「雲明、あれを見ろ! あれが悪名高いピンボールスタジアムだ!」
「……やはりクソカススタジアムの名に恥じないゴミスタジアムですね」
兵太をドナドナしたミームと雲明は予定通り、ホーリーロード時代のスタジアムを見て回っていた。そのスタジアムに合うコーナーが用意されており、氷のスタジアムや砂漠のスタジアムにはその環境に適応した生き物や資料、食文化体験コーナーが展示されている。そんな一度で何度も美味しい観光スポットであるホーリーロード記念館、最初に訪れたのはやはり悪名高いピンボールスタジアムであった。
ピンボールのようにぶっ飛ばすための機構は選手を吹っ飛ばしたり、撃ち込んだシュートを弾いてしまうというカスみたいな機構を備えている。そんなギミックに邪魔されたくなければ、ど真ん中を狙わないといけないわけだが……それは相手に防御するべき場所を教えているようなもの。管理サッカーとかいうクソみたいなサッカーが行われていた時代であっても、各方面から死ぬほどクレームやらブーイングやらが飛び交ったという話はあまりにも有名だ。
「フィフスセクターがどうして滅んだのか、その最たる理由はこのスタジアムだと言われている」
「確か少年サッカー法に基づいた越権行為が普通に別の法律に引っ掛かったのも原因ですよね」
「うむ……響木正剛氏がフィフスセクター解体を宣言した後、色々と闇深な話が湧き出てきたんだぁ」
賄賂、暴力、虐待染みた教育、フィフスセクターに所属していた異 常 性 愛 者の事件もみ消し、人体実験、法律で禁じられていた遺伝子の実験など────様々な闇が噴き出し、響木正剛の前任者である千宮路大悟含めたフィフスセクターの闇を知る者達は一人残らずブタ箱行き、フィフスセクター傘下の学校の生徒全員にカウンセリングが行われることになった。
もちろんブタ箱行きになった者の中には情状酌量の余地ありということで、いくつかのカウンセリングやら調書などを取った後に執行猶予付きで釈放されたりしたのだが。
とにかく世界にもこの話は広がり、フィフスセクターのような組織や管理サッカーというものが世界的な社会問題にも発展し、少年サッカーの健全な運営を求めて各地で様々なイベントやデモが起こったほどである。これにより、ある程度クリーンな少年サッカーができるようになったわけだが、悪い大人というのは少なからず存在するのだ。ミームとスペースキャットをストーカーしていた変質者とか、どこぞのサッカーモンスターを故障に追い込んだ教員とか。
「ミームがもしホーリーロードの時代にいたらどうします?」
「え? クソみたいなサッカーを滅ぼす」
「ですよね。僕もそうすると思います」
生まれる時代が違ったのなら、サッカーによって腐り切ったサッカーを滅ぼす大魔王になりそうな二人がこのスタジアムのどこがゴミだとか、どうしてこれが許可されたのかなどを話し合っていると、ミームのスマホが着信を伝える音楽を鳴らした。
「あ、電話だ」
「誰からです?」
「えーと……母さんからだ」
ミームが何をやらかして何に巻き込まれるか分かったものではない、と、大人組が機械に強い知り合いに頼んで様々な改造が施された結果、馬鹿みたいな数と種類のセキュリティロックがかけられているスマホのロックを流れるように解除した神話生物は電話を繋げる。
「もしもし?」
『あ、繋がった。元気でやってる、壬為夢?』
「一週間前にも聞いたよ。分かってて聞いてるでしょ、それ」
『あのね、私だって親なの。子供が元気でいるか聞いて悪い?』
「いや全然。ただ、俺にそれを聞くことが無駄じゃねえのって思っただけ」
『あんたねえ……』
間違いなく呆れている表情を浮かべているであろう女性の声に、思わず雲明は苦笑した。この場に彼女がいたのであればミームは彼女の拳骨を喰らっているだろう。
『はぁ……鞘ちゃんと七南ちゃんから話は聞いてるけど、相変わらず楽しんでるようで何よりだわ』
「ん? 鞘ちゃんと七南の連絡先持ってたんだ」
『今さっき会ったの』
「あ、仕事でこっちに来てんの? イタリアいるとか言ってなかった?」
『結構早く終わってね。フィディオ選手の寝具の調整は楽でいいわ』
カラカラ笑う母親の声に頬を緩めるミーム。親の声を聞いて安心したりするところがあるのは、何だかんだでミームも人間の子な証拠である。子供より達観しているというか、神話生物然としているところはあるが。
「父さんは?」
『ホテルで寝てるわ。ちょっと大き目なプロジェクトが終わってね、枯れた植物みたいにシナシナになってる』
「あっ、そっかぁ……」
『リアタイでフットボールフロンティアの観戦するために頑張ってたのよ。私もね』
寝具メーカーで働いている人間にこそ一流の寝具が必要なのでは……そう思うくらいに忙しなく働いていたらしいミームの両親は、フットボールフロンティアをリアタイで観戦するつもりらしい。
「ホテルで見るの?」
『何言ってんの。スタジアムで見るに決まってるじゃない』
「チケット取ってたのか……」
フットボールフロンティアの観客席ともなれば、とんでもない倍率のチケットのはずだが、ミームの両親はそのチケットを二人分獲得してみせたようだ。一応、フットボールフロンティア全国戦に出場する選手の家にはチケットが送られるが────ミームの家は基本的に両親が留守にしているので受け取り手がいない。なのでミームがチケットをフットボールフロンティア運営委員会に送り返したりしていたわけだが、自力で確保していたらしい。
『息子の晴れ舞台を間近で観ないわけないでしょ』
「そういうもん?」
『ま、私がしてほしかったことをしてるってところはあるんだけどね』
「ありがてぇこった」
『それはそれとして』
ピリ、と空気がひりつくような気配を感じ取り、ミームが姿勢を正す。何か粗相をやらかしたかと考え────いつもやらかしてるから気にする必要もないのではないかと結論付け、雲明に脛を蹴り飛ばされる神話生物。何を言われるのかと身構えていると……
『あんた、こんな可愛い子捕まえといてサッカーばっかに現を抜かしてんじゃないわよ』
なぜか恋愛に現を抜かすなと言われるのではなく、サッカーに現を抜かすなと言われた。さすがはミームの母親、神話生物の何たるかを理解している。
「親に恋愛についてとやかく言われてることに驚きを禁じ得ないのが俺なんだよね。凄くない?」
『ある意味凄いわよあんた。何? 性欲=サッカーなの?』
「人間の三大欲求は睡眠欲、食欲、サッカー欲なのはあまりにも有名な話」
『まさかサッカーコートから子供が生まれると思ってる?』
「? サッカーコートから子供が生まれるわけないでしょ。疲れてんの、母さん」
『どつき回すわよバカ息子』
サッカーに魂を奪われた男にとって、人間の三大欲求は睡眠欲、食欲、サッカー欲であることは世界的にも知られている、あまりにも理解しやすいと同時に理解しがたい事実だ。
だからこそ周囲の人間はヤキモキしたりジレッたいからそういう雰囲気に変えてやろうとして馬に蹴られる。馬に蹴られるどころか魔神にどつかれたり、阿修羅に殴られたり、風神雷神亡霊にリンチされたり、魔神、奏者、騎士に咎められたりする。たまに歴史の人物にもぶん殴られたりもするかもしれないし、雷鳴のような汽笛を鳴らす青い列車に轢かれたり、嵐、竜巻、ハリケーンに呑まれたりもする。異 常 サ ッ カ ー 愛 者 にとって恋愛とはかくも難しい。
『だから雲明君から天然ジゴロクソボケ神話生物って呼ばれるのよ』
「「「アアン? なんで?」」」
『分身してんじゃないわよ。他の人に迷惑でしょうが』
「「「ハイデース」」」
どこにいても神話生物が神話生物であることには変わりない。母親と話をしている時であっても分身するし、胡乱な言葉を吐く。それが神話生物。これが怪生物。これを人様の前に出しても問題ない状態まで育て上げたミームの両親に勲章を与えたい、そんな思いがこみ上げてくる雲明はふと、自分のスマホに着信があることに気付いた。連行した兵太からの連絡だ。
「…………はは、なんだ。結構楽しんでるじゃん」
「ん? ────おー、ええやん。雷雷軒……アリだな」
『何? ラーメン屋がどうかしたの?』
「あ、こっちの話。後輩が友達と一緒に行ってるみたいでさ」
送られてきたのは数枚の写真。渋谷で買ったクレープを食べ歩いたり、雷門イレブン御用達のラーメン屋、雷雷軒でラーメンや餃子を食べている様子などを撮ったものだ。最初に送られてきた写真は全員ぎこちない笑みを浮かべていたが、枚数を重ねるごとにそのぎこちなさはなくなっており、仲のいい友達と飯を食いながら散策を楽しんでいることが伝わってくる写真となっている。
「しかしデザートスタジアムの砂漠の国の食文化も捨てがたい」
「中々興味深いですよね。香辛料なイメージが強いですけど、そうじゃないものもあるみたいですし」
『まあ、色々見て回りなさい。今日明日オフなんでしょ? 私は鞘ちゃんと七南ちゃんとご飯食べてくるから』
「ん、おかのした。鞘ちゃんと七南のことだから遠慮するかもだけど、目が口ほどに物を言うからよろしくね」
『はいはい、分かってるわよ。未来の可愛い娘候補たちと仲良くしてくるから、また後でね』
「あざーす」
がしっ、と握手でもしそうな声音でお礼を言って電話を切ったミーム。両親がフットボールフロンティアを、自分のサッカーを見てくれる────その事実に、神話生物は心を躍らせていた。
「嬉しそうですね、ミーム」
「YES! YES! YES! 父さんも母さんも忙しいからさ、こうして俺のサッカーを見てもらう機会が今までなかったんだよな」
「言われてみれば、サッカークラブとかでミームの両親を見たことありませんね」
朝から晩まで仕事────とは言わないが、ミームが物心ついた時から今に至るまで両親は忙しなく働いていた。忙しい合間を縫って弁当を作ってくれたり、お日さま園に連れて行ってくれたり、休みたいであろう貴重な休日を使って小旅行に連れて行ってくれたりもした。だが、ミームのサッカーを見る機会には恵まれなかったのだ。
見たとしても、直にではなく、ヒロト達が撮影したおひさま園の子供達との交流サッカーくらい。幼い頃サッカークラブにいた時、ミーム以外の子供達が両親からの声援を浴びている中、ミームだけはその声援を浴びることがなかった。その機会がようやくやってきたとなれば、人間を超えた何かであろう神話生物であっても嬉しさで心が踊り、やる気が湧いてくるというもの。
「兵太もリフレッシュできてるようだし、俺も頑張らないと!」
「ミームが頑張った結果、南雲原サッカー部が崩壊する可能性を考えたことは?」
「ない。雲明がいるしな」
神話生物から向けられる期待が重すぎる、なんて思ったことはない……と言えば嘘になるが、その信頼の重さに圧し潰されないのがえらいハリキリ☆ボーイ笹波雲明という男。星の重力よりも重い信頼を預けられてもメンタルをやられないからこそ、雲明は異常サッカー愛者の称号を獲得しているのだ。
「ミームならそう言うと思いましたよ。……ところで、木曽路の化身ですが……」
「できると思うぞ。俺のオーラだけでも影は出た」
「それはミームの気が多すぎるだけでは?」
「かもな。ただ……足りない。欠けてるもんがある」
その欠けたものを手に入れない限り、兵太の化身が姿を見せることはないだろうと結論付けているミームは、サッカーガーデンのパンフレットを見ながら呟く。
「兵太はな、人のことをよく見てる」
「? そうですね」
「人のことをよく見てるから、分からなくなる。足りないものが、見えなくなる。聞こえなくなる」
「…………なるほど、それが答えですか。木曽路には?」
意味の分からない言葉の羅列に納得して頷く雲明は、問いかける。兵太にそれを伝えるつもりはないのかと。
「ない。というか……兵太は自分で気付く。ヒントはいくつか与えるかもだけど、あいつは強いからな」
「結構高評価ですね」
「もちろんです。……にしてもこの時間は腹減るな。飯行こうぜ飯」
「ですね。どうします? 予定通りデザートスタジアム行きます?」
「それもアリだが……雲明、これを見てくれ」
「────なるほど。ジビエ鍋……中々興味深い」
砂漠の国の食事も気になるが、あまり食べる機会がないジビエを使った鍋も興味深い。いっそのことはしごするという選択肢も出てくるのがこの異常サッカー愛者の二人。恐らく征もいたのならば間違いなくはしごしているだろう。
神話生物
なんだかんだ人の子。
兵太
和解と試合の順序が逆転した。難易度が上がる音がしたかもしれないが、安心してほしい。神話生物がいるおかげでいつだって人生難易度はルナティックだ。
リル
和解と試合の順序が逆転した。食べ歩きしながら「俺さ、お前のこと羨ましかったんだよ。どんなやつとも繋げちまえるお前に」的な話をして普通に和解した。恐らくイグアスみたいなプライドはもちろんある。だが、それ以上に変態麗人とのエンカウントが鮮烈過ぎて自分のことを省みる機会を得た。
当初のプロットだと、化身と化身のぶつかり合いの後に「俺は、てめぇが妬ましかった」「イラつくぜ……
舞茄
積もる話が結構あったマネージャー。三人でめちゃくちゃ東京散策した。変態麗人とエンカウントして、なぜか女子会をすることになった結果、自分のことを省みる?機会を得た。
「へただなあ、舞茄。へたっぴさ……! 心の声に耳を傾けるのがへた」
「君の話を聞くだけで、その木曽路君という少年が好青年なのは理解できたよ」
「でも、ダメ…!舞茄、君の心の片隅が軋んでいる…!」
「今のままでいい?みんなの木曽路君でいて?本当にそう思ってるのかい?」
「知ってるよ……君が何度も何度も誰かに連絡しようとしては止めているのを……小学校の頃に連絡先を交換して、それっきりなんじゃないかい?」
「正直になりなよ。本当にいいの?【みんな】が木曽路君の好い所を知っているのなら……そも【みんな】の中の誰かに盗られちゃうかもしれない。いいのかな?」
「違うだろう…?本当は心の中でこう思ってたんじゃないのかい…【みんなの】ではなく、【私の】になってほしいって……」
「舞茄。素直になっていい。自分の心を抑圧する必要がどこにあるんだい?少なくとも、私はその想いを肯定するよ」
という異常サッカー愛者の言葉に耳を傾けてしまったが故に歪んだ――――のかもしれない。もちろん再会した時にそれは口に出さなかったが、改めて連絡先の交換をしたり、リルと舞茄に悩みを打ち明けた兵太に「木曽路君は今のままでいいんじゃないかな。木曽路君はそのままでいいんだよ」というフォローをした。本来のセリフである「みんなの木曽路君でいて」とは言わなかった