「亀雄の瞬発力と恵まれた肉体に感動してるのが俺なんだよね。凄くない?」
「ぜーっ、ぜーっ……! も、もう無理……!」
凄まじい回転をかけたボールを何度もリフティングしながら、ミームは地面に突っ伏している南雲原サッカー部のDFにして我流の前に聳え立つ霊峰たる亀雄に称賛を贈っていた。亀雄をいじめていた者達を絶命(比喩)させた後、ミームはサッカー部を連れて放課後の練習に励んでいるわけだが、その中で最も長く特訓に食らい付いてきたのが亀雄である。
「誇れ、お前は強い」
「あ、ありがとう、ございま、す……! お世辞でも……嬉しいです……!」
「いや、お世辞とかじゃなくてね? いい目と脚持ってるよ、本当にさ。あんだけ動いて歪みねぇの凄いよ」
雲明が手放しで褒めるだけあるわ。
そう言って、心なしか回転する度に黄金に輝いているようにも見えるボールの回転を止めたミームは、息が落ち着いてきたらしい亀雄に手を差し伸べて立ち上がらせる。
「最初はザ・ウォールとか覚えてもらうかと思ってたけどダメだわ。亀雄の持ち味を殺しちまうわ」
「ザ・ウォールって……あのイナズマジャパンの壁山選手が使ってた……!?」
「そうだよ。ディープ・ミストも好きだけどなー、俺もなー」
自分の周囲で霧を出し入れするミームに驚愕するサッカー部メンバー達。必殺技をこうも簡単に、まるで遊ぶかのように使える人間がこの世界にどれだけいるのか。そもそも必殺技を私生活でも自由に扱える人間の方が少ないだろう。
「亀雄はいい目と脚があるからな……うん。風属性の技と相性いいかもな。てか風属性だし」
「属性なんて分かるものなのか? プロでもあやふやだって聞くぜ?」
「見て触れば解るだろ」
この観察眼も雲明が神話生物だの怪生物だのと貶しつつも称賛していた理由の一端なのだろう、と納得しつつ少しだけ気味が悪い気がしないでもないと心の中で思ったサッカー部。ちなみに今回の特訓でミームに接触されたため、サッカー部の皆はミームに身長体重を知られてしまった。訴えれば勝てそうな気がしないでもない。
「必殺技なんて、自分に似合いそうだなってやつでもいいんだぞ、極論」
「そんな適当でいいのかよ?」
「そうだよ(肯定ペンギン)。駿河にはこんなのも似合いそうだよなぁ。ちょっと離れてろな」
ボールを地面に置き、ゴールネットを見据えたミームはまるで台風を纏ったかのような荒々しい笑みを浮かべて力強く叫ぶ。
「今ここに再誕する────!!」
両腕に蒼白い雷光が迸り、雷光のエネルギーがハリケーンのような暴風となってミームとサッカーボールを覆い尽くし────
「【グレートマックスなオレ】!! スーパーァアアアアアッ!! 」
右脚で急降下キックを叩き込んだ瞬間、サッカーボールがオレンジ色の竜巻を巻き起こして炸裂する。凄まじい威力のシュートがゴールネットに到達し、周囲に天候が変わったのではないかと思うほどの乱気流が発生した。伏せていなければ間違いなく吹き飛ばされていたと確信できるほどの威力は、サッカー部メンバーを戦慄させるには十分すぎるものだ。
「……とまぁ、こんな感じよ。駿河は山属性だし、使い勝手いいんじゃねぇの?」
「俺って山属性だったのか……っておい待て! さっきのシュート山属性なのか!?」
「そうだよ(肯定ペンギン2号)。丈二も山なんじゃ」
「えっ、あれって風じゃないの!? ハリケーンみたいだったのに!?」
「山だよ。そして来夏は火だよ。ファイアートルネードとかどうよ」
「寝戸先輩、俺は!?」
「林。イリュージョンボールとか、いいよね」
にへら、と笑ったミームはすぐさま笑みを消して真剣な表情を浮かべる。
「西ノ宮中がどれだけのレベルなのかは俺は知らんが、フットボールフロンティアを勝ち抜くためには必殺技の獲得は急務。お前達には最低一つ必殺技を獲得してもらうつもりだ」
「そのための訓練ってのは雲明から聞いてるけどよ、クタクタになるまでトレーニングするってのはいつものことだろ?」
「今さっきの特訓だってうどん屋の裏でやったことの焼き直しだったと思うけど……何か意図が?」
我流の問いかけに対して、ミームは真面目ぶった表情で深く、そしてゆっくりと頷いて答えた。
「こ↑こ↓からがほんへだからね、仕方ないね」
「ここからが本当の特訓ってこと?」
「そうだよ(肯定ペンギン3号)。……では、こちらをご覧ください」
((((((どこからそのホワイトボードが……!?))))))
ミームが持ってきたホワイトボードに描かれていたのは、簡略化された人間の絵と風林火山の文字。この世界のサッカーで必殺技となっているものは全て属性があり、人間にもその属性が存在している。なお、属性の概念はプロですらあやふやなもので、「なんかそれっぽいのを感じるなー」程度の話となっているのが現状だ。
「まぁ、属性について詳しくは話さないが……必殺技を使える人と使えない人の差は属性のエネルギーを垂れ流しているか垂れ流してないかの差でもある」
「エネルギーの……」
「垂れ流し……?」
「サッカー界では誰もが属性を持っていると言われている。だというのに誰もが必殺技を持っているわけじゃないってのはおかしいダルルォ?」
言われてみれば確かに、とサッカー部の面々が頷く。サッカーをやっている人が全員属性を持っているのなら、なぜ必殺技を使える人間と使えない人間がいるのだろうか。特訓内容が同じで、量も同じでありながら使えない人間もいるのはどういうことなのか……そんな疑問が浮かぶ。
「自分の中にあるエネルギーを垂れ流していれば、必殺技を使おうにも使えない。なんでだろうなぁ?」
「そりゃ、必殺技に使うエネルギーが無いからじゃないんですか?」
「そうさね。ぶっちゃけエネルギーは生活してる中でも無意識に垂れ流しちゃうんだよね。そんなエネルギーを必殺技にも使えるようにするには!!」
いつもの笑みを浮かべたミームがホワイトボードの絵を描き足し、へとへとになって極限状態に至った人型の周囲にエネルギーのオーラ的なものが追加された。
「エネルギーの増加と指向性の付与! 理論的に言うと難しい! だが、実践形式でやるなら分かりやすい!」
「お、おい、まさか……」
「
狂気的な笑みを浮かべてギラギラと輝く瞳を向けてくるミームに対し、青褪めるを通り越して真っ白になりかけているサッカー部の面々は、今から行われる特訓がどういうものなのかを理解していた。理解してしまった。
「今の状態で君達にはサッカーをしてもらいます。相手は俺」
「あの、手加減とかはしてくれたりは……?」
「当たり前だよなぁ? 現状じゃ俺のリハビリにもなんないから是非ともさっさと強くなって、どうぞ」
「リハビリって……隠れてサッカーとかやってなかったのか? あれだけ動けてたのによ」
「ん? ああ、俺サッカーは好きだけどさ、それ以上に雲明のいないサッカーとか全く興味ねぇんだわ」
だからサッカーからしばらく離れてたんだよなー、となんとなしに言い切るミーム。
カラッとした言い方ではあったが、とんでもない激重感情が見え隠れする発言にサッカー部のメンバーは少しだけ背筋に冷たいものが伝うような感覚を味わった。その後すぐに、サッカーが大好きなのにサッカーができない雲明と腐れ縁である胡乱な言葉を吐きまくる男がどれだけ雲明のサッカーに心を奪われているのかを察し、苦笑を浮かべる。この神話生物、身内に対してゲロ甘チョコラテかつ激重感情すぎる。
「つーわけで、強くなってよ。置いていかれないようにさ」
「…………まぁ、元々そのつもりだったしな。やってやるよ、存分に」
丈二がやる気を漲らせて立ち上がり、それに続くようにして他のメンバーも立ち上がる。体力は若干回復しているとはいえ、ボロボロであることには変わりなく、ほとんど気合いで立ち上がっている状態であった。
だが、ボロボロだというのに凄みがある。この特訓を乗り越えて必殺技を習得し────お前を超えてやると言わんばかりに立ち昇る凄みを、サッカー部のメンバーから感じ取ったミームの顔には、伸縮自在な愛を持っていそうなピエロの如き凄惨な笑みが張り付いていた。
* * *
日がそろそろ落ちて夜になる頃。小さな一軒家の一室にて、チョコパフェを貪る男が一人。もちろんミームである。
「凄いがっつくわね」
「ぱるふぇ」
「ああ、楽しくなりすぎて思考回路がショートしたのね」
山盛りのチョコレートパフェを貪るミームの向かいに座っているのは、遅くまで剣道の練習を重ねていた鞘。サッカー部が死ぬ気で特訓しているように、他の部活も大会に向けて死ぬ気で特訓をしているのだ。死屍累々と言えるレベルになるまで特訓するのはサッカー部だけだったが。
「それにしても、さっきの暴風は壬為夢君の仕業だったのね」
「んぐ……ほんと凄いんだよあいつら。手加減してたとはいえさ、スピニングカット真正面からぶち抜きやがった。笑っちゃうぜ!」
風神の舞もちょっと威力上げないとダメかもなァ、と嬉しそうに笑うミームに小さく微笑む鞘は、少しだけ考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「ねぇ、壬為夢君」
「どした」
「ウチもサッカーをやりたいって言ったら、どうする?」
「いいよ! 来いよ! うん!」
即答だった。身内がサッカーをやろうとしているとなれば全力で沼に引きずり込む……それがこの神話生物の生態でもある。1d100のSAN値チェックだけではなく、サッカーも与えてくるのがこの神話生物である。
「つか、鞘ちゃんが提案してこなくても、無理矢理でも引き抜くつもりだったよ」
「無理矢理って……何をするつもりだったの?」
「雲明と一緒にレスバして引き抜くつもりだった」
「やめなさい、剣道部が泣くわよ」
強制SAN値チェックを押し付けてくる神話生物ミームと、南雲原のレスバモンスターことえらいハリキリ☆ボーイ笹波雲明という問題児二人、ただし最強のレスバなど、まともな人間では太刀打ちできないだろう。雲明とのレスバをしつつ、精神汚染を仕掛けてくるミームから己の精神を守るなど正気の沙汰ではない。
「つか、鞘ちゃんはいいの?」
「ええ。剣道も好きだけれど……ウチの心がサッカーの方に傾いてるわ」
「そか。ならいいんじゃないかな。……これは【アーチ】だ」
数本の剣────グラディウスが爪楊枝ほどのサイズとなって出現し、パフェの底に詰め込まれていたブラウニーを突き刺してはミームの口に運んでいく。
「……それ、イナズマジャパンの虎丸選手のグラディウス・アーチ?」
「神はこれを爪楊枝に使っている」
「本当に必殺技の手本市場みたいになってるのね、君」
超次元技の無駄遣いにしか見えない、無駄に凄い技を見せつけてくるミームに少しだけ呆れた鞘はふと、ミームの頬に少し大きな食べ残しがあるのを見つける。
「壬為夢君、クリームついてるわよ」
そしてあろうことか、指で掬い取って舐めるという暴挙に出た。鞘ほどの美少女にこんなことをされた暁には、男の理性が崩壊寸前になる────というのは、一般的な人間の話。ここにいるのは一般的な人間ではなく、立てば化生、座れば妖怪、歩く姿は神話生物の寝戸壬為夢である。
「お、ありがとナス!」
顔を赤らめるでもなく、純粋にお礼を言ってくるのがミームという男である。
「……口元、ちゃんと拭かなきゃダメよ? 行儀悪い人に見えちゃうから」
「ンンンンンン、まさに、正論!」
「もう、ちゃんと分かってる?」
「大丈夫だって、安心しろよ。へーきへーき、へーきだから」
そう言っているが、口元にまたクリームを付けているミームに呆れたような笑みを浮かべて頬杖を突いた鞘。この緩い空気が漂う時間が彼女は好きだった。
両親が共働きで家を遅くまで留守にしていることが多いミームの家は、彼女にとってのセーフハウスのような役割を果たしている。もちろん、自宅もその役割を果たしているわけだが、ほとんど脳死状態で会話のキャッチボールをしてくれるミームがいる寝戸家は、様々な感情をぶつけてくる人間を避けるには最高の環境なのだ。
なんの連絡もせずに来たとしても手作りのお菓子と紅茶で迎えてくれることもあって、鞘はこの家に遊びに来るのが好きである。なお、アイスティーを作る時に砂糖を入れる*1ミームの目が飢えた獣のような眼光になるのだけは慣れない。背中がゾワゾワするためだ。
ミーム
グレートマックスなオレをぶちかましても普通に元気100倍。むしろさらに元気になった。必殺技の見本市になっている。雲明にわりと激重感情向けてる男。そのうち剣道部から鞘を強奪する予定だった。1d100でSAN値チェックしてもらおうか剣道部ぅ?
サッカー部の急成長に思わずヒソカになったりコロンブスになったりした。楽しすぎて思考回路が一時的にショートした。
「ハァイ、鞘ちゃん。サッカーやろうぜ」
サッカー部
死屍累々となった対価として、ミームが手加減したスピニングカットを真正面からぶち抜ける力を手に入れた。
雲明
特訓はミームに丸投げして唯奈と香澄崎先生と一緒に部員の選別中だった。部室にいたのだが、グレートマックスなオレの暴風を感じ取って「あんの馬鹿やりやがったな?」とか思ってたりする。そのうち剣道部から鞘を強奪する予定だった。
こっちもこっちで実はミームに激重感情向けてたりするえらいハリキリ☆ボーイ。相思相愛か??
「ミームの手綱はあればあるほどいい……古事記にもそう書かれています」
鞘
腐れ縁レベル60。ミームに激重感情を向けている可能性は高い。迫真の砂糖投下の際に野獣の眼光を見せるミームを見ると背筋がゾワゾワする。
「サッカー、面白そうね」