「ククク……富士の樹海は身体強化に好都合な最高の特訓エリアだぁ……」
「なあ、スマホの電波死んだんだが、大丈夫なのかここ」
強力な磁場か電波が放たれているためか、スマホの電波どころかバスのナビすらバグり散らかしている中、南雲原サッカー部が辿り着いたのは富士の樹海を超えた先、富士山の麓付近にある施設だった。近未来的で、味気無さすら感じる真っ白な道を歩く彼らは少し不安げな表情で、先頭を歩くミームに声をかける。
「寝戸、マジでここ大丈夫なのか?」
「「「大丈夫だって安心しろよ~。死ぬまで鍛えるには丁度いいだけだし、ヘーキヘーキ、ヘーキだから」」」
「「「平気じゃねぇだろ!?」」」
なぜかイラっとするお面と鎧を着込み、どこからか取り出した三叉槍を掲げ、どこかの狩猟民族の儀式をするような動きを見せるミームにツッコミを行う南雲原サッカー部。この男にツッコミをするなど、まだまだ順応できているとは言えない。
「実際、ここは何なんですか?」
「俺の第二、第三の実家」
「それを聞いた時点でもうヤバい場所なのは分かりました。…………?」
ぐん、と何かに引かれるような感覚があり、その方向を見る雲明。その先は少し薄暗くなっており、関係者以外立ち入り禁止の標識が置かれているだけのただの通路だというのに────どうにも目を離せない妙な魅力があった。他のメンバーも何か感じるものがあったのか、雲明と同じ方向をチラチラと見ている者がいる。
「あ、そっちは行かない方がいいぞ。変な石ころあるだけだし」
そんな彼らを見かねてか、それとも歩く速度が落ちていることに気付いたのか、特殊メイクを一瞬で落としたミームが声をかけた。
「石ころ?」
「アメジストっぽい石が置いてあんの。結構デカいやつ。研究中の隕石で危ないんだとさ」
何が危ないのかは分からないが、小さい頃にここへ訪れたミームは大人達に危ないものだからと言い聞かせられていた。大人達に聞かされた何か引き寄せられるような感じも、力を求めたくなるような渇望も、心に付け込んでくるような声も感じることはなく、何が危ないのか全く理解できていなかったミームは彼らの反応を見て、ようやくこの通路の奥で厳重に管理、研究されている紫色の石の危険性が────全く理解できていなかった。
なぜならこの男、この通路の先で管理されている隕石のことを幼い頃から隕石や宝石だと思うどころか、プラスチックで造られたアクセサリーにも劣る劣悪なオブジェクトだと思っていた。ステンドグラスのような不思議な魅力も、博物館で見た隕石のようなロマンも、宝石職人が磨き上げた宝石のような艶やかな美しさも、何もかも感じなかったのである。
もちろん、それを見た時に「ああ、これ使ったら色々できるかもしれない」と思ったことはあったが、それだけであった。これを最初に発見した人間や、これを使おうとした、関わった人間達もミームの姿勢には腰を抜かすところだろう。
「ここって何かの研究機関でもあるの?」
「さぁ? 少なくとも俺はここでサッカーしかしたことないんだよね」
「グラウンドでもあるのか?」
「(それも)ありますあります」
どこぞの闇の組織みたいな実験が行われている施設かと思えば、サッカーグラウンドがあると言われて困惑する南雲原サッカー部のメンバー達。引率係の改は少々微妙な表情というか、ふとした拍子に苦笑を浮かべてしまいそうになるのを耐えていた。
長く、真っ白な通路をひたすらに歩き続け────開けた場所に繋がる扉を潜った南雲原サッカー部のメンバー達は、視界に飛び込んできた空間に目を見開いた。
「「「富士山の麓にグラウンドがある!!?」」」
視界に広がる立派なグラウンドに瞠目する少年少女達。富士山の麓付近の施設────しかも入口からして息苦しいような気配を漂わせていた施設に、いくらなんでもこんなにも立派でしっかりとしたグラウンドが存在しているとは思ってもみなかったのである。
「変わらないなー、ここも────っと?」
久しぶりに訪れたグラウンドの空気を無くなる勢いで吸い込もうとしていたミームの眼前に迫るのは、サッカーボールくらいのサイズをした真っ黒な球体。下手な必殺シュートよりも強く、もしかすると建物すら粉砕する……そんな威力を孕んでいるその球体を前にして、ミームは右手に属性エネルギーを収束、ダイヤモンドの輝きを放った右腕を誕生させる。
「【ダイヤモンドハンド】」
「はっ────!?」
「うおおっ!?」
「ふ、吹き飛ばされ────!?」
高速で飛来した真っ黒な球体を受け止めた衝撃が凄まじい風を生み出し、ミームの後方に立っていた少年少女、顧問、コーチの体幹を大きく揺らす。ミームの【グレートマックスなオレ】を至近距離で味わっていなければ、間違いなく空を飛んでいたところだろうが、この南雲原サッカー部、神話生物と関わり続けた結果、自分がどうすれば吹き飛ばされないようにできるかを考え、それを実践できるようになっていた。
凄まじい風が収まり、球体を受け止めたミームの右手から白い煙が上がっており、飛来した球体の威力を物語っていた。
「お、今回は止められたわ。次は全身ダイヤモンド目指すか」
「腕を上げているようで安心したのと同時に不安も芽生えたぞ……」
凛とした声が響き、ミーム達が立つ場所の向かいから人影が現れる。
現れたのは、ミームの髪色と同じ青色に、白い髪の女性。体付きは若々しいが、纏う空気が間違いなく大人のそれだ。
「
「壬為夢、私のことは姐さんと呼ぶな。伯母さんでいい」
「姐さんは姐さんなんだよなぁ……あ、これ母さんと父さんが園の皆にって。お盆帰れるか分かんないからだそうで」
「土産など、いらないと言っているのに……あの子達は全く……」
「ほら、今までお世話になった分、少しでも恩返しって感じで……にしてもこれ、重いな。2キロくらい?」
「惜しいな。1.7キロだ」
大人の色気というやつがバリバリに溢れている青髪の女性に、大量のお菓子が詰め込まれた紙箱を渡すミームはとても楽しそうで、それと同時に闘争心が滲み出て全身から影がゆらゆらとあふれ出しそうになっている。
「……それで、そっちの彼らが?」
「YES! YES! YES! 南雲原サッカー部のメンバー」
「そうか。初めまして、私は
そう言って軽く頭を下げた玲名に目を白黒させている南雲原サッカー部の前に、ぞろぞろと────とはいえ数名だ────人影がやってくる。現れた彼らを見て、南雲原サッカー部のメンバーは叫ぶことすら忘れて絶句していた。
「随分腕を上げてるみたいだね、壬為夢」
「それは嬉しいけど、なんかこう……確実にとんでもない方向にぶっ飛んでる信頼がある」
「絶対に無茶振りして周囲振り回してるぜ。断言できる」
「間違いないな。だが、南雲原はそれを乗り越えてきているって面構えもしている」
現れた彼らの姿を見て絶句しているのも無理はないだろう。彼らはサッカーをプレーしている人間であれば誰でも知っている超有名人たちなのだから。むしろ、平常運転でいつも通り分身してウォームアップでカバディを始め、玲名に拳骨を喰らっている神話生物がおかしいのである。
「砂木沼さん、お久しぶりです」
「改か。元気そうで何よりだ。壬為夢に振り回されてないか?」
「お恥ずかしいことに、むしろ助けられることすらあります。彼は本当に優秀なサッカープレイヤーだ」
「ハハハ! そうだろう! あいつのサッカーは凄いからな!! ……あそこで八神にヘッドロックされてはいるが」
また何かやらかそうとしたのか、玲名によってヘッドロックと共に関節を極められているミームを見て苦笑する砂木沼治と改。
「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ」
「……全く堪えているようには見えませんがね」
「違いない」
やはりと言うべきか、ミームには全くのノーダメージである。その気になれば液体と化す猫のように拘束から抜け出せるというのに、拘束を甘んじて受け入れているあたり、本当に玲名に頭が上がらないことが見て取れる。
「う あ あ あ あ ……あ、というわけで俺の
「はは……サプライズが過ぎますよ、ミーム」
「ここ使うのにこの人達の許可必要でさ。んじゃ、俺は重力施設行ってるから何かあったらそっちに来てくれ」
(((重力……?)))
玲名の拘束から解き放たれたミームは、来た道とはまた違う通路に繋がる扉を開けて去っていく。ヒラヒラと手を振りながら歩いていくミームの背中が見えなくなるまで見送った南雲原サッカー部のメンバーは、グラウンドに集まったレジェンド達の空気が変わったことに気付いた。
彼らから放たれているのはまるで品定めされているような、大切な人を預けるに足る人間なのかを見極めているような────殺気にも近い重圧感。ここに来る前に雲明の指示でミームの虚無虚無プリン状態を体験していなければ、過呼吸になるか、呼吸を忘れているメンバーも出ているかもしれなかった。
「さて、南雲原サッカー部。壬為夢には悪いが、私達としては、君達を全く信用していない」
「正確には、人間性は信用しているけど、サッカープレイヤーとして君達のことを信じることができない……だけどね」
最初に口を開いたのは玲名と、眼鏡をかけた赤髪の男性吉良ヒロト。玲名に比べてヒロトの表情は柔らかいが、目が全く笑っていない。他の大人達も笑ってはいるが、目が笑っていない。
「壬為夢は……あの子は、どこまでも際限なく成長していく。それに呼応するように────いや、あの子が周囲に進化を促す」
「そこに例外はない。練習中だろうが、試合中だろうが関係なく進化を促し続けて……」
「壊してしまうこともある……ですよね」
「ああ。それが致命的な破壊ではなくともな」
その進化を促し続ける力をミームは意識して使っているわけではない。言い方は少し乱暴になってしまうが、勝手に発動してそのまま垂れ流し状態になるためにミームは止められないのだ。制御できたとしても、垂れ流しにしていそうな信頼があるのがミームという神話生物。それはこの施設の使用許可を下した大人達も理解している。
「まぁ、その辺りはお前達も理解はしているだろうけどな」
「ぶっちゃけ、俺達が気にしているのはさ、あいつがまた一人にならないかって話なんだよ」
「……一人に?」
「そうだ。だから、貴様らに問いたい。壬為夢の背中を追い続け、並び立つための覚悟があるのかと」
ああ、と雲明を含めた腐れ縁達だけではなく、南雲原サッカー部の全員が彼らが言わんとしていることを理解する。
彼は────寝戸壬為夢という男は、どこまでも走っていく。周囲がどれだけ声をかけて呼び止めたとしても、止まることはせずに、着いて来い、追いついて来いと言わんばかりに爆走していく。誰も彼も置き去りにしていくかのような速度で走っていく。天空を駆ける流れ星のように、見果てぬ荒野を拓き、進み続ける覇王のように、輝きを放ちながら走っていくのだ。
その輝きに辿り着き、その輝きに並んで駆け抜けていくその覚悟はあるのか。あの子を一人にしないという覚悟は、お前達にはあるのか。彼らはそう言っているのだ。
「ハッ、何を今更」
最初に問いに答えたのは雲明だった。
「覚悟なんてとっくの昔に決まってます。ミームは、寝戸壬為夢は僕を待ってくれていた。サッカーなんて消えてしまえばいいなんて考えた僕なんかを、ずっと」
今でも鮮明に覚えている、病気になって、何か打開する方法はないのかと探し続けて、打開できないことを知った、絶望という言葉の意味を理解したその日。寝戸壬為夢が下した決断を。
『サッカーはもう二度とできない、かぁ……何か方法は……って、そりゃそうだ。調べたよな』
『サッカーなんてもう二度としない? ……そっか。じゃあ、俺も離れるかな、サッカー』
『あ? なんでって……俺は雲明がいるサッカーに意味を感じてるからじゃんアゼルバイジャン。お前がいないならやる必要はねぇかなって』
『ああ、もちろん必殺技とかの練習はするぞ? ちょっとした約束をしたんだ。……それに、お前が帰ってきた時に必殺技打てないなんてガッカリさせられないしな』
『予言しよう! お前はいつかサッカーに帰ってくる! つか、帰ってこい!』
『馬鹿野郎お前俺は何年、何十年かかろうが待つぞお前!! (石上三年)』
『お前がいなけりゃ俺はサッカーを本当の意味で楽しめねぇからさ!!』
自分が憧れた男が、自分なんかのためにそんな決断を下した。走り続けて、光を放ち続けていた星が足を止めて、立ち上がるまで、歩き出すまで待ち続けてくれた。その決断に報いるために雲明はサッカーへと帰ってきた時に────いや、その決断を下された時から決めていたのだ。
「僕は、ミームが本当の意味でサッカーを楽しめる監督になる。そのための覚悟の一つや二つ……いや、百ぐらいはとっくの昔に決まってます」
「雲明に同じく。ネットのサッカーに負けないサッカーをして、ネットと一緒にサッカーをやるんだ。だよな、皆!」
「「「応ッ!!」」」
「「「当たり前だッ!!」」」
そのためならば、どれだけ地獄に叩き落されることになろうとも這い上がってやる。そんな強い覚悟を見せた南雲原サッカー部のメンバーに、お日さま園の大人達はふっ、と先程とは違った笑みを浮かべた。
「どうやら杞憂だったみたいだね」
「ああ。私達もその覚悟に報いるために、お前達を全力で鍛えるとしよう」
こうして南雲原サッカー部の富士山の麓で行われる一ヶ月の強化合宿が始まった。
ミーム
重力を4倍にして遊んでた。エイリア石を100円で買えるような量産品のアクセサリーにすら劣る変なオブジェクトとしてしか見ていない。
ポテンシャルを引き上げる力はあるが、制御できていない。制御する気がないというか、どうしてそうなってるのか理解していないので制御するとか考えたこともない。恐らく特異点。
「あ、今日の晩御飯どうしよ。……よし、おにぎりと豚汁だな。練習はおにぎりってそれ一番言われてるから」
雲明
恐らくミームに脳神経を全て焼き斬られていると思われる男。脳内が灰燼に帰しているかもしれない。ミームの思いにいい意味でグッと来た男。
南雲原サッカー部の皆さん
覚 悟 完 了
9999秒間、地獄の特訓施設から出られなくなることが決定したが全くへこたれていない。やはり順応してきている。
玲名
ウルビダ(直球)。神話生物のサッカーを受け止めるために死ぬほど鍛えているせいか未だ若々しい。美魔女。
「見て見て姐さん!分身できた!これで俺は一人で試合ができる!一人でも対人練習可能!!これで安心だぜ!」と幼い頃の壬為夢が笑顔を張り付けていたのが相当心に来た。お日さま園の大人達も相当心に来た。ちょっと過保護気味になった。悪い意味でグッときた。