麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った― 作:甲楽わん
満足度6
6. たからもの
二週間後、テスト結果が公開された。俺は見事ドイツ語基礎の単位を取得した。
きたあああああ!
ついに自力で墨ちゃんとのデートを勝ち取ったのだ。8/5のXデー!俺は最高のデートをする!
というわけで、墨とのオタクトークに備えるべく、ゴルキュアを復習し、考察動画を漁る今日この頃である。
デートプランはこうだ!
① 入口で限定『ゴルキュア金貨メダル』をゲット!
これは絶対外せない。オタクとは限定アイテム弱い生き物なのだ。何よりゴルキュアの金貨は資本主義テーマの象徴アイテム。
それを手に満面の笑みの墨ちゃん……うわ、100%可愛い。
② フォトブースでキュアアサインに変身!
今回の目玉。
等身大ステージセットの前で、墨ちゃんが…!?キュアアサインの衣装で!?変身ポーズを…!?
うおおおおおおお!想像しただけで死ぬ。
そして、墨は少し控えめに、恥ずかしそうにその両手を胸に当て…。
「……ど、どう?」とか言われたら、もう俺は存在ごと昇天するだろ!?
そうだ。そして俺は撮影係なのだ。
ゴルキュア・コスに恥ずかしがる墨ちゃん♡。撮って撮って撮りまくるぞ!
あとでフォトブックにしてもいい。いや、それじゃ物足りない。引き延ばして俺の部屋にどかーんと飾るのだ。
俺はその日を指折り数え、ついに当日を迎えた。
待ち合わせは17時。朝から落ち着かない俺は、ゲームをして適当に時間を潰し、午後になってから出かける準備を始めた。
「よし。今日は絶対かわいく仕上げるぜ!」
七海麻美の身体を手に入れた後しばらくのうちは、”自分を飾ること”には少々抵抗があったのだが、むしろ今はめちゃめちゃ楽しんでいる。
悔しいが、この性悪女の”見た目だけ”は、超絶可愛いのだ。手をかけた分だけしっかり可愛さにコミットしてくれる。周りの女の子もそんな俺に一目置いてくれる。超気持ちいいー。
「今日は…あんまりギャルっぽくなく、でもちゃんと“可愛い”感じで…」
一週間前からこの日に着る服は”コレ”と決めていた。
クローゼットを開くと、夏らしい色が目に飛び込んでくる。薄いレモンイエローのトップス。袖が少しだけふんわりしていて、麻美の明るさを素直に引き立ててくれる。
合わせるのは白のデニムミニスカート。短いけれど清潔感があって、子どもっぽくならない絶妙な丈感だ。
首元には小さなゴールドのネックレス。アクセは控えめに。
着てみると、夏の日差しにも負けない“明るく可愛い”雰囲気がしっかり出ている。
「完璧。墨ちゃん、ゼッテー喜んでくれるわ」
俺は鏡の前に座り、呼吸を整えた。
「よし、勝負所はメイクだな」
下地とファンデで肌を整え、眉はふわっと柔らかめに。
ブラウン系のシャドウで目元に甘さを足し、アイラインは目尻だけ控えめに流す。涙袋に薄くラメを入れれば奥行きのあるパッチリお目めに近づいた。
まつ毛を上げ、マスカラを載せれば、可愛さ100点満点。
ティントを薄く唇にのせれば、あざとさの上限突破。
そして最後は、麻美最大の武器――ゆるふわボブ。
毛先を軽く巻き、表面をほぐして空気感を作る。
その瞬間―――思わず見惚れる。
「……すげぇ。ホントに可愛いなコイツ、ってか俺」
自分で言ってて馬鹿みたいだが、本気でそう思う。
度重なる失敗の黒歴史―――
アイラインは震えて跳ね上がり、
チークは濃くなりすぎ、
前髪はやけに内巻きになる―――
そんな苦悩を何度も積み重ねて、ようやくこの“麻美クオリティ”に辿り着いたのだ!
ありがとう美容系ユーチューバー!ありがとう『正しいメイクの順番シリーズ』!ありがとう各社ビューティーアドバイザー!
俺は白のミニショルダーにスマホとリップを入れて肩にかけ、部屋を出た。
玄関でストラップサンダルに足を通すと留め具をカチッと締める。ゆるふわボブを指で整えて準備万端。ドアノブに手をかけた。
人生最高の瞬間が近づいてきた!
さぁ!墨ちゃんとの初デートへ!Let’s go!
「麻美、どこに行くんだ」
地を這うような野太い声に、俺の足は止まり、背中が凍り付く。
呼び止めたのは麻美の父親だった。
「別に。友達と会うだけ」
それだけ言って玄関のドアノブを押した。
しかし麻美の父親は許さず、腕を掴まれる。
「離せよ!」
振り払おうとするが、麻美の華奢な体では父親との力の差は歴然で、全く切り離せそうにない。
「今晩は白馬さんに会うんだ」
「はぁ?何勝手に決めてんだよ!」
「急に決まったことだ。言う事を聞きなさい」
「っざけんなよ!」
脚を踏ん張り己の腕を力一杯振って抵抗した。
父親と取っ組み合いになる。身体を揺さぶられ、俺の肩が下駄箱に衝突する。
ガシャンと大きな音を立てて花瓶が落下した。
「いい加減にしろ」
バチンと高い音が鳴って、俺は玄関に倒れ込んだ。左頬から耳までが悲鳴を上げるように痛む。
父親が近づき、上から俺を蔑むように見下す。
「まったく。この不良娘が…」
「離せって!」
父親は俺の腕を掴むと、そのまま引きずりながら進んで行く。必死に抵抗するが、そのまま車の後部座席に押し込まれてしまった。
「出せ」
父親が運転手に指示を出すと、バタンとドアが閉じて発車する。
クッソ!何でだよ!めっちゃ楽しみにしてたのに!あんなに頑張ったのに!デートプランも、テストも、メイクの練習も、全部が全部無駄になるじゃねーか!
目の前が滲んでいた。せっかく作ったメイクはもうグチャグチャだろう。
父親はそんな娘の様子を気に掛けることなど一切なく、一文字に口を結んだまま俺の腕を拘束し続けた。
「そろそろ到着だ。その汚い顔を何とかしろ」
車が目的地に着いたときには、もう約束の17時を回っていた。
時刻は17時半。今更いくら頑張っても墨とのデートには間に合わない。イベントももう終わる。
俺は父にごちゃごちゃ言われるのがめんどくさくなり、おとなしく白馬家との会食に出席することにした。
テーブルに着くとすぐに料理が運ばれてきたが、食べる気にはなれなかった。口に運んでみるが、味など到底分からず、ただ少し血の味がした。きっと殴られたとき口の中を切ったのだろう。
「いやぁ七海さん、あなたの娘さんは本当に優秀だ。うちの息子にはもったいないくらいだよ」
「とんでもない。白馬家のご子息とご縁を頂けるなんて、こちらこそ光栄です。まあ、そのうち“うちの子が白峰ホールディングスの社長夫人”なんて話にもなりかねませんね」
「ははは、まったくですなぁ。その時は七海さんにも是非うちの幹部会に顔を出していただかないと。はっはっは」
「こちらこそ。白峰HDと協力体制を組めるのは、七海家としてもありがたい話ですから」
「若い二人には、大人の事情なんて分からんでしょうが…。まあ、結婚とは家と家の未来ですからなぁ」
「ええ。“互いの利益の最大化”になります。それもまた家族の為かと…?」
「はっはっは。まさにその通り」
3時間ほど拘束され、俺が帰宅したのは21時を回ったころだった。
帰宅後、肩を落とし意気消沈する俺を見て麻美の父親が言ったのは、一カ月間のクレジットカード使用禁止だった。今回の懲罰という事らしい。
麻美の部屋に戻ると明かりを付け、扉を閉めて鍵をかけた。
スマホに墨からのメッセージが何通も届いていることに気がつく。
《トオルさん、今日はとても楽しみです!でも、キュアアサインの衣装はたぶん緊張します…!》
《トオルさん、もうすぐ到着です。約束の○○駅✖番出口で待っています》
《トオルさん。到着しました》
《トオルさん。予定していた時刻と過ぎていますが、大丈夫でしょうか。ご連絡お願い致します》
俺はベッドの上のクッションを掴むと、ぶるんと腕を回し、それをぶん投げた。
「あのハゲ、ゼッテーぶん殴ってやる!」
そう叫ぶが、まだ俺の怒りは収まらない。手あたり次第、クッションやらぬいぐるみやらを放り投げる。
「ったく!あのクソ野郎、娘の人生を何だと思ってやがる!」
一通り暴れまわったところで、俺はベッドに突っ伏した。
正直、クレジットカード停止は痛い。しばらく夏休みだからと言って、こんな居心地の悪い家に籠っていては、メンタルがやられてしまう。多少は出かけたい。それに墨をレンタルするのにも資金が必要だ。
ぬくっと立ち上がると麻美の部屋を漁ることにした。俺が転生する前に、”へそくり”的なものを貯めていたかもしれない。
「何かないのか?ブタさん貯金箱とか、茶封筒とか」
机の引き出し、本棚、ベッドの下、クローゼットを順々に探って行った。
クローゼットの上の棚に置かれたバッグを押しのけたとき、その奥に金属製のお菓子箱と思われる入れ物がキラリと光るのが見えた。なかなか怪しいではないか。
手を伸ばしてそれを掴み胸元に引き寄せる。
「さぁ、どうだ?」
蓋に指をかけて力を加えると、パカっと音を立ててそれが外れ、勢い余って中身が飛び出してしまった。
「うぁ、やっちまった」
飛び出したそれがバラバラと床に散らばる。
折り紙のセットに、ビー玉、貝殻、光る石…。それからこれはお菓子のおまけだろうか。ガチャガチャのカプセルも転がっていた。
それら拾い集めている途中、丁寧に正方形に折りたたまれたA4紙を見つけた。広げてみるとその中は、髪の長い女の子たちの落書きだった。筆圧の強めの色鉛筆で描いた、少女漫画っぽい大きな瞳と長いまつ毛。髪やフリルがうまく描けず線が重ねられている。
麻美が描いたのか…?
その落書きの横には幼さの残る文字で『キュアレモネード』と記され、その横にはいるのは『キュアまみ』らしい。
それらを拾い上げ、俺はお菓子箱に戻し終わる。
いったいなんだろう。幼い頃の麻美が集めていたオモチャか?
そう思ったとき、箱の蓋の裏にその”答え”が記されていることに気がついた。
―――たからもの。
それは幼い頃の麻美の『宝箱』だった。
菓子箱を持つ自分の指が少しだけ震えるのが分かった。
おそらく父親に見つからないよう宝物をこの箱に入れ、クローゼットの奥に隠したということだろう。
生まれてからずっと、いつ自分の大切なものが奪われるかと恐怖しながら麻美は生きてきたのだろうか。
俺は七海麻美を舐めていたのかもしれない。
この身体に転生して、何でも手に入れた気分になっていた。
周りからはチヤホヤされ、愛想よくお願いすれば男は皆我先にと手伝ってくれた。実家は裕福で、支払いは全てクレカ。素材も人気もお金も何一つ困らない”ヌルゲー”だと思っていた。しかし実際には、親の都合ですべての努力がパーになるクソゲーだ。
「…なんだよ。ただのガキのガラクタじゃねーか」
そう悪態をついては見たものの、結局俺は蓋を丁寧に閉じ、その”たからもの”を元あった場所に戻してやった。
その晩ベッドに潜り込みながら、転生してから初めて元の世界に戻りたいと思った。ただただ両親が恋しい。
母も父も仕事に忙しく、あんまり俺に構ってくれなかったが、俺が病気になったときは優しかった。学校であった事なんかを話すと毎日ちゃんと聞いてくれた。お小遣いは少なかったけれど、俺のやりたいことにゴチャゴチャ口を挟んだりはしなかった。
そんな”当たり前”が七海家にはないのだ。
確かに麻美の家庭環境は異常だ。それは認めてやる。だが、それが嘘をバラしても許される免罪符になるわけではない。
俺は認めねーぞ!麻美は性悪女に決まってる!
その晩俺は眠れなかった。墨とデートが叶わなかったからではなく、別の理由で――。