南雲原サッカー部が9999秒間の地獄に叩き落されていた同時刻。我らが神話生物は分身体である自分自身と対峙していた。
「パパ感謝するよ! 南雲原サッカー部のプレースタイル完全コピーだ!」
「あっ、おい待てい(江戸っ子)。コピー程度で満足するのは三流、アレンジを加えて二流、自分のプレーに活かせて一流だってそれ一番言われてるから」
「お、そうだな。まずうちさぁ、屋上(訓練の隠喩)、あんだけど」
「はぇ~」
「焼いてかない(激闘の隠喩)?」
「ああ、いっすね」
相も変わらず意味の分からない言葉を連ねながら、重力が5倍にされた部屋でファイティングポーズを取るミーム。サッカーをすることでサッカー力を鍛えるのではなく、様々な動きをすることでサッカー力を高めることに成功しているミームは、この過酷な空間で闘争に身を委ねていた。
「しゃあっ! 【サンシャインブレード】!!」
「かかったな阿呆がっ! 【剛の一閃】!!」
必殺技と必殺技のぶつかり合いによって、部屋に凄まじい衝撃波が生じる。オリジナルと遜色ない威力のシュートが同時に激突することで、衝撃波に色が生まれ────【キラーフィールズ】にも似た状況がこの部屋で起こっていた。その必殺技と違うことがあるとすれば、お互いにぶち殺すつもりで必殺技を放っているせいで本体も分身も同時にダメージを喰らっていることだろうか。
「喰らえぇええ、必殺!! 【ドリルスマッシャー】ァアアアッッ!!」
「面白い! ならば反螺旋!! 【ドリルスマッシャー】ァアアアッッ!!」
蹴り合いでは決着が着かないと判断したミームによって放たれる右回転のドリルと、左回転のドリルが真正面から激突する。どちらかの体力が尽きるまでこの勝負は終わらないのだろう、そう思われるような激突は、機械音で終わりを告げた。
「アアン? お客さん?」
「(研究機関として)恥ずかしくないのかよ」
「(修正の)鞭が入るぞ、鞭が」
システムエラーを告げる甲高いブザーの音によって体が軽くなるのを感じたミームは、限界を迎えた部屋のシステムにぶつくさ文句を言いながら分身を解除する。もちろん、この部屋のシステムは超高度で堅牢なものであり、普通ならエラーで停止するなどあり得ない。だが、今回は違った。度重なるミームの必殺技の応酬や、長時間の重力加算によって部屋のシステムが悲鳴を上げたのだ。
「毎回やりすぎなんだよお前が!」
ミームがやりすぎなだけであって、この部屋もこの部屋のシステムも悪くないと叫ぶのは浅葱色の髪と黄土色の目が特徴的な男性。彼は狩屋マサキ。かつて雷門イレブンの天才DF兼天然集いし同学年のツッコミ役として活躍した男である。
地獄の特訓をしている南雲原サッカー部に付きっきりになっているお日さま園の大人組が、ミームがやらかさないようにお目付け役として呼んでいたのだ。
「トランザムしてないのに壊れるのが悪い!」
「お前が高速機の3倍の速度で動いたら世界が終わるわ!?」
「マサキの叔父貴は俺のことを兵器か何かと思っていらっしゃる?」
「いや、神話生物」
「では神話生物と対面したマサキの叔父貴は5d100のSAN値チェックをお願いします」
「多いわ!?」
ちなみにミームからはどういうわけか叔父貴と呼ばれている。偶然にもそれを知ったマサキの先輩や、同級生達にそれを揶揄われた過去がある。なぜ叔父貴と呼んでいるのか、それはミームも分からないし、呼ばれているマサキ自身も知らない。雰囲気で呼んでいるだけかもしれない。
「はぁ……全く。相変わらず自由人過ぎるだろ、お前」
「え? 宇宙人?」
「言ってねぇよ」
「あっ、そっかぁ……宇宙人、いるのならサッカーやりたい……やりたくない……?」
「どっかの誰かを連想するくらいサッカーバカだよ、お前」
マサキの脳裏に過るのは、革命の風を起こすような男。この世界の誰よりもサッカーを愛しているような顔をしているサッカーバカである。
「サッカーバカじゃない、異常サッカー愛者だ」
「悪化してないか?」
「進化、そう言ってほしいな、マサキの叔父貴。それはそれとして……宇宙人がいたらどんなサッカーやると思う?」
「あー…………その星に適応して進化した体を活かしたサッカーとかじゃないか? ほら、火星なんかは鉄まみれらしいし」
「なるほど……ということは星によっては鳥人とか、虫人とか、魚人とかのサッカーか……ブラックホールなんかも使えたりするのか……? 特有の化身とかもいるのか? ……ロマンしかねぇや」
いるかどうかも分からない宇宙人、そんな存在達とサッカーをしたらどんなに楽しいだろう────そんなワクワクで目を輝かせるミーム。必殺技のインスピレーションを磨くためにロマンティックな思考も持ち合わせているミームが宇宙のサッカーに想いを馳せる中、昔、友人が口を滑らせた宇宙人の特徴をドンピシャで言い当ててくる神話生物に内心冷や汗をかいているマサキ。
この神話生物、思考が読めるわけではなく、ただひたすらにサッカーに対して真摯にし過ぎてサッカーに関することに関して天才的な勘を発揮することがあるのだ。恐らく、サッカーがアイデアを振らせてクリティカルを決めていると思われる。
そんな神話生物にふと、マサキは問いかける。
「壬為夢は、サッカーがつまらないとか思わないのか?」
「全然。なんで?」
「いや、円堂監督────円堂守の息子さんがサッカーつまんないとか言ってたらしくてさ」
「ふぅん……」
なんかちいさくてかわいいやつのような声音で相槌を打ったミームに、マサキは続けた。
「同じサッカーモンスターとして共感とかあったりすんのかと思ってさ」
「全く。俺は一人でもサッカー楽しいし」
ミームはサッカーを愛し、サッカーはミームを愛している。だからこそ孤立しても全く堪えることなくサッカーをしていたのが、この神話生物である。雲明がどれだけサッカーを手放そうとしても、サッカーが離してくれなかったように、ミームもまたサッカーが手放そうとしない怪生物なのだ。
「あ、でもあれか。円堂ハル────彼グッドファイターなるネ」
「へぇ?」
「自分が発展途上だって気付いたから、これから伸びてくるよ。俺みたいに」
ミームはサッカーを愛している異常サッカー愛者の自覚はあるが、自分が最強であると思ったことは一度もない。むしろまだまだ発展途上の下手くそだと思っている。爆走していないと南雲原サッカー部がすぐに追い抜いていく……そう思っている節がある。だからこそ彼らに滅茶苦茶期待しているという傍迷惑な神話生物は自分が発展途上────そう思っているからこそ、ミームは進化し続けるのだ。
「弱いってことは、強くなれるってことやん。下手くそってことは、上手くなれるってことやんね」
「下手だからこそ、か…………そういえば円堂ハルに会ったことあるのか?」
「ちょっと前に長崎来てた。雲明と長崎観光して、俺とちょっと話して帰ったよ」
円堂ハルが長崎から雷門に帰る際、ピエロの化粧をしていたミームは彼に問いかけた。サッカーを楽しんでいるかと。
円堂ハルは答えた。前はサッカーなんてつまらない、どうでもいいと思っていたが、今この瞬間、サッカーをできないことが悔しいと。自分の心の声に気付きも────いや、気付いていたのにそれと向き合わずに、それを見ないままにしていた、そんな自分が情けないと。
そう答えた彼に、神話生物は笑って言い放った。「自分が弱いって分かって良かったやん。弱いってことは、今まで以上に強くなれるってことやんね」と。その言葉に目を見開いた円堂ハルに、ミームはさらに続けて言い放った。
「円堂ハルは俺と────俺達南雲原とサッカーをやる。最高を超えた最高のサッカー……超次元サッカーを」
ギラギラと輝く太陽の如き情熱が込められた言葉は、間違いなく円堂ハルという男の心に決して消えない火を灯しただろう。暗闇の荒野を照らす朝日のような、そんな眩しくて手放しがたい光を。
「ほんと、お前サッカーに関しては太陽みたいに輝くよな」
「サッカーを楽しむ者に悪い奴はいない……そう教えてくれたのはマサキの叔父貴達でしょうに」
「はは、そうだっけか?」
戦闘に特化した筋肉を手に入れていようが、子供らしいところは相変わらず子供らしいミームの頭を乱雑に撫でたマサキは笑いながら口を開く。
「ほら、そろそろ風呂入ってこいよ。汗でベトベトな状態は嫌だろ?」
「ありがとナス!」
どこからともなく取り出したお風呂セット一式を持って重力施設から出たミームは、我が家同然の研究施設の通路をスルスルと迷うことなく突き進む。ちなみにミームが進んでいる道には確かに大浴場付きのシャワールームが存在しているが……ミームの目的は風呂だけではなかった。
「えーとここに服を全部置いて……」
ぶつぶつと呟きながら入ったのは、『滅菌』と書かれた看板が置いてある部屋。神話生物がその部屋に入った瞬間、大量の洗浄液が放出された。
「おぼぼぼぼぼ」
全身くまなく洗浄液で消毒された後、大量のお湯がミームを襲う。まるで食洗器に放り込まれたかのような状態の中、滝のようなシャワーが止まったのと同時に全方向から暴風か吹き荒れ、ミームの全身を乾かしていく。そしてドアが開いた先には────綺麗に使われていることが分かる大浴場があった。もちろんシャワーも用意されているが、ミームは一刻も早く湯船に浸かりたいという気分だったので、大浴場に繋がっている消毒室に入ったわけである。
「あー……生き返るわぁー」
『お風呂は麻薬だね』
「日々の疲れを根こそぎ奪っていく……麻薬にしては優しすぎる」
温泉に浸かったミームの傍に現れたスペースキャットと共に口にするのは、マタタビの仲間であるサルナシのジュース。キウイのような甘酸っぱい果実を贅沢に使ったジュースは、間違いなく絶品のそれだ。
このままゆっくりと湯船に浸かって疲れを根こそぎ抜き取り、すっかりリフレッシュした状態で夕飯を作ろう────そう思っていたミームが湯船に肩まで浸かろうとしたその時であった。
「おお……! 本当に温泉ですね!」
「色々と至れり尽くせりな施設ね」
((ファッ!?))
その声が聞えた瞬間、ミームはスペースキャットと共に確実に死角となる大岩の後ろに隠れて気配を完全に殺した。その動きは音を置き去りにし、入ってきた誰かに気付かれることはなかった。
「スペースキャット……これは事案では?」
『そうだね。見つかったら間違いなく切腹だね』
「おーっ、オシャレやのぉ。とはならねぇんだよえーっ!」
入ってきたのはミームの腐れ縁である二人、鞘と七南であった。地獄の特訓、その第一段階をいち早く乗り越えてきた彼女達は、他の南雲原サッカー部のメンバーより一足先に汗を流しに大浴場へと来てしまったのだ。これには風呂入ってこいと言ったマサキも想定外。神話生物的にも想定外を超えた想定外であった。
今、ここにミームがいることが鞘と七南にバレたのなら、ミームは間違いなく【グラディウスアーチ】によって磔にされた後、【伝来宝刀】による断頭を受けることになるだろう。さすがの神話生物もそれは避けたいところである。
「というわけで逃げるぞスペースキャット」
『分かったよ相棒。プランは?』
「鞘ちゃんと七南がこちらを見ていない状態で脱衣所に向かう。幸い、俺の服は見つかっていないから、俺がここにいるのは知られていない……!」
作戦会議をしているが、鞘と七南は大浴場の広さや清潔さ、お互いの体について話をしているためバレていない。体についての話? プロポーションやスタイルとかの話なので、想像と妄想をして、どうぞ。
現在ミームは聴覚をスペースキャットとの会話に注力させているので聞こえていない。聞こえていたらミームのSAN値が削れている可能性が高い。神話生物のくせにそういうところは常識的なのだ。
「俺は湯気に紛れて【ザ・ミスト】を発動!」
湯気に霧を混ぜることで違和感なく自分の存在を隠しつつ離れる作戦である。間違いなく成功するはずの作戦である。
「あら?」
「あれ?」
それが剣道によって気配の機微を感じ取る能力を磨いている二人が相手でなければ。違和感を感じさせない霧で体を隠しているミームは、少しだけ冷や汗をかきながらも想定内の状況に対応する。
(問題ない。何か違和感を感じているだけだからな。俺の気配遮断は鞘ちゃんでも神経を尖らせてないと気付かないレベル……マイ・ランペイ!)
「……気のせいかしら。マタタビっぽい香りがするのだけれど」
「ここの温泉の香りなんですかね? でも入った時は普通に温泉の匂いでしたけど」
「そうよね? ……誰かいたりするのかしら」
(残念ながら、もう俺は脱衣所にいるんだ。何も見てないんだな)
タオルで隠しているだろうが、鞘と七南の裸体を見ないように徹底して脱衣所に辿り着いたミームは自分の勝利を確信し────金属の塊に激突した。
「ぐえっ!?」
『壬為夢、何してるヤンケ。今の時間は女性の入浴時間ヤンケ』
「と、トダー!?」
『俺はただの警備ロボットヤンケ』
ミームが激突したのは、この施設の警備を任せられている警備ロボットの一体であり、ミームの練習風景をよく見ていたり、日常的に会話をしていた個体。ミーム汚染によってヨクワカラナイ話し方をするようになってしまった警備ロボットである。ちなみにミームからはトダーと呼ばれている。
「いやっ、聞いてほしいんだ」
『言い訳は無用ヤンケ……と言いたいところだけど、聞いてやるヤンケ。俺は慈悲深いヤンケ』
「ありがたい。風呂入ってこいと叔父貴に言われて────」
『
「はえ?」
後ろに気配を感じた次の瞬間、思わず振り向こうとしたミームは意識を失った。
夕飯を無意識に食べてから意識を取り戻したらしいミームは、自由時間に警備ロボット(トダー)とスペースキャットにこう言った。
「なんか天国と地獄を同時に味わった気がする」
『夢でも見てたんじゃない?』
『ここには地獄しかないヤンケ』
警備ロボット
ミーム汚染によって胡乱な言葉を吐くようになった警備ロボット。ミームからトダーと呼ばれている。シバくヤンケ。
狩屋マサキ
なぜか叔父貴と呼ばれている元雷門イレブンの天才DFにして伝説のツッコミ。なんだかんだでミームのことを気にかけて、月に何度か電話でやり取りしてくれる大人。
剣道少女二人が地獄の特訓第一段階を予想以上に早く突破して来たことが想定外を超えた想定外だった。
「マジですまん。いや、本当にすまん」
吉良ヒロト
ミームの御恩人。ミームのサッカーを受け止めるために鍛えまくったら星砕きの英雄になった男。流星ブレードが馬鹿みたいな威力と化した。
最近、園に来ても一人で過ごしているような気がすると思ったら、分身し始めて「サッカー楽しい!サッカー楽しい!」と笑ってる神話生物に「笑ってるけど、なんかヤバい気がする」と思ったところで玲名に話を聞き、悪い意味でグッと来た。
「壬為夢、君の全部ぶつけておいで。僕達はそれを全力で受け止める!」