__ピルス
その名を口にした瞬間、ケルシュの意識は過去に引き戻される。
時は十数年前。ガーディナとギプロベルデの戦争が激化し、長く膠着していた戦況が、僅かにガーディナ側へ傾き始めていた頃__
大橋へと続く昇降機前に作られた野営地に、通常型、戦闘型問わず多くのガーディナ兵が結集していた。
「作戦を伝達する!」
その兵士達の前に、総司令官が姿を現し、声を上げた。
その声を聞き、兵士達は身体を司令官へと向ける。
「本作戦の目的は、ギプロベルデの重要拠点“大橋”の攻略、並びに奴らが橋に蓄積した資源の奪取である!」
司令官が拳を強く握りしめると同時に、兵士達の銃を持つ手にも力が入る。
「我らが女王よりお言葉を賜っている!!心に刻むのだ!!」
司令官は大きく息を吸い、周囲を睨み据えた。
「慈悲など与えるでない。悉くを殺し、総てを奪うがよい。貴様らの踏み締める地こそが、ガーディナとなるのだ」
力強く、明瞭に読み上げた後、司令官は空砲を鳴らす。
「女王に仇なす者に死を!!ガーディナに栄光を!!」
言い終わると同時に士気も最高潮となった兵士達は、空気が震えるほどの大きな歓声を上げる。
その歓声の中、ケルシュはただ静かに、険しい表情で司令官の背を見つめていた。
「ひえぇ怖い怖い」
そんな彼女の横で、わざとらしく震える兵士が一人。
「ギプロベルデの鎧化兵一人倒すのにこっちは十人がかり。おまけに大橋は難攻不落でうちは負け負けそして負け。ほんとにこの作戦、成功するのかねぇ?」
軽口を叩くピルスを、表情一つ変えずケルシュは睨みつける。
「やれと言われたんだ、やるしかないだろ」
「相変わらず真面目だなぁ〜お前」
「お前がチャラチャラしすぎてるだけだ」
ピルスは乾いた笑いをこぼし、俯く。
「じゃないとやってけないだろ?」
◆
爆炎が目の前を覆い、ケルシュは吹き飛ばされる。
固く錆びた鉄床に転がり、受け身を取って呻く。
「……は、ぁ……くそ」
深く息を吸い、立ち上がろうと手を付く。
しかし顔を上げると、ギプロベルデのニンフが、戦車型の履帯を鳴らし、ケルシュを踏み潰そうとしていた。
「っ⋯⋯!」
必死に足に力を込めるも、履帯が彼女の胴体を潰す方が早かった。
履帯が接触する直前、視界の端からピルスが飛び出した。
「ケルシュ!!」
ピルスはパイルバンカーを構え、ギプロベルデのニンフに突き立てた。
炸裂し、胴体を貫いたその一撃により、彼女は吹き飛び、ケルシュを避ける形で転がり、激突した。
「ピルス、すまない……」
ケルシュは弱々しく呟く。
ピルスは手を差し伸べ、彼女を起こす。
「どうした、小銭でも拾ったのか?」
ピルスは冗談めかして笑う。
「いいや、夕飯を食べすぎたみたいだ」
ケルシュは苦笑した。
「なら何よりだよ」
ピルスは遠方を指差す。
大橋の中央を占領する形で、巨大な固定砲台が設置されており、それを防護する形で、何人もの戦車型のニンフが随伴していた。
「あの砲台を何とかしないとな」
ケルシュは一歩踏み出す。
絶えず投射される火砲によって、友軍は薙ぎ倒されており、それでも尚突撃を続けていた。
それはまるで、死への行軍だった。
「まてまてまて、あんな所に行っても、技師型の素材が1セット増えるだけじゃないか」
ピルスは上を指差す。
それは、橋を懸架する為に張られた、梁とワイヤーだった。
「軍規違反だけど、どうせ突っ込んでも死ぬんだ。上から行こう。多分奴らは、ガーディナが飛んでくることを考えてない」
そう言うや否や、ピルスは先へと進み、ケルシュも半信半疑で後に続く。
梁の上、死にゆく味方も敵の陣地も一望できるその場所で、ケルシュは息を呑む。
__ここから降りて砲台を壊せなかったら⋯⋯
躊躇いから呼吸が乱れるケルシュの肩を、ピルスは優しく叩いた。
「信じろ、相棒」
「⋯⋯!」
2人は梁から飛び降り、陣地の真横からギプロベルデを強襲した。
ピルスが先行し、砲台へとパイルバンカーを撃ち込む。
「行けッ!!ケルシュ!!!」
「わかっている!!」
突然の強襲に慌てるギプロベルデ兵を他所に、ケルシュは持っていた狙撃銃を構え、ピルスの開けた穴へ弾丸を撃ち込んだ。
次の瞬間、砲台の内部で火花が弾ける。
一拍遅れて、大橋全体を揺るがすほどの爆発が轟いた。
巨大な砲台は黒煙を噴き上げながら傾き、そのまま橋の下へと崩れ落ちていく。
「砲台が落ちたぞ!!」
「今だ、突っ込め!!」
下から、ガーディナ兵達の歓声が響く。 死への行軍だった突撃は、一転して雪崩れ込むような反攻へと変わっていた。
爆発した砲台と斃れたギプロベルデ兵の屍の中、ピルスはケルシュへと振り向いた。
「やったな」
「⋯⋯あぁ」
掠れた声で、ケルシュは答えた。声色こそいつもと変わらないが、彼女はどこか満たされていた。
「ずいぶん楽しそうじゃないか」
充足な空気を冷たい刃のごとく切り裂く声。
2人が振り向くと、そこには数人の銃を構えた兵士と、ケルシュ達の部隊長、ゼクトが立っていた。
「隊長⋯⋯?」
「受けた命令は正面突破のはずだ。我らが司令の命令に逆らうとは、軍規違反だな」
二人がゆっくりと後ずさろうとすると、兵士の銃弾が足を掠める。
「こ、これは⋯⋯」
「だが」
ケルシュを遮るように、ゼクトは続ける。
「お前たちの独断先行がなければ、大橋攻略に更なる犠牲が出ていたのもまた事実だ」
彼女が左腕をゆっくりと上げると、兵士達は銃口を下ろす。
「私の権限により軍規違反は不問とし、今後起きるであろう上層との戦争に備えた部隊⋯⋯上層方面軍への配属を約束しよう」
立ち去る彼女と兵士達を見送った後、二人は崩れ落ちた。
◆
数年後__
ケルシュとピルスはその功績を買われ、ガーディナ上層方面軍へと抜擢された。
「でさ、この前オルカがゴーシュカと⋯⋯」
「⋯⋯なるほどな」
ケルシュが同期と共に警備ルートを歩いていると、どこからともなく小さな話し声が聞こえた。
「なんだ⋯⋯?」
声のした方へ向かい、扉を音が鳴らないようにゆっくりと開く。
「えぇ、はい。イーデン様⋯⋯私です、テトリーです。」
よく知った声に、ケルシュは目を丸くした。
「ガーディナの奴ら、目的はラズリス工廠のようです。西側を固めて下さい⋯⋯はい」
暗い個室の中、ピルスが計器に向かってブツブツと話していた。
「分かっています。全ては我らが神のため⋯⋯アゥラム」
通信が切れたと同時に、ピルスはケルシュ達を一瞥する。
「⋯⋯気づかれたか」
彼女は窓を開け、部屋から飛び降りる。
「⋯⋯ピルス?」
「⋯⋯あいつ、カルトの仲間か!!」
見間違いではないか、夢ではないのか。
ケルシュは何度も考えを巡らせたが、それが事実であることに変わりはなかった。
「ゼクト司令!アルカンドのスパイを発見しました!捕獲しますか?」
『直ちに殺せ、欠片も残すな』
「了解!」
同期の兵士はすぐさま連絡し、武器を構える。
「よし、行くぞケルシュ!」
__何故、お前が
同期の兵士の言葉が聞こえない。
ただ彼女は、目の前の現実を処理しきることができず、立ち尽くすしかできなかった。
__よりにもよって、なんでお前が
同期の兵士が駆け出していく。 だが、ケルシュの足だけが地面に縫い止められたように動かなかった。
◆
「まさか、スパイを取り逃がすとはな⋯⋯がっかりだよケルシュ」
上層方面軍の本部、司令室にケルシュは呼び出されていた。
彼女の前には、上層方面軍の総指揮を任されているゼクト司令が座っていた。
「スパイ一人取り逃がすだけでどれほどの被害が出るのかわからないのか?」
「っ⋯⋯そ、それは⋯⋯」
「黙れ、言い訳は聞きたくない」
資料を乱雑に投げながら、ゼクトは淡々と話す。それに対し、ケルシュはただ俯くしかできなかった。
「ちょうど下層方面軍で欠員が出ていてな」
「お前のような失態持ちを送る先としては都合がいい」
立ち上がり、窓の景色を眺めながら彼女は続ける。
「お前は下層に左遷だ。時代遅れの特戦隊と共に、マースの奴に可愛がってもらえ」
「⋯⋯了解しました」
そう返しながら敬礼をし、ケルシュは部屋から出る。
出てしばらく歩いた後、拳を壁に打ちつけた。
誰に対する怒りなのか、自分でも分からなかった。
「⋯⋯当然だ」
自分に言い聞かせるように、ケルシュはただそう呟くしかできなかった。
読んでくださりありがとうございました。
次回は6/7(日)12:00〜投稿予定です。
ゼクト
https://docs.google.com/document/d/1Jbhp-HRRi41s1DfflyCDQ7yW2QejYbmmf7ROsKM8ENs/edit?usp=drivesdk
用語
第4次大橋攻略作戦
ケルシュが経験した対ギプロベルデ戦争の中では最も激戦となった作戦。ガーディナが初めて特殊部隊「霧」を実戦投入した作戦でもある。アルカンドもこの作戦を危険視し、作戦前に多くの諜報員を中層に派遣したとされる。