深層で、2人のニンフが決着を付けようとしていた。
1人は損得や保身ではなく、己の誇り、裏切ってきた戦友の為に剣を取った。
もう1人は、あの日踏み出せなかった一歩を、過去の過ちを清算するために引き金を引いた。
「ケルシュぅっ!!」
テトリーは叫び、レーザーブレードを振り下ろす。
「テトリィっ!!!」
ケルシュもまた引き金を引き、彼女の左腕を撃ち抜き、吹き飛ばす。
だが、それと同時に右手のブレードがケルシュの銃身を裂き、そのまま左腕を斬り飛ばした。
「なんで置いて行ったんだよ!!!」
ケルシュは叫び、振り上げた膝をテトリーの腹に埋める。
「がっ……」
テトリーは痛みに目を見開きながらも、レーザーブレードの柄でケルシュの頭を殴った。
頭環の留め具が外れ、ケルシュの素顔が露わになる。
__彼女もまた、泣いていた。
「連れて行ける訳無いだろ!!アルカンドはっ、イーデン様はお前に優しくないんだ!」
ケルシュは左肩でタックルし、射突杭を再装填する。
「なら一緒に逃げれば良かったじゃないか!!脱走兵になったって、2人なら__!!」
ケルシュは射突杭を振り上げる。
「過去は変えられないだろうが!!」
テトリーもまた、レーザーブレードを振り下ろす。
射突杭がテトリーの外肢、飛行ユニットを砕き、レーザーブレードがケルシュの背嚢を肉ごと削ぎ、溶融させた。
「でもっ!今なら変えられるだろ!!」
剥き出しになった杭でテトリーの頭を殴打する。
テトリーの頭冠が砕け、射突杭が基部ごと砕ける。
「私にも、プライドがあるんだ!」
テトリーはレーザーブレードを振り抜く。
だが、ケルシュは手首を掴み、頭突きをお見舞いした。
テトリーはレーザーブレードを落とし、互いに丸腰になる。
「なら私にはっ、意地があるんだ!!」
ケルシュは続けて、テトリーの頬を殴る。
彼女の横腹にテトリーの蹴りが直撃したのはほぼ同時だった。
2人は、示し合わせたかのように距離を取る。
「⋯⋯教えてくれよ」
掠れた声で、テトリーは話し始めた。
「⋯⋯?」
「イーデン様が何処かへ消えてから、アルカンドは変わったんだ」
眉を顰めるケルシュを他所に、テトリーは続ける。
「同じ神を信じてる筈なのに、聖典の解釈やら何やらで内乱が起きて、今や邦は大荒れさ」
テトリーは細く息を吐き、拳に力を込める。
「同じ空に集った同胞同士で、同じ神を信仰している者同士で、なんで潰し合いなんてしなきゃいけない?」
テトリーは地を蹴り、壊れかけた加速翅を無理やり動かす。
「邦の窮地に!神はっ!!なんで何もしない!!答えろぉっ!!!」
テトリーの攻撃はケルシュの頬を掠める。
「優しさを捨てたからだろ!!」
ケルシュの蹴りがテトリーの腹に直撃した。
破損した加速翅が勢いを殺すも、バランスを崩して転倒した。
「だからっ、だから私達は落ちぶれて、帰る場所すら無くしたんだ」
彼女はテトリーの胸ぐらを掴み、持ち上げる。
「下層で生きた事はあるか?マニュアルを忘れた新兵が瘴気にやられて、見知った化け物になるのを、私は何度も見た」
ケルシュは鬼気迫る表情で話す。
「⋯⋯私は下に落ち、お前は上に登った。けどな__」
彼女はテトリーを放し、乾いた笑いをこぼす。
「私達が得たものは、一緒だったんだ」
ケルシュは、ボディープレートの下に隠した拳銃を引き抜き、銃口を向けた。
「殺してくれよ⋯⋯もう、つらいんだ」
テトリーは呟く。
「売った戦友の死に顔がずっとチラつくんだ⋯⋯」
テトリーの目に、再び涙が零れ落ちる。
度重なる負傷で意識は朦朧としており、目の焦点が合っていなかった。
「もう、イヤだ⋯⋯イヤだよ⋯⋯」
ケルシュもまた、涙を流した。
「お願い⋯⋯」
彼女はそう呟いて、意識を手放した。
ケルシュは拳銃を投げ捨て、肩を落とした。
「私にその権利は無いんだ、親友」
ケルシュは、自身が踏み潰した部下のことを、思い返していた。
◆
アルカンドの高位なニンフ達が集まり、歓声を上げる。
御子シェオルとイーデン、そして近衛騎士の長であるレームの前に、テトリーは跪いた。
「此度の任務の完遂、御苦労であった」
跪いたテトリーの前に、イーデンが立つ。
「はっ」
「貴様の働きが、ラズリス工廠を救った。神もお喜びになるだろう」
ただ頭を下げるテトリーに、イーデンは懐より勲章を取り出し、渡す。
「貴様はこれより、アルカンドの近衛騎士だ。今以上に励むがいい」
テトリーは勲章を手に取り、さらに深く頭を下げた。
「身に余る光栄にございます、教会長。この栄誉に恥じぬよう、我が剣と命をもってお仕えいたします」
予め決められた言葉を口にする。
言葉を言い切る前に、自己嫌悪で吐きそうだった。
「⋯⋯アゥラム」
彼女の祈りの言葉が聞こえたと同士に、周囲のニンフ達は拍手と歓声を上げる。
だが、テトリーにはそれが騒音にしか聞こえなかった。
__ケルシュ
テトリーは今も思い返していた。
自分が逃げた時の、ケルシュのあの表情を。
ラズリス工廠防衛戦前、ガーディナに潜入していた時に知り合った兵達の顔を。
知り合っていた者達を己の手にかけた後悔が、何度も彼女の中を駆け巡っていた。
「これで、いいんだ⋯⋯」
彼女の呟きは、歓声にかき消された。
◆
「⋯⋯!!!」
テトリーは勢いよく起き上がり、周囲を見る。
部屋は医務室のようで、自身はベッドに寝かされていたようだった。
「夢か⋯⋯」
千切れた左腕も、身体にできていた痣や傷も完全に修復されていた。
拘束もされている様子はない。
テトリーが立ち上がろうとした所で、扉が開く音がした。
「そろそろ起きる頃だと思ったよ」
聞き慣れた声に、彼女は目を丸くする。
先程までテトリーと戦っていたはずのケルシュが、何やら煙の出ているコップを二つ持って現れた。
彼女もまた、身体が完全に修復されていた。
「何だそれは」
「炭素生物がよく飲んでたやつらしい。⋯⋯飲めよ」
コップを指さすテトリーにケルシュは答え、ベッド横の机にそれを一つ置いた。
「⋯⋯猛毒に見えるんだが」
「だったら透明なのにするさ」
そう言ってケルシュは一口飲む。
それを見たテトリーはコップを手に取る。
匂いを嗅ぎ、ケルシュとそれを数度交互に見た後、それを口に運ぶ。
「⋯⋯ぶっ!?」
テトリーは思わず吹き出し、それを見たケルシュは目を丸くした。
「苦っ⋯⋯炭素生物はこんなの飲んでたのか?」
程なくして、ケルシュは鼻で笑った。
「な、まるで泥水だ。私もまだ慣れてない」
ケルシュも、微妙な表情を浮かべながらそれを飲む。
暫くの沈黙が続いた後、テトリーが口を開く。
「⋯⋯なんで殺さなかったんだ」
少し考えた後、ケルシュは答える。
「私もここの女王と敵対した事があってな。お前がダメなら私も自害しなきゃならない」
彼女はコーヒーを飲み、息を吐く。
「それに、余所者は寂しくてな⋯⋯一緒に居てくれる旧友が欲しくなるんだ」
テトリーはコーヒーを飲み干し、咳き込んだ。
「残念だが私に旧友は居なくてな。殆どが瓦礫の下に埋もれてるんだ」
ケルシュはため息を吐く。
「そうか、強情だな」
「こっちが素なんだ⋯⋯だから、初めまして。″私″の友達になってくれないか?」
テトリーは右手を差し出す。
「ああ、よろしく。テトリー」
ケルシュもまた、思わず笑みをこぼし、彼女の手を取った。
「じゃあテトリー。私たちが友達として初めての共同作業をやろう」
「なんなりと」
ケルシュに手を引かれ、テトリーは立ち上がる。
「女王陛下に謝りに行こう」
ケルシュは得意げに話し、テトリーは観念した様子で微笑んだ。
「は、強情だな」
「どの口が」
2人は微笑み、軽くフィストバンプをした。
読んでくださりありがとうございました。
以降は後日談となりますので気が向いたときに投稿予定です。
是非ともお楽しみに!