ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜   作:どうたぬき

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「ウトナピシュティムの発進」→「前夜の回想」→「ウトナピシュティムが上昇済み」という時系列


第12話:覚醒

——痛い。

それが、意識の泥沼から浮上してきた俺の脳が最初に処理した、極めて原始的な情報だった。

 

真っ白に飛んでいた視界の端から、少しずつ色彩と輪郭が戻ってくる。だが、それに伴って全身の神経回路に火をつけられたような激痛が走った。シッテムの箱のメインインターフェースへと直接脳髄を繋ぎ合わせたことによる、過剰な負荷のフィードバック。

鉛のように重い瞼を無理やりこじ開けると、視神経が強烈な光を拾って小さく痙攣した。

 

「……っ、」

 

掠れた呻き声は、張り詰めた喧騒の中に容易く吸い込まれて消えた。

耳鳴りの奥から、無機質な電子音の明滅、量子コンピュータの暴力的なまでの駆動音、そして何人もの少女たちが飛び交わせる、乾いた声が聞こえてくる。

 

モザイクがかかったようにブレる視界。その焦点が最初に結ばれたのは、青白い大型ディスプレイの光に照らされた、一人の少女の背中だった。

 

ブリッジのコンソール席に座り、キーボードを滑るように叩き続けている、鬼方カヨコ。

 

俺の目は、まだ半ば麻痺している脳の制止を振り切り、かつて深夜にペンを握り続けていた「同人作家」としての卑しい解像度で、彼女の姿を舐め回すようにスキャンし始めた。

彼女が今纏っているのは、いつものだぼついた黒パーカーではない。ヒビキが仕立てたという、ウトナピシュティムの乗組員用のタイトな制服だ。

無駄な装飾を削ぎ落としたその機能的なデザインは、彼女の華奢な肩幅、背骨の描くなだらかなS字カーブ、そして腰へと至るくびれのラインを、余すところなく浮き彫りにしていた。

ピンと伸びた背筋。無駄な動作を一切排除した、研ぎ澄まされた機械のようなタイピング。

 

(……切り替え、早すぎないか)

 

頭の奥底で、ひどく俗っぽくて、情けない感想が漏れた。

ほんの数時間前だ。あのアビドス砂漠の薄暗いコンテナで、俺をベッドに押し倒したのは。

「死んだら許さない」と、狂気じみた温度で俺の首を絞めつけるように執着を露わにし、汗と体液を交じり合わせた女と、今目の前で完璧なオペレーターとして座っている女が、どうしても結びつかない。

 

彼女の横顔を照らすモニターの光には、個人的な感情のレイヤーなど一枚も挟まっていなかった。退路を断つ時の思い切りの良さも異常だが、それを日常のタスクに切り替える速度も異常だ。

 

俺の皮膚は、鼻腔の奥は、まだ昨夜の彼女の滑らかな肌の質感や、体温、シーツの擦れる音を幻肢痛のように生々しく記憶しているというのに。

俺だけが、あの泥沼のような前夜の熱を引きずったまま、この無菌室のようなブリッジに放り出されている。その事実が、たまらなく恐ろしく、そして腹立たしいほど愛おしかった。

 

ゆっくりと上体を起こし、深く息を吸い込む。

痛みが鈍痛へと変わり、周囲の環境情報がようやく正確に脳内へインプットされ始めた。

 

ここはウトナピシュティムの本船、メインブリッジ。

俺が意識を失っていたのは、体感として数十分から、長くても一時間程度だろう。だが、その間に本船は完璧なプロセスで起動し、地表の重力を振り切って空へと駆け上がっていた。

正面の巨大な光学モニターの外には、既に青空はなく、薄暗い成層圏のグラデーションと、その奥に広がる黒色が顔を覗かせている。

 

リンが全体指揮の席で冷徹に戦況を俯瞰し、ユウカが実務オペレーションの指示を絶え間なく飛ばす。

量子コンピュータの巨大なラックの前では、ヒマリが車椅子の上で多次元解釈の複雑な計算式を組み上げ、ハナコがその理論的サポートを担っている。モモカとアユムの航行管理、アヤネの通信系、アコの管理系。そして、戦況モニタリングと通信管理を担うカヨコ。

 

選りすぐられた十名のオペレーターたち。彼女たちは、俺という指揮官が気絶して機能不全に陥っている間も、誰一人としてパニックを起こすことなく、この超弩級の船の心臓部を完璧に回し続けていたのだ。

 

ズキリと、コンソールに触れていた左手に鈍い痛みが走る。

だが、その痺れよりもはっきりと、中指の根元に食い込んでいる黒い金属の圧迫感が、俺の自我をこの現実に繋ぎ止めていた。

 

「……」

 

俺が意識を取り戻し、姿勢を正したことに、背を向けているカヨコが気づかないはずがなかった。

タイピングの音が、ほんの一瞬、コンマ数秒だけ止まった。

 

「……起きた、先生」

 

振り向きもせず、カヨコが言った。

 

その声のトーンは、どこまでも低く、平坦だった。傍にいるアコやユウカが聞いても、「気絶していた指揮官の覚醒を確認する」という、ただの業務的な音声にしか聞こえないだろう。

だが、日常の中で彼女の微細な波長の変化を狂ったように観察し、幾度となくその声に翻弄されてきた俺の耳には、はっきりと聞き取れてしまった。

その冷たい声の底の底、水面下で揺らいでいる、ほんの一滴だけ垂らされたような「安堵」の色が。

 

「……ああ。すまない、寝てたみたいだ」

 

俺は短く、あくまで「大人」の顔を作って返した。

『心配かけたな』とか、『昨日はごめん』とか。そんな個人的な感情のレイヤーを重ねようとして、奥歯を噛み締めて堪えた。

ここには十人の生徒がいる。世界の命運を賭けた、後戻りできない最前線だ。二人の間のあのアングラな空気を、こんな場所に持ち込むべきではない。カヨコが公私の線を完璧に引いて「オペレーター」を演じているなら、俺も「先生」を演じ切らなければならない。

 

だが、モニターの光に照らされるカヨコの後頭部を見つめていると、どうしても昨夜の、俺の腰を両脚で強く締め付け、乱れた呼吸を吐き出していた彼女の表情がフラッシュバックしてしまう。

俺は慌ててその思考を別のフォルダにぶち込み、パスワードをかけて封印した。

 

(……最前線のブリッジで、昨夜のエロい記憶を引っ張り出して発情してる先生とか、マジでクソきしょいな俺)

 

自分自身に辛辣なツッコミを入れながら、俺の意識は、この船に乗る前の記憶、あのアビドス砂漠での、招集時のブリーフィングの夜へとスリップしていく。

 

◇ ◇ ◇

 

ウトナピシュティムの起動には、シッテムの箱を通じた先生の存在が不可避だと判明し、十名のオペレーターの選定が行われていた時のことだ。

風の冷たい発掘現場の裏手、資材コンテナの陰の暗がりで、カヨコは俺の腕を掴んだ。

 

『私も乗るから』

 

それは志願でも、相談でもなかった。完全に決定事項としての通告。

俺は反射的に『危険だ』と止めようとした。地上で安全な場所にいてくれと、もっともらしい大人の顔をして説得しようとした。

だが、暗闇の中で光る彼女の赤い瞳を見た瞬間、用意していた台詞はすべて喉の奥で死滅した。

彼女は理由なんて一言も口にしなかった。「先生を守るため」とか「私にしかできないから」とか、そんな安い言葉で飾ることすらしなかった。

ただ、私を置いてお前が一人で死地に赴くことなど、物理的に許さない。その絶対的なエゴが、有無を言わせぬ圧力となって俺を縫い留めた。

 

『……分かった』

 

俺がそう返すしかなかった時の、彼女の微かに満足そうな、残酷で美しい目の色。

 

そして、俺がその場から逃げるように立ち去ろうとした直後のことだった。

物陰に隠れた俺の視界の端で、アルがカヨコに歩み寄っていくのが見えた。

 

『カヨコ、何やってんの』

 

便利屋68のボスとして、仲間が自ら死地に足を踏み入れようとしていることへの、当然の咎め。声には明確な怒りと焦りが混じっていた。

だが、カヨコはどこまでもドライに、作業報告でもするように言い放った。

 

『仕方ないじゃない。私がいないと、あの人すぐボロ出すんだから』

 

実務的なフォローを装ったその言葉から、どろどろとした執念と依存が透けて見えていることに、長年連れ添ったアルが気づかないはずはなかった。

アルは何かを言い返そうと口を開き、やがて深く、重い溜息をついた。

 

アルは俺に『二回目はないようにしなさいよ』と釘を刺した。あの時からずっと、俺とカヨコのいびつな関係性を、ボスとして静かに見守り続けていたのだ。ここでカヨコの鎖を断ち切るのは、自分の仕事ではないと悟ったのだろう。

 

『……ま、好きにしなさい。でも、ちゃんと帰ってきなさいよ。二人とも』

 

アルの口から出た『二人とも』という言葉の質量が、今になって俺の腹の底に重く響いてくる。

アルはもう、俺をただのクライアントや「シャーレの先生」としてではなく、鬼方カヨコという女の「男」としてカウントし、絶対に生きて戻れと要求していたのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「先生! 高度確認! 間もなく成層圏を突破し、熱圏へと突入します!」

 

ユウカの張り上げた声で、回想の海に沈んでいた意識が、現在時制のブリッジへと乱暴に引き戻される。

正面の巨大なメインモニター。猛烈な勢いで回転し続ける高度計のデジタル数字。

そして、眼下に広がる青い地球の湾曲と、見上げればどこまでも続く虚無の暗黒。

 

俺は自分の頬を、片手でパンッと強く叩いた。

シッテムの箱との接続は維持されたままで、身体の内側からじわじわと生命力を吸い上げられているような、気持ちの悪い倦怠感がこびりついている。

だが、もう気絶している暇はない。「大人」の、そして「指揮官」のレイヤーを、脳の最前面に引き上げる。

 

「みんな、ご苦労様。……現状のステータスを報告してくれ」

 

俺が「先生」としての声を張ると、ブリッジの空気が一段階、カチリと強固に噛み合った気がした。

リンが安堵の息をわずかに吐き、簡潔に状況の概要を読み上げ始める。

 

モニターの向こう側。

暗黒の宇宙空間に、巨大な影が姿を現し始めていた。

 

アトラ・ハシースの箱舟。

多次元解釈によって顕現した、絶対的な絶望の象徴。

画面越しに、俺はこいつを何度も見た。だが、現実の質量と重力を伴って目の前に迫るそれは、比較にならないほどの冒涜的な威圧感で、俺の網膜を押し潰そうとしていた。

 

ここから、始まる。

アリスの光の剣。ケイの消失。バリア突破。箱舟内部での占領戦。シロコ*テラーの急襲、そして……ナラム・シンの玉座で待つ、プレナパテス。

 

全部、知っている。

知っているからこそ、膝が笑いそうになる。逃げ出したい。怖い。

 

「多次元解釈システム、起動準備完了。先生、最終確認をお願いします」

 

ヒマリの涼やかな声が、ブリッジに響く。

十人の少女たちの視線が、一斉に俺に向けられる。

 

俺は、一拍だけ目を閉じ、そして、モニターの光に照らされるカヨコの背中をもう一度見た。

タイトな制服に包まれた、その細い背中。昨日、俺の腰を両脚で締め付け、絶対に日常に連れて帰れと呪いをかけた女の背中。

 

震えは止まらない。俺は鋼のメンタルを持った主人公なんかじゃない。

でも、俺には帰る場所がある。俺一人じゃなく、あいつと一緒に帰らなきゃいけない「日常」のソファがある。

 

「……多次元解釈システム、起動。——総員、突入準備」

 

左手の中指に触れ、金属の冷たさを確認してから。

俺は真っ直ぐに前を見据え、その言葉を口にした。

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