「……暑ぃ」
それは、この一時間で何度目になるか分からない呟きだった。
照りつける太陽。肌を焼くような熱気。乾いた風。そして、どこまでも続く砂。
右を見ても砂。左を見ても砂。後ろを振り返っても砂。前を向いても当然砂。
見事なまでの砂漠だった。
「いやマジで何なんだよここ……」
思わず足を止める。
喉が渇いていた。
いや、渇いているなんてレベルじゃない。
カラッカラだ。
今なら蛇口から出る水道水でも泣いて喜ぶ自信がある。
ペットボトルの水なんて神の飲み物だ。
というか、人間って一時間も砂漠歩くとこんなに死にそうになるんだな。
新しい発見だった。
知りたくもなかったけど。
「はぁ……」
重たい溜息を吐く。
そして嫌でも思い出してしまう。
昨夜のことを。
ブラック企業。
終わらない残業。
上司の説教。
ようやく終わった仕事。
帰り道。
そして――。
『僕のヒーローアカデミア アニメ最終回放送終了』
あの絶望。
思い出しただけで胃が痛くなる。
「終わってたんだよなぁ……」
最終回。
見たかった。
本当に見たかった。
何年追い続けたと思ってる。
轟燈矢がどうなったのか。
荼毘がどうなったのか。
推しの最後くらい見届けたかった。
なのに。
俺は仕事してる間に終わってた。
「社会人ってクソだな……」
誰もいない砂漠に向かって悪態を吐く。
返事はない。
当然だ。
周りには砂しかない。
そしてその後。
女の子を助けて。
トラックに轢かれて。
死んだ。
……はずだった。
「じゃあ何で生きてんだよ俺」
普通に歩いてる。
普通に喋ってる。
普通に暑い。
死後の世界にしてはリアルすぎる。
地獄だったらもっとこう、炎とか鬼とかいるんじゃないか?
少なくとも砂しかない場所ではないと思う。
「まさか異世界転生?」
言ってみる。
誰もいない。
「ステータスオープン」
何も出ない。
「……」
恥ずかしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
誰も見てなくてよかった。
本当によかった。
もし見られてたら社会的に死んでいた。
一回死んでるけど。
そんな馬鹿なことを考えながら歩き続ける。
すると。
「あ?」
遠くに何か見えた。
建物だ。
街だ。
文明だ。
「マジか!」
思わず声が出た。
さっきまで重かった足が急に軽くなる。
単純だな俺。
でも仕方ないだろ。
一時間砂漠歩いた後の街だぞ?
オアシス見つけた旅人と同じ気持ちだよ。
俺は自然と足を速めた。
◇
さらに二十分ほど歩いて。
ようやく街の入り口へ辿り着く。
「……なんか変だな」
最初の感想はそれだった。
近未来的な建物。
妙に広い道路。
日本っぽいのに日本じゃない街並み。
そして何より。
「犬?」
犬がいた。
二足歩行だった。
服を着ていた。
買い物袋を持っていた。
「……犬?」
もう一回見た。
犬だった。
どう見ても犬だった。
だが普通に歩いていた。
しかも俺より堂々と歩いていた。
「何だここ」
さらに周囲を見る。
鳥がいる。
二足歩行。
ロボットもいる。
普通に会話してる。
意味が分からない。
そして。
女子高生らしき少女が歩いていた。
頭の上に輪っかを浮かべながら。
「……あ」
その瞬間。
脳内で何かが繋がった。
輪っか。
学園都市。
砂漠。
動物。
ロボット。
全部知っている。
見たことがある。
ゲームで。
動画で。
二次創作で。
何度も。
「いやいやいや……」
嫌な予感がした。
そして大体こういう予感は当たる。
俺は近くの店のガラスへ近付いた。
そこに映った自分を見て――。
固まる。
「……は?」
白い髪。
青い瞳。
整った顔立ち。
見覚えしかない顔。
いや。
見覚えどころじゃない。
毎日のように見ていた顔だ。
推しだ。
最推しだ。
「嘘だろ」
ガラスに顔を近付ける。
頬を触る。
首を触る。
髪を触る。
何度も確認する。
結果は変わらない。
そこに映っていたのは。
俺じゃなかった。
轟燈矢だった。
「は?」
もう一度見る。
轟燈矢だった。
どこからどう見ても轟燈矢だった。
俺の最推し。
荼毘。
轟燈矢。
その顔だった。
しかも。
火傷がない。
継ぎ接ぎもない。
健康体。
完全体。
SSR轟燈矢である。
「いや待て待て待て待て」
頭を抱える。
理解が追い付かない。
死んだ。
転生した。
推しになった。
ここまではいい。
いや全然よくないけど。
問題はその次だ。
頭の輪っか。
学園都市。
砂漠。
動物。
ロボット。
全部合わせると答えは一つしかない。
「ブルアカじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫んだ。
通行人が振り返る。
知らん。
そんなこと気にしてる場合じゃない。
ブルーアーカイブ。
キヴォトス。
俺が何百時間も遊んだゲーム。
そして。
推しだらけの世界。
「マジかよ……」
呆然と呟く。
ホシノ
シロコ
ノノミ
セリカ
アヤネ
便利屋68
ゲヘナ
ミレニアム
トリニティ
全部実在するのか。
そして。
一人の少女の顔が脳裏に浮かんだ。
梔子ユメ。
アビドス生徒会長。
ホシノの大切な先輩。
原作ではもう――。
「……待て」
そこで気付く。
先生は来ているのか?
来ていないのか?
ホシノは何歳だ?
ユメ先輩は生きているのか?
もしまだ先生が来る前なら――。
ぐぅぅぅぅぅ。
盛大に腹が鳴った。
「……」
現実は非情だった。
異世界転生しても腹は減る。
むしろ死ぬほど減る。
「考えるのは飯食ってからだな……」
そう結論付ける。
情報収集は大事だ。
だが空腹で倒れたら元も子もない。
まずは食料。
それから寝床。
それから今後のこと。
社会人三年で学んだ。
人間、腹が減ってる時に考え事をしても碌な結果にならない。
だから俺は人通りの多い通りへ向かって歩き始めた。
そして。
数分後。
路地裏の角を曲がった先で。
「……大丈夫?」
優しい声が聞こえた。
振り向く。
そこにいた少女を見た瞬間。
俺の思考は完全に停止した。
長い薄緑色の髪。
穏やかな笑顔。
少し困ったような優しい瞳。
見間違えるはずがない。
ゲームで何度も見た。
動画でも見た。
二次創作でも見た。
そして。
救われてほしかった人。
「え……」
声が漏れる。
少女は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
俺は数秒固まったまま。
ようやく震える声を絞り出した。
「……ユメ、先輩?」
少女の目が丸くなった。
そして。
次の瞬間。
太陽みたいな笑顔を浮かべた。
「私のこと知ってるの?」
「あっ.......」
やってしまった...
――その出会いが。
俺の人生を大きく変えることになる。
まだいつやるかは決まってませんがお気に入り登録が目標値まで行ったらアンケートをやろうと思います。