ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜 作:どうたぬき
カンカン、と乾いた金属音が遠くで鳴り響き、怪しげなネオンの光が煤けたコンクリートの路地を紫や緑に染め上げている。
ここはどの学園にも属さない、法も秩序も通用しない無法地帯『ブラックマーケット』。
漂ってくるのは出所の怪しいジャンクフードの油の匂いと、火薬、そして錆びた鉄の匂いだ。
「ふ、ふふん! さあ、便利屋68の明日の糧を求めて、このブラックマーケットの闇を暴きにいくわよ!」
アルがコートの裾をバサァと翻し、いつものように自信満々なアウトロースマイルで雑踏へと進んでいく。その後ろをムツキが「何があるかなー」と爆弾のピンを弄びながらケラケラと笑い、ハルカが「アル様の歩く道を邪魔する不届き者は、私がこの場で埋め立てます……っ!」とショットガンを抱えてキョロキョロしている。
俺はシャーレの当番であるカヨコと並んで、その騒がしい三人の背中を追いかけていた。
「……相変わらず、ここは空気が悪いね」
カヨコがパーカーの襟元を少し引き上げ、口元を隠しながら呟く。
この前のレシート事件からだろうか、カヨコが俺の隣に並ぶ時の距離が、ほんの数センチだけ近くなった気がする。気のせいだと思いたい。オタク特有の自意識過剰だと。
「お、おい、みんな。あんまり勝手に奥に行くなよ。今日の目的は、闇市に横流しされたっていうシャーレの押収備品の確認なんだから——」
先生として便利屋のメンバーを宥めつつ、立ち並ぶ露店のジャンク品に目をやった、その時だった。
ひときわ怪しいホログラムのジャンクパーツや出所不明の電子基板が山積みにされた露店の片隅に、それが転がっていた。
「……ん? なんだこれ」
俺のオタクのアンテナがピピッと反応した。
いかにもサイバーパンクな雰囲気を醸し出している、無骨なデザインの『メガネ型デバイス』。レンズの端に小さなLEDが仕込まれており、フレームには細かく幾何学的なスリットが入っている。
そのフレームの端に、見覚えのある小さな刻印を見つけて、俺は目を見開いた。
(……あ、これ、ミレニアムの『エンジニア部』のロゴじゃん)
あの技術力過剰な天才&奇才集団、ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部。彼女たちが作った試作品が、どういうルートを辿ったのか闇市に流れ着いたらしい。
露店のジャンク親父に声をかけると、ふん、と鼻を鳴らして教えてくれた。
「ああ、そいつかい。ミレニアムのガキどもが作った『対人感情可視化デバイス』とかいう試作品の横流し品さ。要するに、そいつをかけて相手を見ると、自分に対する『好感度』がリアルタイムで数値化されてレンズに表示されるって代物だよ。まぁ、数値がデタラメに跳ね上がる欠陥品だから、誰も買わねえジャンクだけどな」
「好感度、可視化……?」
脳内に電流が走った。
ブルアカ世界のミレニアム製謎デバイス。それは二次創作において最も定番であり、最も恐ろしいイベントを引き起こす、いわば『お約束の凶器』だ。
「へぇ、面白そうじゃん、先生。ちょっと貸してよ」
横から覗き込んできたムツキが、ニヤニヤしながらそのメガネに手を伸ばそうとする。
「あっ、おいムツキ、危ないから触るなって——!」
慌てて奪い取ろうとした俺の手がムツキの手と交差し、弾かれたメガネ型デバイスが宙を舞った。
そして運悪く、あるいは同人の神様の計らいによって、その無骨なメガネは俺の顔面に完璧なシンデレラフィットでパチャッと装着されてしまった。
ピピッ、とレンズの端のLEDが妖しく明滅し、俺の視界にデジタルなグリッド線が展開され始める——
「ピピッ……システム起動。ユーザー生体ログ同期完了」
視界の端で、ミレニアム製特有のエメラルドグリーンのデジタル文字列がサラサラと流れ落ちる。
メガネのレンズ越しに見るブラックマーケットの光景は、まるでSF映画のサイバーサングラスをかけた時のように、対象の輪郭がうっすらと発光して見えた。
「うわ、マジで起動したよ……。さすがミレニアムのエンジニア部、こんなアングラな場所に流れるジャンク品でも、電子回路のビルドクオリティが無駄に高すぎる……」
俺が勝手に装着されたメガネのフレームを触りながらブツブツと呟いていると、まずは正面にいたアルが心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
「ちょっと、先生!? 急に変なメガネなんかかけて、大丈夫? 変な電波とか浴びて頭がアウトローなことになってないでしょうね!?」
ピピッ。
アルの顔の横に、カチカチカチとデジタルな照準マークが重なる。
グリーンの電子文字で、くっきりとテキストが表示された。
【対象:陸八魔アル】
【好感度:75 / 区分:友好・頼れる大人】
(おおお……出た! 75! 高いな社長!)
普段は空回りばかりして俺を巻き込んでいくアルだが、その内心では俺のことをかなり信頼してくれているらしい。「頼れる大人」という区分が、彼女のどこか抜けた素直さを表していて、なんだか少し心が温かくなる。
よし、機能は本物みたいだな。じゃあ次——
「あはは、先生、なにそのダサいメガネー? 似合ってないよー?」
ニヤニヤしながら手を振ってくるムツキに、視線を合わせる。
ピピッ。
【対象:浅黄ムツキ】
【好感度:72 / 区分:愉悦・最高に面白いおもちゃ】
(知ってた!! 知ってたよムツキ!!)
数値は72と高いのに、区分が「最高に面白いおもちゃ」。好感度が高いのは嬉しいが、それは完全に「次はどうやってからかって遊んでやろうか」という邪悪なイタズラ心が数値化された結果だ。
「あ、あの……せ、先生……っ!」
怯えたように肩を震わせながら、ハルカがショットガンを抱えて俺の前に進み出てきた。
「そんな、怪しい露店の呪いのアイテムを身に受けるなんて……! すべては、私が事前にその露店を爆破して更地にしていなかったせいです! 万死! 万死に値しますぅぅ! 今すぐ私の頭にそのショットガンを——」
ピピッ。
【対象:伊草ハルカ】
【好感度:71 / 区分:尊敬 + 畏怖 + アル様の恩人】
(ハルカ、重い! 数値は高いけど、区分のバフが盛り盛りの重さだよ!)
「尊敬+畏怖」という、一歩間違えれば狂信に繋がりかねない区分に引き攣った笑いを浮かべつつも、みんなが俺をちゃんと「先生」として好意的に見てくれていることが数字で分かって、内心ちょっと誇らしい。
「ふむふむ……。要するに、70台が『かなり親しい間柄』ってことだな。欠陥品って言われてたけど、みんなの特徴をこれだけ正確にプロファイリングできてるなら、十分に実用的じゃん」
俺はメガネのブリッジを指でクイッと押し上げながら、完全にこの謎ガジェットのルールを理解した気になっていた。
70を超えれば、それはもう立派な「大好きな先生」の領域。
じゃあ、最後は——俺は軽い気持ちで、少し後ろに立っていたカヨコの方へと、ゆっくりと視線を向けた。
深夜のヘドバンを共有し、エロ同人のレシート仕分けまで手伝ってもらった仲だ。アルたちとは違う意味で、かなり深い信頼関係が築けているはず。80くらいは行ってるかな、なんて、ちょっとした期待すらあった。
ピピッ。
カヨコの顔の横に、エメラルドグリーンの照準マークが重なる。
数字が回り始め——
ジジジジジジ……
レンズの奥で電子回路が奇妙な異音を立てて激しく明滅を始めた。
「……ん?」
表示がおかしい。カウントが止まらない。
10……30……50……70……。アルたちの数値を一瞬で追い抜いてメーターはなおも加速を続ける。80、90、95——。
ピピピピピピピピピピッ!!!!
警告音が鼓膜を刺す。レンズ右端のテキストが、真っ赤なエラーカラーに染め上げられた。
【対象:鬼方カヨコ】
【好感度:ERROR(測定不能・100オーバー)】
【区分:——恋慕 / 独占欲 / 執着(重度)】
俺は、メガネをかけたまま、三秒ほど完全に動けなかった。
マーケットの喧騒が遠のいていく。自分の呼吸の音だけが、やたらと大きく聞こえる。
——待て。
さっきのアルの75。ムツキの72。ハルカの71。あの三人の数値は、性格もスタンスも恐ろしいほど正確にプロファイリングされていた。バグっているのがカヨコの数値だけだなんて、そんな都合のいい話があるか?
俺はゆっくりと顔面からメガネを外した。
外した瞬間、エメラルドグリーンのグリッドも、赤いエラー表示も消え、煤けたブラックマーケットの夜景が戻ってくる。カヨコは三歩ほど先を歩いている。パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、アルの暴走を軽く首を振っていなしている、いつものカヨコだ。
震える手で、もう一度メガネをかけた。
ピピッ。
【好感度:ERROR(測定不能・100オーバー)】
【区分:——恋慕 / 独占欲 / 執着(重度)】
変わらない。
メガネを外した。かけた。外した。かけた。
三回やって、三回とも同じ赤いエラーが返ってきた。
「……マジかよ」
声に出ていた。幸いマーケットの雑踏の音にかき消されて、誰にも聞こえていない。
俺はメガネを外し、コートの内ポケットにねじ込んだ。
呼吸を整えろ。考えろ。俺は先生だ。ここはブラックマーケットの真ん中で、周りには便利屋のメンバーが四人いる。顔に出すな。
(……考えるのは、後だ)
とにかく今は、このまま平静を装ってマーケットの任務を終わらせる。それだけに集中しろ。
そう自分に言い聞かせて、俺は便利屋の後を追った。
無理だった。
平静を装うと決めたのは三十秒前のことだ。
もうダメだ。カヨコが視界に入るたびに、あの赤いエラー表示がフラッシュバックする。メガネはもう外しているのに、俺の脳がスカウターの代わりをし始めていた。
ガヤガヤと人が行き交うブラックマーケットの雑踏。アルの空回りをいなしたカヨコが、別の露店を覗き込もうと、俺のすぐ横をすり抜けた。
パーカーのダボッとした袖口が、俺のシャツの袖にサリ、と擦れた。
狭い路地ですれ違っただけの、いつもの距離。いつもなら1ミリも気に留めない、あまりにも些細な接触。
それが今の俺には——
(いつもの距離なのか? これ、いつもの距離なのか本当に? 好感度100オーバーの人間が取る距離が、たまたまこの距離なのか? それとも——)
やめろ。深読みするな。同人作家の悪い癖だ。
俺は自分の思考を無理やりブチ切って、視線を正面に固定した。露店に並んだジャンクパーツの山を見る。錆びたネジ。割れた基板。用途不明のケーブル。うん、何の感情も湧かない。安全だ。
「先生、こっち」
カヨコの声がした。少し先の露店で、アングラなヘヴィメタルの古いカセットテープを並べた棚を見つけたらしい。カヨコが手招きしている。
手招き。カヨコが、俺を。
(……これは? これも? いや違う、あいつは元々音楽の趣味が合うから、それは確認済みだ。だから単純に「先生もこういうの好きでしょ」という、それだけの……)
だめだ。何を見ても「あの数字」が透けて見える。
俺は観念して、カヨコの隣に並んだ。カセットテープの棚。古いデスメタルやブラックメタルのタイトルが、色褪せたラベルに並んでいる。カヨコは一本を指先でつまんで引き抜き、裏面の曲目リストをじっと読んでいる。
俺は意識的に呼吸を整えながら、棚の反対側のテープに手を伸ばした。カヨコと同じ棚。手を伸ばす方向が同じ。必然的に、肩と肩の距離が近くなる。
カヨコが、テープを棚に戻した。そして別の一本に手を伸ばす。その軌道が、俺が今まさに手を伸ばしているテープのすぐ隣だった。
指先と指先の距離が五センチを切った。
俺の手が、止まった。
カヨコの手も止まった、ように見えた。いや、単にテープを選んでいるだけかもしれない。分からない。分からないのに、俺の心臓だけがドカドカとうるさい。
カヨコの白い指先がテープを一本抜き取った。俺の指があった場所のすぐ隣。
「……これ、知ってる?」
カヨコがテープのラベルを俺に見せてきた。古いブラックメタルのバンド名。知っている。キヴォトスでも出会うとは思わなかった。昔、聴き込んだバンドだ。
「知ってる……。二枚目のアルバムが一番好き」
「……ふーん。私も」
それだけだ。それだけの会話だった。
カヨコはテープを手に持ち、買う気らしい、また別の棚へと歩いていった。
何でもないやり取りだ。趣味が合う人間同士なら、どこでも起こりうる、何でもない。
でも、あのカヨコが「私も」と言った時の「私も」は、ただの「私も」なのか?
(やめろ! 考えるな! 同人作家脳でカヨコの台詞を一語一語解体するのをやめろ俺!!)
もう遅い。完全に遅い。
俺の脳は、カヨコの一挙一動から「好意のサイン」を探すモードに不可逆的に切り替わってしまっていた。そしてそれは同人作家として最も得意な、テクストから裏の意味を読み取り、行間を埋め、存在しないかもしれない感情の線を引く、あの作業と全く同じだった。
得意だからこそ、止められない。
「はいはーい、そのダサメガネ、ムツキちゃんが没収でーす!」
「あっ——」
ブラックマーケットの出口に差し掛かったところで、背後から回り込んできたムツキに、コートのポケットからメガネ型デバイスをひょいっと抜き取られた。
……いつの間にポケットの位置を把握していたんだこいつ。
「これ、アヤネちゃんとかにかけたらどうなるかなー?」
邪悪な笑みを浮かべながら、ムツキはスカウターを自分のポケットへと仕舞い込んでしまう。
本来なら取り返すべきだろう。だが正直、今の俺にはあのデバイスをもう一秒でも手元に置いておく精神的余裕がなかった。ムツキの好きにさせておこう。俺はもう十分すぎるほど「見てしまった」。
マーケットを出ると、少し冷たい夜風が火照った顔を撫でていった。
「……先生、帰るよ。シャーレまで送る」
いつの間にか隣に並んでいたカヨコが低めの、いつも通りのぶっきらぼうな声で俺を促す。
アルとムツキとハルカは、もう少し先を歩いている。アルが何か叫んで、ハルカがそれに過剰反応して、ムツキがケラケラ笑っている。いつもの光景だ。
その数メートル後ろを俺とカヨコは並んで歩いている。
昨日までなら何の意識もしていなかったはずの、いつもの歩幅と沈黙。それが今の俺には、まるで薄氷の上を歩くような緊張感に変わっていた。
カヨコは何も喋らない。俺も何も喋れない。
夜風がカヨコの黒髪を小さく揺らし、その隙間から、あのビターな香水の匂いが届いた。
(……俺は、先生だ)
自分に言い聞かせる。
あの数字が本物だとしても——いや、本物だったとしても。カヨコは俺の生徒だ。俺はシャーレの先生で、彼女たちを正しく導く責任がある大人だ。好感度がいくつだろうと、その関係は変わらない。変えちゃいけない。
そう思う自分と、あの赤いエラー表示が頭から離れない自分が、胸の奥で静かに殴り合っている。
「……先生? さっきから顔赤いけど。風邪でも引いた?」
カヨコが歩みを止め、俺の顔を覗き込んできた。
パーカーから覗く白い首元。少しだけ心配そうに細められた瞳。
この顔を、つい数十分前までの俺は「クールなカヨコがたまに見せる、ちょっと優しい表情」としか認識していなかった。
今はこの表情の裏に、あの数字があることを知っている。知ってしまっている。
「い、いや! なんでもない! マーケットの空気が悪かっただけ! ほら、煤とか火薬の匂いとかさ!」
「……ふーん。なら、早く帰ろう」
カヨコは小さく頷いて、また前を向いて歩き始めた。
歩き出す瞬間、彼女の小指が俺の手の甲に触れた。コンマ数秒。爪の先が掠めた程度の触れたかどうかも分からない接触。
——偶然か?
振り返ったカヨコの横顔には何の表情もない。夜風に前髪を揺らしながらいつもの歩幅で、いつものテンポで歩いている。
分からない。偶然かもしれない。あるいは。
それを確かめる方法は、もうない。スカウターはムツキのポケットの中だ。
だが俺の脳は、同人作家として、オタクとして、そして一人の男として、あの一瞬の接触に、答えの出ない問いを延々と投げかけ続けるのだろう。
(……これからカヨコと二人きりになるたびに、こうなるのか、俺は)
夜風が冷たい。顔はまだ熱い。
先を行く便利屋の面々の笑い声を聞きながら、俺はコートのポケットの中で、まだ微かに震えている自分の指先を握りしめた。