フットボールフロンティア本戦の開会式が終わり、サッカーガーデンの宿舎コテージに集まった南雲原サッカー部は、一回戦の相手である京前嵐山中と戦うための作戦会議を行っていた。
「うめっ、うめっ……」
「活力が湧いてくる味だぜ、このおでん……」
「ククク……青春おでんはビタミン、ミネラル、タンパク質……そして塩分が摂れる完全食だァ」
もちろんいつものように何かを食べながらの作戦会議である。食べ盛りの少年少女にとって、間食がおでんであっても夕飯をぺろりと食べることができる底なしの胃袋は標準装備なのだ。ちなみに現在食べている青春おでんはミーム作ではなく、サッカーガーデンで提供されている青春おでんであり、サッカーファンにも愛される人気商品だ。
「京前嵐山最大の武器はやはり化身でしょう」
「ええ。西條リルの【魔槍剣聖クララバニー】、屋城統の【城壁巨兵ウォーボーグ】……」
「そんでもって千陽の【運命の女神ノルン】だろ? これを突破するために全国の強豪校が挙って頭を悩ませてるんだよ」
かつてフットボールフロンティアがホーリーロードと呼ばれていた時代────松風天馬を中心とした革命の嵐吹き荒れた時代では化身が跋扈していたが、現在のサッカー界において化身はあまり見られないレアもの、際物となってしまっているのが現実だ。
理由は単純明快なもので、消耗が激しいためだ。化身は強力な分、凄まじい体力の消耗を強制されてしまう。そのリスクを負うよりも、強力な必殺技や相手を翻弄する必殺タクティクスを磨いた方が効率的だと考えられるようになったためである。そもそも化身の適性がある人間を見つけるのが難しいという話もあるが。
そんなこともあって化身を中心とした戦術は廃れていったのだが……廃れた結果、京前嵐山のように化身を使うチームの対策に頭を悩まされるようになってしまったのだ。下手な戦術は力業で押し通してくる────それが化身であるがゆえに。
「でも、消耗しきるまで凌げば大丈夫って考えもありそうだけど……真正面からやり合わないで、横から差し込む感じで」
「それを許さないのが京前嵐山の戦術『化身共鳴』なんです」
化身と化身を共鳴させることで強力な化身をさらに強化する戦術、『化身共鳴』。元々厄介な化身を中心とした戦術をさらに厄介なものへと昇華させているのが、この戦術である。強力な化身を用いることで相手選手の介入を完全にシャットアウトすることで、一方的な戦いを強いるという化身使いでなければできない得意の押し付けこそが京前嵐山の最大の武器なのだ。
「この戦術をさらに強力にしているのが異常サッカー愛者の千陽です」
「笹波、そもそもあいつがサッカーモンスターと呼ばれる理由って何なんだ?」
「いい質問ですね、柳生先輩。千陽の異常サッカー愛者たる由縁────それは、馬鹿みたいな演算能力です」
千陽の厄介なところは、雲明や征と同じようなタイプであること。どれだけ逼迫した状況であっても、膨大な情報を同時進行で確認、処理して瞬時に答えを導くことができる理詰めの極みのような計算的なサッカーである。まるで未来が見えているのかと錯覚してしまう程の先読み能力から繰り出される常人を超越した動きによって、彼女はサッカーモンスターと呼ばれるに至った。
「化身は化身で対抗する、真正面からやり合うならそれが正解でしょう。ですが────僕達の中に例外を超えた例外が存在する」
「千日手だな」
「だなぁ。TRPGでもやるか? シナリオ用意しといたし」
「「「決まりだ」」」
雲明がそう言うと、南雲原サッカー部の視線が分身してチェスと将棋を同時にやっている神話生物に集まる。互いに千日手になった結果、勝負が着かなくなったということで次に取り出したのはTRPG用のシナリオと盤面。この男、遊ぶための準備に余念がない。
「話聞いてますか神話生物」
「「「「化身には勇気の前ロリって話でしょ?」」」」
「聞いてねえなこの神話生物」
間違ってはいないが、と心の中でぼやいた雲明は鞄の中に入れていたユニフォームをミームにぶん投げた。袋詰めにされているせいか、真っ直ぐに神話生物へと飛んでいき、完全勝利した聖獣のように右腕を掲げていた彼の腕に収まる。
「お待たせしました、ミーム。化身相手に好きなようにやっていいですよ。というかやれ」
「とんでもねぇ……待ってたんだ」
南雲原サッカー部の最高戦力にして、最恐の神話生物がようやく日の目を浴びる。南雲原サッカー部は大いに盛り上がり────それと同時にちょっとだけ顔が青くなっていた。
こんな神話生物を世に出して本当に大丈夫なのか、そもそもこれが電波の波に乗ってお茶の間に広がるとなれば恐ろしいことが起きるのではないか……そんな信頼がミームにはあった。南雲原に生きる者達は神話生物によってしっかりと教育が施されている。
ちなみに京前嵐山の千陽は普段は擬態しているので、お茶の間やメディアでは普通にイケメンガールとして広まっているし、それを知っている京前嵐山サッカー部は「お、お前変なクスリでもやってるのか」とか結構失礼なことを考えていたりする。同じ穴の狢。顔合わせ時に「お互い大変ですね」的な感じの空気になったのが記憶に新しい。
「ついさっきまで馬鹿みたいな特訓をしてきたことで、僕達はようやくミームに喰い殺されないチームのスタートラインに立ったと言っていいでしょう」
「結構前からスタートラインには立ってたと思うけどなー、俺もなー」
「切り札だけに頼るんじゃダメなんです。神話生物に頼るだけじゃあサッカーをやっているとは言えないんです」
南雲原サッカー部はミームのワンマンで勝利するチームではない。皆が皆の役割を果たし、最後の最後まで楽しむことで勝利を掴み取るパフェのようなチームなのだ。
「というわけで試合に向けて練習を────とは行かないのが人生です」
「「「え?」」」
「皆さんの精神的な疲労はまだ取れていません。肉体的な疲労が回復したとしても、精神の疲労を放っておけば必ず大きな歪みが生まれる」
弾丸ツアーのような勢いでここまで来ているがゆえに、南雲原サッカー部の精神的な疲労は消えていない。南雲原から富士山、富士山からサッカーガーデンという長旅は確実に彼らの精神を疲弊させている。至れり尽くせりの特訓施設だったとはいえ、やはり慣れない場所で一ヶ月過ごすのは人間疲れるというもの。元気が有り余っているように見える人間は、恐らくハイになっているせいでアドレナリンがドバドバ出ているのだろう。
「なので、二日間。長旅の疲れを癒すと同時に、精神的な疲労を回復させてから頑張りましょう」
「つまり……二日間オフ?」
「その通りです」
二日間、人様の迷惑にならなければどう過ごしてもいいオフを投げつけられた南雲原サッカー部は、恐らく宿舎に来てから一番湧いた。思い思いにあれをしよう、何かを見に行こう、観光しに行こうなど、様々なことを話しながら外に出ていく────と思いきや、しっかり顧問とコーチにどこに行ってくるかを伝えてから外に出る南雲原サッカー部メンバー。教育が行き届いている。
「ミームはどうするんです?」
「うむ……サッカーガーデンはホーリーロード時代の施設が記念館のような状態で保存されているのん」
「なるほど、史上最悪のクソカススタジアムと呼ばれたロシアンルーレットスタジアムが……」
深く頷いて肯定するのは、当時のクソみたいなスタジアムを見て白目を剥いた記憶がある改。かつてホーリーロードのロシアンルーレットスタジアムで試合をしたことがある選手がいたとしたら、ほとんどの者が雲明の言葉に深く頷くだろう。何をどうすればあんな企画が通ったのか。
「そのスタジアムの環境に因んだ文化や動植物が楽しめる多国籍的な観光地、それがサッカーガーデンです」
「なるほど。……ところで木曽路。なんか挙動不審だけどどうしたの」
「えぇっとぉ……ちょっと、これどう反応したらいいんだろ……」
挙動不審になりつつ微妙な表情で唸る兵太の手には、誰かとやり取りをしていることを示すスマホの画面。やり取りをしている人物の名前は────西條リル。次に対戦する京前嵐山のキーパーソンの一人だ。
「そういえば顔合わせの時も因縁ありそうなやり取りしてたよね」
「お互いに非があった喧嘩をして別れた元カップルが縁りを戻そうとしてお互いにタイミング逃した時みたいだったな」
「ひっでえ表現止めてくれません!?」
「……木曽路は何を悩んでるの?」
お互いに何か言いたげにしては、お互いに話すタイミングが被ってギクシャクした後、ギクシャクしながら連絡先を交換していた二人を見ていたミームによる最悪な表現に思わず噴き出しそうになりながらも、雲明は兵太がどうしてこんなにも唸っているのかを問うた。
「えっと、この後ちょっと何か食べながら話さないかって言われてて……なんて返そうかなって」
「応じたらいいじゃん」
「いや、それが難しいから悩んでるんだけどな!?」
何か喧嘩をしたわけでもないが、なんだかお互いにちょっと気まずいせいでどう応じれば角が立たないかを考えて悩んでいるらしい兵太。そんな微妙な関係を作ったことがない雲明と、微妙な関係を作ろうものなら大惨事になる神話生物は顔を見合わせ────
「ごめん木曽路。今度ちゃんぽん奢る」
「悪い、ちょっと借りるぞ兵太」
「え、うわちょ何を────」
凄く申し訳なさそうな表情を浮かべた雲明に気を取られた瞬間、兵太のスマホの画面をタップするミーム。タップしたのはもちろん電話のコール。
「ちょちょちょちょ何してんです!?」
「きっかけが無いと元カップルみたいな拗らせ方し続けて試合に集中できないと見たね」
「いやそんなことな────」
『もしもし?』
「オワーッ!!?」
兵太が混乱している間に通話が始まる。この間、まさかのコール三回。恐らく兵太からの既読が付いたのを確認し、返信が来るまでスマホに釘付けだったと思われる。
『ど、どうしたんだよ、そんな大声出して……電話してきたのお前だろ?』
「ご、ごめん西條君。まさか電話出てくれると思ってなくて……というかうちのとんでも生物のせいだけど……」
『あ? あー……なるほど……お前らも苦労してんな』
「あはは……やっぱり分かる感じ?」
『うちにもそれらしい変態がいるからな』
声は少し棘がある感じがするが、それは西條リルの声質がそういうものであるだけで、兵太に対してつんけんしているわけではない。……いや、本来であればつんけんにしていたかもしれないが、近くに変態麗人がいるせいで彼は少し大人になったのかもしれない。
『で、メッセージもしたけど、今日暇か?』
「あ、うん。オフ貰ったから」
『ならちょっと飯でも食いに行こうぜ。俺も、島田も……話したいことがあるからよ』
「えっと……その、話題だけでも教えておいてほしいというか、心の準備があるというか……」
『んなもん俺だってできてねぇわ!』
「ええ!? ごめん!?」
お互いの距離感を掴み損ねている二人のやり取りが元カップルというよりも、お互いに距離感が掴めていない父と子みたいなやり取りである。どっちが父でどっちが子なのかは解釈が分かれるところだが、このままでは埒が明かないと判断した神話生物が動く。
「西條=サン、俺と雲明が兵太連れてくからサッカーガーデン前集合でいいっすか」
「ちょ────!?」
『え? あの、誰だ?』
「俺? 兵太の先輩。とりあえず会って話さないと始まらんべ? 御託を並べるのは会ってからでもできるしさ」
兵太が何を言ってるんだこの神話生物は、という表情を浮かべたが、神話生物にそんな表情を向けたとしても意味がない。ミームは一度決めたことはやり遂げる男である。恐らくセイヤク×ト×セイヤクを極めていると思われる。
「てなわけで、サッカーガーデン前集合でオナシャス」
「あのー、ミーム先輩? 雲明もだけど、どうして俺のこと丸太みたいに抱えてんの?」
「
「ごめん、本当にごめんなんだけど、こうしろって僕達の中にいるサッカーが言ってるんだ」
「サッカーが言ってるって何!? いや、自分で歩くって!? 覚悟決まったから! 降ろして!?」
存外に快適な輸送によって運ばれていく兵太。その情けない叫びはもちろん通話を切っていない西條リルの耳にも届いており────
『と、とりあえず集合場所は分かった。ソジ、後でな……島田、口緩んでんぞ引き締めろ』
『────はっ』
『変態麗人に染まっちまって……』
『え? それはライン越えじゃないかな西條君』
通話が切れる直後のちょっと不穏な会話は混乱する兵太に届くことはなかったが、運んでいた神話生物とえらいハリキリ☆ボーイには届いていた。
「うーん、この」
「これミームの責任では?」
「いや、俺のせいじゃないだろ。千陽色に染まる素質があった人がいたってことだろ……俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!!」
「元ネタ知ったら笑えない話やめてください。あれ心が痛い」
「俺だったら仲間の顔面にドロップキックかます自信あるわ」
「あー……あれ俺もやったことあるけど本当に心が死にそうになるよね」
「いつか皆でやりたいと思ってる……夜廻ぶっ通しからのサイレントヒル……」
「「うげぇ」」
ホラーゲームはあまり得意ではない雲明と、ようやく降ろしてもらった兵太が同時に声を上げる。ホラーゲームは人を選ぶのでやる時は皆で相談しようね。
京前嵐山は 変態麗人を 手に入れた !!
――――おや? 西條リル と 島田舞茄 の 様子が…!?(超次元技)
異常サッカー愛者「「BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBB!!!!」」(通常必殺)