【完結】ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜   作:どうたぬき

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第4話:レシート

「……あと、一日。いや、実質あと半日か……?」

 

シャーレの執務室で、俺はデスクの上に広げられた膨大なレシートや領収書の山を前に、文字通り魂の抜けた顔で計算に耽っていた。

脳裏をよぎるのは、数日前にシャーレにやってきたミレニアムサイエンススクールのセミナー会計、早瀬ユウカのあの冷徹極まりない、しかし一切の妥協を許さない音だ。

 

『先生、今月中にすべての経費精算レシートを整理して提出してください。一枚でも使途不明金や不備があれば……分かっていますね?』

 

思い出すだけで胃がキリキリと痛む。あの電卓のように正確で容赦のない数字の鬼に睨まれたら、キヴォトスのいかなる超人であっても冷や汗を流さざるを得ない。

だからこそ、俺はここ数日、必死になって日々の買い物のレシートを「シャーレの経費」と「俺の私費」に分類する作業を続けていたのだが――

 

「……マ、マジで危ねえ。これ、もしユウカの目に触れてたら、予算凍結どころか俺の社会的生命が今度こそ消滅してたぞ……っ!」

 

俺は、数枚のレシートを掴み、まるで国家機密を隠すスパイのような手つきで、他の経費レシートから大慌てで引き離した。

そのレシートの束は、すべて俺の「私費」で購入されたものだ。

 

しかし、問題はその購入場所と、そこに印字された品名だった。

ブラックマーケットの片隅にある怪しい同人ショップや、D.U.地区のオタク向け専門書店のレシート。そこには重度のオタクであり、今もその魂を引きずっている俺が、資料や趣味として買い漁った『成人向け同人誌』や『DL販売のデジタル明細』の記録が、これ以上ないほど鮮明に、かつ残酷なまでにカタカナや記号で印字されていたのだ。

 

シャーレの公金に手を付けたわけじゃない。完全に俺のポケットマネーだ。

だが、同じ財布の中に放り込んでいたせいで、経費精算用のレシートの束と物理的にごちゃ混ぜになってしまっていた。

 

もし、この「〇〇本」とか「△△アンソロジー(おまけCG付き)」なんて文字がびっしり書かれたレシートが、あの生真面目なユウカのチェックに引っかかったらどうなるか。

『せ、先生……ッ!? シャーレのデスクで、なんて破廉恥なのものを……っ!!』と真っ赤になって怒り狂うユウカの姿が、あまりにも容易に想像できてしまう。

 

「隠さなきゃ、完全に隔離しなきゃダメだ。シュレッダーにかけるか? いや、今シュレッダーは壊れていたんだ!手作業なのか!」

 

ユウカという名の監査の恐怖。俺は完全に心拍数を跳ね上げさせながら、頭を抱え世界一かっこ悪いパニックに陥っていた。

 

「カサカサ、シュッ、バサッ!」

 

俺はまるで、違法な密輸品を隠蔽する犯罪者のような手つきで、レシートの山に手を突っ込んでいた。

 

経費のレシート。オタクのレシート。経費、オタク、経費、オタク……!

 

高速で仕分けをしながら、ヤバい文字が印字された紙切れを引き出しの最奥へと突っ込んでいく。

 

「……先生、何してるの?」

 

「ひゃいっっ!?」

 

背後から突然かけられた低く冷ややかな声に、俺の心臓は文字通り口から飛び出そうになった。 飛び上がりながら振り返ると、そこにはシャーレの当番としてやってきたカヨコが、いつものパーカー姿で突っ立っていた。その瞳が、机の上のレシートの束と、それを両手で必死に覆い隠そうとしている俺の哀れな姿を交互に捉えている 。

 

「か、カヨコ……! いつからそこに!?」

 

「ついさっき。自動ドアの音、気づかなかったんだ」

 

カヨコは呆れたように息を漏らし、ゆっくりとデスクに近づいてくる。

俺は本能的に、オタクのレシートが載っているエリアを手で隠した。だが、その必死すぎる隠蔽工作自体が、逆に「ここに何かありますよ」と大声で宣伝しているようなものだった。

カヨコの目が少しだけ細くなる。

 

「……何隠してるの? もしかして、また変な音楽の聴きすぎで頭でもおかしくなった?」

 

「違う! 変な音楽じゃないし、頭もいつも通りまともだ!」

 

俺は脳を高速で回転させた。

 

(待て。ここでカヨコを誤魔化しきれるか? いや、無理だ。この娘はめちゃくちゃ勘が鋭い。それに、ここでカヨコに変に怪しまれてレシートの隔離に失敗したら、明日にやってくるユウカの監査で、俺のオタクの全貌が白日の下に晒されることになる……!)

 

ユウカにこのレシートを見られるくらいなら……。

俺の最もしょうもないキチゲ解放の姿を見ても引かなかったカヨコに、すべてを打ち明けて協力を仰ぐ方が、確率的には一兆倍マシなんじゃないか !?

 

俺は引き出しを掴んでいた手を離し、デスクに両手を突いて、カヨコに向かって深々と頭を下げた。

 

「カヨコ、頼む!! 一生のお願いだ、これを見なかったことにしてくれ、いや、むしろ隔離処分を手伝ってほしいんだ……っっ !」

 

「……は?」

 

頭を深く下げた俺の頭上から、カヨコの冷ややかな、そして心底困惑したような声が降ってくる。

だが、もう後に退くことはできない。

 

「これだ……。これの仕分けを、手伝ってほしい。ユウカに見られたら、俺はシャーレに居られなくなくなる……!」

 

俺はデスクから手を離し、恐る恐る、隠していたレシートの束を差し出した。

カヨコは不信感を隠さないまま、細い指先でその紙切れを一枚、つまみ上げる。

 

「……何これ。……ブラックマーケットの裏通りにある、同人専門店のレシート?」

 

カヨコの瞳が、レシートに印字された無慈悲な明細の文字を上から下へとスキャンしていく。

カサリ、と紙が擦れる音が、妙に生々しく執務室に響いた。

 

「『感情が重すぎる闇堕ち美少女のハッピーエンド合同誌』……『地獄の底から這い上がった二人が最終的に救われる本』……何、これ。先生の趣味?」

 

「うっ……! そ、そう、趣味。ただの資料、いや趣味だ……!」

 

印字された同人誌のタイトルをカヨコの口から淡々と読み上げられるだけで、精神がゴリゴリと削られていく。買い漁った俺の好みの性癖が詰まった本たちの記録。恥ずかしさで顔が爆発しそうだ。

 

だが、カヨコの鋭いプロファイリングは、そこで止まらなかった。

彼女はレシートの『購入日時』と『金額』、そしてその異常な購入頻度をじっと見つめ、それから俺のデスクの脇にある、資料整理用のペンタブレットや、アイデアを書き留めたノートへと視線を走らせた。

 

カヨコの目が、スッと細くなる。

 

「……ねえ、先生」

 

「は、はい」

 

「これ、ただの読者の買い方じゃないよね。……新刊が出るたびに、同じサークルの過去作まで網羅して、しかもプロ向けの画材やデジタルソフトの領収書が同じ日付で並んでる」

 

「あ、いや、それはその……」

 

「先生。……ただ読んでるだけじゃないでしょ」

 

カヨコはレシートを机にトントンと叩いて揃えると、俺の顔を覗き込んできた。その瞳には、確信に満ちた光が宿っている。

 

「……これ、自分で『作ってる』側の人間だよね。それも、かなり熱量の高い、同人作家の」

 

「ひっ!?」

 

完全に、心臓が停止した。

ただのドスケベオタクだと思われるならまだしも、同人作家であることまでレシートの買い物の傾向だけで一発で見破られた。

 

「あ、あわ、わ……違うんだカヨコ、いや、趣味のサークル活動の延長であってだな……っ!」

 

俺の口からは、もはや意味をなさない引き攣った音しか出てこなかった。

同人作家であることを見抜かれただけでも致命傷なのに、カヨコは手元に残ったレシートの束を、さらに執拗に、細い指先で弄びながら凝視している。

 

「……ねえ、やっぱり面白いね、先生の買う本」

 

カヨコがデスクにさらに身を乗り出してくる。

パーカーの隙間から、彼女の細い鎖骨と、その下で小さく上下する胸元の質量が至近距離に迫る。だが、今の俺にはそれをドスケベな目で見る余裕なんて1ミリもなかった。カヨコの瞳は、完全に獲物の生態を解剖する学者のそれだったからだ。

 

「……どれを見ても、最初はすごくシリアスで、ボロボロになって、救いがないくらい追い詰められるのに。……最後は絶対に、不自然なほど綺麗なハッピーエンドで終わる本ばかり」

 

「い、いやいや! それはたまたまセールでまとめ買いしただけっていうか、全体的な傾向としてはもっとバラエティに富んだ——」

 

「これなんか、タイトルに『闇堕ち』って入ってるのに、わざわざ帯に『救済ハッピーエンド』って書いてある」

 

言い訳が完走する前に、レシートの物的証拠で叩き潰された。

 

「……先生って、女の子が酷い目に遭ったり、曇ったりするシチュエーションが、本当はものすごく好きなんだよね?」

 

「ぶっっ……!?」

 

心臓が嫌な跳ね方をした。

 

俺が描いていた同人誌の傾向、そして好んで買い漁っていた作品の共通点。それはまさにカヨコの言う通りだった。

 

重い過去、すれ違う感情、ドロドロとした精神的な負荷。女の子がボロボロになって涙を流すようなシチュエーションが大好物なのに、根がチキンで純情なオタクだから、最終的には絶対にハッピーエンドで救われてほしい——。

 

そんな、俺の歪んで、だけど最高にピュアなエロの性癖のコアを、カヨコは淡々とした声で抉り出していく。

 

「酷い目に遭わせたいのに、最後は自分の手で幸せにしてあげたいんだ……。……ふーん。先生って、思ったよりずっと独占欲が強くて、歪んだ保護欲を持ってるんだね。……すごく面倒くさい性癖だね」

 

「や、やめてくれカヨコ……! 頼むからそれ以上、俺の脳内を、俺の魂の同人誌を言語化しないでくれ……っ!」

 

俺は両手で顔を覆い、デスクに突っ伏して絶叫した。

ただのエロ本のレシートから、自分の精神構造、ひいては同人作家としての作家性まで完璧にみくびられた。恥ずかしすぎて全身の毛穴から嫌な汗が噴き出してくる。

 

だが、カヨコはそんな俺の悶絶ぶりを冷たく見下ろす……わけではなかった。

耳元に届く彼女の呼吸が、わずかに熱を帯びている。

顔を覆った指の隙間から、カヨコの目が見えた。 ——楽しんでる。この女、完全に楽しんでる。

 

「……別に、責めてるわけじゃないよ。……むしろ、ちょっと感心してる」

 

カヨコはフッと小さく息を漏らすように笑うと、俺の耳元に向けて、低く、ねっとりとした声を滑り込ませてきた。

 

「……ねえ、先生。そのハッピーエンド、……私でも、描いてくれるの?」

 

「っ……!?!?!?」

 

脳の全回路が一瞬でショートした。情報が脳内でガッチャンコして、俺は真っ白になったまま、ただただカタカタと震えることしかできなかった。

 

「う、ううう……頼むから、もうその辺で勘弁してくれ……っ」

 

俺はデスクに額を擦りつけたまま、消え入りそうな声で懇願した。

脳のヒューズは完全に焼き切れて、顔面は尋常じゃない熱を帯びている。カヨコに同人作家であることを見抜かれ、さらに「曇らせからの救済ハッピーエンド」という魂の性癖の核までプロファイリングされ、極めつけには「私でも描いてくれるの?」という最大級のカウンター。

夜な夜なひとりでシコシコと業を煮詰めていたオタクにとって、これ以上の社会的・精神的な公開処刑は存在しなかった。

 

「……冗談だよ。そんなに怯えなくてもいいのに」

 

カヨコがフッと小さく、呆れたように笑う気配がした。

ゆっくりと顔を上げると、カヨコはすでに俺をからかうのをやめ、デスクの上のレシートの山へと視線を戻していた。

 

「ほら、先生。早く仕分けしちゃわないと、ミレニアムのあの子、もうすぐ来るんじゃないの?」

 

「えっ……あ、ああ、そうだった!」

 

ユウカの襲撃という現実のタイムリミットを思い出し、俺は慌ててレシートに手を伸ばそうとした。だが、その前にカヨコの白く細い指先が、驚くべきスピードでレシートを二つの山へと分けていく。

 

「これは『シャーレの経費』。……で、こっちの、タイトルがすごく長い、先生の『大事な趣味』のレシートは、引き出しの一番奥に隠しておく」

 

カヨコの手際は、信じられないほど的確で迅速だった。

レシートの品名に書かれた怪しい単語や、オタク書店のロゴを見ても、彼女は眉一つ動かさない。ただ淡々と、しかし確実に、俺の「尊厳」を早瀬ユウカの冷徹な目から隔離してくれているのだ。

 

「……カヨコ、お前……聖女か……?」

 

「何言ってるの、馬鹿なこと言ってないで手を動かして」

 

口調はいつも通り少しドライだが、カヨコは俺の『オタクの秘密』を誰にも言わずに共有し、それを守ることに一切の抵抗を示していなかった。

この前の深夜のヘドバン、そして今回のエロ同人レシート。キヴォトスの誰も、あの完璧な「先生」がこんなにもしょうもなくて、歪んだ性癖を持ったオタクだなんて知りもしないだろう。

それを、鬼方カヨコという一人の少女だけが、すべて知っている。

 

カサササッ、と小気味いい音を立てて、すべてのレシートの仕分けが完了した。

カヨコは、俺の性癖がびっしり詰まった「私費のレシート」の束をトントンと机で揃えると、俺の目の前にある、鍵付きの引き出しの中へと滑り込ませた。

パチン、と引き出しが閉まる。俺の秘密が、無事に闇へと葬られた瞬間だった。

 

「これで大丈夫。あの子が来ても、何も怪しまれないよ」

 

カヨコは椅子から立ち上がり、パーカーのポケットに両手を突っ込んだ。

そして、オフィスの自動ドアに向かって歩き出し、すれ違いざまに、俺の耳元へともう一度だけ、あの低くて甘い声を落としていった。

 

「……秘密、守ってあげたんだから。……今度、そのハッピーエンドの本、私にも読ませてね。先生」

 

「っ……!」

 

振り返ったカヨコは、悪戯が成功した子供のようにフッと艶っぽく微笑むと、今度こそ静かにオフィスを出て行った。

 

パタン、とドアが閉まる。

 

俺は鍵のかかった引き出しを見つめながら、深いため息を吐くと同時に、ドクドクと不規則に跳ね上がる胸の鼓動を必死に抑え込んでいた。

 

(カヨコ、底が知れねえ……。っていうか、完全に弱み握られちまったじゃねえか……っ!)

 

ユウカの恐怖からは逃れられたものの、それ以上に強烈な「カヨコ」という沼に、俺は一歩一歩、確実に引きずり込まれているかもしれない。

 

鍵付きの引き出しに手を触れた。冷たい金属の感触。

 

……鍵を二重にかけた。

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