麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った― 作:甲楽わん
満足度4
4. ゴルキュア
大きくて黒目がちな瞳、優し気な太眉、編み込みの入ったロングヘアー、そして不器用な笑顔。
―――俺の理想の彼女、桜沢墨。
かわいいー。可愛い過ぎるー。なでなでしたいー。
レンカノ事務所ダイアモンドのHPにその姿を見つけた俺は、あまりの嬉しさに部屋のベッドの上でのたうち回った。
予約ボタンさえポチポチっと押せば、愛しの理想の彼女に会えるのだ。
さて、どんなデートにしようか。スケートでパンチら狙いもアリだが、ボーリングがど下手な墨ちゃんも捨てがたい。あるいは、ボルダリングで一緒にストレッチするとか。
いや、制服か!?最初からそれ行っちゃう?
などと期待は膨らむばかりだ。
いや、待てよ…?そういえば…
俺はそれを思い出し、SNSアプリを開いた。そして、ゴールドキュアキュア公式アカウントにたどり着いた。
**お知らせ**
「ゴールドキュアキュア スペシャル変身フェス」開催決定!
♡キュアアサインのリアル変身フォトブース
♡新作ミニライブ&キャラソン披露
♡闇を浄化する“光の応援ダンス”体験
♡限定グッズの先行販売
輝きは、あなたの中に—— #ゴールドキュアキュア #ゴルキュア #キュアアサイン
ゴルキュアのイベントがあったじゃねーか!こ、これだ!
説明しよう。ゴールドキュアキュア(ゴルキュア)とは、子供向けアニメであるキュアキュアシリーズの作品で、タブーとされた資本主義(すなわちお金)をテーマとした異色作である!表面上は善悪の明瞭な分かりやすいストーリーが提供されるが、その裏では複数の伏線と暗示がちりばめられ、キャラクターの見えない葛藤が交差する大人向けガチアニメなのである!
ゴルキュアファンの中には、いわゆる「ゴルキュア考察勢」と呼ばれる集団が存在し、YouTube上では多数の解説・考察動画がアップロードされているのだ。
詳しく知りたい方は「彼女、人見知ります」満足度18、19を見てくれ!
なんと今回のイベントでは、「キュアアサインのリアル変身フォトブース」なるものが設置され、予約をすれば誰でもキュアアサインのコスプレ&写真撮影を楽しめるらしい。
見たい!墨ちゃんのキュアアサイン・コスが見たい!
キュアアサインと言えば、当初からゴルキュアたちと対立し、「嫌われ役」として描かれてきた。だがしかし、先週公開された新作映画「煌めけ! 満天のフルキャッシュ スターパレード!!」で、はじめてその過去が明らかになり、これまでの伏線を回収しながら見事に光落ちした、今最も熱いゴルキュアだぞ♡
絶対に見逃せない!ゴルキュアのガチ勢の墨ちゃんも絶対楽しいはず!
早速予約ページに飛ぶ。
さすが人気アニメだ。予約が始まって数時間だと言うのに、既に枠は尽きかけており三角マークばかり。
墨の予約可能日と照らし合わせながら、取れそうな日時を選択し、ポチる。
なんとか八月五日の午後17時からの枠を確保し、ふうと安堵の息が漏れた。
その流れで、ダイアモンドの方も予約し、デートプランを書き込んで、完了。
支払いは全て七海麻美のクレジットカード。裕福な家庭で育つコイツの身体は何をするにも都合が良い。
あとは、3週間後の八月五日を待つのみである。
あー、なんと楽しみなんだ。墨の予約ページを見ながら、俺のニヤニヤは止まらない。
妄想にふけっている俺を現実に引き戻すようにスマホに通知が届いた。
《麻美、テスト、ヤバくない?》
そういえば、下田の海から帰ってきたところで丁度大学は考査期間に入ったところだ。特にドイツ語基礎は教授が厳しいせいで異常に難しいとか周りが言っていたような。
《テスト?どの講義?》
《ドイツ語基礎(必修)。超ヤバい》
《いつだっけ?私はまだ何も手を付けてない》
《あと三日だべ。麻美は余裕そうだね》
《というかほぼ諦めてる》
《マジ?こちら8/5日、彼氏とデート予定。追試は絶対回避》
8/5!?ちょっと待て、八月五日と言えば、先ほどキュアキュアイベント&墨ちゃんレンタルの予約を入れたばかりではないか。
ドイツ語とか無理過ぎる。追試は必至だ。
焦るな、問題は追試の開始時刻だ。
《追試って何時から?》
《17時から。スケジュール持ってない?》
くっそ!なんで被っているんだよ!
いや、落ち着け。いわゆる「必修科目」ってものには、たいてい補講制度というものがあって、それを受ければギリギリ単位がもらえることになっているのだ。
大丈夫、追試をサボって、補講を受ければOK、OK。
《私は、補講受ける覚悟》
《え?マジ?》
《うん、マジマジ》
《麻美、地獄の補講を知らない…?》
地獄の補講と聞いて嫌な予感がした。
《何それ?》
《以前あまりにやる気がない学生に”モウロ将軍”がブチ切れたらしくて。夏休み中ずっとゼミに通わせて、課題提出させたらしい。絶対見せしめだよね笑。麻美、このままだとモウロ将軍のせいで夏休み潰れるよ》
モウロ将軍というのは、ドイツ語の教授のあだ名である。理由は禿でデブで高慢な様が天空の城ラピュタに登場する軍人(CV永井一郎)にそっくりだからである。
《そうなんだ、頑張る》
そうは返したものの、これはマズい事になった。
改めてゴルキュアイベントの空き枠を確認した。まだ変更できるかもしれないと思ったが、予約画面を確認すると空き枠はもうすべて埋まってしまっていて、今更予定変更は叶わなくなっていた。
なんでだよー!なんで、追試が被ってるんだよ涙
このままでは八月五日の追試は必至。となれば、墨とのデートか追試のどちらかを選ばなくてはいけない。もしくは地獄の補習で夏休みを失うか、最悪留年するかである。
ぐおおおおお!俺はどうしたら…!?
まぁ、いっか。所詮七海麻美の身体なのだ。留年したって構わない。墨とのデートが最優先。俺はかのかりライフを楽しむために麻美に転生したんだからさ。
そのとき、俺のスマホに新しいメッセージが届いた。墨からだった。
《トオルさん、はじめまして。ダイアモンドの桜沢墨です。トオルさんもゴルキュアお好きなんですね!私も大好きです。お誘いいただいて本当にありがとうございます。とっても楽しみです!》
墨ちゃん…。それを見たとき、自分でもよく分からないほどの熱量を持ってやる気が沸き上がってきた。
バカ言ってんじゃねーぞ、俺!墨ちゃんだって、アイドルになるために日々頑張ってるじゃねーか!今もこんなに丁寧にメッセージくれて!
追試サボってレンタルしちゃいましたー笑、なんてカッコ悪いこと言えるか!?
やってやる!やってやるぞ!必ず追試を回避し、晴れて初デートをするぞ!見ててくれ、墨ちゃん!俺の勇姿を!
ドイツ語基礎の試験勉強をやると決めた俺は、机に向かった。教科書を開いて、テスト範囲を確認する。
所詮、大学から始める初級ドイツ語だ。3日間本気で勉強すれば、なんとかなるだろう!要は気合いだ!
「全然分からん…」
理解不能なアルファベットの並びを見て、俺はいったん教科書を閉じる事にした。
とりあえず明日から考えよう。
「ねぇ、ねぇ。佐藤君って、すごく優秀なんだって?ドイツへ留学した経験もあるんだって?」
「一応、母親がドイツ出身だから、日常会話くらいは問題なく」
「すごいねー。私、ドイツ語基礎超ヤバくてー。教えてくれない?♡」
自分で言っていて気持ちが悪い。クッソ!なんで俺があの性悪女の真似をしなくてはいけないのだ!
内心では不快感MAXだったのだが、ドイツ語基礎を攻略するために手段は選んでいられない。というわけで、ドイツ人の母親を持つという佐藤にドイツ語を教えてもらう作戦に出たわけだ。こうやって麻美よろしくかわい子ぶれば、成功率は多少上がるはずだ。
佐藤は堀の深いハーフ顔で高身長。清潔感のある服装で、男にしては妙に肌艶が良い。
今どきの”スキンケアとかしている系”のイケメンだ。
帰国子女、高身長、爽やかイケメン、コイツいったいどんなスペックしてやがるんだ!?くそー!女をとっかえひっかえヤリまくってるに決まってる!
俺は頬の筋肉を全力で引き上げ、笑顔を作って見せた。
食らえ!このチャラ男が!?クソ女のあざとスマイル!
「もちろん」
「やったー。佐藤くんって優しいんだね♡」
「了解。じゃ、また後でね」
「マジ、助かる~」
努力の甲斐があり、佐藤は二つ返事で了承してくれた。にこりと爽やかな風を吹き込み佐藤は学生たちの交差する中庭へと消えていく。
うぁー。イケメンとは一生仲良くなれる気がしねー。
俺はあざと可愛い麻美モードを解いて、息をついた。
「七海さん、よろしくね」
「よろしく~」
17時きっかり。佐藤はキャンパス近くの指定したカフェに来てくれた。
テーブルに佐藤と向かい合って席に着く。
「さぁ、始めようか。どこが分からないの?」
「…全部」
「ぜ、全部?」
正直に打ち明けると佐藤が驚いたような顔を見せる。
くそーっ。流石に全部分からないなんて、バカにもほどがある。これは引かれたかもしれない。
「そっか、そっか、じゃあ最初からやって行こうか」
「え?う、うん。よろしく」
しかし佐藤は文句も言わず、にこにこと笑っている。
「じゃあ、まず 'sein' の現在形。『~である』って意味ね。ich binは『私は~です』。du bistは『君は~です』。er/sie/es istは『彼/彼女/それは~です』。この形を覚えようね」
呪文過ぎる…。なぜドイツ人はこんな複雑な言語を使っているのか。
「ごめん…。もう一回教えて」
それでも佐藤は楽し気に口元を緩め、活用表を指でなぞりながら説明してくれた。
なるほど。英語で言うところのI am/You are/she isみたいなものか。分かってきたような気がする。
「じゃ、簡単に自己紹介してみようか」
「ich bin トオル…」
「誰?トオルって笑」
「ごめーん。ich bin マミだね笑」
佐藤はその後、男性名詞と女性名詞、中性名詞を色分けしてくれたり、数字の読み方を教えてくれたりした。どうやらリスニングもテストに出るらしい。
…ぐぬぬぬ。分かりやすいじゃねーか。コイツ中身ペラペラじゃなかったのかよ…?
佐藤の教え方がうまいか否かは置いておいて、とりあえず追試回避の未来が見えてきた気がする。
「佐藤くん、マジでありがとう。あとは自分で頑張ってみる」
「うん。一通り教えたから。また何か分からないことがあったら聞いてね」
「ごめんね。面倒かけて」
「全然!気にしないで」
佐藤が立ち上がって、テーブルの上にコーヒー代を置いた。
見ると千円札。佐藤のコーヒー代にしては大きすぎる。
「えっと、お返しはいくらかな…」
そう言って自分の分のコーヒー代を返そうとするのだが、
「良いって!ここは俺に持たせて。俺、楽しかったし」
佐藤は首を横に振った。
え?さすがに個別で支払うのが普通じゃね?なんなら俺が支払う方があり得る。
しかし、佐藤はニコニコと笑ったままで、そのまま店を出ていてしまった。
「Tschüss, Nanami-san」
「チュース…」
奴の姿が日の落ちた通りへと消えていく。
俺の手元にはコーヒー代が握られたままだ。
バカなのでは…?
カフェの店内には入れ替わりで居場所を求めた学生たちが入ってくる。そろそろ込み合う頃だろうか。
俺はカフェを出て、勉強の場所を自宅へと移した。
出されていた夕飯をさっさと済ませると、俺はまた机に向かう。
「eins(アインス)…zwei(ツヴァイ)…drei(ドライ)…vier(フィーア)……fünf(フュンフ)……ん、ふゅ、ふゅんふ!? 言いづれー!!」
時計が23時に差し掛かる頃、ふぅと大きなため息が出た。そろそろ寝ようかと思ったとき、スマホがぶるっと震え、佐藤からメッセージがある。
《今日は楽しかったよ。もしよかったら、今度二人で出かけない?》
まさかの佐藤からデートの誘いである…。
ははは。そういうことか…。どうしてこんなに佐藤が優しいのか、ずっとモテない男として生きてきた俺には想像もつかなかったぜ。
合点。佐藤は七海麻美に”気があった”と言うわけだ。
「だるっ。男になんて興味ねー」
俺は麻美よろしく呟いて顔を歪めた。まためんどくさい奴に好意を持たれたものだ。
「彼女、人見知ります」に登場する架空アニメ「ゴールドキュアキュア」の妄想が勝手に膨らみます。表向きはプリキュア、深層はまどマギ、考察勢はワンピースみたいな作品なのかな。