ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜 作:どうたぬき
ドガシャァァァン!!
キヴォトスの日常を象徴するような、小気味いい爆破音が路地裏に響き渡る。
硝煙の焦げ臭い匂いと、コンクリートの粉塵が容赦なく視界を白く染め上げた。
「ふ、ふふん! 見たかしら、これが便利屋68の、そしてこの私、陸八魔アルの完璧なるアウトローの流儀よ……っ!」
爆煙の向こうから聞こえてくるのは、完全に自分のやらかしに引き攣っている社長の虚勢の張った声。案の定、コートの裾をパタパタと仰ぎながら、涙目で激しく咳き込んでいる。
「わあ、アルちゃんすごーい。予定の三倍の火力で、ターゲットの事務所ごとブロック一つ消し飛ばしちゃったね」
「あ、アル社長ぉぉぉ! 私のせいです、私が火薬の量を一桁間違えて仕込んだせいで、アル社長の完璧な作戦に泥を塗ってしまいましたぁぁ! 万死、万死に値しますぅぅ! 今すぐここで自爆して責任をっ!」
「待ちなさいハルカ! やめ、やめなさーーいっ!?」
浅黄ムツキのケラケラとした能天気な笑い声と、伊草ハルカのいつもの被害妄想&過剰火力の暴走。
耳をツンと刺す爆音の余韻のなかで、俺は額に手を当てて長いため息をついた。
(うん、知ってた。知ってたよ。画面の向こうで何百回と見た、いつもの便利屋68のドタバタ劇だ)
この世界——キヴォトスに俺が「転生」していると気づいたのは、つい数ヶ月前のことだ。
ぶっちゃけ、記憶の最後は自分の部屋のベッドの中。締め切り間際に徹夜して、泥のように眠りについたはずだった。それが、目が覚めたら見知らぬ天井。おまけに目の前には、どこかで見たことのある超絶美少女(連邦生徒会のリンちゃん)が、冷たい目で俺を見下ろしていたのだ。
『起きてください、先生。シャーレへの赴任の時間です』なんて雑な説明をされて、気がつけば俺は「先生」になっていた。
転生モノのお約束? 神様との謁見? そんなのナシ。あまりの雑さに最初は現実逃避を極めようとしたものだ。
何より一番の絶望は、元の世界に残してきた俺のデスクトップPC。あのHDDに詰まった、人には絶対に見せられない数々の「秘蔵データ」や、描きかけの成人向け同人誌のデータがどうなったのか……それを考えるだけで、今でも夜中に冷や汗をかいて飛び起きるレベルである。
だが、来てしまったものは仕方がない。幸いにも俺には前世で文字通り「穴が開くほど」やり込んだ原作の知識があった。
「あはは、先生ー? 何ボーッとしてるの? ほらほら、まだ追っ手が来るかもしれないよ?」
ムツキがいたずらっぽく笑いながら、こちらの顔を覗き込んでくる。その袖口から小さなリモコンがチラリと見えた。
いつもなら、ここから彼女の「余計な一手」が炸裂して、さらに事態が悪化するフェーズだ。
「ムツキ。お前、その左手のポケットに入ってるリモコン、今すぐ先生に預けなさい」
「え〜? なんで分かっちゃったの? つまんないのー」
俺は躊躇なく手を伸ばし、ムツキが仕掛けようとしていた、逃走経路のトラップ用起爆スイッチを没収する。原作知識というメタデータによる完全なる先読みだ。ここでこれを不発にさせておけば、後頭部を抱えて叫ぶアルの寿命が数年は伸びるし、俺たちの撤退費用も最小限で済む。
「あれ、先生、勘がいいね? まるでムツキが何するか分かってたみたい」
煙を振り払いながら歩み寄ってきたカヨコが、少しだけ意外そうな声を出す。
切れ長の瞳が俺の横顔をじっと見つめてくる。心臓がドクリと跳ねるのを、俺は必死に大人のポーカーフェイスで抑え込んだ。
「あはは……まあね。何度か修羅場を共にしてるから、なんとなく便利屋の呼吸が分かってきたっていうかさ」
自分でも呆れるほど雑な誤魔化しだが、キヴォトスの住人である彼女たちには、ただの「先生の鋭い直感」程度にしか映らない。という事を願うしかない。
ムツキはつまらなそうに唇を尖らせ、ハルカは「先生がアル社長の意図を汲んでくれた……!」と勝手に感動して震えている。
よし、ここまでは予定通り。被害は最小限。
あとは、この騒がしいメンバーを連れて、サッサと撤退するだけ——のはずだった。
だが、ここは一筋縄ではいかないキヴォトスの路地裏だ。案の定、爆音を聞きつけた別のヘルメット団の増援が群がってきた。結局、俺たちはなし崩し的に路地裏を全力疾走する羽目になる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタたち! 正面突破こそアウトローの――ぶふぇっ!?」と、盛大に転びかけるアルをムツキがゲラゲラ笑いながら引っ張り、ハルカが「アル社長の退路を阻む不届き者は万死ーーッ!」とショットガンを乱射する。
「ハルカ、そっちの路地は行き止まり。アルを連れて右のルートへ。ムツキ、足元にさっきの瓦礫が残ってるから跳ねて」
「はーい!」
「わ、分かりましたカヨコさん……っ!」
撤退戦の最中、騒がしく暴走する三人の中心で、カヨコの声だけが信じられないほど冷静に響いていた。
俺は少し後ろを走りながら、その横顔を、そして彼女の「一挙手一投足」を、ほとんど凝視するような目で見つめていた。
(……すげえ。本物だ。本物の鬼方カヨコが、今、俺の目の前で喋って動いてる……)
俺は、重度のブルアカオタクであり、カヨコのエロ同人を何冊も執筆した人間だ。
公式の立ち絵はもちろん、メモリアルロビー、ファンブックの資料、さらにはショート動画の3Dの挙動に至るまで、文字通り穴が開くほど画面を拡大して観察してきた。カヨコの髪のグラデーションの絶妙な塩梅も、上着のダボつき加減も、すべて脳内にインプットされている。
だが、今こうして「生」で体験する解像度は、二次元の画面を遥かに超越していた。
アルの無茶振りに小さくため息をつく時の、わずかに窄められた薄い唇。
ムツキの悪戯を無言で未然に処理する、白く細い指先。
ハルカに指示を出す声は低い。だけどどこかハスキーで、聞いていると耳の奥がざわつく。 走るたびに耳朶のすぐ横で揺れる髪から、かすかに漂ってくる少しビターな大人の香水の匂い——
(画面越しじゃ絶対に拾えなかった、生の『息遣い』と『間の取り方』……! これだよこれ、これこそが生のデータからしか得られない至高の栄養素……ッ!)
同人作家としてのゴーストが、脳内でスタンディングオベーションを捧げている。
今すぐスケッチブックを取り出して、この空気感、この光の当たり方、このカヨコを構成するすべての要素をキャンバスにぶちまけたいという衝動が、右手にウズウズと集まってくる。
だけど、今の俺は「シャーレの先生」だ。
いくら元同人作家だからって、担当生徒をそんなエロ同人作家のスカウターで観察していいわけがない。大人として、先生として、ブレーキを全力で踏み込まなければならない。
(落ち着け俺、自重しろ。カヨコは便利屋のみんなが大好きで、呆れながらもこうして一生懸命フォローに回ってるんだ。なんて健気で尊いんだ。それをオタクの邪悪な目線で汚すんじゃない……!)
「……先生?」
不意に、カヨコが足を止めて振り返った。
俺の、熱に浮かされたような、オタク特有の視線に気づいたのだろうか。少しだけ不思議そうに、首を傾げている。
「どうかした? 急に黙り込んで……。やっぱり、さっきの爆風でどこか怪我でもした?」
「あ、いや! 全然! どこも痛くないし、すこぶる元気! ちょっと便利屋のチームワークが完璧すぎて、感動してただけだから!」
俺は咄嗟に後頭部を掻きながら、我ながら胡散臭い笑みを浮かべた。
危ない。コメディ調で脳内処理していなきゃ、尊さと理性の二律背反で今すぐ頭がパーンと弾け飛ぶところだった。
「……そう。ならいいんだけど」
カヨコは小さく、フッと息を漏らすように笑った。
その、ほんの少しだけ柔らかくなった彼女の表情を見て、俺の心臓はさらにうるさく脈打ち始めるのだった。
◇ ◇ ◇
それから、どうやってシャーレのオフィスまで戻ってきたのか、正直よく覚えていない。カヨコのあの微かな微笑みの残像が脳裏に焼き付いて、半分上の空だったからだ。
結局、現場のドタバタの任務がどうにか片付き、アルたちは未回収の依頼費を回収しに別ルートへ向かった。
結果として押収した書類の整理と後始末のために、俺とカヨコはシャーレの出張オフィスの狭い一室で、二人きりで作業をする羽目になっていた。
カサカサ、と紙の擦れる音だけが室内に響く。
物理的な距離が、やけに近い。
(落ち着け……落ち着くんだ俺。今の俺はエデン条約編の修羅場すら駆け抜けた、あの頼れる『先生』なんだ。たかが教え子と二人きりで作業するくらいで挙動不審になってどうする)
自分にそう言い聞かせ、必死に普通の大人として振る舞おうとする。
だが、相手は自分が何冊もエロ同人を描いた好きなキャラなのだ。凡人たる俺の目線は、どうしても怪しい動きをしてしまう。
カヨコが書類を取ろうと少し前かがみになるたび、その胸元のボリュームが視界の端にチラつく。
(……大丈夫。この程度は耐えられる。夏の海で、たくさんの生徒の水着だって見てきたじゃないか。それに比べれば、胸元のチラリズムくらいどうということはない!)
必死に目線を上に固定しようとするが、それが逆に不自然な硬直を生んでいる。
カヨコはそんな俺の様子に気づいているのかいないのか、淡々と作業を続けていたが……ふと、彼女が小さく息を吐いて、手元の冷えたドリンクに手を伸ばした。
ゴクリ、と喉が鳴る。
オフィス内の生ぬるい空気の中、カヨコの首元を、一筋の汗がツーーッと伝い落ちていく。
ドリンクを飲むために少し上を向いた彼女の、白く細い喉元。その鎖骨へと続く綺麗な延長線上に、それはあった。
(……あっ)
首元の、小さなほくろ。
脳内に電流が走った。知っている。俺はこのほくろを、前世でそれこそ親の顔より見ただろう公式イラストの資料で、完全に把握していた。何度も拡大し、自分の同人誌でも「ここは絶対に外せないチャームポイント」として執念深く描き込んできた、あのほくろだ。
しかし、画面越しに見るイラストと、今、目の前で本物の肌の上に乗り、汗に濡れて妖しく光を反射している「生のほくろ」とでは、脳への破壊力が文字通り桁違いだった。
(……ッッッッエッロ! いや、待って、エロすぎるだろこれ。何この破壊力? 三次元の肉体の質量が、俺の脳のニューロンをダイレクトに焼き切ろうとしてるんだけど!?)
一度意識してしまうと、もう目線が逸らせない。
汗の滴がほくろをなぞり、鎖骨のくぼみへと消えていく。そのあまりの艶めかしさに、俺の心臓はバックバクに跳ね上がり、ただの作業報告書を見つめるフリをしながら、完全にカヨコの首元をガン見してしまっていた。
カヨコがゆっくりとドリンクの缶を離し、視線をこちらに戻す。
「……先生」
低く、静かな声。
その切れ長の瞳が、完全に俺の視線のレーザーポインターを捉えていた。
「何見てるの?」
「っ!? いや、あの、その! 首のところの、ほくろ……あ、いや違う、ほくろじゃなくて汗が! いや、汗も違う、その、書類の文字がちょっと小さくて目が泳いじゃってだな!?」
墓穴。掘るどころか、ダイナマイトで自爆するレベルの超絶不審者ムーブ。
必死の言い訳はすべて裏目に出て、俺がカヨコの首元(と胸元)を凝視していた事実だけが、狭い室内に生々しく確定してしまった。
「……」
一瞬の間。カヨコはすっと自分の手で首元を隠した。
気まずい沈黙。俺の背中を嫌な汗が伝う。やっぱり軽蔑されたか、通報されるか——
「……ふーん」
だが、カヨコの口から漏れたのは、冷たい拒絶の声ではなかった。
カヨコが俺を見る目が、わずかに変わる。それは、ただの不審者を見る目じゃない。「この人、こういう反応するんだ」という、底知れない好奇心の混じった視線。
次の瞬間、カヨコは隠していた手を離すと、わざとらしく自分の上着の胸元を少しだけ緩めてみせた。
「っ……!?」
おい待て、それはずるいだろ。
鎖骨どころか、その奥の黒いインナーに包まれた圧倒的な渓谷までが視界に飛び込んでくる。目を逸らさなきゃいけないのに、人間の本能がそれを許さない。逸らそうとして逸らしきれない俺の視線を、カヨコは楽しそうに、じっと観察している。
どこまで踏み込んでいいか、俺の限界値を測っているような、あるいは、ただからかっているだけなのか。
「……先生、そんなに気になる?」
少し低めの、だけど耳元を甘く擽るようなカヨコの声。
「いや、別に、ぜんぜん……? ほら、部屋の湿度がちょっと高いなーって思っただけで、他意は、一切……」
世界一説得力のない、消え入りそうな否定。
俺の内心の爆発に気づいているカヨコは、わずかに口角を上げて意地悪に微笑んだ。
「……別にいいのに。見たいなら」
小さく、吐息のようにそう呟いて、カヨコは何事もなかったかのように書類整理の作業に戻る。
いや、いいのにって何が!? 見たいなら何!? 俺の脳内はすでにキャパシティをオーバーして煙を噴き上げている。
(でも、あの言い方。ただのからかいにしちゃ、目が笑ってなかった気がするのは、気のせいか?)
カヨコがさらに距離を詰め、もう一歩踏み込んでこようとした——まさにその瞬間。
バシャァァァン!! と、景気よくオフィスのドアが跳ね上がった。
「ただいま戻ったわ、先生、カヨコ! 完璧なるアウトローの商談、ばっちり成立よ!」
「あれ〜? カヨコと先生、何してたの〜? なんかお部屋の空気が、すっごくむんむんしてる気がするんだけど〜?」
アルのドヤ顔の背後から、何かを察したムツキがニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべて覗き込んでくる。完璧なタイミングの乱入。神様ありがとう、そしてムツキ、余計なことを言うな。
「えっ、えっ、何かあったんですか……!? 先生がカヨコさんに何か酷いことを……っ! 私、今すぐその辺のビルを爆破して目を引き付けますから、皆さんは早く逃げてぇぇ!」
「ハルカ、落ち着きなさい! なんで、いつもこうなるのよ……!」
一瞬でオフィスがいつもの便利屋68の騒がしさに染め上げられていく。
俺は平静を装いながら、滝のように流れる冷や汗をハンカチで拭った。
「……別に。何もしてないよ」
カヨコは何食わぬ顔でそう言って、手元の書類をトントンと机に叩いて揃える。
だけど、その耳元がほんの少しだけ赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。ムツキの「ニヤニヤ」はさらに深まり、俺の心臓はまだ変なリズムで高鳴り続けている。
(キヴォトスの便利屋、騒がしすぎる……。そして、カヨコのエロさ、ちょっと俺の理性じゃ耐えきれないかもしれない……いや、理性っつーか、あいつの考えてることが読めないのが一番やべえんだよな……)
こうして俺と便利屋68の、騒がしくてちょっと危険な日常が始まった。カヨコの少し空いた胸元の隙間を、頭の中から追い出せないまま。