兵太の南雲原式化身闘法習得のための修行が始まって数日後。集まった南雲原サッカー部のメンバー達は、雲明の指示でいくつかのチームに分かれてミニゲームを同時に行った後の講評を聞いていた。もちろんミニゲームの相手は神話生物。
「ええやん。気に入った。(死屍累々までの時間)なんぼなん?」
「大体50分くらいですね。十分すぎる体力は仕上がったと言ってもいいでしょう」
「おーっ、そらオシャレやのぉ」
ミームが分身して同時にミニゲームを敢行したとはいえ、神話生物と50分全身全霊で相対して膝を付いて死屍累々状態というのは中々の成長と言っていい。
「……なあミーム」
「何かね美哉」
「ずっと気になってたんだがよ、お前のその分身なんなんだ?」
分身する必殺技の応用じゃねぇよな? と踏み込んだ質問をしてくる美哉も含めて、南雲原サッカー部に所属している者は全員気になっていた。分身フェイントのような分身や、質量のある残像とは違う、間違いなく別物の分身は何なのかと。
ミームはいつもの笑みを消すことなく、ようやく聞いてきたなぁと言わんばかりにピエロのようなメイクを施した状態で口を開く。
「人型化身『デュプリ』。俺がぼっちざさっかーを極めるために修得した奥義よ」
「「「化身!?」」」
「一時期俺がぼっちだったのは皆知ってるな? その時に俺が増えればいいって気付いてな」
いや、その理屈はおかしい。
誰もがそう言いそうになったが、神話生物に常人の理屈が通用しないのは今に始まったことではない。神話生物の理屈に待ったをかけることができる人間がいるとすれば、お日さま園の大人達だろう。だが、大人達は待ったをかけない。できないことをしようとしているところを見れば待ったをかけたのだろうが、ミームはやってみたらできてしまった部類だ。
「これを教えてくれた人のおかげで色々と必殺技の解釈を広げることができてな」
「お前にそれを教えてくれた人もこんなことになってるとは思ってないだろ」
「どうだろ……なーんか、ずっと先のこと知ってるような目をしてたし、ワンチャン未来からの使者だったりしてな」
それはそれで面白いだろ、と笑うミームは分身と共になんかどでかい三叉槍を構えて天に突き刺すような動きをしながら続ける。そのうち天井から真っ赤な液体がしたたり落ちてくるかもしれない。姿なき母はサッカーに対しても寛容である。
「ま、俺のこの分身については置いといて。俺の御恩人や雲明に課せられた課題を超えてきた皆に俺が直接アドバイスして回るぞ」
「無茶振りは?」
「え? 俺はお前らができないようなことは言ったことないぞ」
「そう言って幾度となくやらかしていることを覚えていらして?」
陽愛が言う通り、ミームはいつだって南雲原サッカー部に無茶振りを強いてきた。最初の方で期待を超えた成長をしてしまい、ミームの期待値が高まり続けているせいなので、ミームが無茶振りをするのは大体南雲原サッカー部とそれを創設したえらいハリキリ☆ボーイである雲明が悪いと言えるだろう。できないことはないラインを見極めて無茶振りしてきている神話生物も大概ではあるが。
なお、南雲原サッカー部のメンバーが無茶振りだと思っているものが、怪生物の中では無茶振りの類に入っていないので余計質が悪い。
「とりあえずキーパーからなー。現在メインキーパーのちはやふるとサブキーパーの笑いのニューウェーブだが────」
「「ちょっと待て」」
「待たないが? 我流は点への対応が滅茶苦茶上手いんだけど、やっぱり面制圧された時がきついよな。伍兵は逆に面は強いけど点への対応が脆い」
四川堂我流の必殺技、【氷結の舞】はこの強化合宿の甲斐もあって全国にも通用する技へと昇華したが、面の技ではなく、点の技。シュートコースを見切り、その正面に立たなければ上手く決まらないという弱点も存在する。だからこそミームの頭のおかしい黄金の回転が加えられたひとりワンツー(シュート)や、トリッキーな動きをするシュートを必殺技で止めるのではなく、パンチングやキャッチで止めるという選択肢を選ばざるを得なくなるのだ。
「ああ。僕もそれは感じているよ」
「俺の【グラビティデザート】は面には強いが、確かに【春雷】なんかの速度特化や、貫通力の高い技には弱いからな」
「となれば我流には面、伍兵には点の技を覚えてもらう必要があるわけだが……ここで俺からの課題。点と面、どちらでも応用できる技を習得しな」
例えば、と言葉を区切ったミームは、ゴールの前に立った後合掌。エネルギーを複数の腕に変えて千手観音のような姿となった。その一つは腕に緑色の吸盤が生えていたり、深海色の鱗があったり、溶岩のように燃えていたりと、一本一本が何やらSAN値チェックを要求してきそうな外見なので、どちらかと言えば邪神の類*1な気がしないでもないが、そこは気にしたら負けである。
「【ムゲン・ザ・ハンド】は無数の腕を使ってシュートを止める必殺技。どちらかといえば物量────面の必殺技だ」
「性質は俺の技に近いわけか」
「そ。だがこの腕のエネルギーを────収束ッ!!」
大量の神話生物染みたエネルギーの腕がミームの両腕に収束していき、見た目から一点特化ですと言わんばかりのエネルギーを放つ魔神の腕が形成された。
「点を極める、それ即ち面を極めること。その逆もまた然り。【ムゲン・ザ・ハンド】とは【魔王・ザ・ハンド】である」
「確かにプロリーグでも使い分けしている選手は多くいるね。壬為夢ほど器用な方法ではないけど」
「というわけでそんな必殺技を得る特訓行っておいで」
我流と伍兵だけではなく、南雲原サッカー部の誰もが嫌な予感がするので逃げようとした直後、ポケットから取り出したリモコンのスイッチを押すミーム。すると、なんの前触れもなく我流と伍兵の足元に穴が開き────
「「うおおあああああああああああっっ!!?」」
「ヒロトおじさん&風介おじさん&晴矢おじさんプレゼンツPKノック114514回、是非楽しんでください」
暗闇へと消えていくキーパーを朗らかな笑みを浮かべて見送ったミームは、続いて戦慄しているDF陣に目を向けた。もちろん逃がさないように【無限の壁】と【ビバ! 万里の長城】を使って道を塞ぎ、絶対に逃げることができない状況でアドバイスを開始した。
「うちは純DFが亀雄と七南くらいしかいないのがちょっとネックよな」
「ミーム君、僕達は逃げないから壁を解いてくれるかい?」
「しょうがねぇなぁ……【無限の壁】は解除したぞ」
「この城壁は!?」
「これは万里の長城だから城だぞ。壁は消したが、城を消すとは言ってない」
必殺技を維持した状態で会話し続けている時点で異常だが、そんなこと今に始まったことではない。気にしたら負けである。
「DFがいないってどういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。攻めて守るはできてるのに、凌いで守るがまだまだ甘いんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
攻め続けることで守りを固める動の守りは南雲原サッカー部の常套手段であり、間違いなく得意分野の部類に入っている。だが、相手が攻め込んできた時に凌ぎ続けてゴールを守るという静の守りはまだまだ甘い。
「というわけで徹底的に守りを固めるやり方をリュウジおじさん&治おじさんによるドリブルブロックチャレンジで学んで来い」
必殺技に関しては必要になればその中で見出すだろう、ということで何も言うことはなく、ミームはリモコンのボタンを押して奈落に突き落とす────わけではなく、警備ロボット達の群れがDF陣を連行していった。
『連れてくヤンケ。全身全霊で磨きあげてやるヤンケ。シバくヤンケ』
「な、なんか流れるプールみたいな感じ……!?」
「ちょ、どこ触ってるんですの!? ぶっ飛ばしますわよ!?」
「え、ちょっ、待って自分で歩くからああああ!!?」
「これはこれで何かイリュージョンのインスピレーションが生まれそうだけどね……!」
連行されていくDF陣を見て、次はどちらがどんな目に遭うのかと戦々恐々としているFW陣とMF陣。
「さぁFW&MFの諸君は楽しい座学と実践の時間だよ。今日は担当講師の改コーチと雲明、そして下手な戦術を正面から潰してくる玲の姐さんに来てもらいました」
「「「不穏な気配しかしねぇ!!」」」
「あ、メガトンガバやらかしたら俺と一緒に筋トレな。背中に鬼神を宿そうな」
「「「ほらやっぱり!!」」」
覚悟が完了しているとはいえ、どんな地獄よりも過酷なミームの筋トレなど、誰でもやりたいとは言わない。やろうと思う人間がいるとすれば、それは恐らくパワーに満ち溢れていそうな筋肉の妖精か、余程のトレーニング馬鹿か、現在プロリーグでも活躍していそうなバスケやボクシングからサッカーに転向してきた男達であろうか。
「真のゴリ押しとは戦術を極めた先にある丁寧で慎重かつ大胆なゴリ押しであることは、アイアン木場の試合で知ってるな?」
「誰だよアイアン木場」
「今のFW、MFに必要なのは戦術! 必殺技も必要だが、必殺技を使うための間合いに入るまでの戦術が必須条件!」
どれだけ強力な必殺技を使えたとしても、使うために必要な間合いに入ることができなければ宝の持ち腐れとなってしまう。だからこそ、手に入れた必殺技を有効に使うための戦術の獲得がFWとMFには急務であった。
「というわけで今日は戦術を一つでも確実に取り入れた戦い方を覚えてもらうので、そのつもりで」
「一つでいいの?」
「征がどうして全国でも通用するレベルに仕上がってるかご理解していらして? 戦術を戦略の併用ができるからなのん」
全体的な計画や方向性を指し、長期的な視点でのアプローチすることで勝利を掴み取る戦略の中に、無数の戦術を噛み合わせことで強敵と戦ってきた北陽学園、その司令塔である征が全国でも警戒される選手である由縁はそれだ。一つの戦術を潰されたところで、第二、第三のサブプランを以って盤上を支配する。データ的なサッカーの強みを十全に発揮するからこそ、征は全国に通用する選手なのだ。
「戦術への理解力は勝利の道に直結していると言っても過言ではない」
「そういうミームはどうなんです?」
「相手を策略にひっかけて叩き潰す瞬間が一番生を実感する!」
「深呼吸してガスでも吸っておいてください」
「ダウンした!」
「自分のウルトでダウンしてんじゃねえですよコースティック」
サッカーから離れている間に、ミームと共に多種多様なゲームにも触れた雲明は打ち上げられた魚のように跳ね回るミームを見なかったことにして、ドローンが持ってきた大量の資料を選手達に配っていつも通りギャラクティック・ノヴァスマイルを浮かべてサッカードリームプラン座学編を開始した。
* * *
地獄の特訓が終わった夜。死屍累々の状態となっていた南雲原サッカー部女子達は、夕飯と風呂を済ませて寝室にいた。男子? 部屋でスマブラ大会やってるよ。
「どんだけやっても慣れないなー、ここの特訓……!」
「今日もキツかったな……」
「でも毎日温泉に入れるのは結構嬉しいよね」
女三人寄れば姦しいとも言うが、南雲原サッカー部女子もその例に漏れずキャッキャッと談笑していた。練習に参加しない分、マネージャー業務の質を高めることに注力していたマネージャーも加わり、男子とはまた違った騒がしさを醸し出している。
「…………そういえば、合宿で女の子全員集まってるのに、やってないことありますよね」
「百道さん、それは一体……?」
「ズバリ、恋バナです」
南雲原サッカー部女子メンバーに電流奔る────!
言われてみれば合宿で女子が集まったというのに、恋バナをした記憶が一切存在しない。そもそもそんなことをしている余裕が無かったと言えばそれまでなのだが、やはりそういうことをしたいと思ってしまうのも乙女心というもの。
「サッカー部のメンバーで恋人にするなら誰がいいと思う?」
「無難なのは空宮君とかじゃない?」
「桜咲さんとかは結構大事にしてくれそうな気がしますよね」
「あ、そういえば前に学校でさー」
サッカー部の男子がどうだとか、学校の生徒で気になる人はいるかとか、そんな話で盛り上がる中、そそくさと眠りに就こうとしていた少女達に狙いを定める。
「夜はまだ始まったばかりですよ、小太刀先輩! ほら、古手打さんも!」
「ふにゅ……? もう眠いんですけど……」
「え、ちょっと、どうしたの?」
「恋バナですよ! 恋バナ!」
「「ええ……?」」
地獄の特訓の進みが早いということもあって、いつだって夜はぐっすり泥のように眠る鞘と七南が困惑したような声を上げる中、根掘り葉掘り聞きたい女子達は目を輝かせて口を開く。
「もう聞いちゃうんだけど、寝戸君のどこが好きなんですか?」
「全部、じゃ納得しない……わよね。その目を見れば解るわ」
「…………あれ? これって私も言う感じです?」
「こうなれば道連れよ、七南。同じ穴の狢同士、一蓮托生よ」
「こんなに精神的に嫌な一蓮托生初めてです!」
何時バレた、とか、なんで皆そんなことを聞いてくる────なんてことは鞘も七南も考えなかった。そもそも、鞘自身は自分の感情を隠すことをしていないし、七南も隠し事ができるタイプではない。あんな神話生物に心惹かれている時点でお互いに恋敵とは思ってもいないので、お互いの惚気話を聞いてもキャッキャウフフできる。というか定期的にやってる。だが、それはそれとして、赤裸々に自分の想いを語るというのも恥ずかしいというのが乙女心というものである。
「お前らあんまり詮索し過ぎんなよ。ロックじゃねえ」
「そんなこと言って、本当は聞きたいんじゃないんですの、星さん」
「聞きたくないって言えば嘘になるがよ……」
助け舟が来たと思ったら井戸端会議に参加しようとしている船乗りが来ただけだった。そんなことを考えながら、最初に口を開いたのは七南だった。
「私はその……憧れが気付いたら好きになってたと言いますか……いや、その……多分、初めて会った時にはそうだったのを憧れだと思ってたというか……」
「それをウチと壬為夢君に相談するっていうとんでもないことしでかしたわよね、あなた」
「忘れてくれませんかそれ! 黒歴史なんですよ!?」
どうすればいいのか分からなくなった七南がやらかしたのは、真正面から神話生物に「どうしましょうミーム先輩! 鞘先輩! 私、ミーム先輩のこと好きかもです!」というドストレートな言葉をぶん投げるという暴挙。それに対して鞘は恐ろしくストレートな言葉に絶句し、ミームは「え、あ、うん。ありがとう?」と宇宙の真理を知った猫のような表情と声で返した。やはり言葉で伝えるというのは大事なのだ。
「というか先輩だって、ミーム先輩にストレートに好意ぶつけて、毎回毎回カウンター喰らうじゃないですか。お姫様抱っことか思い出して悶えてるじゃないですか!」
「それを口にするのはルールで禁止よ、七南」
「恋バナにルールは無用ですよ」
「あなただって頭撫でてもらったのを思い出して表情蕩けてる時あるわよ」
「おああああああ!? それは言わない約束でしたよね!?」
南雲原サッカー部女子メンバーの目と耳があることも忘れて、お互いの悶えていたことを口にして好意で殴り合う二人の少女。同じ男を好きになった女というのは、もっとドロドロとした戦いを繰り広げるようなイメージがあったが、今ここで起こっている戦いは何とも平和な惚気話の応酬である。
「き、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきますわね」
「そうね……でも、なんだか羨ましくもあるわ」
「あ、分かる。女の子の目から見てもあの二人すっごく綺麗だもんね」
もうこいつらの惚気話聞いてるだけでご飯何杯も食べられる、なんてことを考え始める女性陣が油断しているところに闖入者が現れる。
「こんばんちゃー。男子ルームで女装コンテストしてんだけど来る人ー?」
「「「何してんの男子」」」
現れたのはやはり神話生物。惚気合戦を気にすることなくノックして扉を開けたミームの姿はなんとビックリ女装姿であった。しかも滅茶苦茶似合っているのが逆に腹が立つ。
「え? 見て分からんかね。女装だよ。この写真を見なさい。これは前回行われた女装コンテスト優勝者を撮ったもの。この後俺は天秤に掛けられた」
(((天秤にかけられた……?)))
恋バナや女装コンテストは気になるが、それ以上によく分からない単語が飛び出てきた。十字架にかけられるのではなく、なぜ天秤にかけられるのか。
「天秤にかけられた俺はその後、星々の輝きを見ながらバックドロップを喰らったんだ」
「……誰に?」
「雲明に」
「「「持病はどこへ!?」」」
持病があろうが雲明は気合でバックドロップくらいはする。古事記にもそう書かれている。
スマブラ大会
漢達が集う大乱闘。
勝者を決める、神聖な戦いは
多くの戦士達が熱狂したという。
「じゃ、俺が勝ったら女装コンテストな」
それは、呪いの言葉であった。