闇の中でもがく   作:スターオルカ

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三話

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 グラン・テラリウム連合王国。伝説と神話の根付く国。

 

 持て余すほどの広大な領土を持つこの王国においては、その温暖な気候と肥沃な土地といった生命の繁栄するに足る好条件故に農業、牧畜が非常に盛んに行われている。西部の連合加盟国「アンドリュース」や周辺地域では特に顕著で、その豊かな自然と牧歌的な雰囲気を一目見ようと遥か遠方の国よりやってくる旅人も多いのだとか。

 

 しかし問題としてよく挙げられるのは、とにかくモンスターが多いこと。温暖かつ肥沃故にモンスターがよく生まれ、育ち、頑健なそれらが辺境の村を壊滅させることなんて日常茶飯事。政府も軍を派遣してはいるものの、対策にも多大な費用がかかるやらで頭を抱えているらしい。

 

「……で、ここみたいな民間の駆除業者専門ギルドも活躍しているってことです」

 

「はぁ」

 

 そもそも僕が歴史も仕組みもろくに分かっていないということを東錦は見抜き、なんと即席勉強会が始まった。彼女はたまたま部屋の棚に置いてあった古めかしい紙になにやらつらつらと書き綴りはじめ、それを口頭で噛み砕き僕に説明する。

 

 彼女の字は驚くほど綺麗なもので、説明もとてもわかりやすい。その高級そうな装備も加味して考えると、少なくとも僕のような貧民街出身ではないだろう。もしかしたら、上流階級のご令嬢かもしれない。

 

 その後も勉強会は続く。ぶっちゃけ何を言っているのかはわからないが、聞いているフリはしとこう。眠くなってきたけど。

 

「━━というわけで。要するに、連合王国国内の駆除業者ギルド周りは法整備が整っておらず、不正や暴力が横行しているってわけです。」

 

「はえー」

 

「聞いてます?」

 

 あんまり聞いてない。

 なにやら重要なことを説明していた気がするが、どうせ聞いてもわからない。

 

「っ……あなたのために言ってるんですよ!もう」

 

 

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

 

 

 討伐目標「ロウニンフクロウ」は謎多きモンスターだ。

 

 つい最近、西部のアンドリュース領内で目撃されたのが事の発端。“二足歩行の、長い尻尾と鳥のような羽毛を持つモンスター“といった目撃情報に合致するモンスターは非常に少なく、さらには連合王国国内で確認されているものとなると、似たようなものは過去の文献にしか登場しない。

 つまり確実な情報が極端に少なく、どのような手を使ってくるかわからない。

 

「ので、今から私たちの向かう任務は非常に危険。素人が受けるものではないと思いますが」

 

「仰る通りです本当に……」

 

 どす、どす、どす

 

 辺りはすっかり暗くなった。冷たい夜風が肌を撫でる。

 

 そんな中、馬車よりも安く乗り心地の最悪な“爬行車“に揺られ、吐きそうになりながら目的地へと向かう……道中で事情を察した東錦にこっぴどく叱られながら。

 いわく、未知のモンスターの対処はオオトカゲを狩ったこともないような新人がやるべきことではないと。命の危険があるのだから、よく考えて依頼を受けたほうがいいと。

 

「まったく、どうしてそんなに焦っているのですか。身を危険に晒してまで……」

 

 東錦の呆れた声が心に刺さる。

 でも、僕にはその心配を受け入れる余裕などない。

 重い口を開く。

 

「……僕は急がなきゃならないんです。ちゃんとした、理由があるんです」

 

 脳裏に、姉の顔が思い浮かぶ。

 

 世界で唯一、僕の生きていくための理由。彼女がいなければ、僕はとっくに首でも括っていたかもしれない。というか、その前に餓死してるんだけど。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐き、俯いてしまう。陰鬱な気持ちになる。これから向かう先も地獄だという確信があるし、未来の展望なんて見えっこない。僕はこのままモンスターに怯え続ける生活を送り、いつしか殺されて終わりなのではなかろうか。

 

 

 殺されて、終わり。

 

 

 なにか、喉に突っかかった魚の骨のような小さな違和感を感じるも、それを努めて無視する。頭から追い払う。

 呼吸が荒くなりかけるが、どうにか収める。

 

 問題、ない。

 

 

「あの。モロクさんは、どうしてこんなことを?」

 

 

 静寂に耐えかねた東錦が突然切り出した。

 

 僕は答えに悩み、またしばらく沈黙してしまう。

 

 

 どす、どす、どす。車両を牽引するオオトカゲの足音のみが響く。

 

 

 深刻そうに黙り込む僕の様子を見た東錦の表情に、徐々に焦りの色が滲んでゆく。まずいことを聞いたと思っているのだろう。

 

「いや別に言いたくないのであれば無理に言わなくても……」

 

「僕には、姉がいます」

 

 焦りすぎてわたわたしていた東錦が、その鳥みたいな身振り手振りをピタリと止める。驚いているようにも、憐憫を向けているようにも見えるその黒く澄んだ瞳をじっと見つめ、短く息を吐く。

 

 そして、語る。

 

「僕と姉は、この国の辺境のスラムで生まれ育ちました。どこだったか、詳しくは覚えていません。母の顔はもう覚えておらず、当時も長いこと見ていませんでした。僕を育ててくれたのは父と姉ですが、父は酒ばかり飲んで何もしていなかったので、実質育ての親は姉だけです」

 

 東錦は静かに相槌を打ち、続きを促す。

 

「そうしていつしか、父もどこか知らぬ場所へ。姉だけが僕を見捨てず、面倒をみてくれました。彼女は僕のために多額の借金を抱え、結局それを返済できずに身を売り。今はどこかの貴族の下で働いているらしい、です」

 

 自分でも信じられないほど、執着に塗れた聞くに耐えない声が出ていると思う。

 だって姉は、僕の全てだったから。

 

『これ。足りないでしょ』

 

 僕になけなしの硬いパンを分けてくれた時の笑顔。

 

『えへへ、君は本当にかわいいなぁ』

 

 僕の頭を撫でてくれた、柔らかい手つき。

 

『君が大人になれるまで、私も下手に死ねないね』

 

 僕を心配してくれる時に見せる、あの笑顔。

 姉は僕の世界だった。全てだった。唯一の拠り所だった。

 

 理由はなんであれ、それを奪った奴らが憎い。父が憎い、母が憎い、姉を陥れたすべてが憎いと、今でも思う。

 燻る火の粉は燃え盛る激情となり、はやく、はやくと身を焦がす。しかし特別な力もなにも持たない矮小な僕に出来ることの、なんと小さなことだろう。

 何も変えられない自分がどうしても許せなくて、姉の笑顔を思い出すのが辛くて。

 

 幻想に昇華された姉の影は日に日に美しく、肥大化されてゆく。僕の心に頑固な根を張り、その根が鎖のように大事な部分を縛り付ける。

 

「僕はもう、逃げられないんですよ。望むものを手に入れるまで、死ぬまで」

 

 そう、締めくくる。短くつまらない物語であったろうが、聞き手である東錦の表情は深刻だ。

 

「……過去に、縛られているのですか」

 

 その通りだ。

 僕は亡霊。世界に置いてかれている。

 でも、それでも。前に進むことなんて出来やしない。

 僕にとって、姉の存在はそれほど大きい。

 

「アズマさんは、どうなんですか」

 

 ぽつり、溢すように言う。

 それは確認なのか、あるいはちょっとした仕返しなのか。自分でも判別がつかなかった。

 

 

「私も、あなたと同じ━━━━」

 

 

 その時

 ズン、と。

 

 

 爬行車が大きく揺れ、僕と東錦は思わず姿勢を大きく崩す。暗闇のなか、唯一の光源であったランプが無惨にも床に砕け散る。

 

 何が起こった?どうしてこうなった?

 

 どう考えても非常事態だ。軽くパニックになりながらもなんとか立ち上がり、いつの間にか完全に停止している爬行車の外に出る。暗い森中の一本道。暗すぎて周りがよく見えないが、なんとか目を凝らし、慣らし━━━━ついぞそれを見てしまった。

 

 まず僕の目に入ったのは、地面に広がる赤黒い液体。

 血、だ。

 

 ヒュッと掠れた音が鳴る。僕の喉だ。

 心臓がいつもよりうるさく感じる。実際いつもより激しく動いているのか、僕の感覚が警戒心によって極限まで研ぎ澄まされているからか。今はそんなことどうでもいい。

 

 

 まずい、まずい、まずい。

 

 

 車両を牽引していたオオトカゲが仰向けに倒れ伏している。手足はピクピクと痙攣しており、腹にまるで巨大なナイフで引き裂いたような裂傷があって━━そこから、ひものような腸、何かわからない赤黒い臓物、そしてサラサラの鮮血が溢れ出ている。立ちこめるあまりにも濃い血の匂いに立ちくらみを起こしそうになりながら、車両の中にいる東錦に危険を伝えようと踵を返し━━━━

 

 

 

 

「クルルルルル」

 

 

 

 

 聞こえた。はっきりと、聞こえてしまった。

 どうしてここに?なんで、なぜ。

 

 状況にまったく似つかわしくない鈴を転がすような綺麗な鳴き声。真後ろから、手が届くような位置から、それが聞こえてしまった。

 “これはダメだ““逃げろ““今すぐ逃げないと“、そう本能が言っている。

 今の僕にとって、その音色は絶望の音だった。

 

 身体中を驚くほど血が早く巡り、脳がズクズクと痛む。存在しないはずの記憶の濁流、あるいは本能に刻み込まれた圧倒的なトラウマのせいか。おそらく、そのどちらもであろう。

 

「フスーーー……」

 

 ソレの鼻息が髪を撫でる。

 それだけで僕は蛇に睨まれた蛙の如く硬直し、冷や汗が滝のように溢れ出す。振り返れない。見てはいけない。でも、確実に“そこにいる“。

 

 パキ

    パキッ

 

  パキャ

 

 ソレは何かを、咀嚼している。オオトカゲの一部か、さっきは見当たらなかった御者か。硬い骨を砕く音と肉を無理やり引き剥がす音に、生理的な嫌悪感を感じ鳥肌が立つ。

 

 

「ごふッ!?」

 

 

 ぺしっ、ソレにとってはそれだけの動作だったのだろう。はたかれるように鋭い爪のついた手で弾き飛ばされ、僕は道の脇の草むらにべちゃっと倒れ伏した。

 

「はぁっ、はぁっ!」

 

 どくどく、どくどく。

 大切なモノが溢れていく感覚がある。心臓の鼓動に合わせて、それが際限なく溢れ出していく。

 腹に手を添えれば、掌に真っ赤な血がべたりとついた。はたかれた際に腹が裂けたのだろう、痛くて辛くて、荒い呼吸を繰り返す。足も腕も動かない。ただ、無様に倒れていることしかできない。

 

 僕をはたいたソレ……ロウニンフクロウは、興味をなくしたのか倒れ伏す僕を一瞥し、長い尻尾を揺らしながら停止した車両に近づく。

 

 

 やめろ。

 声は出ない。代わりに掠れた空気が喉奥から漏れ出ていく。

 

「モロクさん?どうかしました?」

 

 車両の中から東錦の声が聞こえる。

 出てこないでくれ、頼むから。

 ロウニンフクロウは車両の扉の死角に張り付き、そのおぞましい欲に塗れた目を爛々と輝かせる。

 獲物が自らの身体を差し出すのを、じっくりと待つかのように。

 

「……モロクさん?」

 

 やめろ、やめろ、やめろ。

 

 東錦が車両の外に出てきた、その瞬間。ロウニンフクロウが鉤爪を振り上げ、

 

 ザク、と。

 

 嫌な音と共に東錦は地面に倒れた。喉が的確に切り裂かれ、首はかろうじて繋がっている状態。ごぽりと音を立て口から血泡が吹き出し、それ以降東錦の身体はピクリとも動かなくなった。

 ロウニンフクロウは獲物の死を確認すると、その動かなくなった身体に歯を突き立てる。

 

 やめろ、やめてくれ

 

 腹から血が出過ぎたのだろうか、意識が朦朧としてきている。僕ももう、助からないのだろう。

 

 クチャ、グチャ、パキ

 

 彼女の身体が鋭い牙と爪によって解体されていくのを、僕はただ眺めるしか出来なかった。

 肋骨が剥き出しになり、腕はありえない方向を向き、彼女の身体はいつしか肉屋で見た皮を剥がれ首を落とされたウサギのようになっていく。

 

「ごぽっ、ぐぽ」

 

 やめてくれ、そう言おうとしても、もはや喉からは血泡しか出てこない。

 喰われる彼女を凝視しながら、狡猾な獣への憎しみを心に刻みながら。

 僕の意識はゆっくりとフェードアウトしていく。

 

 

 ━━━━ぜったいに、なにがあっても

 

 

骨と肉の塊にしか見えなくなった“それ“に血と体液だらけの顔を突っ込むロウニンフクロウ。

 

 

 ━━━━君を、助けるから

 

 

 ほとんど目が見えていない。

 だけれど、執念で瞼をかっ開く。

 

 

 ━━━━待っててほしい

 

 

 ごぽり、ごぽ。

 喉に迫り上がってきた血のせいで息ができずとも、血を失いすぎたせいで酷い寒さに襲われようとも、目が見えなくなろうとも。

 

 憎しみと執念、そのふたつだけは絶対に忘れないように。

 僕の意識は、闇に呑まれていった。

 

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