闇の中でもがくー死に戻りし少年は運命に抗うー   作:スターオルカ

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素人ですが、よろしくお願いします。


1話

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「ハッ!ハァッ!ハァァッ!!」

 

 走る、走る、走る。

 喉は鈍痛を訴え、血の味が滲む。脚はとうに小鹿の如く震えているが、気合いでなんとか動かしていた。

 じっとりとした湿地の空気が肌を撫でる。足元はぬかるみよく滑る。それがモロクをイラつかせ、同時に酷く鋭い焦燥感を与える。霧が立ち込め10歩先もまともに見えないような状態だが、それでも今は走るしかない。

 

“クルルルル、クルル“

 

 鈴を鳴らすような軽やかな音が聞こえる。淀んだ湿地には似合わぬほどに爽やかなソレが、避けようのない“絶望の音“だということをモロクはついさっき知った。なにが“中型の、さほど脅威ではないモンスターを狩る簡単な仕事“だ、こんなの聞いてない。詐欺じゃないか。

 頭の中ではぐるぐると文句が回るが、そんなことを考えている余裕がないことは火を見るより明らか。

 なんせ、僕はいま生まれてこの方感じたことのない“生物としての格の違い“をこれでもかと見せつけられている。巨躯、鉤爪、圧倒的な膂力に瞬発力。いま逃げ切れているだけで奇跡と言えよう。

 

「ゼェ、ハァッ!」

 

 酸素が回らず霧がかった頭で考える。僕はなぜここにいる?

 ……そうだ、金を稼ぐためにここにいる。でも、なんのため?

 愛する姉を買い戻すためだ。僕が物心ついた頃からそばに居てくれて、貧乏だったのに文句ひとつ零さず育ててくれた姉はどこぞのブクブクと太った貴族サマに売られたという。借金を払えなかったからだ。

 

 僕の、ため。

 

 ズクリと心臓が痛む。

 姉は、善人だった。

 僕が反抗してもへらりと笑い、事勿れとうまくかわす。血の気の多かった僕も、彼女の手にかかればいつのまにか毒気を抜かれていたっけか。金も食べ物もなくて苦しい暮らしだったが、『お姉ちゃんもうお腹いっぱいだから』となけなしのパンを分けてくれた時のふにゃりとした笑顔が脳裏に焼きついている。淡く甘ったるい過去の記憶は、もはや手を伸ばしても届かない幻想へと昇華された。

 生きてるかもわからない。連合王国の貴族は趣味が悪いと有名だ。生きていたとしても、ろくなことにはなってないだろう。

 そんな現実から目を逸らし、僕は無謀な目標のために奔走する。

 刹那の回想、夢に浸る時間はそう多くない。今僕のいる場所は泥跳ね怪物迫る生死の狭間、不気味なほど甲高い鳴き声によって無理やり現実へと引き戻される。

 

「クルルルルル!」

 

 ━━追いつかれる!

 べちゃ、べちゃと泥を踏む音が真後ろから聞こえる。フスフスと鳴るおぞましい執着に塗れた鼻息が、僕の髪を優しく撫でる。あと少しでソレの尖った牙が僕の頭蓋にめり込むかもしれない。パキリと容易に砕かれ、脳みそを啜られるかもしれない。

 いやだ、いやだ、いやだ……死にたくない、死にたくない、死にたくない!!

 

 ソレが口を大きく開けた気がする。ぞわり、鳥肌が立つ。

 

「誰か━━━━」

 

 たすけ、

 

 

 パ キリ

 

 一瞬の不快な感触のあと、視界が真っ赤に染まった。

 

 

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

 

 

━━━━というわけで、君の記念すべき初仕事は“ロウニンフクロウ“の討伐であって……聞いてる?」

 

 

「え?」

 

 

 え?

 

 ━━━━言葉でも内心でも、そんな滑稽な感想が漏れる。何秒か、あるいは十何秒か硬直し、それでもなにも理解できずただ口をだらんと開き固まる。

 だって僕は、今のいままでジメついた湿地にいて、こんなホコリ臭く微妙に陽の光が入り込まない部屋にいた覚えは、ない。空気も光も雰囲気も、なにもかもが真反対で、まるで悪夢から醒めたかのよう。でも、夢じゃない。

 

「あ、」

 

 対面するデスクに座る、小太りのエルフの男。あまり整頓されていない部屋。積まれた本と資料につもるケバ立ったホコリ。そして、男のデスクに置かれた、

 

 

 “モンスターの骨格模型“。

 

 

 それを見た途端、僕の記憶が弾けた。

 ここはモンスター駆除業者専門ギルド“グラン・テラリウム魔獣対策委員会“地方支部。僕はここに仕事を求めてやってきて、契約書類につらつらと書かれる“注意事項“を読み飛ばしサインをしたんだった。そうして、その“あと“は━━━━

 

 追われる恐怖。焼ける喉。

 真後ろの足音。生温い鼻息。

 不気味な鳴き声。頭蓋に鋭利な“ナニか“がめり込む感触。直後、溢れる汁となにかだいじなもの。

 

 

 ぼくは、しんだ?

 

 

 「うぷ」

 

 「ちょっと、大丈夫かい!?」

 

 思わず蹲り、胃の中身を吐き出す。今朝食べた硬いパンと限界まで薄めて飲んだミルクが、中途半端に溶けた状態で床に散らばる━━今朝って?ついさっき?もっと前?

 あれ、わからない。

 

 何がおこった。何があった?なにも分からない、分かりたくも無い。ただ、湧いてくる吐き気のまま、頭蓋を砕かれる瞬間を嫌でも想起しながらありえないほど吐く。

 

 デスクの男が背中を摩ってくれている。そうすると、すこしは収まってきた。

 

「ちょっと、いきなりどうしたのよ」

 

「ゲホッ、すみま、せん……」

 

 ぴちょ、ぴちょ。未だ口の端から吐瀉物を垂らしながら、やっとのことで答える。頭がガンガン痛み、頭蓋の砕ける感触が何度も何度もループ再生されている。くそ、どうしてこんな……どうして、こんな?

 

 あれ?

 

「実は、実は……えっと、」

 

「…………」

 

 なにがあったんだっけ?

 覚えているのは頭蓋の砕ける不快すぎる感触、ナニかに追われる恐怖、そして、そして……

 

 急速に頭が冷えていく。ずくずくと神経を蝕むような不快感は身体の芯に張り付いたままだが、ついさっきあったことを何か、忘れているような。

 僕は確か━━━━

 

 静寂に僕の荒い呼吸が木霊するなか、困ったような顔をしたデスクの男がどこか気まずそうに話を切り出す。

 

「さっきの話の続きなんだけど、良い?……“ロウニンフクロウ“の討伐についてなんだけど」

 

 “ロウニンフクロウ“

 その名を耳にした途端、ぞわりと全身の肌が栗立つ。

 

『クルルルル!』

 

 ダメだ、ダメだ。ここでこの依頼を受ければ、“同じ末路“を辿る気がする。でも、同じ末路って?わからないが、とにかくコレはダメだという確信が、僕の精神に刻まれていた。それはまさに“確信“というべきもの。本能よりも深く強く、深層心理に刻み込まれたナニか。まるで心臓に焼き印を押されたかのような。

 

「す、すみません。僕、い、行きたくないです」

 

 そう言うと、男は眉間にしわを寄せて小さくため息を吐く。見るからに不機嫌そうに。

 

「うーん、そういうの困るんだよねぇ。ついさっき契約書にサインしたじゃないか、討伐依頼を受けるって」

 

 背中を摩る手つきは優しいが、並べられた言葉はひどく冷酷なものだ。僕を逃がそうとは微塵も考えていない、まるで蛇のような。

 

「で、でも。ぼく、こわくて、無理で」

 

「君の意見を言われてもね。これはもう確定事項なんだよ」

 

 僕の意見などハナから聞く気などないようだ。どうやら、相当ブラックな職場に来てしまったらしい。姉を買えるぶんの金がほしくて、こんなこわい場所に来て、奇妙な感覚に襲われて。泣きたくなるが、なぜか泣けない。過度なストレスか、あるいは。

 不満と恐怖を無理やり押し込めて立ち上がる。脚は、まるで生まれたての小鹿の如く震えていた。

 

 

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

 

 

 青ざめた顔でギルドの廊下を歩く少年・モロク。

 

 彼はつい先ほど“異様な体験“をし、それが未だ尾を引き精神を蝕んでいる。頭蓋が砕け散る感触、脳髄が漏れ出る不快感、真っ暗な闇へと吸い込まれていくような━━━━圧倒的な恐怖。

 しかし、なぜそんな感覚があるのか、なぜ今もまだ震えているのか……彼自身分かっていない。

 

 この世界では“死“とは常に隣に在るもの。

 

 農村部の子どもはモンスターに喰われ、青年は徴兵され戦場に散り、運良くそれらの運命を逃れても圧倒的な“厄災“が根こそぎすべてを奪って行く。これこそがこの世界の理であり、すべてに対し平等に与えられる“運命“。

 モロクとて例外ではなく、彼もまた運命の渦に呑み込まれ、ひとつの壊れた歯車として欠け剥がれ落ち、永遠に消える“ハズ“だった。

 しかし何の因果か、そのひとつの歯車はまるでフィルムが逆再生するかのように再び噛み合い動き出す。歯車の挙動は徐々に変わり行き、周りの歯車を巻き込み、それはやがて大きな“うねり“となる。

 

 たとえば最初に、ほんの小さなことが変わるとしたら。

 どこかの誰かにとっての“赤の他人“が、“多少の興味のある他人“となったとしたら。

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

 運命はガコリと大きな音を立て、やがて物語を動かすに足るだろう。

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