「……ん~~~?」
洗濯物を畳んでいた隼斗が、手を止めて首を捻った。
目の前には、洗濯を終えた衣類が綺麗に並べられている。
靴下、タオル、下着、シャツ。
どれも見慣れたものばかりだ。
……だったのだが。
「どうしたの、そんな首捻って」
リビングのソファに座っていた彩葉が、スマホから顔を上げた。
「いや……」
隼斗はもう一度、洗濯物を見直す。
「ここ最近、洗濯機に入れた数と、出して畳んでる数が合わなくてよ」
「そんなことある?」
彩葉が首を傾げる。
「あるから困ってんだよ」
「ふぅん……。何が無くなってるの?」
「Tシャツ。部屋着」
「靴下とかなら洗濯機に巻き込まれてたりするかもしれないけど……Tシャツは無いか」
「そ」
隼斗が畳み終えたシャツを積みながら続ける。
「まあ部屋着だし、なくても困んないっちゃ困んないんだけどよ」
彩葉が少し興味を持ったように顔を上げた。
「ちなみに、どんなシャツ?」
「黒無地のと、紺色にコダックのワンポイントが入ってるヤツ」
「うん」
「あと、ピンクの『親しみやすさ』と、紫の『←右に同じだ』」
「……随分面白いの着てるな」
「良いだろ。部屋着なんだから」
「まあ、それはそうだけど……」
彩葉が少し考える。
「それってさ」
「?」
彩葉がすっと階段の方を指差した。
「いま、かぐやとヤチヨが着てるようなヤツ?」
「は?」
隼斗と彩葉の視線が、揃って階段へ向く。
そして、ちょうどその時だった。
「「ふぁ~……」」
眠そうな声とともに、二人が階段を降りてきた。
「……」
「……」
隼斗と彩葉が、同時に言葉を失う。
先頭を歩いていたかぐやが着ているのは、ピンク色の珍妙なTシャツ。
胸元には大きく
『親しみやすさ』
とプリントされている。
そして、その後ろから降りてきたヤチヨは
『←右に同じだ』
と書かれた紫色のTシャツを着ていた。
しかも、二人が着るにはかなり大きい。
袖も丈も余っていて、完全なオーバーサイズだ。
隼斗が着れば、ちょうどよいオーバーサイズになるくらいのサイズだった。
「……」
隼斗が無言で二人を見る。
「……」
彩葉も無言で二人を見る。
そして再び、洗濯物の山へ視線を戻す。
「……アレだな」
隼斗がぽつりと呟いた。
「ん?」
かぐやが首を傾げる。
「どうしたの?」
ヤチヨも不思議そうに尋ねる。
「……最近さぁ」
「「うん」」
「俺のTシャツがよく行方不明になるって話を、彩葉としてたとこ」
「「……ヤベッ」」
二人の声が、綺麗に揃った。
「お前らか」
「「……」」
かぐやとヤチヨが、そろって目を逸らす。
「なんで俺の服着てんだよ」
「だって……」
かぐやが自分のTシャツの裾をつまむ。
「着やすいんだもん」
「私も」
ヤチヨも小さく頷く。
「隼斗の服、大きくて楽なんだよね」
「だからって勝手に持ってくなよ」
「ちゃんと洗濯物から取ったよ?」
「ヤッチョも」
かぐやの隣にいるヤチヨがTシャツを広げ、プリントされている文字を見せつける。
『←右に同じだ』
「そこじゃねえ。有効活用すんな」
彩葉が吹き出した。
「じゃあ、隼斗のTシャツコレクション、実質三人で共有してたってことね」
「……三人?」
隼斗が彩葉を見る。
「……」
彩葉が少し視線を右上に泳がせた。
「……お前もかよ」
「……一枚だけ」
「全員犯人じゃねえか」
「だって、隼斗の部屋着、着心地良いんだもん。……安心するし」
彩葉がぼそっと言った。
「特にあの黒無地のやつ、生地が柔らかくて」
「あれ持ってったのお前か」
「……はい」
「どんな気持ちで聞いてたんだ、最初」
「しらを切り通せないかなって」
「無茶だろ」
隼斗が深いため息をついた。
「……もういい。分かった」
隼斗は洗濯物を畳みながら、二人の姿を改めて眺める。
「そんなに気に入ってんなら、最初から言えよ」
「言ったら、恥ずかしいじゃん」
かぐやが少し頬を膨らませる。
「なにが恥ずかしいんだよ」
「だって……」
かぐやが少し口ごもる。
「隼斗の匂いがする服、ずっと着てたいなって言うの、なんか、ちょっと」
「……」
隼斗が一瞬、言葉に詰まった。
「……まあ、そりゃそうか」
「怒らないの?」
ヤチヨが恐る恐る尋ねる。
「怒ってはねえけど……」
隼斗が頭を掻いた。
「呆れてはいる」
「……ごめん」
ヤチヨが小さく謝る。
「別に、謝るほどのことじゃねえよ。ただ……」
隼斗が少し考える。
「俺の服が気に入ってんなら、今度から勝手に持ってく前に言え」
「……いいの?」
かぐやが顔を上げる。
「まあな」
「やった!」
かぐやが嬉しそうに笑う。
「ありがとう、隼斗」
ヤチヨもほっとしたように微笑む。
彩葉がそんな二人を見ながら、ふと思い出したように口を開く。
「……そういえば」
「ん?」
「私の黒無地、まだ洗濯して返してないや」
「『私の』じゃねえだろ」
「……あとで返す」
「『あとで』じゃねえよ」
隼斗が呆れた顔をする。
「お前ら三人とも、俺の部屋着を何だと思ってんだ……」
「部屋着?」
かぐやが首を傾げる。
「そうだよ」
「じゃあ、かぐやたちの部屋着でもあるね!」
「違うっつーの」
彩葉とヤチヨが笑う。
その笑い声を聞きながら、隼斗も小さく息を吐いた。
「……まあ、気に入ってるならいいけどよ」
そう言いながら、隼斗は畳んだ洗濯物の山を見下ろす。
少なくとも今日からは、枚数が合わなくなる理由だけは分かりそうだった。
「……あれ、そういえばコダック持ってってんの誰だ」
「……」
「……」
「…………」
三人の動きが、ぴたりと止まった。
「……」
隼斗がゆっくり顔を上げる。
「まさか」
かぐや、ヤチヨ、彩葉。
三人の視線が、ゆっくりと互いに向いた。
「…………」
そして。
「「「……」」」
誰も、名乗り出なかった。
「……よし」
隼斗が静かに立ち上がった。
「捜索だ」
「何の!?」
かぐやが慌ててツッコんだ。
「コダック」
「いやいやいや!別にコダックくらい、なくてもいいじゃん!」
「お前、さっき『ずっと着てたい』って言ってただろ」
「うっ」
「だったら、ちゃんと返してもらう。きちんとしろ」
隼斗が腕を組む。
「まず、全員協力してもらう」
「全員?」
彩葉が嫌な予感を覚えたように聞き返す。
「お前ら本人立ち会いのもとで、それぞれの部屋を見る」
「……それって」
「家宅捜索」
「言い方が完全に犯罪者扱いなのよ!」
彩葉が即座に突っ込む。
「俺の私物を勝手に持ち出してる時点で、若干自信なくなってきたわ」
「そんな大げさな……」
ヤチヨが苦笑する。
「大げさじゃねえ」
隼斗が真顔で答える。
「俺の服が何枚消えてると思ってんだ」
「……数える?」
「今から数えるために捜すんだよ」
「はーい……」
かぐやが渋々手を挙げた。
「じゃあ、まず彩葉の部屋な」
「なんで私からなの!?」
「黒無地返してねえからだろ」
「……はい」
三人は連れ立って彩葉の部屋へ向かった。
「どうぞ」
彩葉がドアを開ける。
「失礼する」
「家宅捜索に失礼も何もある?」
「あるだろ。人の部屋なんだから。……いまは容疑者だけど」
「容疑者やめて?」
隼斗が中へ入る。
「とりあえず、俺の私物がありそうなところから見るぞ。クローゼットから」
「なんか刑事みたいになってない?」
かぐやが後ろから覗き込む。
「お前が犯人側だからそう見えるだけだろ」
「犯人じゃないもん!」
「……ちなみに、下着はここじゃないよな?」
「そこには入ってないです、はい」
隼斗がクローゼットを開ける。
「……」
「……」
「……あ」
棚の隅に、黒無地のTシャツが畳まれていた。
パッと見でも、彩葉にはかなりサイズが大きい。
「ほら」
隼斗が取り出す。
「私の!」
彩葉が反応する。
「俺の」
「……はい」
「まず一枚」
隼斗はTシャツを回収した。
「他にはねえだろな……」
棚を一段ずつ確認していく。
「……ん?」
隼斗が小さなケースを取り出した。
「これ俺のイヤホンケース」
「あ」
彩葉が固まる。
「それも私が借りてた」
「いつから?」
「……覚えてない」
「返せ」
「はい……」
「こっちは?」
今度は充電ケーブル。
「俺の」
「……それも」
「おい」
「本当に一枚だけ?」
かぐやが笑いを堪えながら聞く。
「服だけなら一枚!」
「服だけなら?」
「……」
彩葉が黙る。
「怪しいな」
隼斗が目を細めた。
「次」
「え、まだ見るの?」
「当然」
彩葉が苦笑しながら手を上げる。
「分かった分かった、分かりました。気が済むまで見てください」
「なんでお前が譲歩した感じになってんの?」
その後も、イヤホンケースや充電ケーブル、小型工具など。
隼斗の私物が次々に発見されていった。
「……なんでこんなにあるんだ?」
隼斗が呆然とする。
「便利だったから……」
「俺の私物を便利グッズ扱いすんな。ちゃんとひと声かけりゃ貸すんだから」
「ごめん」
「まあ、いい。次は二人の部屋だ」
「……二人の部屋?」
かぐやが嫌な顔をした。
「そう」
「かぐやとヤチヨの部屋?」
「そこ」
「「…………」」
かぐやとヤチヨが顔を見合わせる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
ヤチヨが微笑む。
「じゃあ、行こうか」
「……おう」
三人の後ろから彩葉も続く。
扉を開ける。
そこは、かぐやとヤチヨが二人で使っている共有の部屋だった。
二つのベッド。
二人分の机。
衣類の収納。
棚の上には、ぬいぐるみや小物が並んでいる。
片側にはヤチヨの私物、もう片側にはかぐやの私物。
ただし。
「……」
隼斗の目が止まった。
「……なんで」
「?」
「俺のゲーム機がここにあんだ?」
棚の一番下から、見覚えのある携帯ゲーム機が出てきた。
上下二画面で立体視機能が付いた、ふた昔ほど前の機種。
いまではレトロゲームに分類されるそれが、なぜかここに鎮座している。
「それはかぐやが借りてたやつ」
ヤチヨが答える。
「無断で、な」
「じゃあ問題なしだね!」
かぐやが笑う。
「問題大ありだろ。借りたなら返せ」
「はい、ごめんちゃい」
「……それにしても」
隼斗が部屋を見回す。
「共有してるとはいえ、意外と綺麗だな」
「ヤチヨが片付けてくれるから!」
「なるほど」
ヤチヨが苦笑する。
「かぐやは散らかす方だから」
「そんなことないよ!」
「昨日、靴下片方だけベッドの下に落ちてたよ」
「それは……たまたま!」
「なるほどな」
隼斗も苦笑する。
そして。
「……」
また何かを発見した。
棚の奥から出てきたのは――
「俺のヘッドホン」
「……」
二人が固まる。
「……次」
さらにその隣から、小型のマイク。
「俺の」
「……」
「次」
今度は小さめのぬいぐるみ。
「……俺の。まあ昔ゲーセンでなんとなく取ったやつだからいい」
「…………」
「次」
充電器。
ケーブル。
ゲームソフト。
そして――
「……これ」
隼斗が引っ張り出したのは、使い古されたスポーツタオルだった。
「なんで使い古しのタオル?持ってくにしても新しいの持ってけよ」
「それは……」
かぐやが口を開く。
「…………安心、するから」
「安心?」
「………………その、隼斗の、匂いが」
「……おお」
「なにがおおなの?」
「いやこれはおおだろ」
かぐやが顔を真っ赤にしてる横で、隼斗とヤチヨがネットミームで会話している。
その光景に、彩葉がふっと吹き出した。
「なんかもう、隼斗の私物が三人の部屋に分散保存されてるね」
「保存すんな。冬眠前のリスかお前らは」
隼斗が即座に突っ込む。
そして、ふと顔を上げた。
「……待て」
「なに?」
「お前ら、俺のTシャツの件だけじゃねえだろ」
「……」
「……」
かぐやとヤチヨが黙る。
「コダックは?」
「……」
「まだ出てない」
「出現率低いね?」
「……」
「じゃあ、どっかにある」
「……」
隼斗が部屋を見回す。
「二人で使ってる部屋なら、クローゼットも二人で使ってるよな?」
「うん」
ヤチヨが答える。
「じゃあ、そっち見るぞ」
「え」
かぐやの顔が引きつった。
「なに?」
「なんでもない!」
隼斗がクローゼットの前に立つ。
「……念のため先に確認だが、下着は」
「別のとこ!」
「そうか」
隼斗は小さく息を吐き、クローゼットを開ける。
二人分の服が並んでいる。
「……」
一枚ずつ確認していく。
「かぐやの」
「うん」
「ヤチヨの」
「うん」
「……これ、俺の」
「……」
「これも俺の」
「……」
「これも俺の」
「えっ、ちょっと待って!」
かぐやが慌てる。
「増えた!」
隼斗が振り返る。
「一番驚いてんのは俺なんだけど」
「だってこれは……」
「説明しろ」
「いや、かぐやじゃなくて……」
かぐやが助けを求めるようにヤチヨを見る。
「……ごめん」
ヤチヨが観念したように目を伏せた。
「たぶん……気に入ったものを、そのままにしてたら……」
「そのまま?」
「……返すの忘れてた」
「それを世間では借りパクって言うんだぞ」
「ごめんなさい……」
そして。
「あ……」
ヤチヨがクローゼットの奥を指差した。
「なに?」
「……あれ」
隼斗が手を伸ばす。
引っ張り出したのは――
紺色のTシャツ。
胸元には、見慣れた黄色いポケモン。
「……コダック」
「「「あった!!」」」
三人の声が揃った。
隼斗がTシャツを掲げる。
「やっと捕獲だわ」
「うん……」
「やっぱりここにあったんだ」
彩葉が笑う。
隼斗はしばらくTシャツを眺めていた。
「……まあ、見つかったからいいけどよ」
「怒らないの?」
かぐやが恐る恐る尋ねる。
「だから怒ってねえって」
隼斗は苦笑する。
「ただ、次からは勝手に持ってくな」
「はーい」
「ちゃんと言えば貸してやるから」
「ほんと!?」
「おう」
かぐやが嬉しそうに笑う。
「ヤチヨもな」
「……ありがとう」
ヤチヨも柔らかく笑った。
その様子を見ていた彩葉が、ふと思いついたように口を開く。
「……ところで」
「ん?」
「これだけ私物が見つかったなら」
彩葉が部屋の中を見回す。
「他にもまだあるんじゃない?」
「……」
隼斗が黙る。
「……」
かぐやも黙る。
「……」
ヤチヨも黙る。
「……あるだろうな」
隼斗が呟く。
「あるね」
彩葉が頷く。
「あると思う」
ヤチヨも続く。
「絶対ある!」
かぐやが元気よく手を挙げた。
「自白すんな」
隼斗が即座に突っ込む。
「じゃあ――」
隼斗が腕まくりをする。
「第二次家宅捜索だ」
「まだやるの!?」
「当然だ」
「えぇぇえぇえええぇ!!!!」
リビングまで、かぐやの悲鳴が響き渡った。
その日。
三人の部屋からは、コダックTシャツ以外にも、隼斗の私物が次々と発掘されることになった。
そして最終的に。
「……俺のモン、一体どこにいくつあるんだ?」
隼斗は本気で頭を抱えることになるのだった。
「いや、これだけ物が無くなってて気にしない隼斗も隼斗じゃない?」
「責任転嫁すんな、犯人その一」
「えへへ」
かぐやは悪びれもせず笑った。
その様子を見て、彩葉とヤチヨも吹き出す。
どうやらこの家では、隼斗の私物が消える事件はまだ当分、終わりそうになかった。
弧月さん、感想いただきありがとうございます。
お気に入り登録、ここすきをしていただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。