麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った― 作:甲楽わん
満足度1
0. プロローグ
麻美さんは、どうして私と和也さんのことを応援しているんだろう……。
それが、どうしても腑に落ちなかった。
――夏休み明けの頃。
大学のキャンパスで麻美を見かけた。
彼女も私に気づいたらしく、ぱっと顔を明るくして、軽く弾むような足取りで駆け寄ってきた。
「千鶴さーん、ひさしぶり!会いたかったよー。えっと、海で遊んで以来?」
「お久しぶりです、麻美さん。大学の夏休みって長いようで、あっという間でしたね」
「うん、うん。やろうと思ってたこと、全然できなかったよー」
「あはは。私も似たような感じです」
「あっ、ごめん。次の講義、遅刻にうるさくて。超だるい~。じゃあ、またね」
麻美は私に手を振った後、小走りに講義棟の方へ向かっていった。その姿は、私を慕ってくれる普通の同級生に見えた。
初めて会った頃の彼女は、言葉の端々に苛立ちのようなものが滲んでいた。少なくとも私と和也さんの「恋人関係」を歓迎しているようには見えなかった。
けれど、下田の海で再会して以来、ずいぶんと態度が変わった。
それこそ、別人に思えるほど。
そんな引っかかりを胸に残したまま、私は講義室へと足を向けた。
1. かのかりライフ
俺の名前はトオル。社会人2年目の23歳だ。彼女無し、金も無し、これといった才能も無し。それでも楽しく生きている。
なぜって?それは毎週のマガジン更新が楽しみで仕方がないからだ。
今日は更新日。なんと、先週は俺の推しの桜沢墨が150話ぶりに登場したのだ。現実世界ではおよそ3年ぶりだ。
俺は通勤電車に乗るといつものようにアプリを開いた。
さぁ、どんな展開だ!?
スマホをタップし扉絵をめくる。
クルクルと表情を変えながら身振り手振りで意思疎通を図ろうとする墨ちゃん。
……可愛い、可愛すぎて泣ける。
アニメの声が自動再生され、その小動物的な可愛らしさが、俺の心を躍らせて離さない。
あー癒されるぅ。宮島先生ありがとう。
通勤電車の中、俺の意識は車両を突き抜け、大空へと羽ばたいていた。気づけば口元がニヤニヤと気持ち悪く歪んでいる。
あはははっ。あははははっ。
これで数週間は頑張れそうな気がする。
最近、態度の悪い新入社員に一度ブチ切れてやろうかと思っていたが、あはははっ、命拾いしたな、新人くん。
墨の可愛らしさに浄化された俺はもはや悟りの境地。釈迦、仏、もしくはガンジー。暴力反対、暴力反対。「慈悲」と「許し」だけが友達さ。
しかし、次のページをめくった瞬間、俺の脳内ガンジーは非暴力主義を撤回した。
……麻美だ。
「七海麻美」が登場したのだ。かのかりのラスボスである。ハワイアンズでは悪行の限りを尽くし、千鶴姫を窮地に追い込んだ。最近はその毒牙を隠しているが、むしろそれがきな臭い。
せっかくいい気分だったのにすべてが台無しだ。
「もうお前には用はないんだよ!消えてくれ!」
SNSのアプリを開いて、今週の麻美について正論を書き込んでやった。
自分で振っておいてマジ何なの!この女!?
和也もデレデレしてんじゃねー!
#彼女お借りします #かのかり最新話 #麻美ウザイ
電車が駅に着いた。
ホームに降りるなり、俺は階段を駆け下りた。募った感情をぶつけるように段を踏みつける。タンっ、タンっ、と高い音が鳴った。
「ったく、なんで麻美なんか今更!?何がしたいワケ!?」
そう吐き出したとき、スカッと足を踏み外してしまい、空中に投げ出された。
やばっ……。そう思った瞬間、視界がひっくり返る。頭に、鈍い衝撃が走る。
――ほんのちょっとだけ……うんざり
意識が遠のく中、嘲笑の混じった冷たい女の声が響く。
なんだ……?誰かが呼んでいるのか……?助けてくれ……。
その女の声は徐々に薄れ始め、俺の意識も白く沈んでいった……。
いってー……。
確か、俺、階段でひっくり返って……。
打ち付けた頭がジンジンと痛む。
俺はベッドに寝かされていた。ここは病院か、それとも医務室か。
周りを見渡すと、窓辺にはレースのカーテンがふんわりとかかり、陽ざしが差し込んでいた。照らされた学習机。教科書らしい書籍。マグカップ。
へ?俺の部屋?いや、違う。
クリーム色のカーテン、姿見、本棚、インテリア。
どれも俺の部屋にはないものだ。妙に整っていて、全体的に柔らかい。
明らかに「女子の部屋」だった。
なんで?ココどこ?
大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえていることに気がついた。
コイツはいったい?
とりあえず部屋の外の様子を窺おうと思い、立ち上がる。
ところが、その途端、俺はものすごい違和感に襲われた――あれ?俺の身体おかしくない?
腕も脚も、妙に細い。力の入れ方が分からない。
「あ゛、あ゛……」
それに気がついて絶句した。
アレがついてねー!
物心ついた頃からの相棒が、跡形もない。触ってみても平たい感覚があるだけで、あるべきものがなくなっている。
何だこの胸は!?
代わりに、あるはずのない膨らみがある。小さいが、確かにある
ぬいぐるみの積まれたベッド、マグカップ、PC……。
どれも、どこかで見たことがある。
まさか……?
鏡の前に立つ。
大きな瞳。整いすぎた顔立ち。明るい茶髪のゆるふわボブ。それが華奢な体の上に乗っかっている。
んな、アホなー!?
机の上に財布が置かれているのに気づき、その中から学生証を取り出した。
練馬大学。七海麻美。
確定だ。俺は「七海麻美」に転生していた。
「うわっ。マジないわー」
ベッドに突っ伏すと、顔を押し付けた枕から甘い女の子の匂いがする。
最悪。俺の全身から「麻美臭」がしてるわ。
マジ、人生終わった。なんで、よりによって七海麻美なんだ……。
見た目が良いだけの性悪女。可愛い子ぶって男を誑かし、のうのうと生きてやがる。一番嫌いなタイプ。そんな女の器に俺の清らかな魂が収まってしまったと考えるだけで、虫唾が走る。
「クソ女に転生するなんて、いったい何の罰だっていうんだよ……。くっそー」
怒りに任せてクマのぬいぐるみの首を絞めつける。ぐぬぬぬぬ!ぐぬぬぬぬ!
しかし、次の瞬間、俺はその手を緩めた。
いや、待てよ……。
ここはかのかりの世界で、七海麻美の身体に乗り移ったわけだろ……?ってことは、墨ちゃんに会えるじゃん!?千鶴姫とデートしたり!?瑠夏ちゃんとお風呂入ったり!?
なんという奇跡!
ヒロインたちと仲良くなるなら、むしろこの女の身体の方が便利じゃねーか!?くくくく。笑いが止まらないぞ!
これまで女の子には一切相手にされず、クラスの片隅で、細々と生きてきたのだ。やっとの思いで就職した今の会社だってロクな奴がいねーし。給料は安いし。自宅は雨漏りするし。近所に変なオッサン住んでるし。実家の犬にもションベンかけられるし。俺の人生、たかが知れてる。
かのかりライフ!満喫してやろうじゃねーか!
「うおおおおおおおおお!」
諸手を挙げると、掴んでいたぬいぐるみが宙を舞った。そのまま両腕をぐるりと回し豪快なガッツポーズ!
ここから新たな人生がはじまるのだ。ぶははははっ!
「姉さん、うっせー。静かにしろよ」
突然開いた扉に目をやると、高校生くらいの男が立っていた。
「へ?」
驚いて拳を握り締めたままの俺は、うんこを踏ん張るポーズ。
「姉さん、きもっ」
こうして俺の、七海麻美転生ライフは始まった。