麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った― 作:甲楽わん
満足度2
2. トオル下田の海へ行く
七海麻美に転生してしまった俺は、いま下田の海へと向かっている。
なぜって?それは千鶴姫の水着姿を拝むために決まっているだろ!?
どーだ!原作知識を使えば、愛しのヒロインたちがどこにいるのかも丸わかり!
麻美の手帳を開いてみれば、今日から麻美の所属するテニサー仲間で下田の海へ一泊二日の旅行に行くことになっているではないか。
下田の浜辺で輝く、グラマラスボディーの千鶴姫……!
なんてこった!?このチャンスを逃すわけにはいかない!
そう意気込んで、俺は待ち合わせとなっている大学へ向かい、麻美の友人と思われる人たちと車に乗り込んだところだった。
車が動き始めると、さっそくテニサー陽キャ集団の女子どもは、ピーチクパーチクと女子トークに花を咲かせる。
どうして女子どもはこう「おしゃべり」というものが好きなのだろう。心底分からぬものだ。
下田までは三時間。トイレ休憩以外やることはない。俺は頭をもたげ目を閉じることにした。
「麻美、そのワンピどこの?夏コーデ可愛くない?」
「どわっ?」
うとうとしかけたところで、友人の声に飛び起きる。
「どこ?教えてー」
俺の顔面が引きつる。
夏コーデとか言われても分からん……。
今朝だって、クローゼットの前で5分固まった。ワンピ、ブラウス、スカート、何が正解なのかさっぱり分からない。最終的に「上下を考えなくていい」という理由だけでワンピを選んだ。
俺のファッション理論を披露するわけにもいかず、えっと、えっと、と言い淀む。お口をパクパク、金魚の形相でフリーズ。
とにかく、何か答えないと!?オシャレなところ!どこだ!?
「……パ、パ、パルコの特価で。あははは」
「パルコ?麻美にしては珍しくない?」
「え?」
友人たちは眉を寄せ、訝しげに俺を見た。
まずい。不正解っぽい。
麻美が行きそうな店……どこだ?女子大生っぽいやつ、女子大生っぽいやつ……!
「あ、いや!パルコじゃなくて……無印だったかな?あの、ほら!おしゃれな感じの……!」
「くくくっ。無印とか、麻美、絶対行かなくない!?」
周りの友人たちが吹き出し、車内にけらけらと笑いが立ち始めた。
まずい!まずいぞ俺!
「違う!えっと、その……ヨーカドー!……だったような……?」
「ヨーカドー!? 無理あるって!麻美がヨーカドーで服買ってたらニュースだよwww」
「いや、でも……ほら、ユニクロとか!しまむらとか!青山とかも割といいよ!」
「オッサンか!麻美のイメージどこ行った!!www」
友人たちは腹を抱えて声を上げ、車内が熱気で満たされる。
「ヒヒヒーーーッ!ぐるじいwww」
「マジ、麻美どうしたの!?今日めっちゃ変だよ!?」
「なんでそんな必死なのよ!?www」
もはや阿鼻叫喚。「変だよ」「ぐるじい」「オッサンか」のツッコミの嵐。
くそー!俺の脳内ファッションマップは、青山、ユニクロ、ヨーカドーで全域なんだよ!?
「ち、違うし!私は……私の……経済観念を……その……再発見……?」
「経済観念!?」
「麻美、節約にでも目覚めたの!?」
「ヒーッぐるじいーwww」
ぐおおおおお!!もう黙りてー!!
その後俺は冗談だと言ってお茶を濁し、何とかこの女子トークを切り抜けたのだが……。
もう俺は何もしゃべらん!そう誓うのだった。
昼下がりの下田の海は、まるで夏そのものが暴れ回っているみたいだった。砂浜には色とりどりのパラソルが咲き乱れ、海水浴客の笑い声や跳ねる子どもたちの叫び声が入り混じって、ひどく眩しい「青春の音」がしていた。
さすがリア充たちの巣窟である。
「ぐへへへ。千鶴姫の水着姿が楽しみすぎるぜ」
さっそくビーサンに履き替え、浜辺に足を踏み入れた。
更衣室が設置されていると思われる建物から、男子の集団が姿を現し、わらわらと浜辺へと駆け出てきた。
頭一つ抜けた、やせ型の茶髪の姿が確認できる。あれがかのかりの主人公、和也だろう。
千鶴もその傍にいると思ったが、どうやら一緒ではないようだ。別行動なのだろうか。
よしっ。千鶴姫の水着姿を拝みに行こうではないか!?
浜辺の周りを歩き回りその姿を探してみた。大勢の中であっても、その姿はひときわ目立つはずだ。
しかし、黒髪ロングの超絶美少女は一向に姿を見せず、浜辺を照りつける太陽の下、俺の額に汗が浮かぶだけだった。
マジどこっ?千鶴姫は?
浜辺でアホそうな面をしている和也を見つけ、俺は駆け寄った。
髪を染めて眉を整え「大学デビューしました感」が見えるコイツの顔面偏差値は普通レベル。
俺と何が違うんだ。こんな顔で女の子からモテるなんて、主人公補正が過ぎる。
「和也……あー違った。和くん」
「麻美ちゃん、どう?楽しんでる?水着は?泳がないの?」
「え?あ、今日は……見学?」
ゾクゾクっと背筋に虫唾が走る。
げっ!
男の俺が女物の水着なんぞ、着られるわけねーだろ!ワンピで限界だっつーの!
話が広がる前に適当に誤魔化し、俺は千鶴の居場所を聞き出すことにした。
「えっと……千鶴さん、どこにいる?」
「千鶴は今日来てないけど……」
「は?そんなことないよね?」
「千鶴は、バイトがあるみたいで……あはは」
はぁ!?何で?今日来ているはずでは?
おかしい。俺の脳内メモリーには間違いなくこの下田の海でビキニ姿になった千鶴が刻まれているのだ。
「和くん、まさか千鶴姫のこと隠してないよね?」
「姫?隠す?どこに?」
「ポケットの中とか!足の裏とか!」
「うあっ。麻美ちゃん、ポケットに手突っ込まないで!?」
俺は和也の背中側に回り込み、ぐるりと確認する。
だが、やはり愛しのビーナスの姿は見当たらない。
くそー!これじゃただの無駄足じゃねーか!
へらへら笑っている和也が心底ムカついてきたので、さっさと雑談を終わらせ、ひとり暇を潰すことにした。
ったく、つまんねー。飲まなきゃ、やってられるか。
もはや、やけくそ。
売店でビールと酎ハイ、つまみを買い込み、パラソルの下に陣取った。
早速ポテチとあたり目の袋を開け、それを頬張る。咀嚼して口の中にうま味と塩気が広がったところで、そこにビールを流し込むと、太陽で火照った体に良く冷えたそれが染みわたり、くーっと心地よい声が漏れた。
「ウマ乙女でもやるか」
ベンチの上にあぐらをかいて座り込むと、手のひらに乗せたスマホをポチポチとタップする。転生前は毎日ログインするくらいハマっていたソシャゲだ。
ピロリン♪パワー+18 スピード+12。友情トレきたあああああ!!
くぅ……可愛い……!これだからウマ乙女はやめらんねー!
その最中、ふとパラソルの隙間から既視感のある女の子の姿が目に入った。
俺の手が止まる。
遠くてはっきりとしないが、その姿は確かに見たことがある気がする。
ポロシャツに短パン、三つ編みの黒髪。太陽光に反射した黒縁眼鏡。
「地味」。その一言で片付けられるほど飾りっ気がない。
その女の子は遠慮深そうに他の子たちの後ろに付き、和也たちの集団に合流していく。
俺はまさかと思い、飲みかけのビール缶をベンチに置いた。
その子のもとへ駆け寄る。その姿が大きくなるにつれ、予感が「確信」に変わっていく。
千鶴姫……?
まるで「地味」という鎧を纏った天使がそこにいたのだ。
なんだよ、和也の奴。嘘つきやがったな。いるじゃねーかよ。
「千鶴姫!!!!会いたかったよ!!!」
諸手を挙げて飛びつくと、千鶴は肩をすくめて身構えた。
「ど、ど、どなたですか…?」
「俺は……いや、私、麻美。覚えてない?」
「よく分かりません…」
戸惑う千鶴に、俺の口も止まってしまう。
なぜだ?俺は七海麻美で面識があるはずだが……?
「麻美、一ノ瀬さんと知り合いなの?」
「麻美ちゃん、顔広いねー。仲いいの?」
「世間狭っ!何繋がり?」
周りの友人たちは千鶴と初対面らしく、俺は首をひねる。
「え?俺、千鶴姫と『お知り合い』じゃねーの?俺、七海麻美だよね?」
思わずそう呟くと、俺の周りの皆がぽかんと口を開いて、ハテナマークがその頭上を漂い始めた。
「え?みんな知ってるよね?千鶴さんだよ!?だって和也の……」
そう説明すると木部は理解したのか、千鶴に歩み寄った。
「『ちづる』って……。確かにあんた……」
鋭い目つきで覗き込んだ木部の視線に押され、千鶴は眉を寄せて後ずさる。
「池崎千鶴に似てるかもな。幸薄そう」
周りからもヒドーイとツッコミの声が上がる。
どうした木部……?なんで目の前の千鶴姫に気づかないんだ……?
「麻美ちゃん!ちょっといい!?一緒に飲み物でも買いに行こっ?」
凍り付いた顔で俺の前に飛び出したのは、和也だった。理由を説明することもなく、俺の腕を掴んで進んでいった。
「和也、急に何だよ…?」
「とにかく、人のいない所で話そうっ」
和也は俺を少し離れた建物の裏まで連れてくると、口をわなわなと震わせ酷く焦った様子で懇願してきた。
「いつ、どこで、俺の『彼女』だって気づいたの……?頼む!一ノ瀬さんが俺の彼女だってことは秘密にしてくれないかな?」
「え?どういうこと?」
「その、いろいろあって、千鶴が練大生だって知られるのは困るつーか。地味を装っているのも、そのためなんだ!」
地味を装っている…。アレ?まさか俺、なんか忘れてる?
「麻美さん、私からも、お願いします」
和也の背後から、眼鏡に三つ編み姿の千鶴が顔を出した。
「水原、追いかけてきたの?」
「当然でしょ?放っておけないもの」
「つーか、水原、何でいるの?」
「こっちのセリフよ。あなたこそ何でいるのよ」
二人の様子を見て、俺は首をひねる。
「あれ?二人とも下田の海でデートしてるんじゃ?」
「いいえ。今日は本当に偶然会っただけで」
「うん。ホントにたまたま」
二人が真顔で答える。あまり嘘だとは思えない。
あれ?あれれれ?おっかしーなー?
質素なポロシャツと短パン姿の千鶴は、身体の前で手を重ね、深々と頭を下げた。
「先ほどは、知らないふりをして申し訳ありませんでした。和也さんとお付き合いしていることは周囲に知られたくなくて、学内ではこの格好で生活しているんです」
俺は思わず、ポンと両手を合わせた。
「一ノ瀬モード」。すっかり忘れていた。大学での千鶴は、レンカノと女優の件を隠していること――。
地味モードの千鶴姫がおっぱいを隠しきれてないのが良くなかったんだな。うん。間違いない。
「頼む!麻美ちゃん、水原と一ノ瀬さんが同じ人だってこと、ここだけの秘密にしてほしい!」
「お願いします」
その勢いに後ずさりする。
千鶴にお願いされれば、当然協力するに決まっている。そもそも俺には千鶴の正体を皆にバラすメリットなど全くないのだ。
――ただ、そんなことよりも俺には叶えたい夢があった。
「千鶴さんの水着姿見せてくれたら考えてもいい!!!」
「はぁ!?」
千鶴と和也はそろって驚きの声を上げた。
「えっと。いや。だって、ほら、せっかく海に来たのにもったいないじゃん?水着ではしゃいじゃおーよ!」
顔を見合わせた二人を見て、俺はもう一押しする。
「和くんが彼女を呼んだってことにすればいいしっ。千鶴さんは、普段通り和くんの彼女として、この海を楽しめばいい。ね?いいでしょ?」
「まぁ、今から彼女が現れたってことで、筋は通るわね」
「水原、マジ、ごめん」
二人は一言二言相談した後、
「麻美さん、本当に秘密にしていただけますか?」
「もち!もち!」
千鶴が頷く。
「では、そうします」
「ホント!?めっちゃ楽しみ!」
うおおおおおおおお!作戦成功!
念願の千鶴姫(水着ver.)の確約を取った俺は、渾身のガッツポーズを決めるのであった。