた。
「……こんな感じで良い?」
「良い。動くなよ」
耳かきがそっと耳元へ近づく。
慎重な手つきで、ゆっくりと耳掃除を進めていく。
「……くすぐったい」
「我慢しろ」
「……人に耳掃除してもらうのなんて、いつぶりだろ」
「俺だって耳掃除してやるのなんて初めてだわ」
しばらく、静かな時間が流れた。
「……なんか、眠くなってきた」
「寝るなよ。危ないから」
「……頑張る」
耳掃除を終えると、彩葉がゆっくりと身体を起こした。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
その後、かぐやとヤチヨもそれぞれ風呂を済ませ、隼斗が順番に髪を乾かしていく。
「かぐや、今週配信詰めすぎだろ」
「だって、みんな楽しみにしてくれてるしぃ……」
「応えたいのは分かるけど、お前が倒れたら意味ねえんだぞ」
「……分かってる」
かぐやが少しだけ肩を落とした。
「来週はちょっと減らせ。コラボはもう決まってるヤツだからあれだが、ソロ配信な」
「……うん」
「なんなら俺とのコラボも」
「それはやる!」
「だろうな。言ってみただけだ」
隼斗がドライヤーを止め、かぐやの頭を軽く撫でた。
「頑張りすぎんな」
「うん。……ありがとね、隼斗」
「おう」
そこまで言ったやいなや、かぐやがぐるんと振り向いた。
先ほどまでのしおらしさはどこへやら、その目はキラキラと輝いている。
「そしたら、かぐやも耳掃除して欲しい!」
「お前、義体だから耳垢排出の機能ねえだろ」
「でも、膝枕だけでもして欲しいの!」
「……しょーがねえな」
隼斗がドライヤーで髪を乾かし終えると、膝を差し出した。
「ほい。乗って良いぞ」
「やった!!」
かぐやが嬉しそうに膝へ頭を乗せる。
「……あったかい」
「そりゃな」
「ね、隼斗は疲れてない?大丈夫?」
「俺は平気だ」
「そ?なら良いんだ。でも疲れたら言ってね」
「はいはい、ありがとな」
最後にヤチヨの番だった。
「ヤチヨ、ツクヨミの管理業務、最近増えてるだろ」
「うん……ユーザー数が増えたから、その分負担も増えててね」
「無理してないか」
「……してるかも」
ヤチヨが素直に認めた。
「8000年生きてるから、多少無理しても大丈夫だと思ってたけど」
「体は関係ないだろ、8000年」
「……そうだね」
「疲れたら疲れたって言えよ」
「……うん」
ヤチヨが少しだけ微笑んだ。
「ありがとう」
「おう」
「でね、隼斗……ちょっと、恥ずかしいんだけど」
ヤチヨが頬を染めながら、上を向いて隼斗と目を合わせる。
乾いた髪がさらりと肩へ流れた。
「ヤチヨも、してほしいな……って」
「膝枕か」
「うん」
「良いぞ」
隼斗がソファに腰を下ろし、膝を差し出す。
「ほれ」
「……ありがと。……あったかい」
「こんくらいなら、言ってくれりゃしてやるからよ」
「……言わないと、してくれないの?」
「俺にだって照れくささはあるからな」
「……ふふ。じゃあ時々頼もうかな。隼斗が恥ずかしがらない程度に」
「おう、そうしてくれ」
三人の髪を乾かし終え、リビングにようやく落ち着いた空気が戻ってきた。
「……さて」
隼斗が立ち上がる。
「そしたら、俺もシャワってくるわ」
「え?」
彩葉が顔を上げた。
「隼斗、まだ入ってなかったの?」
「お前ら優先したら最後になっただけ」
「……そうだったんだ」
「だから、お前らはそのまま休んでな」
隼斗はそう言って、浴室へ向かった。
しばらくして、浴室からシャワーの音が聞こえてくる。
三人はソファに残ったまま、その音をぼんやりと聞いていた。
「……隼斗も、ちゃんと休めてるのかな」
ヤチヨがぽつりと呟く。
「まあ、隼斗は体力あるから」
彩葉が苦笑する。
「でも今日は、ずっと私たちの面倒見てたよね」
「そうそう」
かぐやが頷く。
「だから今日は、隼斗もちゃんと休ませる!」
「どうやって?」
「……一緒に寝る!」
「結論が雑すぎる」
彩葉が笑った。
やがて、浴室のドアが開く音がする。
髪をタオルで拭きながら隼斗がリビングへ戻ってきた。
「……お、まだ起きてたか」
「おかえり」
ヤチヨが微笑む。
「おう」
「ちゃんと温まった?」
「シャワーだけだから、温まるも何もねえよ。暑いくらいだわ」
「そっか」
隼斗が濡れた髪をもう一度、雑にタオルで拭く。
「ドライヤー使う?」
彩葉が聞いた。
「良い。自然乾燥で十分」
「それ、髪傷むよ?」
「分かってるって。寝る前には乾かす」
「なら良いけど」
隼斗がソファに腰を下ろした。
「……やっぱ風呂入ると少し楽になるな」
「ほらぁ。やっぱり疲れてたんじゃん」
かぐやが嬉しそうに言う。
「まあな」
「だったら隼斗も休まないと」
ヤチヨが笑った。
「今日はみんなで休む日なんでしょ?」
「……そうだったな」
隼斗が小さく笑う。
「じゃあ、今日はもう寝るか?」
「……ねえ」
かぐやがふと顔を上げた。
「今日はさ、みんなでリビングで寝ない?」
「え?」
隼斗が意外そうな顔をする。
「普段、それぞれ自分の部屋で寝てるじゃん。でも今日は、なんか……一緒がいいなって」
かぐやが少し照れくさそうに言った。
「疲れてる時こそ、みんなで固まってた方が安心する気がして」
「……分かる」
ヤチヨが静かに頷く。
「私も、今日はそうしたいかも」
「……彩葉は?どうしたい?」
隼斗が聞いた。
「……私も、賛成」
彩葉が小さく笑った。
「久しぶりだしね。四人で雑魚寝するの」
「じゃあ、決まりか」
隼斗が立ち上がる。
「じゃあ布団、敷くぞ」
「隼斗、もういいって。私たちも手伝うよ」
「良いから。今日は休むって決めただろ」
そう言って、隼斗は寝室から布団を四枚運んでくる。
リビングの中央に、一枚ずつ並べていった。
「隼斗、働きすぎじゃない?」
彩葉が心配そうに言った。
「俺は体力あるから平気だ」
「でも……」
「良いから。お前らが休むための日だ、今日は」
「真ん中がいい!」
かぐやが真っ先に手を挙げる。
「じゃあ、かぐやが真ん中な」
「やった!」
四人がそれぞれ布団へ入る。
「……なんか、こういうの久しぶり」
かぐやがぽつりと言った。
「みんなで、ゆっくりする時間」
「そうだね」
彩葉も同意する。
「毎日、それぞれ忙しいけど」
「たまには、こういう日も必要だろ」
隼斗が照明を落としながら言った。
「……隼斗」
ヤチヨが静かに呼ぶ。
「なんだ」
「今日、ありがとう」
「別に、大したことしてねえよ」
「してるよ」
彩葉が続けた。
「ご飯作ってくれて、髪乾かしてくれて、耳掃除してくれて、話も聞いてくれて」
「……それが大したことなんだよ」
かぐやも言った。
隼斗が少し照れくさそうに視線を逸らす。
「……疲れてる時くらい、誰かに甘えても良いだろ」
「うん」
三人が静かに頷いた。
「明日からも、頑張りすぎんなよ」
「……頑張る」
「頑張りすぎんなって。休めって言ってんだけど」
「……気をつける」
彩葉が小さく笑った。
「それで良い」
静かな夜が、四人を包んでいた。
窓の外では、月明かりがそっと部屋を照らしている。
「……おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
四つの声が、静かに重なった。
その夜は、誰も仕事のことを考えなかった。
ただ、四人で同じ部屋にいる。
それだけで十分だった。
しばらくして。
「……あ!」
かぐやが、小さく声を上げた。
「隼斗、ドライヤーしてない!」
「あっ」
彩葉も気がついた。
「……もう寝ちゃってる」
ヤチヨが隣の布団を見た。
「寝つき良いなぁ……」
かぐやが隼斗の寝顔を覗き込む。
「Zzz……」
「……どうする?」
彩葉が小声で尋ねる。
「起こす?」
「……」
三人で顔を見合わせる。
「……まあ、今日はいいんじゃない?」
ヤチヨが苦笑した。
「本人も、自然乾燥でいいって言ってたし」
「でも寝る前には乾かすって言ってたよ?」
「……もう寝ちゃったからなぁ」
かぐやが少し考え込む。
「じゃあ……明日の朝、起きたら弄ってやろ!」
「忘れるでしょ、アンタ」
「忘れないもん!」
「……絶対忘れる」
「ひどい!」
小声のやり取りが続く中。
「……Zzz……」
隼斗は何も知らず、静かな寝息を立てていた。
三人は顔を見合わせ、思わず小さく笑う。
そう、今夜はあれだけ甘やかしてもらったんだから。
隼斗にも、ちゃんと休んでもらおう。
そう思いながら、それぞれ静かに目を閉じた。
ROSOさん、感想いただきありがとうございます。
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活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。