相も変わらず死屍累々となるような特訓を経て、フットボールフロンティア二回戦当日となった今日。南雲原のベンチで茶をしばいているミームは、北陽学園の選手を眺めながら口を開いた。
「元気そうだな、征のやつ」
「はい。……というか空宮君のこと覚えてたんですね」
「ん? そりゃあ覚えてるだろ。あいつ、どんだけ転がっても向かってきたし」
「……そうでしたね」
相手チームのキャプテンである空宮征に予想以上の高評価を下しているミーム。サッカーから離れる前、どれだけ実力差があっても目を輝かせて向かってきた姿をはっきりと覚えているのだ。
「見ろ、やつがこちらをギラついた目で見ている」
「あー……あれは、ミームを絶対に引きずり出してやるって感じの目ですね」
「まぁ、出ないんですけどね」
まだ足りない。南雲原サッカー部がミームを運用するには、まだ足りないのだ。確かに相手チームは九州で屈指の実力を持つチームだ。それでもミームを出すわけにはいかない。南雲原のスタメンもそれを理解しているし、理解しているからこそ、ミームに追いつこうと死に物狂いで走っているのだ。
「ところでマジで春雷使わせないの?」
「はい。まだその時ではないですから」
「んにゃぴ……んまぁ、そう……仕方ないね」
まもなく始まる試合に向けて配置についていく選手達を眺めつつ、ミームは湿っている地面を足で触れる。午前中に雨が降った影響もあって、サッカーをするには支障が出ないもののそれなりに湿っている地面は土煙が立ちにくい状態にある。
「ふうん、そういうことか」
「気付きましたか」
「ああ。しかし、キツイ減量(指導の隠喩)だったな雲明」
「はい。あれこれ指示を出すだけが監督ではありませんから」
そして気付いて、それをいつどのように使うかを学習することも駆け引きを学ぶという点において必要なのだと雲明は答え、ミームは納得したように頷く。顧問とマネージャーは首をかしげているが、二人の前にもう言葉は不要であった。
「……そういえばミーム」
「どした」
「真面目な話、小太刀先輩のどこが好きなんです?」
「全部」
「真面目に答えろってんですよ天然ジゴロクソボケ神話生物」
ハッハァ、と笑う神話生物の脇腹に肘を叩き込む雲明。唐突にこんなことを聞いたのかと言えば、ミームが家族ぐるみで関わりを持っている人間がそこまで少ないために、どういう基準で何を好きになって関わりを持っているのか気になったからである。
試合に関する話ではないのかもしれないが、やるべきことはもうやったのであとは選手に頑張ってもらうしかない。というわけで試合が始まる前の雑談として聞いてみることにしたのだ。
「ではこちらの資料をご覧ください」
「どっから取り出したんですかこのプレゼン資料」
ミームから手渡されたのはまさかのプレゼン資料。タイトルは【小太刀鞘の魅力について】。ちなみに他メンバーのプレゼン資料も作り終えているので、誰を紹介してくれと言われても問題なく説明ができる。シンプルに気持ち悪い。
「鞘ちゃんの魅力の一つはやはりクールな天才少女に見えて努力家で情熱家なところにある」
「努力家で情熱家、ですか」
「そうだよ(皇帝ペンギン2号)。あんなクールに見えるのに内心は燃え滾るような情熱に溢れているのさ」
美哉の言葉で言えば相当のロックを魂に宿していると言っても過言ではない。確かに新たな必殺技習得のために誰よりも研究し、分からないことがあれば逐一ミームに根掘り葉掘り質問を行っていた姿を見れば、努力家で情熱家と言われても納得できる。
「他にも甘いものが好きだったり、案外可愛いものが好きだったりとか、色々あるけど今回は省略。詳しくはプレゼン資料を見てくれ」
「色々知り尽くし過ぎててシンプルに気持ち悪いんですよね」
「ポッチャマ…………あとは、あれだ。楽しそうにしてるのがいっちゃん好きだなぁ」
「……そうですか」
「うむ……今サッカーを始めてからずうっと楽しそうにしてて、俺は嬉しいんだなぁ」
いつもの笑顔とは違う、何かに焦がれるような、熱に浮かされたような笑みを浮かべたミーム。普段の神話生物然とした意味の分からない存在ではなく、ただ恋をしている人間のような笑みに顧問もマネージャーも二度見するが、二度見しようとした時にはいつも通りの笑みを張り付けていた。
「あ、雲明にも言えるけどな、これはさ」
「僕にもですか?」
「そうだよ(肯定ペンギン3号)。やっぱりサッカーに関わってる雲明は楽しそうだ」
雲明の頭をガシガシと撫でつつケラケラと笑ったミームは、サラダチキンを貪りながら遂に始まった試合を見守る。初っ端から全開で攻めまくるつもりらしい北陽学園は、出し惜しみをせずに必殺タクティクスを発動している。その中心はやはり────
「「空宮征」」
思考が噛み合ったかのように呟く雲明とミーム。征を中心とした必殺タクティクスによる攻防一体の動きは、研究していたとしてもいざ対面すると対応が難しく、対応しようとしたところで別のタクティクスに変化するのが厄介なところであった。
攻め込もうとすれば防御陣形を組まれ、防御に注力しようとすればその穴を突くような攻撃陣形が襲い掛かる。まるでギリシャのスパルタ軍のように統率が取れた連携は、選手一人一人のポテンシャルを十全に引き出していると言っても過言ではないだろう。
「うーん、中々面倒くさい」
「ミームならどう突破しますか?」
「とりあえず開幕エクスカリバー連打で散らすかなぁ」
「聞いた僕がバカでした」
「まぁ、そんな萎えることはしないさね。エクスカリバー疲れるし、距離がないと弱いしな」
ゴールからゴールまで、そのくらいの距離があってこそ、エクスカリバーというシュート技はその威力を十全に発揮する。初っ端から使っても疲れるだけで、本来の性能を活かせはしない。となればどうするかと言えば、威力を底上げするためのシュートチェイン連打をするだけである。
誰がどう聞いてもクソみたいなゴリ押し戦法のことを話していると、北陽学園の動きがまるで三本の槍となったかのように攻撃的になる。その中心にいるのは北陽学園の3年生、ミッドフィールダーの中心にして北陽の参謀とも言える男
「U-15スプリング杯では惜しくも雷門に敗れましたが、北陽学園のあれは間違いなく強力なタクティクスです」
「三本の槍、そのどれもが鋭く、高い威力を持っている。真正面から挑むのは難しいな」
「となれば側面……となるかもしれませんが、それを対策していないわけもない」
そうこうしている間に共に駆け上がっていた征によるシュートが叩き込まれ、北陽学園の先制点が決まった。
「前の試合もそうだったけど、全然焦ってないね、二人共」
「ええ、焦る要素は一つもありませんから」
「そもそも初見でシナノフォームを防げないのは織り込み済みっす」
初見で突破することは考えていなかったと語る二人に対し、顧問もマネージャーも疑問符が浮かんでいる。止めなければ何度も点を奪われて敗北する可能性が高いというのに、どういうことなのか────その答えは、試合再開のホイッスルが鳴り響いた後に与えられた。
「まずは突破だッ! 【ロックンロールビート】!!」
「なっ────うぐおおっ!?」
試合再開直後にFWからのバックパスでボールを受け取った美哉が、迫る北陽学園の選手を音の波紋と音符の波で吹き飛ばす。
ギターを得意とする美哉がミームのオフェンス必殺技を見て自分なりのアレンジを加えて生み出した必殺技、【ロックンロールビート】だ。すぐに立て直そうと征や雅士が指示を飛ばすが、指示が通ることはなかった。
「……指示が通っていない?」
「星先輩の必殺技は音に関する必殺技です。爆音を掻き鳴らすが故に、相手の聴覚に一時的なダメージを与えることも可能」
「ま、とはいえそれも凄く短い、ごく僅かな妨害だが……その一瞬の隙が命取りになるんだな、これが」
美哉ができる限り前にボールを運び、爆音による妨害から解放された北陽学園の選手達に囲まれる直前でFW陣にボールを送る。ゴールまで少々距離があるものの、FWにボールが渡ったということで、シュートが来ると警戒する。だが、その警戒を緩めるかのようにFWがパスを送った。
受け取ったのは、敵陣の隙間を縫うかのように前に抜けてきていたMF、小太刀鞘。ボールを受け取った鞘を見た相手ゴールキーパーの
例えシュート技を持っていたとしても、ミニゲームの時と同じように【グラビティデザート】で止めることができる────そんな必殺技への強い自信と、どんなシュートでも止めてやれるという自負が滲んでいる。
「さぁ、度肝を抜いてやりなよ」
キーパーを中心として空間が揺らぎを生じさせ、フィールドに砂漠が顕現する中、静かに燃ゆる闘志を瞳に宿した剣士が得物を抜き放つ。
「────【グラディウスアーチ】」
静かな呟きと共に展開されるのは、七本の剣。一本一本に強い力を宿す剣はまるで自由意志を持つかのように鞘の周囲を飛び交い、鋭く、力強いシュートによっては放たれたボールと共にゴールへと突き進んでいく。
「止めてやるよッ! 【グラビティデザート】ッ!!」
伍兵の掌から放たれる磁力が砂漠の砂を巻き上げ、まるで自在に動く槍のように鞘の放ったシュートを止めんと襲い掛かる。砂嵐の如き強力な領域によってボールの軌道を歪めてしまう必殺技だが……鞘が死に物狂いで身に付けたこの必殺技は、様々な方向から敵陣を切り裂く。
「ぐっ……ぅ!?」
七本の剣がドリルのように回転しながら、船のスクリューのように風と砂を切り裂いていく。ギャリギャリギャリッ、と拮抗するかのような音が数秒続いた後、バツンッ! バツンッ! バツンッ! と何かを断ち切るような音がコートに響き渡り────
「と、止められな────うあああぁぁぁっ!!?」
ゴールネットを引き裂くのではないかと思うような鋭さを宿したシュートが、グラビティデザートを突破して突き刺さった。
「…………まだ、遠いわね」
シュートが決まったことを見届けた鞘が、ベンチで楽しそうに笑っているミームを一瞥してから呟く。未だ至高には届かぬ、未完の一撃は……前半終了のホイッスルの音と共に駆け寄ってくる南雲原の選手達の士気を上げるには十分すぎる力を宿していた。
「流石です鞘先輩! 練習の成果出ましたね!」
「ええ。目指す場所にはまだ至ってはいないけれど……」
「うむ……過度な謙遜は嫌味になるんだなぁ……付け焼き刃から自分の必殺技にしたんだから誇ってどうぞ」
ハーフタイムでベンチに戻ってきた選手達にスポーツドリンクを配っていたミームが、そう言ってサムズアップをしてくる。いつもと変わらない、楽し気な笑みだ。
「……そうね。少しは誇るけれど、まだまだ先なのも事実よ」
「お、そうだな。でも、それはそれとして目標を達成したんだ。何か自分にご褒美を与えるのも大事さね。誇るっていうのも自分を認める行為だよ」
「…………」
頑張った自分へのご褒美は絶対に必要だと考えているミームの提案に、何か思案する鞘。
「なんでもいいのかしらね、そういうのって」
「自分への報酬なんだから何でもいいのさ。欲しかった服を買うでもいいし、食べてみたかったお菓子を食べてみるでもいい」
なんでもいいから自分にご褒美を与えることで、モチベーションの維持、もしくは向上を図る。そういう意図を説明すると、他のメンバーも納得したように頷く。
「…………」
「ま、試合終わってから考えてもいい────」
「あったわ」
まもなく後半戦が始まる頃、思案していた鞘が顔を上げた。自分へのご褒美をどうするか決めたらしい。
「お、何かあった?」
「ええ。すぐにやれること」
「おー、ええやん」
「壬為夢君、手出して?」
「ん、おかのした」
「……えい」
「なにっ」
迷うことなく手を差し出したミームの手を握る鞘。通常の握手とは違う、五指を絡める恋人つなぎに近い手の握り方で、がしっ、と握られたので、驚きつつもちゃんと握り返すミーム。手を握ること10秒程度……満足したらしい鞘が手を離して小さく微笑む。
「じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
今夜もドン勝だー、と鞘を見送るミームと、マジかよこいつという視線を向けてくる男性陣と何だかイケナイものを目撃してしまったような気分になってミームと鞘を交互に見る女性陣。
なお、雲明は「なんだ、いつものパターンか」と青だぬきロボットのような表情を浮かべている。さすが腐れ縁レベル50の男だ、面構えが違う。
「そろそろ(鶏)肉が喰いたいですね。……
「いや、鶏肉はしっかり火を通して食べてください」
「くじらにするかぁ……」
「……まぁ、肉ですしね、くじらも」
後半戦が始まっても会話に焦りが滲まない二人。その理由は勝利を信じているだけではなく、もはや我々にできることはないので焦っても仕方がないという思いの表れでもあった。
「にしても速攻で鞘ちゃん止めに行ったな」
「ですね。それだけ小太刀先輩の【グラディウスアーチ】を警戒しているのでしょう」
「が、警戒するだけではダメ……! うちの基本は多勢に無勢だっ、いっけぇ!」
ミームがそう言った直後、司令塔である征を囲うように堰き止める南雲原。体格に恵まれた駿河と亀雄がメインになって堰き止めることで、征は周囲の情報をほんのわずかな、1000面パズルの数ピース分しか確保できずにいる。
それでもシナノフォームを使うことは可能だが、本来シュート技である【伝来宝刀】をブロック技に転じて利用している七南や、的確に繋いで嫌なところに差し込んでくる兵太、手品師の技量でトリックをかます銀郎、芸術的な刃にて攻撃を防いでくる陽愛など、防御が手厚い。しかも防御を突破しても分厚い氷のような鉄壁の我流がゴールを守っているのだ。
互いにボールを奪っては取り返し、シュートしては止められてを繰り返し続け、同点のまま試合が続いていき────気付けば残り時間が数分のところにまで迫っていた。
「────そうか、このタイミングか!! 行くぞ、忍原!!」
「そっか、だから今まで……! うん! 決めに行くよ!!」
不意に、コートの環境変化を感じ取った丈二と来夏が全力で前線を押し上げていく。
「まずい気がする……! その二人を前に行かせるな!!」
「戻れ! 戻れ!!」
南雲原の点取り屋であり、元々警戒対象だった二人が全力で前に上がっていくことに危機感を覚えた征と雅士が叫ぶ。その指示を受けて丈二と来夏を止めようと動き出す北陽学園だったが────感じ取ったのは違和感。そしてその違和感の正体はすぐに分かった。
(あの二人にボールが渡っていない!? ボールは、誰が持ってる……!?)
ブロック・ザ・キーマンによって情報が断片的にしか確保できていない征がどうにか包囲から抜け出した時。十字に切り裂かれたかのような威圧感を感じる。その威圧感を放つ者がいる南雲原のコートを見ると……先程まで二人がかりで前線に上がるのを食い止めていた鞘が七南と共にシュート体勢に入っているところだった。
「なんでそんなところからシュートを……!?」
北陽学園の困惑を他所に、元剣道部の二人はゴールを見据え────鞘は右足に、七南は左足に刀のようなオーラを形成する。
「準備はいい?」
「鞘先輩こそ!」
二人の剣士が強く見据えるのはゴール。刀のようなオーラを形成した脚を大きく後ろへ振り上げ……
「「【伝来宝刀】ッッ!!」」
振り下ろされた二振りの刃がボールを乗せて敵陣に切り込んでいく。並みのシュートブロックでは止めようとする前に切り裂かれてしまうような高威力のシュートに対し、今度こそ止めてみせると必殺技を構える伍兵だったが……このシュートはただの繋ぎ。本命は別にあった。
「まさか、シュートチェイン……!?」
伝来宝刀の軌道を読んだ征が意図に気付いた時にはもう遅い。
「行くよっ、桜咲!!」
「ああ、全力で来い、忍原ァッ!!」
前線に駆け上がっていた来夏が二振りの刃と化したシュートに強烈な回転をかけたシュートを叩き込み、捻じれるように飛んでいく。
「これが俺達の新必殺技────!!」
「「【春雷】ッッ!!」」
捻じれて飛ぶボールを空中で捉え、ジャストミートを決めて叩き込む丈二。そのシュートは地面に激突して、周囲を土煙で包み込む。必殺技が失敗したかのように見えるが、自信満々に必殺技の名を叫ぶ二人を見て警戒を緩めない伍兵。
だが、土煙のせいでシュートの全容が見えず、あの中で何が起きているのかが分からない。だが、警戒するに越したことはない……そう思っていたというのに。
「………………ぁ?」
頬を掠めるように、紫電の閃光がゴールネットを揺らした。誓って瞬きはしていない。だが、気付いた時にはゴールを奪われていた。そう思う程の神速の一撃。
そのゴールと同時に、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響く。スコアは2-1で南雲原サッカー部の勝利である。
「やったぜ(完全勝利)」
「やりましたね……!」
「雲明ーっ!! ネットーっ!!」
「「おああああああああっ!!?」」
「おかえりぃいいいいっ!!!」
ミームが右腕を天高く突き上げ、雲明が拳を強く握る中、不意打ちをかますように征がダイブして抱き着いてきた。さっきまで全力で戦っていたとは思えないほどの瞬発力である。
「また二人とサッカーできるなんて、夢みたいだ……!」
「ところがどっこい、これが現実っ……!」
「ええ、夢じゃないですよ、空宮君」
「う、うう……サッカーやってて良かったあああああ……!!」
「大げさすぎて笑っちゃうんすよね」
「まぁ、僕達も嬉しいですけどね」
号泣する征を宥めつつ、笑い合う雲明とミーム。幼い頃にしていたやり取りにも似ていて、昔を思い出した征がさらに号泣してベンチに湖を作るのではないかというレベルで涙を流すカオスな状況が生まれる中……南雲原サッカー部はフットボールフロンティア二回戦を突破した。
ミーム
サッカー部のプレゼン資料を作り上げているやつ。シンプルに気持ち悪くて笑っちゃうんですよね。
空宮征
ミームの強さを知ってもなおキラキラした目で勝ちを拾おうと向かってきたサッカーバカ。ミームからしっかり覚えられている。
ベンチに湖を作った。
小太刀鞘
ご褒美を考えた末、握手。やる気が上がった。