ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜 作:どうたぬき
狂乱、という言葉すら生ぬるい。
A.R.O.N.Aによるバックドアからのハッキングが直撃した瞬間、ウトナピシュティムの本船ブリッジは、完全な機能不全と阿鼻叫喚の坩堝へと叩き落とされた。
けたたましく鳴り響くレッドアラートの警報音。メインモニターを埋め尽くす、不吉で暴力的な真紅の警告ウィンドウ。照明が落ち、非常用の赤い光だけがブリッジ内を明滅しながら照らし出している。
リオの多次元解釈抑制プログラムがギリギリのところで本船の自爆シーケンスを食い止めてはいるものの、それは首の皮一枚で断頭台の刃を止めているに過ぎない。船の神経網の大部分は、既に未知のハッキングによって腐死していた。
「ヒマリ先輩! 航行系統の第3セクターから第8セクターまで、完全に応答しません! 推進器の制御、物理的に切り離しますか!?」
「待ちなさいモモカさん、下手に切り離せば箱舟の重力場に船体が引き千切られます! アユムさん、バイパスを第9セクターへ!」
「ダメです、バイパスのルート自体が書き換えられて……っ!」
全体指揮席のリンが血を吐くような声で全体の統制を図り、ユウカが端末破壊に向かった実働部隊への誘導を絶叫混じりに飛ばしている。
量子コンピュータの巨大なラックの前では、車椅子に乗ったヒマリが、冷や汗を流しながらも恐ろしい速度でハッキングに対する防壁コードを組み上げていた。その隣でハナコが理論演算を補助し、アヤネが実働部隊の生体モニタリングを必死に繋ぎ止めようとしている。
誰もが、自分の担当領域で死に物狂いの防衛戦を繰り広げていた。
たった二人を除いて。
戦況モニタリングと通信管理を担う、カヨコのコンソール。
そして、その隣に位置する、本船のシステム管理と補給系を担うアコのコンソール。
二人の目の前にあるディスプレイは、完全に『死んで』いた。
砂嵐のような電子ノイズが画面を這い回り、入力したコマンドはすべて「アクセス拒否」の冷たい文字列によって弾き返される。
通信経路そのものが、ハッキングによって物理的かつ論理的に根こそぎ切断されていた。カヨコが戦況をモニタリングするための「目」も、アコがシステムを管理するための「手」も、今のこのブリッジ内では完全に奪い取られていた。
カヨコは、死んだディスプレイを前にして、キーボードを叩き続けていた。
別の通信プロトコルへの迂回。周波数帯の無作為な変更。アナログな暗号通信による強制接続。考えうるすべての手段、すべてのバックドア、すべての非常用ルートを、機械のような正確さと速度で一つ一つ潰していく。
——エラー。
——エラー。
——エラー。
返ってくるのは、無機質な拒絶だけ。
ブリッジ側のシステムが完全に敵の掌中にある以上、ここからどれだけコマンドを叩こうが、通信パスが復旧することはない。その冷酷な事実を、カヨコの明晰な頭脳が理解していないはずがなかった。
カヨコの指が、キーボードの上で、ピタリと止まった。
ほんの一瞬。コンマ数秒の、完全な静止。
ディスプレイに表示されていた、あの男の位置情報を示す緑色のマーカー。それがノイズに飲まれて完全に消失した。
通信が途絶えた。
今、あの男が箱舟のどこにいるのか。どんな絶望の前に立たされているのか。生きているのか、死んでいるのか。
カヨコをこの世界に繋ぎ止めている唯一の絶対的なアンカーの所在が、世界から完全にロストした。
その事実が、カヨコの背骨を鋭い氷の刃となって貫いた、その一瞬の静止。
隣の席で、同じく死んだ画面を睨んでいたアコが、横目でその『カヨコの手が止まった瞬間』をはっきりと見ていた。
だが、アコは何も言わなかった。声をかける理由も、慰める理由もない。
カヨコは、すぐに手を動かし直した。
表情のパーツはミリ単位すら動いていない。まるで何事もなかったかのように、エラーを吐き出し続けるディスプレイの数値を確認する動作に戻る。
だが、アコには分かっていた。カヨコのその機械的な動作の下で、どろどろとした暗い執念と、制御不能な何かが臨界点を突破したことを。
カヨコが、無言でコンソール席を立ち上がった。
非常灯の赤い光が、彼女の冷ややかな横顔を照らし出す。その目に迷いは一切ない。
「……何をしてるんですか」
アコが、低く、咎めるような声で問いかけた。
カヨコは振り返らない。ただ、コンソールの横にあった自分のハンドガンを手に取り、マガジンの装弾数を確認しながら、ひどく平坦な声で答えた。
「通信パスが切れてる。ブリッジのシステムが掌握されてる以上、ここからじゃ絶対に復旧できない。……私が直接、箱舟の中を通って通信出力ブースターを等間隔で設置していく。そうすれば、閉鎖空間でのローカルネットが構築されて、先生の位置情報が取れる」
極めて論理的で、実務的な理由。
通信管理担当としての、状況を打破するための唯一かつ最善の判断。
その言葉の表面だけを掬い取れば、誰も彼女を責めることはできないだろう。
だが、アコは数秒間、黙ってカヨコの目を見ていた。
アコは何度もこの女の底知れなさを見てきた。首輪をつけられた犬のように先生に執着し、自分の領域を侵食していくこの女の『本性』を。
通信の復旧? 冗談ではない。
カヨコの本音は、そんな綺麗なものじゃない。
『私の男がどこで死のうとしているのか、この目で確かめに行く。そして、絶対に連れ帰る』
言葉にしない、いや、する必要すらないその狂気的な本音が、カヨコの赤い瞳の奥底で静かに、だが確実に燃え盛っているのを、アコははっきりと見て取った。
「……」
アコは小さく、だが深く、溜息をついた。
止める理由がない。いや、この女を言葉で止められる人間など、最初から存在しないのだ。
「……はぁ。しょうがないですね」
アコが、苛立たしげにコンソール席を立ち上がった。
そして、カヨコの隣に並び立つ。自分の愛用する拳銃をホルスターから抜き取り、スライドを引いて薬室に初弾を送り込んだ。
「来るの」
カヨコが、僅かに視線を向けて問う。
「当たり前でしょ。一人で行かせるわけにいきませんから」
アコはカヨコを睨み返し、冷たく言い放つ。
「あなたの素人同然の通信技術じゃ、箱舟の構造に合わせたブースターの最適配置なんて時間がかかりすぎます。行政官としてインフラ構築のノウハウがある私がやった方が、計算上、三百パーセントは早いです」
アコなりの、実務的な理由の盾。
だが、その底にある本音はカヨコと同じだった。あの男を、勝手に一人で死なせるわけにはいかない。
二人はそれ以上言葉を交わさず、携行用の小型通信出力ブースターを数個バッグに放り込むと、ブリッジの出口へと歩き出した。
その時だった。
修羅場の中心で防壁コードを叩き続けていたヒマリが、ふと、視線を上げた。
天才の瞳が、ブリッジを抜け出そうとする二人の背中を捉える。
一瞬の、視線の交差。
ヒマリはブリッジの全体像を完璧に把握している。カヨコとアコの担当システムが死んでいること。そして、この極限状態の中で、彼女たちがどこへ向かい、何をしようとしているのかも。
止めるべきだ。指揮系統を無視した単独行動は、本来なら許されない。
だが、ヒマリは車椅子の上から、ただ静かに一言だけ告げた。
「……通信ログだけは、必ず残してくださいね」
それだけだった。
許可でも、制止でもない。ただ、「データさえ残せば後で追跡できる」という、管理者としての最低限の条件。
ヒマリには、これ以上二人に割くリソースも、説教をする時間的余裕もない。だから、消極的に黙認した。いや、この狂った状況を打破するためには、彼女たちのその「論理外の執念」という変数に賭けるしかないと、天才の直感が弾き出したのかもしれない。
カヨコは無言で小さく頷き、アコも一瞥を返した。
重い金属の扉が開き、二人の姿がブリッジから消える。ヒマリは再びモニターに視線を戻し、何事もなかったかのようにハッキングとの死闘を再開した。
◇ ◇ ◇
ウトナピシュティムの本船内部は、ひどい有様だった。
ハッキングの影響でメイン動力の供給が不安定になり、通路の照明は明滅を繰り返し、不気味な赤い非常灯だけが二人の影を長く引き伸ばしている。壁の奥からは、配管が悲鳴を上げるような金属の軋み音が絶え間なく響いていた。
カヨコとアコは、足音を殺しながら本船の最下層、箱舟との接合部を目指して進んでいく。
分厚い隔壁をいくつか抜け、激突によってひしゃげた本船の装甲の裂け目を潜り抜けた瞬間、空気が劇的に変わった。
「……っ、何、これ」
アコが思わず息を呑む。
アトラ・ハシースの箱舟の内部。
ブリッジのモニター越しに見ていた景色とは、全く違う。
ひんやりとした、だが有機的な湿気を帯びた空気。壁面は金属でありながら、まるで巨大な生物の内臓のように、脈打つような不規則な文様が刻み込まれている。光源の分からない青白い光が、ゼリーのように歪む空間を照らし出していた。多次元解釈の残滓が、人間の視覚や平衡感覚にダイレクトに干渉してくる。
「……アコ。一つ目、置くよ」
カヨコの声に一切の動揺はない。
彼女は通路の角の壁面に、小型の通信出力ブースターを押し当て、マグネットで固定した。即座に携帯端末を操作し、起動を確認する。
『ピィィン』という微かな電子音と共に、ブースターのランプが緑色に点灯し、閉鎖空間の中に局地的なローカル通信網が形成され始めた。
「よし。これで第一セクターの通信はカバーできます。……次、行きますよ。急がないと」
アコが端末で状況を確認し、先行して歩き出す。
カヨコは無言でその後に続いた。
二人は、箱舟のさらに深部、玉座のある方向へと歩を進めながら、要所要所にブースターを設置していった。
だが、この異質な空間が、彼女たちの侵入を大人しく許すはずがなかった。
通路の奥の暗がりから、三体の防衛用のオートマタが姿を現した。
先ほどの実働部隊の占領戦によって主力は排除されているはずだが、残存していた防衛システムが、彼女たちの生体反応を検知して起動したのだ。
オートマタの銃口が、無慈悲に跳ね上がる。
「っ、邪魔ですね……!」
アコが即座に壁の陰に身を隠し、ホルスターから抜いた拳銃で側面から牽制の制圧射撃を放つ。
乾いた銃声が箱舟の回廊に反響する。
そのアコの銃声に被せるように、カヨコが動いた。
一切の無駄がない、極めて実戦的で泥臭い動き。
便利屋68の「日常」の中で、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、この程度の散発的な戦闘は息をするのと同じだ。
遮蔽物から半身だけを出し、ハンドガンの照準を正確にオートマタのコアへと合わせる。
タンッ、タンッ。
二発。
表情の筋肉すら動かさない冷徹な射撃。弾丸は敵の装甲の隙間を的確に撃ち抜き、一体の動きを完全に停止させる。
カヨコは撃ち終わると同時に射線を切り、次の遮蔽物へと滑り込む。戦闘の最中であっても、彼女の頭の中は「戦況モニタリング」の延長線上にある。敵の射線、アコの位置、自分の残弾数、そして次にブースターを設置すべき最適なポイント。
「アコ、右の壁面。二秒だけ撃ち続けて」
「分かってます!」
アコは、要求通りに正確なカバーファイアを行う。
その二秒の間に、カヨコは通路を横断し、残り二体のオートマタの死角へと回り込んだ。
タンッ、タンッ、タンッ。
連続した射撃音が響き、残りの敵も火花を散らして崩れ落ちた。
戦闘終了。時間にして、わずか十数秒。
カヨコは銃口を下げ、空になったマガジンを排莢して、新しいマガジンを手のひらで冷徹に叩き込んだ。残弾の確認。アコの負傷の有無。すべてを視線だけで済ませる。
「……終わりましたね。さっさと次を置きますよ」
アコが息を整えながら壁面に近づく。
「……うん」
カヨコは端末を取り出し、三つ目のブースターの起動シークエンスに入った。
『ピィィン』
電子音が鳴り、画面のプログレスバーが100%に到達した、その瞬間だった。
ザザッ……ピーーーッ。
カヨコの携帯端末の画面から、それまで覆い尽くしていたノイズが、嘘のようにサーッと引いていった。
出力ブースターの効果が閾値を超え、箱舟深部のローカルネットワークとの接続が確立されたのだ。
カヨコの赤い瞳が、画面の中央の一点に釘付けになる。
ディスプレイのマップ上に、一つの小さな、だがはっきりと明滅する緑色のマーカーが復活した。
シッテムの箱から発せられる、あの男の固有の生体信号。
——生きている。
位置は、現在地からさらに下層。箱舟の最深部、ナラム・シンの玉座へと向かって、シロコと思われるもう一つの反応と共に移動中。
カヨコは、画面を見つめたまま、一言も発しなかった。
表情のパーツは、相変わらずミリ単位も動いていない。外から見れば、ただの冷静なオペレーターが情報の確認を終えただけにしか見えない。
だが。
端末を握りしめているカヨコの右手の指先が、ほんの少しだけ、いや、強く、強く筐体を締め付けていた。
全身に入っていた強張りから、一瞬だけふっと力が抜けたのか。
その微小な、しかし彼女の精神の根幹を揺るがすような身体的変化を、隣に立ったアコだけは気配で感じ取っていた。
アコはカヨコの横から画面を覗き込み、マーカーの存在を確認する。
「……生きてますね。ほんと、しぶとい人」
毒づくようなアコの口調も、隠しきれない安堵の震えを帯びていた。
同時に、端末からヒマリの澄んだ声が、ノイズ混じりにだがはっきりと聞こえてきた。
『——あー、テスト、テスト。カヨコさん、アコさん、聞こえますか?』
「ヒマリ。こちらカヨコ、通信経路の構築完了」
『素晴らしい。実働部隊による端末の破壊が確認されました。これより本船のシステムを復旧し、箱舟との連結を解除します。……先生の位置は確認できましたか?』
「現在、最下層の玉座へ向けて移動中。……まだ止まってない」
カヨコの報告に対し、ヒマリは少しだけ沈黙を置き、告げた。
『実働部隊の面々が、これより先生の援護のために玉座方面へと向かいます。あなたたちも、合流を』
通信が切れる。
「行きますよ」
アコが踵を返し、通路の奥へと走り出す。カヨコもその後に続いた。
箱舟の内部構造は複雑に入り組んでいたが、マーカーの指し示す方向は明確だった。
通路を駆け抜け、開けた第4セクターの広間に出たところで、カヨコたちの視界に、見知った顔ぶれが飛び込んできた。
対策委員会のホシノたち、ゲーム開発部の面々、そして美食研究会。
ハッキングの元凶である端末を破壊し終え、満身創痍になりながらも、先生の元へ駆けつけようとしている実働部隊の少女たちだ。
「あれ? カヨコさんに、アコさん?」
いち早く気づいたセリカが、驚いたように声を上げる。
「なんでこんな最前線にいるのさ!? オペレーターじゃなかった?」
ホシノも銃を下ろし、不思議そうに首を傾げている。
カヨコは、息を整えることもせず、ただ平坦な声で答えた。
「……ハッキングで通信が落ちたから。復旧のためのブースターを置きに来ただけ」
嘘ではない。事実、彼女たちの手によって通信は復旧した。
だが、それが「わざわざ死地に足を踏み入れるための、ただの方便」であることに気づいている人間もいただろう。
しかし、今は誰もそれを追及しない。そんな暇はないのだ。先生が玉座へと向かっているのだから。
「私達も合流します。さあ、先生の援護に!」
アコが実質的な指示を出し、実働部隊と二人のオペレーターは一つの集団となって、玉座への降下ルートを駆け下りていく。
カヨコは、実働部隊の最後尾に近い位置を走りながら、前方の暗闇を凝視していた。
靴音が、箱舟の異質な床に反響する。
周囲の空気は、玉座に近づくにつれて明らかに密度を増し、重く、息苦しくなっていく。多次元解釈の残滓が視覚に干渉し、空間そのものが歪んで見え始めていた。
(……先生)
カヨコの脳裏に、ふと、あの日常の記憶がフラッシュバックした。
便利屋の事務所で、アルが自分に向けて放った、あの言葉。
『——カヨコ、あの人のこと好きなんでしょ。なら自分で決めなさい。いつも、そうしてきたでしょ』
アルは、カヨコという人間の生き方を、誰よりも理解し、肯定していた。
先生に許可を求める必要はない。
運命に許可を求める必要もない。
私が、あの男の隣に立つと決めた。私が、あの男を死なせないと決めた。
だから、ここに行く。
カヨコは、走りながら自分の手を強く握り込んだ。
思考を言語化する暇はない。ただ、アルのその言葉の記憶が、彼女の足にさらなる推進力を与える火薬となった。
走る速度が上がる。実働部隊の背中を追い越し、前へ、前へと。
カヨコの視界の先。
長い回廊の終点に、巨大な扉口が見え始めていた。
そこから、異質で、暴力的なまでの赤い光と、尋常ではないエネルギーの奔流が漏れ出している。
ナラム・シンの玉座。
そこで、何が起きているのか。
カヨコは、表情を変えないまま、ただ前だけを見て、その光の中へと飛び込んでいった。