ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜   作:どうたぬき

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第20話:生還・エピローグ

ズンッ、と。

両足の裏から、固い土の感触と、キヴォトスの澄んだ空気の匂いが、痺れた脳天へと真っ直ぐに突き抜けた。

 

全身の服は大気圏突入の摩擦熱と度重なる戦闘で、全部燃え尽きて無くなり、剥き出しになった肌のあちこちの裂傷からは、生温かい血が流れ落ちている。シッテムの箱は煤だらけだった。

立っているのが不思議なくらいの、ボロボロの肉体。

だが、俺の肺は、確かに重力のあるキヴォトスの空気を吸い込み、吐き出している。

 

「……帰って、きた」

 

俺が自分の生存を、大気圏外からの無茶苦茶な落下と奇跡の果てに生還したという事実をようやく実感し、思わず膝から崩れ落ちそうになった、その直後だった。

 

「——先生っ!!」

 

周囲に集まっていた生徒たちの、安堵と歓声、そして悲鳴が入り混じる凄まじい喧騒の中。

厚い人垣を乱暴に掻き分けて、一人の少女が真っ直ぐに俺の元へと走ってきた。

 

鬼方カヨコ。

 

「お、おい、カヨ——」

 

俺が掠れた言葉を発するよりも早く。

彼女は俺の目の前で立ち止まるなり、両手で俺の血塗れの顔をガシッと掴み、強引に、逃げ場を塞ぐように引き寄せた。

 

「——んっ!?」

 

そして、周囲に生徒がいることなんか知ったことかとばかりに、俺の唇を深く、執拗に塞いだ。

 

「ちょ、え、ええぇぇ!?」

 

「あらあらあらあら〜〜〜!」

 

「か、カヨコさん!? ここ、皆見てますよ!?」

 

「……後で始末書をどう書かせるか、頭が痛いですね」

 

ユウカの鼓膜を破るような絶叫。ハナコの歓喜に満ちた声。アヤネの常識的なツッコミ。リンの冷静すぎる、しかし微かに呆れたような事務処理コメント。

周囲の空気が一瞬にして凍りつき、そして次の瞬間には大爆発を起こしたように沸騰する。

 

だが、そんな周囲のバカ騒ぎなど、今の俺たちには全く関係なかった。

カヨコの柔らかい唇から伝わる熱と、微かに掠めるビターな香水の匂い。それが、俺の傷だらけの神経に「現世」という絶対的なアンカーを打ち込んでいく。

 

ああ。本当に、俺は帰ってきたんだ。

俺は、驚きで丸太のように固まっていた身体の力をゆっくりと抜き、彼女の細い腰にそっと手を回した。

 

ゆっくりと、糸を引くように唇が離れる。

鼻先が触れ合うほどの至近距離で、カヨコが俺の目を見た。

その赤い瞳は、普段の無気力で冷静な彼女からは想像もつかないほど、充血して真っ赤に染まっていた。

俺の落下を確信して泣くのを堪えていたのか、それともずっと、大気圏の彼方を瞬きもせずに見上げ続けていたからなのか。

 

「……遅い」

 

かすれた、ひどく低い声で、彼女が言った。

 

「ははっ。……ただいま」

 

俺が血の滲む口元を歪めて笑って返すと、カヨコはふっと、本当に少しだけ、憑き物が落ちたように安堵して目を細めた。

 

「ちょっと、そこのバカップル! いい加減にしなさい!」

 

せっかくの生還の余韻を物理的にぶち壊すような鋭い声と共に、人垣の中からアコがずかずかと歩み寄ってきた。

カヨコの隣に立ち、仁王立ちで俺を見下ろす。

その顔は、いつも通りの不機嫌そうな、神経質に眉間に皺を寄せた顔だった。だが、カヨコが俺にキスしたのを真正面から見たはずなのに、それについては一言も触れようとしない。

 

アコは、自分が肩に羽織っていた救護用の厚手のブランケットを、無言のまま、半裸同然の俺の頭からバサリと乱暴に被せてきた。

 

「……いつまでそんな格好でいるつもりですか!? 世界を救った英雄が公然わいせつだなんて、風紀委員会でどんな報告書を書かされるか分かってますか!?」

 

完全に八つ当たりだ。この世界が終わりかけた極限の直後、奇跡的に生還した人間に対して「公然わいせつ」と「報告書の手間」でキレる神経がどうかしている。

 

だが、それがアコの着地の仕方なのだ。

彼女の目は、よく見れば微かに赤く潤んでいる。本当は生還に安堵しているのに、感情を理屈と小言で殴る女。恋愛の清算はしない。カヨコが抜け駆けしたことを認めも許しもしない。ただ、「風紀と書類」を盾にして、日常を無理やり回し続ける。それが彼女なりの、最大限の「お帰り」だった。

 

(……この女、すげぇな)

 

俺は内心で呆れながらも、ブランケット越しに伝わるアコの不器用な優しさに、少しだけ救われた気がした。

 

「……すまん、とりあえず隠すな」

 

俺は苦笑しながら、そのブランケットをきつく身体に巻き付けた。

 

周囲を見渡す。

ハナコが楽しそうに笑い、ユウカが「先生のバカ!」と頭を抱え、アヤネが慌てて救急箱を開けて駆け寄ってくる。

リンが通信機で連邦生徒会への緊急報告を始めている。

世界が、俺の愛した日常が、確かに回り始めている。

 

ふと、俺は玉座で自分が叫んだ言葉を思い出した。

『俺は偽物だ』『二次創作だ』『別の世界から来た同人作家だ』。

ここにいる全員が、あのイカれた告白を聞いていたはずだ。

 

だが、今、誰もそのことを問い詰めてこない。世界を救った直後の混乱のせいか、それとも俺とカヨコのキス騒動のせいか。あるいは、彼女たちなりに、俺の本気の目を信じて、あえて棚上げにしてくれたのか。

 

一人だけ、シロコが俺の顔をじっと見つめていた。

何かを言いたそうにして、言わない。代わりに、彼女は小さく、本当に優しく笑った。

 

「先生は、先生だから」

 

その一言が、すべてだった。

偽物だろうが、別の世界から来ただろうが、先生は先生。彼女にとっては、それで十分なのだ。プレナパテスから託された想いも、俺のしょうもないエゴも、全部丸ごと受け入れてくれた笑顔だった。

 

(……いつか、ちゃんと全部話さないとな)

 

俺は心の中で誓った。でも、今日じゃない。

今日は、帰ってきた日だ。

この愛おしく騒がしい、バカみたいな世界に。

 

◇ ◇ ◇

 

数週間後。

キヴォトスの空は、すっかり元の抜けるような青さを取り戻していた。サンクトゥムタワーの破壊痕も急ピッチで修復されつつあり、世界は完全に、そして退屈なほどの日常へと回帰していた。

 

俺とカヨコは、便利屋68の事務所の前に立っていた。

付き合っていることは、もう隠していない。あれだけ派手に全員の面前でディープキスをかましたのだから、隠すだけ無駄だ。

 

ドアを開けると、いつもの雑然とした、しかし居心地の良い空気が広がっていた。

 

「……あんたたち、いつの間に」

 

デスクから顔を上げたアルが、わざとらしく目を丸くして驚いてみせた。

知ってた顔だ。あの日、アビドス砂漠で俺たちに『二回目はないようにしなさいよ』と釘を刺した時から、全部知っていたくせに。便利屋のボスとしての体面を保つために、一応驚いてみせているだけだ。

 

「もうヤっちゃったの?」

 

ソファに寝転がって雑誌を読んでいたムツキが、ニヤニヤしながら容赦のない直球を投げてくる。

 

「……ムツキ」

 

カヨコが無表情のまま低く名前を呼ぶが、ムツキは全く怯まない。

 

「その顔は、ヤった顔だ! クフフッ、先生、やるぅ!」

 

「あわわ……っ! お、おめでとう、ございます……っ!」

 

ハルカが顔を真っ赤にして、頭から湯気を出しながら、プルプルと震えて九十度のお辞儀をしている。

 

世界を救ったとか、箱舟がどうとか、プレナパテスと対峙したとか。そんな壮大な話は、この事務所の中では一切出ない。

彼女たちにとっては、「うちのカヨコに彼氏ができた(しかも相手は先生)」ということの方が、よっぽど世界を揺るがす大事件なのだ。

 

「あ、そうだ先生。これ、シャーレのデスクの裏に落ちてたから、回収して持ってきたよ〜」

 

ムツキが、思い出したように一枚の分厚いクリアファイルを取り出した。

それを見た瞬間、俺の全身の血の気が、滝のようにサーッと引いていった。

 

「ま、待てムツキ! それは——っ!」

 

遅かった。

ムツキがファイルをバサリと逆さにすると、中から大量の紙束が床にこぼれ落ちた。

俺がこのキヴォトスに来てから、深夜に手癖で描き溜めていた……カヨコのラフスケッチの束だ。

表情の研究。様々な角度からの顔。鎖骨から肩甲骨へのラインのスケッチ。パーカーのシワの描き込み。

そして、その中に数枚混じっている、明らかにR指定の、事後の妄想をねっとりと書き殴った構図のラフ。

 

「先生ーーー! これなにかなーーー!?」

 

ムツキが、歓喜と糾弾のハイブリッドのような声を上げ、ラフの一枚をヒラヒラと振る。

 

俺の魂が、口から半分抜けかけた。

弁明の余地がない。同人作家の業だ。目の前に極上の被写体がいて、しかもそれが自分の惚れた女であれば、描かずにはいられなかった。

でも、それが本人の前で、しかも仲間たちの前で白日の下に晒されるなんて、公開処刑以外の何物でもない。世界を救った英雄が、ただのド変態スケッチ魔に堕ちた瞬間だった。

 

カヨコが、無表情のまま、床に散らばった原稿の一枚を拾い上げた。

 

「……へぇ」

 

ペラッ、とページをめくる。

 

「……ふーん」

 

俺は、床に両膝を突き、完全な土下座の構えに入った。額が冷たい床に触れる。

 

「あの、カヨコさん。これはですね、その、あくまで人体構造の学術的な探求と言いますか……」

 

「……ここの、腰からお尻にかけての描き方。ちょっと違う」

 

「……え?」

 

俺は間抜けな声を上げ、土下座のまま顔を上げた。

 

カヨコは、俺が描いた『ベッドの上でシーツに絡まる彼女自身』のR指定ラフをじっと見つめながら、ひどく冷静なトーンで言った。

 

「実物、見てるんだから……次からはちゃんと、正確に描いて」

 

俺の脳が、完全にフリーズした。

え? 怒ってない? いや、怒っているのか?

実物を見てるんだからちゃんと描けって、それはつまり、これからも俺の『モデル』になってくれるという事後承諾か?

いや待て、R指定のやつを見たよな? 腰の描き方が違うって、俺のデッサンの甘さを指摘してるのか?

 

「あははははっ! 先生、顔真っ赤!」

 

ムツキが腹を抱えて爆笑し、アルが「もう嫌、この空間……」と両手で顔を覆って頭を抱えている。ハルカは完全にキャパオーバーを起こして、目を回して立ったまま気絶していた。

 

(……ああ。俺は、この女に一生勝てない)

 

アビドス砂漠のコンテナで悟った事実が、ここに来て完全に、決定的に追認された。

一生勝てない。この圧倒的な事後承諾と、度肝を抜くほどの包容力。

そして、それが死ぬほど嬉しい。

 

俺はふらふらと立ち上がり、カヨコの隣のソファに腰を下ろした。

カヨコが、キッチンからマグカップを二つ持ってきて、一つを俺の前に無言で置く。

 

一口飲む。

 

「……ん、甘っ」

 

「徹夜明けのバカ舌には、それくらいがちょうどいいでしょ。……砂糖二つに、ミルクたっぷり」

 

「……完璧です。さすが」

 

「ふーん」

 

いつもの、他愛のないやり取り。言葉に出して注文しなくても、俺のしょうもないオタクの味覚は完全に把握されている。

窓の外には、青い空が広がっている。

世界は救われた。プレナパテスから託された「生徒たちをよろしく」という言葉。……ああ、今のところ、なんとかよろしくやっているよ。

 

俺は、マグカップを持つ左手の中指に嵌められた黒い指輪に、そっと触れた。

高度七万五千メートルから落ちても、俺の指から離れなかった、奇跡の痕跡にして、俺をこの世界に縛り付ける絶対的な鎖。

 

カヨコが横目で俺の手を見る。何も言わない。ただ、コーヒーカップを持つ彼女の右手が、ほんの少しだけ、俺の左手に触れる距離まで寄った。

 

日常が、回っている。

失われかけたラブコメのコンテクストが、俺たちの元に確かに帰ってきた。

 

世界は救われ、俺は帰ってきた。そして、隣にはカヨコがいる。

俺が、俺の意志とエゴで書き換えた、最高のハッピーエンド。

 

窓の外の景色が、少しずつオレンジ色に染まり始めている。

 

「……そろそろ、帰ろっか」

 

カヨコが、空になったマグカップをデスクに置き、立ち上がった。

 

「ん。そうだな」

 

俺も立ち上がり、二人で便利屋の事務所を後にする。アルの頭を抱える声と、ムツキの笑い声が、ドアの向こうに遠ざかっていく。

 

キヴォトスの夕暮れ。並んで歩く二人の影が、赤く染まったアスファルトの上に長く伸びている。

歩くたびに、カヨコの右手の甲が、俺の左手に微かに触れた。中指に嵌められた黒い指輪が、カチリ、と小さな音を立てる。

 

カヨコが、ふと立ち止まった。

 

振り返った彼女の赤い瞳が、夕陽に透けて、ひどく綺麗で、そして——恐ろしいほどに艶を帯びていた。

 

「……先生」

 

「ん?」

 

カヨコは、俺の左手を取り、その黒い指輪の嵌った中指の根本に、そっと自分の細い指を絡めた。

 

「さっきのスケッチの、腰のラインの答え合わせ。……家に帰ったら、ちゃんとしてあげる」

 

耳元で囁かれた、ハスキーで、暴力的なまでに甘い声。

 

「だから、早く帰ろ。……私の、先生」

 

背筋に、ゾクッと痺れるような電流が走る。

俺は、彼女に絡められた手を強く握り返し、完全に観念したように笑った。

 

俺が、俺の意志で書き換えた、最高のハッピーエンド。

その先の日常は、どうやら世界を救うよりもずっと、心臓に悪く、そして極上に淫らな日々になりそうだった。




主人公とカヨコの物語は、一先ずこれで終わりです。
これまで、お付き合い頂きありがとうございます!
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