ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜 作:どうたぬき
息が、喉の奥で焼け焦げるように熱かった。
暗く、ひどく冷たい回廊を抜け、俺とシロコはついにその空間へと足を踏み入れた。
アトラ・ハシースの箱舟、最下層セクション。
『ナラム・シンの玉座』。
そこは、箱舟の心臓部でありながら、異様なほどの静寂に包まれていた。
広大な空間。その中心には、巨大な構造物、玉座が鎮座しており、周囲を満たす未知のエネルギーが、青黒く、時に緋色に明滅しながら空間そのものを歪ませている。
そして、その光の中心に、三つの存在が立っていた。
俺は、荒い息を吐きながら、その「三つ」を凝視した。
まずは、黒い衣装に身を包んだ少女。シロコ*テラー。色彩に触れ、全てを失った果てのシロコの姿。
次に、彼女の傍らに浮かぶように存在する、青白いOSの少女。A.R.O.N.A。俺のシッテムの箱にいるアロナと瓜二つでありながら、その瞳からは一切の温かみが失われている。
そして、最後に。
中央に立つ、巨大で異形な影。
色彩の嚮導者、プレナパテス。
(……あれが)
俺は、無意識のうちに一歩、後ずさりそうになる足を、意志の力で床に縫い留めた。
俺は、あのプレナパテスの正体が何であるかを、知っている。
あれは、別の時間軸の『先生』だ。シロコを守るために全てを捧げ、色彩に侵食され、操り人形と成り果てた……
だが、画面越しで得た知識と、今、目の前にある現実の質量は、あまりにも違いすぎた。
目の前に立っているのは、自分と同じ背丈、同じ骨格を持った「死体」なのだ。
色彩によって、強制的に立たされているだけの、動く死体。
ぞわり、と。
背筋を這い上がるようなおぞましさと、鏡を見ているような共感がないまぜになった、名状しがたい感情が胸を塞いだ。
『先生……』
俺の持っているシッテムの箱から、アロナの震える声が響いた。
『この人は、もう——』
アロナがスキャンした結果を報告するまでもない。
プレナパテスの肉体は、生命活動をとうに停止している。色彩のエネルギーだけが、彼を「嚮導者」として無理やり駆動させているだけだ。
知っていた。俺は知っていた。
でも、アロナの口から「この人はもう死んでいます」と告げられる事実の重さは、俺の精神の柔らかい部分を容赦なく抉った。
俺にとって、プレナパテスはただの「ボスキャラ」ではない。
彼もまた、俺と同じようにこの世界にきて、俺と同じように生徒たちを愛し、ハッピーエンドを信じて走り続けた『人間』だったはずなのだ。
もしかしたら、俺と同じような「同人作家」だったかもしれない。同じように原作の知識を持ち、それでも運命に敗北した「転生者」だったかもしれない。
その『先生』が、今はただの亡骸として、かつての教え子を従えて立ち塞がっている。
「……先生」
隣に立つシロコが、静かに声を上げた。
彼女の視線は、自分と同じ顔をしたシロコ*テラーに真っ直ぐに向けられている。
「……行くよ」
シロコが、アサルトライフルを構え、シロコ*テラーへと歩み寄る。
自分と同じ顔をした、しかし全く異なる絶望を背負った存在。
シロコ*テラーもまた、無言で巨大な銃を構え、シロコを迎え撃つ体勢に入った。
激突。
銃声が玉座の空間に反響する。
だが、その勝敗は、始まる前から決まっていた。
「……っ!」
シロコの動きは洗練されている。アビドスでの戦闘経験、対策委員会としての誇り。
だが、シロコ*テラーは、そのシロコの動きを「知っている」かのように、いとも容易く躱し、捌き、そして圧倒的な力で弾き返した。
『経験』の差。
同じ身体、同じ能力を持ちながら、シロコ*テラーは「全てを失った後の時間」を生き延びてきた。
ホシノが死に、ノノミが去り、アヤネが息絶え、セリカが消えた。その絶望の荒野を一人で彷徨い、色彩に触れるまでの圧倒的な喪失の重量が、彼女の戦闘能力を次元の違うものへと引き上げているのだ。
「ぐっ……!」
シロコ*テラーの重い一撃を受け、シロコが後方へと吹き飛ばされる。
俺は咄嗟に前に出て、シロコの身体を受け止めた。
「シロコ! 大丈夫か!」
「……ん。平気。でも……」
シロコは怪我を負いながらも立ち上がろうとするが、ダメージは深い。
シロコ*テラーが、銃口を下げ、冷たい瞳で俺を見下ろした。
「……どうする?」
それは、原作通りに発せられた、シロコ*テラーからの問いかけだった。
自分の生徒が傷つけられ、強大な敵が立ち塞がるこの状況で、お前はどうするのか。
試している。この時間軸の『先生』が、プレナパテスと同じように自分たちを救おうとするのかを。
(……どうする、だと?)
俺は、シロコを背中に庇うようにして前に出た。
脳内で次のイベントフラグを立てる。
ここから始まるのは、P.H.T決戦。大人のカードを使った、プレナパテスとの真っ向からの削り合い。生徒たちが助けに来るまで、俺一人で凌がなければならない時間。
原作の先生は、鋼の意志でこれを凌ぎ切った。
だが、俺は凡人だ。ただのオタクだ。
それでも。
「……決まってんだろ」
俺は、震える手でスーツの内ポケットを探り、一枚のカードを取り出した。
虹色に光る、大人のカード。
同時に、プレナパテスもまた、その黒く変質した腕をゆっくりと持ち上げ、懐からカードを取り出した。
黒く染まり、歪に脈打つ、死者の大人のカード。
二枚のカードが、玉座の中心で対峙する。
同じ起源を持ち、同じように生徒を守るために使われてきた、二つの力。
(……来るぞ)
俺は奥歯を噛み締め、カードに己の生命力、時間と存在のエネルギーを注ぎ込んだ。
大人のカードの使い方は、ここまでの戦いで身体が覚えている。だが、プレナパテスという「同格」の存在に対して、どこまで通用するかは分からない。
「……来いっ!」
俺が叫ぶと同時。
プレナパテスの周囲の空間が爆発的に膨張し、黒いエネルギーの奔流が俺たちに向かって襲いかかってきた。シロコ*テラーもまた、側面から銃撃の雨を降らせる。
「アロナ!」
『はい、先生! シールド展開、最大出力!』
俺はカードの力を解放し、プレナパテスの攻撃を相殺するためのエネルギーを前方に展開した。
激突。
「——がはっ……!」
防御壁越しに伝わる衝撃だけで、全身の骨が軋み、肺から空気が強制的に絞り出される。
視界が赤と黒に明滅し、身体を構成する情報そのものが削り取られていくような、死に直結する激痛。
「はぁっ、はぁっ……!」
何度も膝を突きそうになる。もうダメだ、と脳が警報を鳴らす。
それでも、カードを握る手だけは絶対に緩めなかった。背後にはシロコがいる。俺が倒れれば、全てが終わる。
そして。
泥臭く、みっともなく、血と汗に塗れながら防衛戦を続ける中で。
俺のクリエイターとしての知覚、同人作家としての『観察眼』が、ある異常な事実に気づき始めた。
(……なんだ、これは)
プレナパテスの放つエネルギーの波、そのタイミング、力の配分。
シロコ*テラーとの連携の取り方、こちらが反撃しようとした時の防御の間合い。
それらがすべて。
ひどく、見覚えがあった。
(……同じだ)
理屈ではない。身体で、感覚で理解した。
プレナパテスの戦術の組み立て方、大人のカードのリソースの切り方が、俺と全く同じなのだ。
(こいつの動き……俺の『癖』と、同じだ……!)
ゲームのシステム的に同じだから、ではない。
もっと生々しい、「中の人間」の思考の癖だ。
同じ場所から来た。同じ身体に入った。同じように、手探りで大人のカードの使い方を覚え、同じように生徒を守るために足掻いてきた。
だから、ピンチの時の凌ぎ方や、捨て身になるタイミングが、恐ろしいほど俺と酷似している。
殴り合い、削り合いの激痛の中で、俺はプレナパテスが自分と完全なる『同族』であることを、痛烈に実感していた。
さらに。
プレナパテスの猛攻の中に、微かな、だが確かな『迷い』が混じっていることに気づく。
殺すための攻撃。しかし、どこか最後の最後で威力が殺されているような、手加減めいた間。
プレナパテスは、嚮導者として俺を殺さなければならない。だが、彼の中に残る『先生』としての意識が、同じ転生者である俺を、生徒を守ろうとしている俺を、自分の手で殺すことを無意識に躊躇っている。
(……お前も、俺と同じなんだな)
プレナパテスの放つ黒い波動をカードで弾き返しながら、俺の胸の奥で、悲哀と、どうしようもない怒りが混ざり合い始めた。
同じハッピーエンドを望みながら。
同じように生徒を愛しながら。
なんでお前は、死体になってまでこんなことをやらされてるんだ。
「……うおおおおおっ!!」
俺は、限界を超えた生命力をカードに注ぎ込み、プレナパテスの最後の大規模な攻撃を、真正面から相殺した。
ドゴォォォォォォンッ!!!
玉座の空間が光で満たされ、衝撃波が吹き荒れる。
光が収まった後。
「はぁっ……、はぁっ……」
俺は、全身をボロボロにしながらも、両足でしっかりと玉座の床に立っていた。
大人のカードのリソースは削られ、立っているのが不思議なほどのダメージを負っている。
原作の先生のように、涼しい顔で凌ぎ切ったわけじゃない。ひぃひぃ言いながら、みっともなく、命を削って凌いだ。
でも、結果は同じだ。俺は倒れなかった。
俺が立っていることを見て、プレナパテスとシロコ*テラーの攻撃が、ピタリと止んだ。
膠着状態。
「……凌いだ、ぞ」
血を吐き出すように呟いた、その時だった。
「——先生!!」
ナラム・シンの玉座へと続く巨大な回廊の暗がりから、真っ先に飛び出してきたのは、対策委員会のホシノだった。
続いて、ノノミ、セリカ。満身創痍で、制服をあちこち破き、硝煙と砂埃に塗れた彼女たちが、荒い息をつきながら玉座の空間へと雪崩れ込んでくる。
「先生、無事ですか!? ひどい怪我……っ」
ノノミが悲鳴のような声を上げ、駆け寄ろうとする。
だが、その足は数歩踏み出したところで、床に縫い付けられたようにピタリと止まった。
彼女たちの視線が、俺を庇うように立つシロコと、そして、その視線の先に立つ「もう一人のシロコ」を、同時に捉えたのだ。
「……嘘、でしょ」
セリカの喉から、掠れた声が漏れた。
ホシノのオッドアイが、限界まで見開かれている。歴戦の勘を持つ彼女の瞳は、目の前に立つ黒い装束の少女が、ただの偽物や幻影などではないことを本能で悟っていた。
自分の大切な後輩であり、家族同然の少女と、全く同じ顔をした、死神のような存在。シロコ*テラー。
対策委員会の三人に続き、ゲーム開発部の双子やユズ、美食研究会のハルナたちも次々と玉座へと駆け込んでくる。だが、彼女たちもまた、玉座の中央に立つプレナパテスとシロコ*テラーの異様な威圧感、そして俺とシロコの血みどろの姿を前にして、息を呑んで立ち尽くすことしかできなかった。
その、困惑と恐怖で凍りついた実働部隊の集団の、最後尾から。
足音すら立てず、一人の少女が、ぬるりと玉座の光の中へと姿を現した。