麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った― 作:甲楽わん
満足度10
俺は死んだのか…?それとも元居た世界に戻れたのか…?
ぼんやりとていた意識が徐々に輪郭を持ち始め、俺は目を覚ました。
蛍光灯の眩しさに目を細める。
真っ白な天井がやけに近い。
体を起こそうとして、できないことに気づく。背中が沈み込む、硬めのベッド。
喉が痛い。胸の奥が、まだうまく息を思い出せていない感じがする。
「……気がつきましたか?」
横から声がして、視線を動かすと、淡い色の制服の女性が立っていた。看護師だ。
「ここ、どこか分かります?」
「……びょう、いん……?」
自分の声が、やけにかすれて聞こえた。
「はい、病院です。海で溺れて、一時的に酸素が足りない状態でした。今は落ち着いてますけど、今日は安静にしてくださいね」
海、溺れた、という言葉が頭の中でゆっくり繋がる。
海で溺れた後、和也に助けられ、声を張り上げて千鶴を説得した。
――そこまで思い出したところで、急に現実が割り込んできた。
「何をやってるんだ!」
低く、苛立ちを隠そうともしない声。視線を向けると、病室の入り口の前に麻美の父親が立っていた。
ベッドの前まで来て、俺を見下ろす。
「遊びに行って、転落?しかも海上保安庁だの救急車だの……どれだけ周りに迷惑をかければ気が済むんだ」
「お父さま、患者さんは――」
看護師が一歩前に出るが、父は短く言い捨てる。
「家族ですから」
次の瞬間、乾いた音がした。頬に衝撃が走り、視界が揺れる。何が起きたのか理解する前に、じんと熱が広がった。
「分かっているのか。白馬家との話にも傷がつく」
心配の言葉は一切ない。ただ、損得と体裁だけ。
正直、こんなやつが人の親を名乗っているなんて冗談にもほどがある。
俺は何も言わなかった。
言い返す価値すらない。コイツの為に時間を割いているだけ無駄だ。人生にそんな暇はない。
――次に目を覚ましたのは、翌日の昼だった。
昼過ぎになって、「こんにちはー」と扉が開いた。
意外にも、病室に顔を出したのは栗林だった。
「麻美ちゃん、大丈夫か?フェリーから落ちたらしいじゃん?ニュースでやってた」
続いて、「よっ、麻美ちゃん」と木部が顔を出す。
後に付いてテニサー仲間も見舞いに来たらしい。ベッドの周りが急に狭く感じる。
しばらくして、また扉が開いた。和也と千鶴だった。二人並んで立つ姿を見て、胸の奥がしくりと疼く。
結局、二人は別れてしまったんだろうか。元に戻せなかったとしたら、ますます俺の知らない世界になってしまう。
和也が照れたように頭をかきながら言った。
「えっと…俺たちもう少し、付き合ってみることにしました」
「え?何々?二人とも破局寸前だったの!?」
「何それ、初耳なんだけど!」
事情を知らないテニサー仲間が一斉にざわついた。
その中で、笹パイが大げさに笑った。
「いやー、でもさ。麻美ちゃんが助かったのも、和也が必死で助けたからだろ?めっちゃニュースになってたしwww。そっか。千鶴さん、それ見て惚れ直したとか?」
「えっ、ええ、まあ…」
「大当りー!」
和也ははにかんで、千鶴もにこやかな笑顔を見せる。
その様子を見て、ようやく俺は肩の力が抜けた。目頭が熱くなり、「…良かった」と言って大きく息をついた。
そういえばと思い、俺はスマホを取り出し、ダイアモンドのHPを開く。
【お知らせ】
先日掲載いたしました桜沢墨に関するご案内につきまして、正しくは「退所」ではなく、スケジュール調整を目的とした一時的な活動休止でございました。11月15日以降、順次ご予約受付を再開いたします。訂正してお詫び申し上げます。
おおおおおおおお!墨ちゃんが返ってきた。
なにもかも完璧だ。
目からボロボロと溢れ出したそれを、手の甲で払いのけるが、次々に頬を伝い零れ落ちていく。喉の奥が詰まり、息を吸うと少しだけ震えた。
歪んだと思った物語は、ちゃんと”あるべき姿”に戻っていたのだ。ここからまた「彼女、お借りします」が始まるのだ。
「麻美…?どうしたの?」
「え?泣いてんじゃん?どっすた?」
「ごめん、目にゴミが入っちゃったみたい。大丈夫」
話をはぐらかしながら、俺は心から安堵していた。
皆で一時間ほど談笑し、お開きとなった。皆が連れ立って病室を後にする。
先ほどまでの賑やかさが消え、途端にベッド周りが広く感じられた。
と思うと、また病室の扉が開く音がした。目線を上げると、入り口の前で木部が立っている。
「麻美ちゃん、ちょっと良いか」
何か忘れたのか、病室に戻ってきたようだった。
察しのついた俺は先に口を開いた。借りている金のことだろう。
「木部ちゃん、ごめんね。退院する頃にはバイト代入るから」
「ああ、了解」
木部はそう答えた後、しばし考えた様子で視線を上げた。
ん?と思って聞き返そうか迷っているうちに、木部が口を開く。
「でも……本当に麻美ちゃんはこれで良いのかよ…?」
「これでいいって…何が?」
木部の普段とは違う様子に嫌な予感がした。
「いや…なんで和ちんと別れたのかなと思って――」
胸の奥がざわつく。
俺は咄嗟に「飽きたから」と答えるのだが。
「そんなはずねーだろ」
と木部は笑いながら俺をあしらった。
「なんで?なんでー?ひどいよ、木部ちゃん。あたし嘘ついてないよー」と言って誤魔化そうとする俺を、それでも木部は無言で見つめてくる。
「和ちんのこと、あんなふうに言うとは思ってなかったから。気になってさ」
言葉に詰まる。
千鶴を説得するために、カッコいいだの、成長するだの、いろいろ言ってしまった気がする。
まさか、かのかりの世界を元に戻すためだなんて答えられるわけがない。
「前にも話したかもしれないけど。うち、実は親が厳しくて、あんまり遊んでると叱られちゃってー。そんなところ?」
そこまで話したところで、木部が踵を返した。
「そっか。これ以上事情は聞かねー。また金に困ったら声かけてくれや」
納得したのか、していないのか、それだけ言って木部は病室を出て行った。
やばっ。まさか、俺の正体ばれてないよな…。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。甲楽わんです。
宮島さんが主宰するかのかりオープンチャットでは、定期的に妄想大会なるイベントがありまして。ネタに困っていたところ、うちの妻が「麻美ちゃんに転生する話で良いんじゃね?」と言ったのが事の始まりです。いわゆる「悪役令嬢転生もの」です。
書いていておもしろくなってきたので、こちらのサイトでも公開させていただきました。感想などあればよろしくお願いします。
ここで物語は終わりではありません。まだプロットは半ば。回収できていない伏線も。ただ公開分はここまでということで、ご承知ください。