麻美アンチの俺が転生したら麻美ちゃんだった件 ―原作通りに進めようとしたら世界が狂った―   作:甲楽わん

7 / 10
麻美アンチ、麻美になる。

満足度7


原作崩壊と彼女① ターニングポイント

1. ターニングポイント

ぐおおおおおおおおお!盛るぜぇ~!超盛るぜぇ~!

注文票はマンゴーパッションフラペチーノ、しかも全部ホイップ多め。

ディスペンサーを握った瞬間、俺の手がリズムを刻みだす。キュッ、くるっ、ぽふっ。軽快な動きでホイップが積み上がり、白い渦がふわっと踊るみたいに盛り上がる。

「七海さん、ノッてるね笑」

先輩に揶揄われるが、もう止まらない。次のカップも、その次も、ぽふっ、ぽふっ、ぽふっ!マンゴーの鮮やかさに負けないホイップタワーがずらりと並び、お客の女子たちから「かわいい!」の声が上がる。

どーだ!これがフラぺの白き召喚士!トオルの実力だぜ!

──俺はスタバでバイトを始めたのだ。

バイト募集の張り紙を見て応募。さすがの顔面偏差値!即採用!

時給もそこそこ。家からも近い。

なぜ俺がバイトを始めたかって?

正直、クレカ停止の件で危機感を感じたのだ。自力で現金を稼がなくては、落ち着いて夏休みもエンジョイできない。

とにかく女子はお金がかかるのだ。

まず化粧品だ。

デパコス?あれは破産への道だ。ドラコス一択!

※ドラコスとはドラッグストアで購入できるお手頃価格のコスメだぞ。一方デパコスはデパートで購入できるブランドコスメで、価格が一桁違うぞ。

高いのをちびちび使うより、安くても惜しまず使う。これが正解。

大容量化粧水を手に取って、びしゃびしゃに叩き込む。肌は値段じゃなくて量に反応する。

爪は短く整えて、透明か薄ピンクを一度塗り。

サロン? 無理無理!

服は手持ちで我慢。買うなら、白、ベージュ、淡色系。

組み合わせに悩まないカラーで、「失敗しない服」を無難に着こなすぜ!

―――コスパ。それが“可愛い私”を維持する最善手。

必要経費を最小限に抑え、なんとしても墨とのデート費用を捻出したい。

そういう意味で、バイト生活は悪くない。遊びの誘いを断るには都合が良いのだ。多少友達付き合いが悪くなるのは致し方がないだろう。

「七海さん!次お願い!まだまだ来るよ」

九月初旬の昼間、まだまだ東京は夏真っ盛り。新作フラぺを求めひっきりなしに客が出入りする。

フラぺ地獄。

普通新人は作業工程の多いドリンクづくりなんぞやらせてもらえないのだが、そうは言っていられない。

ぷほっ、ぷほっ、ぷほっ。バリスタの先輩と作業分担で右から左へとフラぺを盛っていく。

空いた時間に注文、洗い物、ごみ捨て、補充と休むことなく手を動かす。

スタバのバイトはキラキラに見えて実は泥臭い仕事なのだ。

「ピークはヤバかったね笑」

「ですねー」

夕方ごろになって人足が落ち着き、やっと落ち着いたコーヒー屋の様相を呈してきた。

予定のシフトをこなした俺は先輩たちに挨拶をして帰宅することにした。

時給1300円×8時間で一万円くらい。

墨ちゃんとのデートに近づいたぜ!

暑さのピークは通り過ぎたとはいえ、九月の東京はまだまだ熱気を孕んだままで、建物の室外機に暖められた熱風が渦を巻いていた。

エプロンを外して日よけ用のキャップを被り、店を出る。

人混みをすり抜け最寄り駅まで歩いて行く途中、ガラス張りドアの向こうにふたつの見慣れた人影が飛び込んできた。

…千鶴姫と和也?

窓際の席にいた千鶴は、白に近い淡色のサマーニットに、涼しげなロングスカート。露出は控えめなのに、夏の空気をきれいにまとっている感じがずるい。

くー!羨ましい。デートか!?デートなんだな!

何話してるんだ?気になるぞ。

日よけ用のキャップを深めにかぶり、カフェの入り口から潜入する。

お好きな席にどうぞと店員に案内されると、二人の後ろの席に陣取った。

さてさて何を話しているんだ?と興味津々。聞き耳を立てる。

「ここでハッキリさせておきたいことがあるの」

「え?はっきりさせたいこと?」

「あなた私のことスキ?」

ふおーーー!?

声が出そうになり、両手で口を塞ぐ。

ド直球質問!告白ではないか!?

俺の知らない所で二人の関係はそこまで進んでいたのか。

行け!和也!好きだって言っちまえ!

「好きじゃねーよ」

「だよね。良かったわ。あなたに気持ちがあるとなると、話が変わってくるものっ」

この根性無しが!だからお前はヘタレなんだよ。

いつも重要なところで思いきれず、ズルズルと先延ばしにする奴のダメなところがまるだしだ。

「いつまでもズルズル続けるわけには行かないわ。きちんと”期限”を決めましょう」

「だよな」

「今月末までにきちんと『別れた』ってお互いのおばあさんに言う」

「分かった。今まで迷惑かけてごめんな。必ず言うから」

…は?何言ってんだ…?そんなエピソードあったか…?

別れる――それを聞いて耳を疑った。ふたりはレンタルしているうちに恋に落ちて、本当に付き合う、それがかのかりのストーリーだったはずだ。

「あなたが始めたことだけど、付き合わせたのは私も同じ。それに関しては謝る必要はないわ」

「ごめん。レンタルはこれで”最後”にする」

「最後ね…。私も楽しかったわ。それじゃ」

そう言って二人は席から立ち上がり、カフェを後にした。

ここは原作とは違う世界線なのだろうか。

もしこのまま二人が別れる事になってしまったら、映画製作や励ましデート、ハワイアンズ旅行、同居はどうなってしまうんだろう。

千鶴は女優の夢を諦め、小百合おばあさんに映画を見せられず、その悲しみを抱えたまま生きて行くのかもしれない。

『これで最後にする』。その言葉が重い。

俺は注文したコーヒーを飲み終え、そそくさと店を出ることにした。

外は日が落ちて、多少蒸し暑さが和らいでいる。

「全部あのクズが悪いんじゃねーか…」

よくよく考えれば、俺には関係ないことだ。和也の自業自得だ。

きっと千鶴にはもっと頼れる奴が現れて支えてくれるだろう。それが和也である必要なんてない。

落ち込んでいても仕方がない。俺はこの世界で楽しく生きると決めたのだ。

来週にはバイト代が入る。墨とのデートはきっと楽しいはずだ。

何も気にする必要なんてない。

 

帰宅すると早速テレビモニターの電源を入れYouTubeを立ち上げた。最近はゴルキュアの考察動画を見るのが日課である。

墨との楽しいゴルキュアトークに備えるのだ。

特に参考にしているのが『ゴルキュアの深い話チャンネル』である。

視聴者の視点を捨て徹底的にキャラの感情に寄り添った解説は、他の考察動画と一線を画す。

『キュアアサインの過去完全解説-ヒーローの否定と執着のワケ-』は俺のすべての謎を解決してくれた神回である。

パチパチパチ!おー!トオルさん物知り~!なんて墨が喜んでくれたら…うわっ、クッソ可愛い。

是非とも紹介したい。

《今週は、とんでもないエピソードが来てしまいましたねー…》

少し高めの調子のよい声がスピーカーから出力される。

「ふむふむ。なるほどね」

それを片耳で聴きながら、スマホのブラウザを立ち上げた。

スクリーンをタップして、ダイアモンドのHPに飛んだ。

そろそろ具体的にデートの日程を決め、予約を入れても良い頃だろう。

…は?

己の目を疑った。

【大切なお知らせ】

平素よりレンタル彼女事務所ダイアモンドをご利用いただき、誠にありがとうございます。

この度、所属キャストの桜沢墨につきまして、2017年8月31日をもちまして当事務所を退所することとなりました。

どういうことだ…?

おかしい。

なんで!?なんで!?なんで!?

墨が事務所を辞めるなんてあり得ない。

先ほどの千鶴と和也の別れ話も含め、明らかに俺の知っている『かのかり』ではなくなっている。

《ここがキュアアサインにとって大きなターニングポイントだったわけです!アサイン本人は語っていないんですけど、この瞬間から行動を変えるわけですよ》

スピーカーからは動画の音声が響いていた。

《もし、キュアエビデンスが間に合わなかったら、アサインの未来は変わっていた!だってアサインはここで諦めるしかないから。実はエビデンスこそ…》

ターニングポイント…?未来が変わる…?

まさか。

一つの可能性に、俺の全身が震えた。

いいや、ここが本当に『かのかりの世界』なら、むしろ辻褄が合う。

―――俺が間違えたんだ。

俺が麻美に転生し、余計なことをしたせいで、歯車が狂ってしまった。

いったいどこで?

なにを?

少し考えるだけで思い当たる節があった。下田の海だ。

俺が和也に蹴りを入れたせいで、物語は間違った方向へと逸れ始めた。

木部のアサガオのエピソードは本来千鶴に伝わるべき内容だった。

そして二人はフェリーに乗ることはなかった。

その結果、二人はキスをすることなく、旅行を終えた。

下田は二人の未来を決めたターニングポイントだったのではないか。

マジか…。

その場で崩れ落ち、握り損ねたスマホが床に転がった。

 

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