北陽学園との試合が終わった後の某日。南雲原サッカー部に自主練習をしておくように伝えた雲明は、パソコンに送られていた資料を確認しつつ、サッカーボールを踏みつけたまま汗だくで上半身を晒しているミームの背中を見た。
(……凄いな)
いつ見ても惚れ惚れする、戦闘特化と言っていいほどに細く強靭に鍛え上げられた肉体だ。今の雲明がどれだけ頑張ったとしても届かぬほどの鍛錬が積み上げられたことを示す、不純物を取り除いた鋼のような肉体である。
この肉体を生み出したのは、雲明が用意したサッカードリームプランによる特訓と同時に、自ら打ったシュートやオフェンス、ディフェンスの必殺技などを自ら受けて、全身余すことなく痛めつけるという正気とは思えぬ訓練の数々だ。これらを本当に動けなくなるまで行い、今のミームの肉体が作られている。
文字通り血反吐を撒き散らし、粉骨砕身し続けながら鍛えてきたその背中には鬼神が宿りかけており、ちょっとしたトラブルでミームが着替えている姿を目撃してしまった唯奈が、鼻から情熱を出して気絶するというアクシデントがあったほどに練り上げられている。
「…………!」
(動いた)
今まで微動だにしていなかったミームが動き出した。誰かと想像で戦っているのか、動きは激しく、見事なフットワークで相手を躱そうとしているが、中々抜けることができずにいる。
(ミームが苦戦する相手……?)
今までサッカーをしてきた中で、ミームが苦戦するような相手は片手で数える程度にしか見たことがない。となればそのリストとミームの動きを擦り合わせて絞り込めば、想定している相手を知ることができる────そう思ってミームの動きを観察する雲明。
(背丈は低い……結構細身? ……巧いな。ミームにぴったりと張り付いてる)
ミームの動きに合わせてぴったりと張り付いてくるようなブロック。しかもフェイントをかけることでミームにわざと抜け道を見せた後、その道を潰す────南雲原サッカー部の十八番である必殺タクティクスの一つ、ブロック・ザ・キーマンの動きを相手は一人だけで行ってミームを翻弄している。
「────あ、やっべ」
行ったり来たりを繰り返す攻防、その果てにミームが呟く。ボールはミームの傍から離れており、想定している相手がいた場所に転がっていた。
「前門の餅!! 後門の兎!! ……硬すぎるッピ!!」
「……一人じゃなかったんですね、相手」
「当たり前だよなぁ? サッカーは皆でやる団体競技だってそれ一番言われてるから」
雲明の目にも一瞬だけ見えた、ミームの想像力が生み出した対戦相手達。一人は少女だった。陽光のような暖かな空気を纏った少女が餅をぶん回してミームのボールを奪ったのだ。必殺技であろうが、餅をぶん回すというのは中々にパワーワードな気がしてならない。
そしてそれをサポートしたのはツインテール────というか、兎の耳を連想させるような髪型の少年。兎のような軽快な動きと、恐竜のような荒々しい動きが融合したスタイルによってミームの意識をかく乱させて、ボール奪取をサポートしていた。
「いやー、きついっす。全く届かなくて笑っちゃうぜ」
「もしかして、今の人達が?」
「おう。俺の
「…………見たことがない選手でしたね。公式戦には出ていないんですか?」
「あー……んまぁ、そう……よくわかんなかったです」
「そうですか……」
ミームすら翻弄するような選手がいたとすれば、サッカー界で話題に上げられてもいいとは思うのだけれど、と雲明は心の中で呟く。それだけ、先程のミームの相手は見たことがない人であったし、凄い選手であると思ったのだ。
「ただ、あの人達のお蔭でミキシマックスも分身もできるようになったからなー」
「……戦犯では?」
「「貴様ーッ、御恩人を愚弄する気かぁーっ!」」
「脈絡もなく増えるな神話生物」
「ハイデース」
分身を消したミームがケタケタと笑う中、雲明はこいつの神話生物としてのランクを引き上げたであろう二人の恩人に少しだけ「あんたらどうしてくれんだ」と文句を言いたくなったが、ミキシマックスと分身は間違いなくミームをミームたらしめているものの一つでもあるため、感謝の念もあった。大体二割ほど。
「まあ、ミームの恩人のことは置いておいて……どう思いますか」
「ん、まぁ、そうだなぁ……最終手段は俺という共通の敵」
「言うと思いました」
雲明が持っているパソコンの中に入っていたのは、南雲原サッカー部の新入部員(中途採用)の生徒達のデータ────前回戦った北陽学園サッカー部のデータであった。
昨今の事情を鑑みて、北陽学園が南雲原と合併することになったために、北陽学園サッカー部も南雲原サッカー部に吸収されることになったのだ。その結果、元北陽学園サッカー部がレギュラー総取りになるかも────などという話が出てきたのである。
さらに言えば、監督も北陽学園の監督である
「というわけで明日は茶番を行います」
「聞こうか」
「南雲原に北陽流を、北陽に南雲原流を与えてぶつけます」
「ふうん、そういうことか」
少し前まで敵同士だったというのに、いきなり仲間になっても「はい、そうですか」と納得はできないのが人間というもの。ここにいる異常サッカー愛者の雲明とミームなら話が変わってくるかもしれないが、すんなり受け入れるのは難しいのだ。
だからこそ、少し前にコンタクトがあった下鶴改の提案に乗り、南雲原に北陽学園のサッカーを、北陽学園に南雲原のサッカーをやらせて相互理解を促す。相互理解を促した後、次の対戦相手である東風異国館に打ち勝つメンバーを揃える────それが雲明の考えているプランである。
「あとはミームのことを北陽学園に伝えます。空宮君は理解していると思いますが……ええ、あなたの神話生物ぶりを見せつけてください」
「あいよ。……どれくらいやればいいんだ?」
「まぁ、折れて立てないのならそこまでですからね。叩き折っていいですよ」
ブロック・ザ・キーマンを習得した後の蹂躙劇を覚えている雲明の了承を得て、ミームはしかと理解したように頷く。
「南雲原のガッツと同じくらいのガッツを、北陽学園も見せつけていただきたい……そう考えているのは……俺なんだ!」
「今思うととんでもないガッツですよね、うちの選手」
一つ一つの挙動で1d100のSAN値チェックを要求してくる神話生物のミームによる文字通りの死屍累々体験会を経験してもなお、心折れず────というか心折れても折れた二本を地面にぶっ刺して二刀流で復活してくるようなガッツを見せる南雲原サッカー部。その目にはいつでもミームに追いつくどころか追い越してやるという熱い意志が宿っている。そんな熱烈なガッツを北陽学園にも期待しているのが神話生物ミームであり、南雲原サッカー部の監督兼キャプテンの雲明である。
「ま、本気でてっぺん目指してる連中なら折れないでしょ」
「……ですね」
「というわけで俺はもうちょいやるけど、雲明はどうする?」
「あ、今日はちょっと用事があるので失礼します」
「あいよ。……うーん、階段ダッシュでもしてくるかね」
この男、さっきまでサッカードリームプラン難易度ルナティックを行った後、想像相手とサッカーをしたというのに体力が有り余っているようだ。ちなみに体のダメージは許容範囲内で収まっている。こいつは本当に人間だろうか?
「本当に底なしの体力ですよね」
「スタミナはあればあるほどいい。古事記にもそう書かれているし、マタイの福音書にも書かれている」
「フィジカル強者な詩集と福音書とか嫌ですね……」
「分からんぞ? 生け贄決めるためにサッカーやってた文明があるくらいだし」
「まぁ、そうなんですけど……」
幼い頃、サッカーの起源を調べようということでミームと共に図書館を訪れ、生け贄を決めるための戦いをサッカーで行っていたという文明の話を見つけた時のことを思い出して少しだけ顔を顰める雲明。勝っても負けても死ぬなら意味なくないか、とも思った。昔の人間の考えることはよく分からない。
「ところでミーム」
「どした」
「その後、小太刀先輩とは」
「打ち上げの後お泊りはしたよ。あと買い物行った。今ってスポーツ用の制汗剤めっちゃあんのね」
「…………あんたいつか刺されますよ」
「んー……最近弾丸すべりって技を覚えたんだよね、凄くない?」
「ダメだこいつ」
マジで刺されても助けない。馬に蹴られるなんて御免だ。
分身してスクラムを組んで練習を再開したミームを呆れた目で見た雲明は、心の中でそう誓った。誰だって馬に蹴られたくはないのだ。