ブルアカ転生〜カヨコのエロ同人描いてた俺が本人に惚れられるまで〜   作:どうたぬき

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第7話:社長の目

「いい、みんな!? アウトローたるもの、日々のルーティンワークすらも完璧にこなしてこそ、真の裏社会の覇者へと至るのよ! さあ、ハルカ、今日の分の依頼書類の整理を……!」

 

「は、はいぃぃ! アル様の偉大なるアウトローロードを阻む雑務など、この私が命に代えても、一文字の誤字脱字もなくシュレッダーに……あ、違います、ファイリングしますぅぅ!」

 

「ハルカ、落ち着いて。アルちゃんも、朝からそんなに声を張ったら喉が枯れちゃうよ〜?」

 

ガラリと開けた便利屋68の事務所の扉の向こうでは、いつもと全く変わらない騒がしくて愛おしいドタバタ劇が繰り広げられていた。

俺はシャーレからのちょっとした案件の書類ファイルを小脇に抱えたまま、入り口のところで小さく笑みをこぼした。

 

(うん、これこれ。この空気だよな)

 

アルの大げさなアウトロー宣言、それに過剰反応して暴走しかけるハルカ、横からケラケラと茶化すムツキ。画面の向こうから眺めていた、そしてこの世界に来てから何度も特等席で味合わせてもらっている、大好きな便利屋の日常の温度がそこにはあった。

 

いつも通りだ。いつも通りの便利屋。俺が「いつも通り」を必死で演じていることを除けば。

 

「……あ、先生」

 

ソファーの定位置で、いつものように音楽雑誌をめくっていたカヨコが、俺の気配に気づいて顔を上げた。切れ長の瞳が俺を捉える。その瞬間、俺の心臓がほんの少しだけドクリと不規則なリズムを刻んだ。

 

あのライブハウスの狂乱の夜から、数日。 あの薄暗い路地裏で、お互いの息がかかるほどの距離で囁き合ったあの感覚が、そしてカヨコの細い腰をこの腕で思いきり抱きすくめていたあの肉体の質量が、彼女の顔を見るだけで脳裏に鮮烈にフラッシュバックしてくる。

 

「おっ、先生じゃん! いらっしゃーい! 今日は便利屋にどんなアブナイお仕事を持ってきてくれたのかな〜?」

 

「あ、先生……! ようこそおいでくださいました! すぐにお茶を、いえ、粗茶ですが、一口飲んで万死に値しないと許していただけるような、美味しいお茶を淹れますっ!」

 

ムツキがニヤニヤしながら跳ねるように近づいてきて、ハルカが分かりやすくキョドりながら給湯室へと走っていく。

 

「ふ、ふふん。よく来たわね、先生。ちょうど私も次なる完璧な作戦の立案で行き詰まって……じゃなくて、大いなる構想を練っていたところよ!」

 

相変わらず見栄を張りたがるアル社長が、ふんぞり返りながら俺を迎えてくれる。

 

「あはは、お邪魔するよ。アル、ちょっとシャーレの方で手伝ってほしい書類仕事の案件があってね」

 

俺はなるべくいつも通り、頼れる『先生』としてのポーカーフェイスを維持しながら、アルのデスクへと歩み寄った。 背後から、カヨコが小さく「はぁ……」といつものようにため息をつく音が聞こえる。

 

いつも通りのやり取り。いつも通りの便利屋。 この騒がしくて心地いい空間にいると、あの夜の出来事が、まるでライブの熱狂が見せた一瞬の白昼夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 

 

アルのデスクで書類を広げながら、俺はカヨコの方を一度も見なかった。 見ないようにしていたのではなく、見たら何か顔に出る確信があったから、物理的に視線を固定していた。書類の文字は読めている。内容も頭に入っている。ただ、ソファーの方からページをめくる音がするたびに、背中の筋肉がぴくりと反応する。それだけが、「いつも通り」からはみ出していた。

 

「よし、これで書類の引き継ぎはバッチリだね。アル、よろしく頼んだよ」

 

「ええ、任せなさい! この陸八魔アルの手にかかれば、こんな書類仕事なんて朝飯前よ!」

 

いつも通り机に書類を広げてドヤ顔をするアルに見送られ、俺は「じゃあ、そろそろシャーレに戻るよ」と荷物をまとめた。

ハルカが「お、お気をつけてぇぇ!」と直立不動で見送り、ムツキが「またね〜、先生」と手を振る。

俺がドアノブに手をかけようとした、その時だった。

 

「……先生、待って」

 

後ろから、低く静かな声がした。振り返ると、カヨコがソファーから立ち上がり、手元に一枚の紙を持ってこちらに歩いてくるところだった。

 

「これ、忘れてる。……シャーレの提出用の控えでしょ」

 

「あ、本当だ。ありがとう、助かるよ」

 

俺はカヨコから書類を受け取ろうと手を伸ばした。

その瞬間。

カサリ、という紙の擦れる音の向こうで、俺の人差し指の腹に、カヨコの指先が、ほんの一瞬だけ、すっと触れた。

 

(……っ!)

 

ただ書類を受け渡すだけの、なんてことない接触。いつもなら「ごめん」の一言で済ませるような、ごくありふれたアクシデントだ。

だがその一瞬、カヨコの指先から伝わってきた体温が、驚くほど熱かった。

カヨコは何食わぬ顔をして、すぐに手を引いた。表情はいつもの涼しいポーカーフェイスそのものだ。

 

モッシュの中で握り締めた手と、同じ温度だった。

 

心臓が嫌な跳ね方をする。表に出さないように必死で取り繕ったが、俺の受け取る手がわずかに震えていたのは、自分でもはっきりと分かった。

 

「……じゃ、じゃあね、カヨコ」

 

「うん。気をつけて」

 

カヨコは小さく頷くと、そのまま自分の定位置であるソファーへと戻っていく。

その歩き方、距離感、俺とすれ違う時の絶妙な「半歩の近さ」。

 

(気のせい……だよな? いつもより、ほんの少しだけ、俺とすれ違う時の距離が近いような……いや、意識しすぎか?)

 

俺以外の誰も気づいていない。ムツキもハルカも、手元の作業やアルの相手に夢中だ。

俺にしか分からない、カヨコのほんのわずかな「微差」。日常の境界線が、あの夜を境に、ほんの少しだけ歪んで滲み出しているのを感じながら、俺は逃げるように事務所のドアを閉めた。

 

「ふぅ……」

 

事務所の入った雑居ビルの薄暗い階段を下りながら、俺は小さく息を吐き出した。

 

手元にあるカヨコから渡された書類を、もう一度見つめる。指先が触れたあの瞬間の、じっとりとした熱がまだ皮膚に残っているような気がして、無意識にポケットの中で拳を握りしめた。

 

「ちょっと、先生」

 

背後から、不意に声をかけられた。

鋭く、だけどどこか張り詰めたような声。振り返ると、そこには便利屋のコートを羽織ったアルが、階段の踊り場に一人で立っていた。

 

「……アル? どうしたんだ、わざわざ追いかけてきて」

 

いつものドタバタな雰囲気はない。ムツキもハルカも一緒じゃない。アルは腕を組んだまま、階段の冷たい壁に背を預け、前髪の隙間からじっと俺を見つめていた。その瞳には、さっきまで事務所で見せていた「ポンコツな社長」の軽さは微塵もなかった。

 

「単刀直入に聞くわよ、先生」

 

アルは一歩、階段を下りて俺に近づいた。

 

「あんた……うちのカヨコに何かした?」

 

「っ……!」

 

心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 

(……待て、このシチュエーション。主人公がヒロインの家族に呼び出されて覚悟を問われるやつ)

 

また悪い癖が出てきている。

 

(俺が前世で描いた同人の——って今その分析してる場合じゃねえだろ……!)

 

ライブハウスでのこと、モッシュの中での密着、耳元での囁き、そしてさっきの指先の熱。すべての記憶が脳裏を駆け巡る。だが、ここで取り乱すわけにはいかない。俺は必死に声を平坦に保った。

 

「……何もしないよ。どうしてそんなことを聞くんだ?」

 

「嘘ね」

 

アルは冷徹に、だけど確信に満ちた声で俺の言葉を叩き切った 。

 

「カヨコ、最近なんか変よ。あんたと話す時だけ、あの子、やたらと耳の後ろを触ってるわ」

 

「耳の、後ろ……?」

 

「そうよ。あんたは知らないでしょうけど、あの子、緊張してる時とか、自分の感情をごまかそうとしてる時に、無意識にそこを触るクセがあるの。ずっと一緒にいる私が言うんだから間違いないわ」

 

俺は好感度メガネでカヨコの「数値」を見た。 アルは道具なんか使わずにカヨコの「身体のクセ」を見ていた。

 

どっちが本当にあの子を見てるのか。答えは聞くまでもなかった。

 

便利屋の社長としてメンバーをずっと見つめ続けてきた彼女の目は、俺の薄っぺらな大人としてのポーカーフェイスなんて最初から見透かしていた。

言葉を失って立ち尽くす俺を見て、アルはふっと視線を落とし、組んでいた腕を解いた。

 

「……別に、怒ってるわけじゃないわよ。あの子が誰を好きになろうが、それはカヨコの自由だしね」

 

アルはそこまで言うと、ゆっくりと俺の横を通り過ぎ、階段の上へと歩みを進める。そしてすれ違いざまに。感情を押し殺したような、だけど逃げ場のないほど重い、本気の声を俺の背中に落とした。

 

「でもね、先生。あの子……自分の居場所をなくしたことがあるのよ」

 

「……っ」

 

「もう、そんな事はないようにしなさいよ。……分かってるわね?」

 

コツ、コツ、コツ。

 

アルは振り返ることもなく、事務所の方へと戻っていった。

 

残されたのは、冷え切った階段の空気と、背中にびっしょりと張り付いた冷や汗だけ。 アルの言葉の奥にある、底知れない圧。それは警告なんて生易しいものじゃない。カヨコのすべてを預かっている、一人の「社長」としての、絶対的な釘刺しだった 。

 

◇ ◇ ◇

 

「……居場所をなくしたことがある、か」

 

雑居ビルを出て、夕暮れ時のD.U.地区の街並みを一人で歩きながら、俺はアルの残していった言葉を何度も、何度も頭の中で繰り返していた。

オレンジ色に染まるアスファルト。すれ違う他校の生徒たちの賑やかな笑い声が、今の俺の耳にはどこか遠くの出来事のようにしか響かない。

 

(知ってるよ。……そんなの、俺が一番よく知ってる)

 

原作ゲームを文字通り狂ったようにやり込み、カヨコのシナリオを、彼女のセリフの一言一句を脳に刻み込んできた俺だ。

カヨコの過去。ゲヘナの風紀委員会との複雑な繋がりや、かつて彼女が周囲からどんな目で見られ、どれほどの孤独を抱えていたか。そして、そんな彼女が陸八魔アルという、ちょっとポンコツだけど真っ直ぐな少女と出会い、あの騒がしい便利屋68という最高の「居場所」にどれだけ救われてきたか。

 

その経緯の重さを、俺はメタ的な知識として完璧に把握している。

だからこそ、アルの言葉が鋭利なガラスの破片みたいに胸の奥に深く突き刺さって抜けない。

アルは、怒っていたわけじゃない。むしろカヨコの気持ちを尊重した上で、便利屋の社長として当然の権利を行使しただけだ。

 

『うちの大事なメンバーに手を出すなら、それ相応の覚悟を持ちなさい』。

 

大げさな悪党を気取るいつものアルじゃなく、一人のリーダーとしての本気の圧。

 

(もし……もし俺がカヨコの気持ちを受け入れて、本当に付き合うなんてことになったら……便利屋の空気はどうなる?)

 

ぐるぐると、まとまらない思考が脳内を駆け巡る。

カヨコが俺を好きでいてくれる。好感度メガネの狂ったようなMAX値がそれを示している。そして俺自身、生の彼女の熱さに、あのほくろに、無防備な笑顔に、ライブハウスでのあの腰の細さに、とっくに理性を狂わされている。

 

だけど、俺はシャーレの先生だ。

 

もし俺たちの関係が変わることで、便利屋のあの愛おしいドタバタな日常が、カヨコにとっての唯一無二のシェルターが、少しでも歪んで壊れてしまったら?

俺のせいで、カヨコがまたあの孤独の中に放り出されるようなことがあったら……

 

「クソッ……どうすりゃいいんだよ……」

 

頭をガシガシと掻きむしりながら、俺は誰もいない交差点の真ん中で小さく悪態をついた。

ラノベの主人公なら、ここで「俺がカヨコも便利屋も、全部まとめて幸せにしてみせる!」なんてハードボイルドにカッコよく決断するのかもしれない。だが、中身がただの元同人作家の凡人である俺に、そんな一瞬の覚悟なんて湧いてくるはずもなかった。

 

具体的な恐怖。漠然とした不安。

カヨコの居場所に対する、あまりにも重すぎる大人の責任。

 

結論なんて、出るわけがない。

 

俺はポケットの中で、もうすっかり冷たくなってしまったカヨコの指先の残熱を必死に探すように拳を握りしめたまま、夕闇に沈んでいく街を、ただぐちゃぐちゃに悩みながら歩き続けるしかなかった。

 

(……はぁ。この未解決のモヤモヤを抱えたまま、俺はカヨコとどんな顔をして会えばいいんだよ……)

 

答えの見えない暗闇のなかで俺の理性のブレーキは、さらに重く、強固にその身を軋ませた。

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