平民男子、最強精霊に懐かれ令嬢だらけの魔法学校に入学する   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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第7話 アレンの失敗

 

 キャベット町は、一瞬で混乱に包まれた。

 

 人々が逃げ出す。

 屋台が倒れる。

 商品が地面に散らばる。

 馬が暴れ、子供が泣き叫び、店主たちが戸を閉めようと慌てる。

 西門の方角から黒煙が上がっていた。

 その中に、巨大な影が見える。

 四本の金属脚。

 分厚い装甲。

 赤黒い光を宿した砲口。

 

 ウォーカー型悪魔兵器。

 

 だが、以前の個体とは姿が違っていた。

 装甲が増えている。

 脚部には追加の金属板が重なり、胴体の側面には小型砲のようなものがいくつも取り付けられている。

 砲口の周囲には黒い棘のような装甲が生え、まるで傷口を無理やり塞いだ怪物のようだった。

 その姿を見た瞬間、アレンの背筋が凍った。

 ただのウォーカー型ではない。

 

 あれは。

 

 見た目は違うが直感で分かる。

 

 あの時の個体だ。

 

 自分が倒したはずのウォーカー型。

 白い光で撃ち抜いたはずの悪魔兵器。

 

「……なんで」

 

 喉が乾く。

 ウォーカー型は砲撃こそしないまま、ひたすら町の中を進んでいる。

 

 ――まるで何か探しているように。

 

 その巨体は移動するたびに、巨大な脚が建物を次々と破壊していく。

 

 人々の悲鳴が重なる。

 その声が、アレンの記憶を引き裂いた。

 

 十二歳の夜。

 

 レグロス村。

 

 燃える家。

 

 黒煙。

 

 叫び声。

 

 倒れる誰か。

 

 何もできなかった自分。

 

 ただ見ていることしかできなかった自分。

 

 足が震える。

 

 息が浅くなる。

 だが、同時に、胸の奥が焼けるように熱くなった。

 

 またか。

 

 また、奪うのか。

 

 また、目の前で壊すのか。

 

「ナナティナ」

 

 アレンは低く言った。

 

「――魔装だ」

 

 ナナティナが息を呑む。

 

「しかし人が多い……姿を見られるぞ?」

 

「いいから!」

 

 アレンは叫んだ。

 周囲に人がいる。

 町の住民がいる。

 見られる。

 男が魔装する姿を。

 精霊と契約した異常な姿を。

 

 そんなことは、もうどうでもよかった。

 

 今、動かなければ誰かが死ぬ。

 それだけで十分だった。

 

「魔装!」

 

 白い光が弾けた。

 通りの真ん中で、アレンの姿が変わる。

 髪が白く染まる。

 農民服が白い魔導服へ変わる。

 淡い金の線が走り、白いローブが風に翻る。

 ナナティナの姿が消え、彼の内側へ入る。

 周囲の町人たちが息を呑んだ。

 

「男が……」

 

「魔装……?」

 

「ウィッチじゃないのか……?」

 

 ざわめきが広がる。

 だが、アレンは振り返らなかった。

 地面を蹴る。

 白い光をまとい、ウォーカー型へ向かって駆け出した。

 

    β

 

 前回とは、状況が違う。

 それをアレンはすぐに理解した。

 イギー村の時は、畑の外へ引き離せた。

 広い場所で戦えた。

 だから巨大な光線を撃てた。

 

 だが、ここは町の中だ。

 

 左右には建物。

 逃げ遅れた人々。

 倒れた屋台。

 積まれた荷物。

 もし前と同じ白い光線を撃てば、ウォーカー型だけでなく、建物ごと吹き飛ばす。

 町を守るために戦って、町を壊すことになる。

 

「くそっ……!」

 

 アレンは歯を食いしばった。

 

『アレン、あれは撃つな。威力は抑えろ』

 

 頭の中でナナティナが言う。

 

「ああ、分かってる!」

 

『なら、距離を取れ。町の外へ誘導する』

 

「やってる!」

 

 アレンはウォーカー型の前を横切った。

 白い光の弾を小さく作り、装甲へ撃ち込む。

 だが、弾かれた。

 

 追加装甲に白い火花が散るだけで、貫けない。

 

「硬ぇ!」

 

『装甲が増えてる。前回の攻撃を学習しているようだ』

 

「学習すんなよ、悪魔兵器のくせに!」

 

 ――見つけた。

 

 誰かがそう言った。

 

 ウォーカー型の小型砲が動く。

 

 一斉射撃。

 

 赤黒い光弾が雨のように降り注ぐ。

 

 アレンは跳んだ。

 壁を蹴り、看板を蹴り、屋根の縁へ上がる。

 光弾が足元の石畳を砕き、建物の壁を抉る。

 

 ウォーカー型の砲口は、逃げる町人を追わなかった。

 

 ひたすらアレンだけを狙う。

 赤黒い光が、彼だけを追ってくる。

 

「……俺狙いかよ」

 

『顔を覚えられているのかもしれない』

 

「嬉しくねぇ!」

 

 アレンは白い分身を二体生み出した。

 左右に走らせる。

 

「撹乱する!≪分身≫」

 

 分身たちが別方向へ駆けた。

 ウォーカー型の砲口が揺れる。

 一瞬、反応が分かれた。

 その隙にアレンは本体の側面へ回り込む。

 拳に白い光を集め、脚部へ叩き込んだ。

 

「おらっ!」

 

 轟音。

 だが、脚は折れなかった。

 追加装甲がひび割れただけだ。

 ウォーカー型の脚部はアレンを振り払う。

 

「っ!」

 

 壁に激突したような衝撃。

 アレンは吹き飛ばされ、屋台の残骸へ叩きつけられる。

 

「どわっ……!」

 

『アレン!』

 

「平気だ!」

 

 立ち上がる。

 分身の一体がウォーカー型の砲撃を受けて消えた。

 もう一体も脚で踏み潰される。

 

 撹乱は長く続かない。

 

 火力が違う。

 装甲が違う。

 そして、こちらは町を壊せない。

 

 アレンは息を荒げた。

 

「くそ、どうすりゃ……」

 

 その時。

 

 ――背後から小さな泣き声が聞こえた。

 

 振り返る。

 崩れた屋台の陰に、子供がいた。

 十歳にも満たない男の子。

 足から血を流し、動けずにいる。

 

 逃げ遅れたのだ。

 

 アレンの体が固まる。

 

「おい、動けるか!」

 

 子供は泣きながら首を振る。

 

「足が……痛い……」

 

 ウォーカー型の主砲が動いた。

 赤黒い光が収束する。

 

 狙いはアレン。

 

 だが、射線上には子供がいる。

 

 避ければ、子供が焼かれる。

 アレンの息が止まった。

 ナナティナの声が響く。

 

『アレン、避け――』

 

「できるかよ!」

 

 アレンは子供へ飛びついた。

 抱きかかえる。

 背中をウォーカー型へ向ける。

 庇うように身を丸める。

 赤黒い光が迫る。

 

 死ぬ。

 

 そう思った。

 だが、それ以上に、強い思いが胸を満たした。

 今は死ねない。

 守りたい。

 今度こそ。

 目の前の命を。

 この小さな体を。

 もう、誰も奪わせたくない。

 

 ――アレンの背中で、白い何かが弾けた。

 

 金属音。

 

 硬質な衝撃。

 

 赤黒い光が、真後ろで弾かれた。

 

「……?」

 

 アレンは恐る恐る振り返った。

 背中に、白い金属の盾が浮かんでいた。

 

 純白。傷一つない。

 光を帯びた、巨大な盾。

 

 それがウォーカー型の光線を受け止めていた。

 

「何だ、これ……」

『なるほど。どうやらアレンの新しい力だ』

 

 ナナティナの声が震えていた。

 

『守りたいという思いが、形になったのだろう』

 

 ウォーカー型が再び撃つ。

 アレンは片腕で子供を抱いたまま、反対の腕を前に出す。

 

「来いよ」

 

 胸の奥の感覚を掴む。

 白い力を前へ。

 守る形へ。

 盾へ。

 純白の金属盾が、アレンの前に展開された。

 赤黒い光線が直撃する。

 だが、貫けない。

 むしろ光線は盾の表面で歪み、跳ね返った。

 

 反射した赤黒い光が、ウォーカー型の脚部へ突き刺さる。

 

 装甲が焼ける。

 補助脚が溶け、一本の金属脚が大きく傾いた。

 ウォーカー型が、獣のような駆動音を上げた。

 

『ア……』

 

 壊れた声が漏れる。

 

『ア……レ……ン……』

 

 アレンの背筋が冷えた。

 

「や、やっぱり、俺を……」

 

 ウォーカー型が怒り狂ったように砲撃を重ねた。

 小型砲。

 主砲。

 その一斉砲撃。

 すべてがアレンへ向かってくる。

 

 アレンは白い盾を巨大化させた。

 

 子供を背後に庇い、石畳へ足を踏ん張る。

 

 赤黒い光が連続で叩きつけられる。

 

 衝撃が全身を揺らす。

 

 衝撃が魔装の内側まで響く。

 

「ぐっ……!」

『アレン、魔力が持たない』

 

 白い盾は無傷。

 だが、攻撃を受けるたびに体の中の力が抜けていく。

 

「分かってる……!」

 

 防げる。

 だが、防ぐだけだ。

 こちらから攻撃できない。

 子供を離せない。

 町の中で大技も撃てない。

 ウォーカー型は怒りに任せて撃ち続ける。

 今にも力が尽きそうだ。

 

「まずい……!」

 

 その時。

 地面から無数の蔓が噴き出した。

 太く、強靭な花の蔓が、ウォーカー型の脚に絡みつく。

 

 一本。

 

 二本。

 

 三本。

 

 四本。

 

 金属脚の関節部へ巻きつき、強引に締め上げる。

 

「今です!」

 

 凛とした声が響いた。

 

 アレンは振り返った。

 通りの向こう。

 春の若草を思わせる柔らかな緑色の魔導服を纏った女性が立っていた。

 

 魔装したシェリー・ナチュレ。

 

 その後ろには、灰緑と鉄灰色の軍用魔装を纏ったウィッチ軍の兵たち。

 シェリーは短杖を掲げ、鋭く命じた。

 

「ウォーカー型の機動を封じます! 軍の皆様、コアを!」

 

「了解!」

 

 ウィッチ軍が一斉に動いた。

 

 風属性のウィッチが高く跳び、上方から装甲の隙間を撃つ。

 

 鳥属性の音波がウォーカー型の照準を狂わせる。

 

 花属性の蔓がさらに脚を縛り、月属性の刃が胴体下部を切り裂く。

 

 連携が違う。

 アレンのように力任せではない。

 どこを壊せば動きが鈍るか。

 どこにコアが隠れているか。

 どう攻撃すれば周囲への被害を抑えられるか。

 彼女たちは知っていた。

 訓練された戦いだった。

 

 ウォーカー型が抵抗する。

 

 だが、脚を封じられ、照準を乱され、装甲を削られ、ついに胴体の奥が露出した。

 赤黒いデモンコア。

 

 ひび割れた心臓のような核。

 

「コア露出!」

「集中攻撃!」

 

「≪月光斬≫」

 月光の刃が突き刺さる。

 

「≪嵐の槍≫」

 風の槍が貫く。

 

 花の魔力が絡みつき、赤黒い力を抑え込む。

 

「≪麗しの日光≫」

 最後に、シェリーの短杖から放たれた花属性の光が、デモンコアを撃ち抜いた。

 

 赤黒い光が激しく明滅する。

 ウォーカー型の壊れた声が響いた。

 

『ア……レ……ン……!』

 

 叫びだった。

 命令音声ではない。

 機械音でもない。

 憎しみを孕んだ声。

 アレンの名を呼ぶ、壊れた悪魔兵器の叫び。

 

 次の瞬間、デモンコアは砕けた。

 

 赤黒い光が消える。

 ウォーカー型の巨体が、完全に沈黙した。

 

     β

 

 戦闘が終わった後、町の通りには重い沈黙が落ちていた。

 

 壊れた屋台。

 

 焼けた壁。

 

 崩れた石畳。

 

 泣き声。

 

 負傷者を運ぶ人々。

 アレンは白い盾を消し、抱えていた子供をそっと下ろした。

 

「大丈夫か?」

 

 子供は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、何度も頷いた。

 

「うん……うん……」

 

「よし。誰か、この子を!」

 

 町の大人が駆け寄り、子供を抱きしめた。

 

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」

 

 その言葉を聞いても、アレンはうまく笑えなかった。

 

 守れた。

 

 子供は生きている。

 

 それなのに、胸の中は晴れなかった。

 自分一人では勝てなかった。

 力を持っていても、町の中では思うように使えなかった。

 

 分身は通じなかった。

 

 巨大光線も撃てなかった。

 

 盾がなければ、子供ごと焼かれていた。

 

 シェリーとウィッチ軍が来なければ、あのまま押し切られていたかもしれない。

 

 強くなったつもりだった。

 でも、足りなかった。

 その事実が、重く胸に落ちた。

 

「アレン」

 

 声がした。

 シェリーだった。

 魔装した彼女は、息を切らしながらこちらを見ていた。

 その目は、驚愕に揺れている。

 ウィッチ軍の兵たちも同じだった。

 全員がアレンを見ている。

 

 白い魔導服。

 

 白い髪。

 

 精霊の力を纏った魔装の姿。

 

「あなた……」

 

 シェリーの声が震える。

 

「その姿は……」

 

 アレンは何も言えなかった。

 誤魔化せない。

 もう、見知らぬウィッチのせいにはできない。

 町中で魔装した。

 多くの人間が見た。

 シェリーも、ウィッチ軍も見ている。

 ナナティナの声が、胸の奥で静かに響いた。

 

『アレン』

「……分かってる」

 

 アレンは小さく答えた。

 何が分かっているのか、自分でも分からなかった。

 ただ、もう戻れないことだけは分かった。

 シェリーは一歩近づく。

 

「ナナティナ様は……精霊だったのですか?」

 

 アレンの胸の奥で、ナナティナが沈黙した。

 ウィッチ軍の隊長が険しい表情で言う。

 

「男性が魔装を発現している……? そんな記録はありません」

 

「男だぞ」

 

「あり得ない」

 

 ざわめきが広がる。

 町人たちも、恐れと驚きの目でアレンを見ていた。

 さっきまで命を救った相手を見る目とは違う。

 

 得体の知れないものを見る目。

 

 常識の外にあるものを見る目。

 

 アレンは拳を握った。

 白い金属の盾を出した感覚が、まだ背中に残っている。

 あの力の正体を、彼は知らない。

 ただ、守りたいと願った時に現れた盾。

 自分が手に入れた、守るための力。

 

 それだけは、確かだった。

 

 シェリーが、静かにアレンの名を呼ぶ。

 

「アレン」

 

 その声には、戸惑いと心配が混じっていた。

 アレンは答えようとした。

 だが、言葉が出ない。

 町の鐘が、遅れてもう一度鳴った。

 

 警報ではない。

 

 戦闘終了を告げる鐘だった。

 けれどアレンには、それが別のものに聞こえた。

 

 日常の終わりを告げる鐘に。

 

 自分がもう、ただの農家の男ではいられなくなったことを知らせる鐘に。

 雪解けの町で、アレンは初めて知った。

 力を持つことと、誰かを守れることは、同じではない。

 そして、力を人前で使うということが、どれほど大きな意味を持つのかを。

 

 彼の失敗は、もう隠せなかった。

 

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