有馬かな。この名前を知ってる者は彼女の事を『重曹ちゃん』と呼ぶ。その理由は星野ルビーが言い間違えた『重曹を舐める天才子役』が由来で、其処から有馬かな=重曹のイメージが強く根付いた。
しかし彼女は、好き嫌いも大きく分かれやすいキャラとしても有名だ。ある意味推しの子でも不憫なキャラクターだ。
そんな彼女だが、ある日を境に運命が変わり、オカルトの世界へ身を投じる事になる。
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かな「っ!!」
有馬かな。今は中学生の元天才子役というものだ。ある日の中学2年の終わり頃の冬、つまり14歳の頃である。学校の階段から滑り落ちて壁に頭を打ちつけてしまい、彼女は思い出したのだ。
目を覚ますと、其処は保健室で、かなはベッドに寝かされていた。クラスメイトや担任教師、体育教師や生活指導員の先生達も来てた。どうやらかなり大騒動になってしまったらしい。
かな「いつっ!?」
ぶつけた激痛がまだ残っており、ズキズキと痛みが収まらない。しかし、その間にも思い出していくのは、前世ではごく平凡に生きてきたオカルト好きな社会人だったという事だ。
というのも、有馬かなは4、5歳の頃は『10秒で泣ける天才子役』として大ブレイク。圧倒的な演技力と可愛さで、テレビや映画に引っ張りだこ。我が強く、天狗になっていた。しかし、星野ルビーには『重曹を舐める天才子役』と間違えられるわ、双子の兄のアクアには「大人顔負けの恐ろしい演技」を目の当たりにし、人生で初めて「演技で負ける恐怖」を知り、大号泣したのは今も覚えてる。これがきっかけで、彼女はアクアをずっと意識し続けることになった。
しかし、小学生の頃から人気が低迷。それで思い知ったのだ。天才子役の代わりなんていくらでもいる。母親との関係も悪化、子役時代には愛してくれたしステージママとしても側に居てくれた癖に、ホントに最悪である。お陰でかなは「少しでも仕事を貰うため」に、現場の空気を過剰に読み、大人の顔色を窺い、他の大根役者(下手な役者)を引き立てるような「抑えた演技」をするようになった。ホントにジメジメしてて最悪。暗黒期と名乗った通りだ。
この頃から、同世代の実力派舞台女優・黒川あかね。後にアクアを巡る恋のライバルになる少女と同じ舞台のオーディションなどで何度も競り合った。あかねからは一方的にライバル視されていたけど、同じくらい憧れの感情を向けられてた。でも当時のかなは精神的に余裕がなく、あかねに冷たい態度を取っていた。今にして思うと、悪手としか言いようが無い。
先生「有馬さん!?有馬さん!大丈夫!?怪我してない!?」
かな「え、ええっ……はい………ズキズキするけど、立てます」
かなは頭を片手で撫でながら、今も走る痛みに涙を片目から流しつつ立ち上がる。
同級生「病院行こ!流石に頭はヤバいって!頭を打ったら後遺症出るかもってママも言ってたし!」
かな「え、ええっ」
そしてこの後、病院で検査をする事になった。大きな病院へ運ばれ、頭部のCTやMRI、認知機能の精密な検査を徹底的に受けた。かなが人生で初めて精密検査を受けた時は、緊張が勝ってた。
医者の言葉は、『脳内出血も脳挫傷もありません。完全にきれいな状態です。しかし頭を強く打ったことによる『一時的な
この時、かなは前世の記憶を思い出した事は伏せておいた。
翌日、かなは学校に復帰したけどクラスメイトからは心配だけでなく畏怖の念を向けられている。担任教師からは『大丈夫なのか?無理するなよ』と心配された。
かな「ご心配をおかけして申し訳ありません。それと、皆も迷惑掛けて悪かったわ。でももう大丈夫だから、安心して」
担任教師「おう。そ、そうか。もし何か異常があればすぐに伝えろよ」
クラスメイト「……なんか、大人っぽくなった?」
クラスメイト「ホントだね……でもなんか、有馬さん変わったかも」
クラスメイトのヒソヒソ声も気にせず、私は自分の机にきて椅子に座る。
かな(とはいえ、何をすべきかしら?ん?)
かなはふと、自分の今の立場と前世で何が好きだったのか思い出し始めた。
前世ではよく好きだったのは、心霊系ユーチューバーだった。ほかにも外国のオカルトも好んでたし、未確認生物の話や都市伝説もよく目にしてた。
するとどうだろう。今の時代にもオカルトはあるし、アクアやルビーの転生自体がそもそもオカルトだ。ならばこの世に不思議な事が存在するのは証明されているのだ。
そして自分は元子役。その経験は無駄ではない筈だ。
かな(なら、話は簡単じゃない!後は準備だわ!)
かなはノートに早速、ユーチューバーになる為の必要な道具をメモし始める。中学生でも怪しまれないように撮影する機材やアプリを書き記していく。
そして、学校を終えて帰宅した。母親は実家へ帰っていてもう居ない。だから、残された通帳と財布の中身を改めて確認した。生活に必要な最低限の仕送りと子役時代に使われなかった分の貯金は、合計して数十万だ。中学生と考えると小遣いだが、これはかなの現在の起業金だ。無駄金は使えない。
かな「スマホ………外部マイク………安いLEDリングライトと黒布が必要ね。よし、買えるわ!」
かなは、早速準備を開始する。
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かな「いやーこの時代でも充分機材は揃えられたわね」
かなは自宅に帰り、買い揃えた機材を確認する。訪れたのは秋葉原の家電量販店だ。其処で色々買い込んだ。ライトがしっかりしたスマホを購入。そして次が重要だ。配信用に使う上質なマイクだ。これがとても重要だった。それなりの金額はしたものの、これなら自分の声をしっかりと入れられる。部屋の生活感を隠す為の黒布と、調整可能なライトを購入。
よし、後は準備ね。
かなは部屋の一室を改造する事にした。一人暮らしなので誰にも邪魔されないのは幸いだ。
学校の宿題や夕食、入浴も済ませた後に、使ってない部屋に黒布を取り付けて部屋を暗くする。テーブルや座布団を敷いて、テーブルの上には蝋燭の火のような怪しいライトを置いて、録音マイクも設置する。ヘッドホンを耳につけて、マイクでの録音テストも開始する。
かな「『重曹ちゃん聴こえる?って、なんで私が言い間違えられた呼び名を使ってんのよ』………まあ、聞こえてるし良いか」
ヘッドホンに響く自分の声。
かな「子役時代の経験と発声練習、無駄ではなかったわね。心霊スポット巡りは高校生になった辺りからやるべきね。先ずは、怪談から始めるわよ」
本当なら、心霊スポット巡りをやりたいくらいなのだが、中学生が心霊スポットなんて行こうとすれば当然補導されるし面倒な母親に目を付けられるのがオチだ。
ならば中学生の自分がやるのは、怪談朗読やホラゲーの実況くらいだろう。
かな「さて、少し宣伝をしたら撮影開始よ!オープニング映像は安物だけど………不気味さを演出出来れば何でも良いわね」
かなはパソコンを使い、無料版でも出来る簡単なオープニング映像の作成に取り掛かった。そして、オープニング映像を確認した。
1:画面が一瞬暗くなり、ブラウン管テレビのような砂嵐の映像がザーッと流れ始める。2:砂嵐がパッと消えると、真っ暗闇の中に1本の和ロウソクの炎がゆらゆらと浮かび上がる。その炎の奥から、有馬かなの「一切光のない、死んだような左目」だけがアップでじっと画面を覗き込んでいる。3:最後に画面が血のような赤黒い背景に切り替わり、手書き風のフォントでチャンネル名が表示されて、終了。
現在のチャンネル名は、『元天才子役の怪奇譚』だ。ベタだがチャンネル名としては充分だろう。
かな「まあ安もんだしこんなものよね」
かなはオープニング映像の制作を終えた後、早速動画撮影の準備に入る。
かな「さてさて、撮影開始。一先ず、洒落怖の有名な話から進めてみましょうか」
かなは黒いフードを深く被って、マイクを口元に近付けた後にスマホの配信機能を起動する。ユーチューブに上げた動画のタイトルは、『闇落ちした子役の怪談奇譚:八尺様』。
そして、撮影開始。
かな「………始めまして。久し振りの人は久し振りです。元子役で現在はフリーで活動してる元子役です。今日から怪談やオカルト、ホラーへ活動を方向転換するわ。そして今日は、洒落怖の怪談を読み聞かせします。タイトルは、『八尺様』」
かなは手持ちのスマホを手にして洒落怖のページを開き、怪談を読み上げ始めた。
地の文を読むだけではない。台詞のある部分では子役時代の経験を活かした読み方やアドリブも加えて、話を進めていく。
配信のコメントは、ぼちぼちといった感じだ。
かな「………それでは次に、『パンデミック』というお話を。とある村で起こった、土地の国津神様でも退治できず、半径数十キロにわたって周辺の村や陸軍基地までも積極的に襲って被害を拡大し、正体を突き止めようにも歴史が断絶して解明不可能で、現代に至るまで未解決な物語です」
パンデミックの物語は掻い摘むと、文明開化の時代に祟りを迷信と捉えた若者達が古いお寺に封印された勾玉を公開し、それが切っ掛けとなって村だけでなく隣村にまで怪異が及んだ。それで住職が国津神様の力を使って怪異を起こす『ナニか』の封印に成功。しかし、それから現代の時期にその勾玉が外国人であろう窃盗団に盗まれてしまい、今は何処にあるのか分からなくなった。そんな感じの怪談だ。
つまり、この話に出てくるナニかの正体も分からずじまい、陸軍基地や隣村にまで及んだ怪異は、神様でも退治出来ないという危険な怪異の未解決物語だ。かなは子役時代の経験も活かして、怪談話を読み上げていく。
かな「今日は此処までとします。本日の怪談は………『八尺様』、『パンデミック』でお送りしました」
そして、かなは配信を切る動作をする。しかし、此処で終わらせるつもりはない。私はスマホをタッチした後、黒いフードを脱いでポカリスエットを飲み始める。私の狙いは、初手配信での顔出しミスをセルフでやる事だ。
かな「ふぅ…………ん?あっ、ヤバッ!」
私は慌てたフリをしつつスマホを操作して配信を切った。今度こそ配信が切れたかどうかを確認した後、ため息を吐く。
かな「………ハァ。こんな事にも体力使うなんて……怪談って思ったより口を使うわね」
初配信は翌朝に見る事にした。かなはスマホを操作して、動画タイトルは変更しないまま、チャンネル名の変更を行う。
かな「はいはい。『有馬かなの怪奇譚』に変更しまーす」
かなはチャンネル名を変更した後、寝る準備を諸々済ませた後に目薬を使った後にすぐに眠りに入る。
これが、始まりである。前世の記憶を思い出した有馬かなの、ホラー路線への第一歩だった。