フットボールフロンティア一回戦を突破した翌日。正式にサッカー部が部活として南雲原に認められることになったことにホッとしたミームは、まだ日が昇っていない時間帯に朝食を完成させていた。
「一夜干しのアジの開き、山盛りのキャベツ、味噌汁に炊き立てご飯……手作りサラダチキン……」
まさにご機嫌な食事と言っても過言ではない朝食を用意して、ゆったりと食べるミーム。学校がある日は忙しくてバタバタするもので、朝食をゆっくり食べることが難しい。だからこそ、休みの日にゆっくり食事をすることを大事にするのがこの神話生物である。その視線の先には空が白みはじめていることが分かる開け放たれた窓が。
「………………御来光だぁッ」
住宅の屋根で遮られていた太陽が昇り、ミームを照らす。昇っていく太陽を見ながら朝食や食後の茶を啜るという、風情を楽しむ────これがミームが明朝に朝食を食べる理由である。ちなみに法螺貝は鳴らさない。
「フゥン……(うさぎ)」
サッカー部の練習も休みとなったこの日、ミームはすこぶる暇であった。休むことも練習の一つであるということは理解しているため、サッカーをやるつもりはない。サッカーをやりたいという熱は確かにあるが、その熱を次の練習に持ち越すこともサッカーには大事なのだ。
サッカーをやらないとなれば、一日中フリーになるわけだが、何かしようとかも思い付かない。日用品を買い足しつつ、これから先のサッカー部に与えるサッカードリームプランの改良でもしようか────なんてことを考えながらクーポン券などを保管している戸棚を開けるミーム。御来光を見終えたため、食事を爆速で終えている。
「洗剤、ハイター、歯磨き粉、歯ブラシ……ポイントで買っちゃうか…………お?」
洗い物を終えた頃、時刻は7時30分。ガサガサとクーポンを漁っていると、ミームの目に一枚のクーポン────ではない、チケットが飛び込んできた。
「ふうん、そういうことか」
チケットが現れたのは天啓であると判断したミームは、早速スマホを取り出して電話をかけた。
数コールの後、プツ、という音と共に電話を掛けた相手の声が聞こえてくる。
『おはようございます、ミーム』
「ハァイ、雲明ィ……今日暇?」
電話の相手はミームがサッカーをやっている理由の一つである、えらいハリキリ☆ボーイこと笹波雲明。通話越しに聞こえてくる声は「何をやらかしやがったんだ」と言わんばかりの低音である。
『ええ、まぁ。……何か面倒事でも?』
「いや? ただ、暇なら温泉行かねぇかと思ってさ」
『温泉?』
「そうだよ(肯定ペンギン)。ペアチケットあってさー。期限近いから使いてぇなと」
ミームの手に収まっているペアチケットの期限は残り一週間しかないため、このオフの日に使うのが最適解であると判断したのだ。使う機会が訪れず、紙くずになる方が勿体ないのだ。
『…………小太刀先輩を誘うべきなのでは?』
「鞘ちゃんとは前に行ったからね、仕方ないね」
『ああ、家族ぐるみで付き合いありま────待ってください』
「どうした? (声が)震えているぞ?」
雲明に電流奔る。
『ペアチケットで行ったんです?』
「おう(威風堂々)。鞘ちゃんに七南と一緒に行ってきなって渡したら紆余曲折あってね、仕方ないね」
『すぅううううううううう…………左様ですか』
腐れ縁同士で交流がある雲明が、その時のことを想像して白目になりながら深呼吸をする。雲明はミームからペアチケットで温泉に行ったことを聞いた瞬間、思い出したのだ……神話生物の手綱を握る腐れ縁同士の交流会で明らかに不機嫌そうなオーラと、浮かれポンチなオーラを同時に纏っていた鞘の姿を。あれはこの神話生物が原因であったらしい。
「深呼吸してどうした? コースティックでもいたか?」
『いや……うん、そうでした。あんたはそういう人でした。鈍感クソボケ神話生物め……』
「あ、おい待てい(江戸っ子)。鞘ちゃんと俺の関係はそんなんじゃないってそれ一番言われてるから」
『じゃあ何だってんですか』
半端な答えを出したのならばぶち殺すと言わんばかりの低音ボイスを吐き出す雲明を他所に、ミームは爽やかな笑みを浮かべて答えた。
「家族、友達を超えた存在……そう、魂の
『ブチ転がしますよ』
「アアン? ナンデ?」
『当然の反応ですが?』
「貴様ーッ、俺と鞘ちゃんの関係を愚弄する気かぁっ」
『愚弄してるのはそっちで笑っちゃうんですよね』
「ココアライオン……」
絶対最適解だろと思って答えた解答が不正解として処理された時のような声を発したミーム。まるで効果処理で効果が不発になった時のような不快感がある。もしくは通ると思って打ったSA3が通らなかった時の虚しさ。
「まぁ、それはそれとして。行くのかい! 行かないのかい! どっちなんだい!?」
『いやまぁ、断る理由もないので行きますけど』
「よし。9時現地集合にしよう。温泉だけじゃないからね、あそこ」
『へー……楽しみにしておきます。では、その時間に』
ツー、ツー、と通話が途切れたことを伝える音がスマホから聞こえ、ミームはペアチケットを見て笑う。友達と一緒にどこかに遊びにいく、という体験はいつでもワクワクするものなのだ。
* * *
「雲明、あれを見てみろ!」
「おお、インベーダーゲーム……絶滅危惧種ですね」
温泉レジャー施設入口で受付を済ませたミームと雲明は、館内はこれを着るようにと言われて渡された浴衣に着替えて館内を散策していた。本日は休日ということもあってか、家族連れでこの施設を利用している人が多い。
某神隠しな温泉をモデルにしているらしいこの温泉レジャー施設は広く、子供達が走り回っても周囲の迷惑にならないほどである。和気あいあいと家族で施設を利用している人とすれ違いつつ、ミームと雲明は久しく見ていないインベーダーゲームを興味深そうに眺めていた。
「どうする?」
「見るだけにしましょう。まずは温泉を楽しんでからです」
「お、そうだな」
月替わりの温泉を楽しむことができるのを売りにしているこの施設。今月の温泉は薔薇温泉。赤や白、様々な色の薔薇が湯船に浮かべられ、優雅な香りが漂う温泉である。
「風呂上がりはやはりフルーツ牛乳ですかね」
「いいや、この施設特製レモネード(レモンではない)と決まっている」
「……あ、パンフレットにも載ってるこれですか。確かにこれは興味深いですね」
「最高の一杯を飲むためだけに、サウナでキツイ減量をしている人間もいると言われている」
なお、この施設のサウナは低温サウナであり、キツイ減量に利用することは難しい。通常のサウナもそうなのでは、という疑問はあるが、とにかくキツイ減量には向かない。長く緩く汗をかいて新陳代謝を高め、老廃物の排出を促すことや、筋肉の緊張緩和を目的とするのであれば効果があるだろう。
「というかミーム、この施設に通ってるんですね。ポイントカードとかも作ってたし」
「うむ……ここはサービスも料理も最高なのん」
「ミームがそう言うならそうなんでしょうね」
他愛のない会話をしながら温泉に向かって歩く雲明とミーム。脱衣所に到着したところで、心なしか温泉特有の不思議な香りと共に薔薇の優雅な香りが漂ってくる。恐らく人が出入りすることで香りが共にやってきているのだろう。風呂上りと思しき人からも仄かに薔薇の香りがする。
さて、さっさと脱いで温泉を楽しもう────そう思った矢先。
「「ん?」」
「お」
「あ、桜咲先輩と柳生先輩?」
10万人に1人の健脚を持つ丈二と、中学2年で190cmという恵まれた体躯を持つ駿河がいた。鍛えられた芸術品のような筋肉を曝け出している────唯奈がいたら眼鏡が致命傷を負っていたかもしれない────二人も今から温泉に入るところなのか、手にはタオルと支給品の木製たらいが収まっている。
「笹波と寝戸か。奇遇だな、こんなところで」
「ですね。お二人はどうしてここに?」
「ああ……父さんから一人用のチケットを貰ってな。使わないのもなんだと思って来てみたんだ」
「俺もそういう感じだな。それで来てみれば桜咲とばったり会ってよ」
そして雲明とミームとも偶然出くわした……ということのようだ。こんな偶然もあるのだな、と雲明とミームが頷きつつ浴衣を脱いでいると、丈二が口を開く。
「お前らこそ、どうしてここに?」
「ミームが期限切れ間近のペアチケットがあると言ってきたので、暇ですし行ってみようかと」
「なるほどなぁ…………って、やっぱ鍛えてんな寝戸も」
「大会近いからね」
「いや、もう始まってんだろ……だが、あんだけの運動量に耐える体ってことなら納得だぜ」
同じ男として少しだけ尊敬の眼差しを送る丈二と駿河。お前達二人も大概凄い筋肉なのだが、ミームの肉体も中々のものに仕上がっている。太さはないが、細く、しなやか。かと言って駅伝選手のような細さではなく、どちらかと言えば戦うための────戦闘用の筋肉。日本で言えば侍、海外で言えばスパルタの如き戦闘特化の肉体に、背中に鬼の貌が宿るのも時間の問題だろう。
「普段どんなトレーニングしてんだ?」
「雲明のサッカードリームプラン強化版」
「あれにまだ先があんのかよ……!?」
温泉を楽しむ前に体の汚れを落とすべく体を洗いつつ、ミームがどんなトレーニングを重ねているのか問いかけてみれば、現在南雲原サッカー部がヒィヒィ言いながら熟しているトレーニングプランの強化版を普段からやっているとカミングアウトされる。
工事現場でしか見ないようなトラックのタイヤを引きながら走り、ドローンを躱しながらドリブル&シュート、迫りくるタイヤをタックルで受け止めるなど、様々な特訓が超強化されているなど想像もしたくない光景だ。
「そのうち皆さんにもやってもらいますよ。ミームに追いつきたいなら、絶対にね」
「はっ、上等だ。────って、どうした寝戸!? 泡人間になってんじゃねぇか!?」
「これが
「いやどっちかって言えば
視界を逸らした一瞬で全身泡だらけどころか泡の擬人化となっていたミーム。どれだけ泡立てたらそんな状態になるのかと疑問しかないが、頭からお湯をかけるといつものミームがそこにいた。溶鉱炉のように真っ赤な瞳は相変わらず輝いており、瞳とは真逆と言っていいほどの青髪が露わになる。
「「「「あ゛あ゛ー……」」」」
汚れも落としたところで、優雅な香りが立ち上る温泉に浸かる男四人組。風呂に入った瞬間の第一声がオッサンくさいとか言ってはいけない。(戒め)
「そういえばミーム、髪色戻りましたね」
「ふっ……霊長類のカメレオンとは俺のことよ」
「寝戸の髪って元々この色じゃねぇのか?」
「小学校の時はゲーミングカラーみたいな感じになってましたよ」
小学校の頃のミームは赤、青、ライトグリーン、黄色の愉快な髪色だったと話す雲明。今でも特殊メイクで七変化することがある男なので、そこまで違和感がない。南雲原の人間であれば「ああ、またなんかやってるよこの人」くらいで済む。
「地毛が青なんでね……俺の……従姉……? 伯母……叔母……? まぁ、
「ポケモンいなかったか、今」
「染めてた髪色も恩人の髪色なんでしたっけ」
「そうだよ(肯定ペンギン)。俺がサッカーを始めた理由の一端でもある」
全員がどちゃくそ強くて笑っちゃうんすよね、とヘラヘラ笑うミームの表情はいつもよりも柔らかいように見える。すぐさまいつもの笑顔が張り付いたので、気のせいかもしれない。
「にしてもお前が強いって言うなんてどんだけ凄いんだ?」
「シュートでラダーンフェスティバルしたり、宇宙のペンギン飼育してたり、恐竜になったり、ドラゴンと一緒に餅をぶつけてシュートを止めてくるんだ」
「脈絡がねえ……」
「超次元サッカーに脈絡は無用だろ」
脈絡はどんなことにも必要だと思われるが、ここは超次元サッカーの世界。サッカーのルールはあるが、この男にルールは無用である。こいつと関わるのであれば、常にSAN値チェックをする覚悟が必要なのだ。
「いつか再現したいんだ……シューティング・スター・ドラゴン餅……」
「色々混ざってるだろ、分離しろ分離」
「ミキシマックスはできるんだけどなー、俺もなー」
「古道飼の時も思ったけど、どういう原理なんだよそれ」
「え? 知らん。あ、やれるなーって思ったらできただけだし」
「「「なんだこいつ……」」」
ハッハァー、と楽しそうに笑うミームを別の生き物を見ているような目で見る雲明達人類側。なお、ミームと関わっている時点で人類の枠から外れかけている可能性があることを彼らは知らない。知っていても拒絶する。
「そういえば今日のバイキングは肉メインだったな」
「お、いいじゃねぇか! 風呂上りに食おうぜ」
「価格帯が凄いリーズナブルで、バイキングまであるとは……凄いですね」
「あー、確かこの施設自体が農場だったりを独自で持ってるからこその価格だとか、父さんが言ってたような気がするな……」
この後滅茶苦茶肉を食べてから卓球をしたり、サッカーコートでミニゲームをして英気を養った。
ミーム
ペアチケットの期限が切れる前に使えただけではなく、ご友人とも会えたので大満足。御恩人が複数人いる。
「あ、これやれるな」でやってみたらミキシマックスも可能とする神話生物。
「うおおおおおお!力が溢れてくる!御恩人、これは一体!?」
雲明
ペアチケットのご相伴に預かった。価格も手頃なので今度家族で行ってみようかとか考えている。地区予選突破したら祝勝会をここかタンクでする予定。
丈二
父親から「一回戦を突破したみたいだな。これからも頑張れよ。ただ、無茶だけはするな」という感じでチケットを貰ったので温泉レジャーランドに来た。そして神話生物と雲明と駿河とエンカした。こうして友達と遊ぶのは久しぶりだったので結構楽しかった。
駿河
丈二と同じ感じでチケットを貰ってエンカした。何の気負いもなく頭空っぽにして遊んで超満喫した。今度後輩とかも連れてこようかとか考えてる。
御恩人その1
シュートするだけでラダーンフェスティバル開催する赤髪のサッカープレイヤー。なんか教祖のストーカーしてそうな声してんなお前な。
「なにそれしらん、こわ…」
御恩人その2
宇宙に生息しているペンギンを飼育している青髪のサッカープレイヤー。驚異の侵略者とか言われてそうだなお前な。
「なにそれしらん、こわ…」
御恩人その3
恐竜となって点を取りに来るライトグリーンヘアカラーのサッカープレイヤー。兎なのか恐竜なのかはっきりしろ。
「なにそれしらん、こわ…」
御恩人その4
ドラゴンと一緒に餅を焼いたり食べたりシュートブロックしたりする黄色いサッカープレイヤー。誰に対しても気軽そうだったりしてんなお前な。
「なにそれしらん、こわ…」