ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜   作:どうたぬき

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ちょっと時系列が分かりにくいかも知れません。
ウトナピシュティムの発進→意識混濁→前夜の回想って感じです。


第11話:前夜

アビドス砂漠の夜は、まるで世界そのものが死に絶えたかのように静かだった。

 

仮設基地としてあてがわれたコンテナハウスの一室。支給された軍用のパイプベッドは、少し身じろぎするだけで安っぽい軋み音を立てる。

俺はさっきから、薄暗い部屋の中で両手を組んだまま、ひたすら虚空を見つめ続けていた。

 

コンテナの薄い壁の向こう側、乾いた砂漠の真ん中には、明日俺たちが乗り込む巨大な箱舟、ウトナピシュティムの本船が横たわっている。

明日、あれが起動し、空を昇る。

そして俺たちは、高度七万五千メートルという致死の領域へと突入する。

 

デスクの上で青白い光を放つ端末には、各校の戦力配置や、残存する物資のリストが整然と並んでいる。だが、そんなデータは俺の脳内にある情報の束に比べれば、あまりにも些末すぎた。

 

俺は、明日のプロットを「全部」知っている。

 

いつ、誰が、どう動くのか。多次元バリアが破られる瞬間の光の軌道。最深部であるナラム・シンの玉座で、どんな絶望的な『もう一人の先生』が待ち受けているのか。

俺の脳内には、かつて画面越しに見たあの残酷で美しい公式シナリオが、コンマ一秒の狂いもなく焼き付いている。

 

もし何も知らなければ、「俺たちが奇跡を起こすんだ」と、熱に浮かされた主人公を演じ切ることもできただろう。だが、知ってしまっている。これから俺たちがどれほどの絶望の淵を歩かされ、どんな代償を払わされるかを。

結末に向かって敷かれた、不可避のレール。その上を、自分の足で、分かった上で歩まなければならない恐怖。

 

胃の奥で、冷たくて重い石がゴリゴリと音を立てて転がっているような感覚だった。

吐き気がする。指先が、まるで極度のカフェイン中毒のように小刻みに震えている。自分がこのまま、暗闇の中に溶けて消えてしまえばいいとすら思った。

 

コンコン、と。

 

控えめだが、一切の迷いがないノックの音が、コンテナのドアを叩いた。

 

「……」

 

一瞬、息が止まった。

誰が来たのかは分かっている。声を出そうとしたが、ひどく乾燥した喉が張り付いて、音にならなかった。一度小さく咳払いをしてから、ようやく声を絞り出す。

 

「……開いてる」

 

カチャリとドアノブが回り、砂漠の冷たい空気が室内に滑り込んでくる。

 

少し大きめの黒いパーカー。赤い色のプリーツスカート。

明日、世界が終わるかもしれないという前夜にすら、彼女は微塵も揺らがない。いつもと全く変わらない「日常」のままの鬼方カヨコが、そこに立っていた。

 

「お疲れ。まだ起きてたんだ」

 

「……カヨコこそ」

 

カヨコは音もなくドアを閉めると、俺の向かいにある折りたたみ椅子を引き寄せ、すとんと腰を下ろした。

パーカーのポケットに両手を深く突っ込んだまま、じっとこちらを見る。

 

俺の顔色は、自分でも分かるほど最悪だったはずだ。だが、カヨコの赤い瞳には、心配や同情といった安っぽい感情は一切浮かんでいない。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙が、ゼリーのように部屋の空気を固めていく。

言い訳のレイヤーを何枚も重ねて、それらしい「大人の言葉」で誤魔化すことは簡単だ。「明日の作戦の最終確認をしていてね」とでも言えば、やり過ごせる。

だが、左手の中指に嵌められた黒いリングが、骨に食い込むような重さでそれを許さなかった。

 

(決めたじゃないか)

 

俺は、深く、長く息を吐き出した。

震える両手を膝の上で強く組み直し、彼女の目を真っ直ぐに見返す。

 

「カヨコ。明日のことなんだけどさ」

 

「ん」

 

「……俺、明日の展開、全部知ってるんだ」

 

カヨコの表情は、眉一つ動かなかった。

 

「……俺は、この世界の人間じゃない」

 

自分の口から出た言葉は、まるで三流のラノベの設定のように安っぽく、現実味がなかった。だが、止まれない。

俺は同人作家だ。一度引いた線を、途中で投げ出すわけにはいかない。

 

「別の世界で……この世界の物語を、ずっと、画面越しに見てたんだよ。明日、箱舟の奥底で何が待っているか。誰がどう動いて、どんな結末を迎えるか。俺は、プロットとして、全部知ってる」

 

一気に言葉を紡ぐ。

 

「お前のことも……知ってた。最初から。お前がどんな過去を持ってて、どんなふうに笑って、便利屋でどう過ごしているか。画面の向こう側の、ただのキャラクターとして……ずっと、見てたんだ」

 

言い終えて、俺は目を伏せた。

これで終わりだと思った。気狂い扱いされるか、「私のことも全部、ゲームの駒みたいに見てたの?」と軽蔑されるか。どんな反応が来ても、受け入れるしかない。

 

だが。

 

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

頭上から降ってきたのは、驚くほど平坦な、答え合わせの完了を告げるだけの声だった。

 

「……は?」

 

思わず顔を上げると、カヨコはパーカーのポケットからゆっくりと右手を出し、自分の頬杖をついていた。

 

「驚かない、のか……?」

 

「驚く? なんで」

 

カヨコはフッと、小さく息を吐いた。

 

「ムツキの爆弾の導線を事前に読んだり、アコのあの面倒な性格を最初から知ってて立ち回ったり。……ずっと、おかしいとは思ってた。先生は時々、未来を見てきたみたいな、あるいは、台本を読み直してるみたいな顔をするから」

 

その赤い瞳の奥には、日常の中で積み重なってきた小さな違和感のピースが、今、完璧な形で一つの絵に組み上がったという、静かな納得だけが横たわっていた。

『いつから?』『どこまで知ってるの?』なんて、野暮な質問は一切ない。

俺が異物であろうと、別の世界の人間であろうと、カヨコにとってはどうでもいいことなのだ。彼女の目の前にいる「俺」が、自分の意志でそれを話した。その事実だけが、彼女にとっては重要だった。

 

「……原作通りなら」

 

俺は、組んだ両手の手のひらに爪を食い込ませた。

 

「事が公式のプロット通りに進めば、俺は生きて帰れる。……でも、俺がこの世界にいる時点で、俺みたいな『イレギュラー』が混ざっている時点で、本当にその『原作通り』になるかどうかなんて、全く分からない」

 

強がりのメッキが、ボロボロと剥がれ落ちていく。

 

「……怖いよ」

 

はっきりと口にした。ただの凡人の、情けない本音。

 

「でも、それだけじゃないんだ。……いつもそうだった。俺は、生徒たちの顔を間近で見てきた。ただ画面越しに知ってただけのキャラクターが、目の前で生きて、傷ついて、泣いてるのを見ちまったんだよ」

 

声の震えが止まらない。恐怖ではない。得体の知れない熱が、胸の奥から込み上げていた。

 

「俺は、カヨコのことだけじゃなくて……全部背負って、全員持って帰りたい。欲張りなんだよ、俺は。身の丈に合ってない、ただのしょうもない同人作家のくせに、それでも……誰一人欠けさせずに、全員が笑うハッピーエンドを書きたいと思っちまう」

 

足りない人間が、足りないなりに必死に「先生」のフリをして走ってきた。

その意地と、オタクとしての業だけが、俺の足の震えを辛うじて止めていた。

 

「だから俺は、明日——」

 

覚悟を口にしようと、乾いた唇を開いた、その瞬間。

 

カヨコが、動いた。

 

パイプ椅子から立ち上がったかと思うと、俺が瞬きをする間に目の前まで歩み寄り、そして両手で、俺の顔を強く挟み込んだ。

ひんやりとした指先の感触。俺の視界が、カヨコの顔で完全に埋め尽くされる。

 

——唇が、重なった。

 

「——っ」

 

言葉が、物理的に遮断される。

甘さや優しさなんて微塵もない。俺の紡ごうとした覚悟も、弱音も、震えも、すべてを根こそぎ黙殺するための、強烈な圧力を持ったキス。

カヨコの唇から伝わる熱と、わずかに鼻腔を掠めるビターな香水の香りが、俺の脳内で暴れ回っていた思考のノイズを、強制的にシャットダウンさせていく。

 

ゆっくりと、唇が離れる。

鼻先が触れ合うほどの至近距離で、カヨコの赤い瞳が、俺の眼球の奥を真っ直ぐに射抜いていた。

何も言わない。目だけで、「全部聞いた。だからもう黙れ」と宣告している。

これ以上の大層な覚悟の言葉なんていらない。お前が「全員救う」と決めたのなら、それでいい。

 

俺は、何も言えなかった。

この女の前では、俺が抱えていた秘密の重さも、大層な決意表明も、すべてがあっさりと無効化されてしまう。

 

カヨコは俺の目から視線を外さないまま、自分のパーカーのジッパーに、ゆっくりと指をかけた。

ジリ、と。静寂に包まれた冷たい部屋に、布と金具が擦れる音が響く。

 

「……怖いんでしょ」

 

低く、ハスキーな声。

 

「……ああ」

 

俺が小さく頷くのを見て、カヨコはフッと、いつもの気怠げな笑いをこぼした。

 

「……じゃあ、怖くなくしてあげる」

 

俺が抱きしめるのを待つことすらしない。

カヨコの手が俺の肩を押し、俺は抗うことなく、狭いベッドへと背中から倒れ込んだ。

 

――退路を断つのは、いつだってこの女だ。

 

◇ ◇ ◇

 

事後の、鉛のように重く、けれど確かな体温を帯びた沈黙が、暗い部屋の空気を満たしていた。

遠くで本船の最終調整を行う鈍い金属音が、時折、風に乗って響いてくる。明日、俺と、そして隣にいるこの女は、一緒にあの船に乗って高度七万五千メートルの死地へと向かう。

 

俺は仰向けのまま、隣に横たわっているカヨコの滑らかな腹部に、無意識のうちに右手を乗せていた。

規則正しく上下する呼吸の動き。それが、明日への恐怖で浮き足立っていた俺の脳に、「今、ここに在る」という強烈なアンカーを打ち込み続けている。

 

すべてを話し、この女は俺を受け入れた。

その事実がもたらす安堵に浸ろうとした、その時。

 

「……責任、取ってもらうから」

 

静かな、だが鼓膜の奥に冷たい刃を突き立てるような声で、カヨコが言った。

 

「……」

 

「死んだら、許さない」

 

その言葉の異様な響きに、俺は思わず隣を見た。

 

「……お前、それ普通は冗談で言うやつだよな?」

 

カヨコの横顔は、薄暗い部屋の中でも恐ろしいほど整った線を描いていた。そして、その赤い瞳がゆっくりとこちらを向く。

 

「冗談だと思う?」

 

目が、全く笑っていなかった。

半分本気。いや、八割は本気だ。

生身の人間として交わった。彼女の身体の奥には今、俺の存在の痕跡が確実に残っている。

だが、それ以上に恐ろしいのは、彼女が明日、俺と同じ船に乗るという事実だ。安全な地上で待つことを放棄し、自らオペレーターに志願して、世界の終わりの最前線まで俺についてくる女。

 

お前も死ぬかもしれないんだぞ、という常識的な反論は、彼女の前では意味を成さない。彼女は俺の自己犠牲を、一人で勝手に死ぬことを、物理的に許さないために同乗するのだ。

 

「……怖いんだけど」

 

「怖いなら、帰ってきて」

 

息を呑んだ。

その「帰ってきて」が指し示す場所は、物理的な地点ではない。

私を置いて死ぬな。私と一緒に、あの騒がしい便利屋の事務所へ、あのソファへ、コーヒーとエナジードリンクが転がる『しょうもない日常』へ、這ってでも戻ってこい。

そういう、共依存的で狂気じみた、概念的な日常への帰還命令。

 

得体の知れない未来やプレナパテスへの恐怖よりも、この世界で一緒に生きることを強要してくるこの女の執念の方が、遥かに重く、逃げ場がなかった。

恐怖を恐怖で上書きし、生の動機を強制的にすり替える。この女にしかできない、重すぎる愛情表現。

 

「……ははっ」

 

俺は天井を見上げたまま、耐えきれずに乾いた笑いを漏らした。

 

「……帰ってくる理由、増えすぎだろ」

 

世界を救うため。生徒たちを泣かせないため。

そして何より、自分と同じ死地に立ってまで俺の死を許さないと宣告した、この理不尽で最高に面倒な女を、元の日常に連れ帰るため。

 

カヨコは何も言わず、俺の腹の上に乗せられた俺の右手に、自分の冷たい手を重ねてきた。

細い指が絡み合い、二人の体温が混ざり合う。

 

「……足りない。もっと増やす」

 

天井を見つめたまま、カヨコが静かに、宣告するように呟く。

 

もっと増やす。

それは、明日を生き延びた先にある、未来の日常への確固たる約束だ。

明日世界が終わるかもしれないという極限の夜に、この女は俺に、まだ見ぬ未来の負債を平然と背負わせようとしている。俺をこの世界に縛り付ける鎖を、今この瞬間も増やし続けている。

 

(……ああ、一生勝てねえな、これは)

 

勝てないことが、腹立たしいほど嬉しい。

俺は絡められた指を、少しだけ強く握り返した。左手の中指、骨に当たる黒い指輪の重さが、ひどく心地よかった。

 

明日、俺たちはシッテムの箱に接続し、高度七万五千メートルの空へ上がる。

原作通りになる保証なんてどこにもない。

でも、俺は帰らなければならない。俺一人ではなく、この女を連れて。

どっちに転んでも怖いなら、俺は、彼女と一緒に帰る方向の怖さを選ぶ。

 

翌朝、俺は震える手で、シッテムの箱のインターフェースに手を置いた。

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