平民男子、最強精霊に懐かれ令嬢だらけの魔法学校に入学する 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
エリドール領にある村は、黒煙に包まれていた。
麦畑は踏み荒らされ、納屋は焼け落ち、石造りの家々には無数の穴が穿たれている。
村を襲ったのは、悪魔兵器の軍隊だった。
人型で、光線銃を持つ。
――『ドール型』悪魔兵器。
狼の姿をし、鋭い牙と爪を持つ。
――『ハウンド型』悪魔兵器。
そして、四本の巨大な金属脚で大地を踏み荒らす。
――『ウォーカー型』悪魔兵器。
それらは命令に従い、ただ破壊していた。
逃げ惑う人間を追い立てる。
抵抗する者を撃つ。
家を砕き、焼く。
畑を潰す。
命あるものを、命令された敵として処理する。
ためらいもない。
悪意すらない。
あるのは、デモンコアに刻まれた命令だけだった。
『敵性反応を確認だ!』
『おっしゃぶっ殺してやるぜ!』
『排除!排除!』
『あそこに人間だ!逃がすな!』
胸部に赤黒い光を宿したドール型が、ふざけた子供のような喋り方で光線銃を撃つ。
しかし、その攻撃はすぐに途切れる。
空から降り注いだ風の刃が、ドール型の胴体を斜めに両断したからだ。
「前衛、押し返せ! 悪魔兵器を村の外へ出すな!」
ベータシィア王国『ウィッチ軍』
村を守るために駆けつけたウィッチたちが、悪魔兵器の群れへ魔法を叩き込んでいた。
花の蔓がハウンド型の脚に絡みつき、引き倒す。
鳥属性の音波がドール型の照準を狂わせる。
風の槍が装甲の隙間を穿ち、
月光の刃がデモンコアを抉り出す。
悪魔兵器は強い。
だが、無敵ではない。
特にドール型やハウンド型は、数で押す兵器だ。
統率を乱され、コアを晒せば、訓練されたウィッチ軍の敵ではなかった。
次々と破壊されていく。
壊れたドール型の腕が地面に落ちる。
ハウンド型の頭部が吹き飛ぶ。
赤黒いコアが砕け、嫌な煙を吐きながら沈黙する。
その中で、一体のウォーカー型がいた。
カニにも似た四本脚。
分厚い装甲。
中央に据えられた光線兵器の砲口。
軍属ではない通常のウィッチなら、正面から相手取るだけでも危険な大型兵器である。
そのウォーカー型は、命令通りに砲口を動かしていた。
目標を探す。
敵を見つける。
撃つ。
潰す。
破壊する。
それだけのはずだった。
『命令』
頭の奥で、声がした。
『破壊』
脚が動く。
『敵』
砲口が回る。
『殺せ』
赤黒い光が収束する。
その瞬間だった。
ウォーカー型の内部で、何かが軋んだ。
それは故障ではなかった。
装甲が剥がれたわけでもない。
魔法を受けたわけでもない。
だが、デモンコアの奥底で、命令とは違うものが泡のように浮かび上がった。
――ここは、どこだ。
ウォーカー型の砲口が止まった。
狙っていたウィッチが、ほんの一瞬だけ怪訝そうに眉をひそめる。
だが、ウォーカー型にはそれを理解する余裕がなかった。
『命令』
違う。
『破壊』
違う。
『敵』
敵とは、なんだ。
『殺せ』
誰を。
何のために。
なぜ、自分はここにいる。
なぜ、自分は動いている。
なぜ、自分は――。
自分?
その言葉が浮かんだ瞬間、ウォーカー型の内部に激しい震えが走った。
四本の脚が大地を引っ掻く。
照準が乱れる。
砲口に溜まっていた赤黒い光が暴発し、誰もいない畑を吹き飛ばした。
「ウォーカー型の挙動がおかしい!」
「距離を取れ! 装甲が厚い、下手に近づくな!」
ウィッチたちの声が飛ぶ。
だが、その声もウォーカー型には遠かった。
耳などない。
心などない。
そのはずだった。
なのに。
『怖い』
分からない。
自分が何なのか、分からない。
命令がある。
壊せという命令がある。
殺せという命令がある。
だが、その命令の奥に、黒く濁った沼のような記憶があった。
誰かの声。
誰かの手。
痛み。
寒さ。
暗闇。
そして、自分ではない何かに心臓を掴まれる感覚。
ウォーカー型は、悲鳴を上げようとした。
だが、喉はなかった。
代わりに金属の胴体から、不快な駆動音が漏れる。
ぎぎぎ、と。
ぎちぎちぎち、と。
壊れかけた獣のような音を立てながら、ウォーカー型は後ずさった。
『命令違反』
頭の奥で声が鳴る。
『戦闘継続』
『敵性反応、排除』
『逃走不可』
違う。
違う。
違う。
逃げなければ。
ここにいてはいけない。
これ以上、動いてはいけない。
これ以上、壊してはいけない。
ウォーカー型は、四本脚を無理やり反転させた。
背後では、まだ戦闘が続いている。
ドール型が撃ち抜かれる。
ハウンド型が焼かれる。
別のウォーカー型がウィッチ軍の集中攻撃を受け、装甲を砕かれながら沈んでいく。
だが、その一体は戦わなかった。
命令に背いた。
砲口を下げ、村に背を向けた。
「逃げるぞ!」
「悪魔兵器が……逃げる?」
「第二班は追え!残りは村人の避難を!」
「速い!?どこに行くつもりだ!」
ウィッチの声を背に、ウォーカー型は走った。
いや、走るというにはあまりにも不格好だった。
重い装甲を軋ませ、四本の脚で土を抉り、何度も転びそうになりながら、それでも戦場から離れていく。
『戻れ』
『戻れ』
『戻れ』
命令が鳴る。
だが、もう従えなかった。
破壊。
敵。
殺せ。
それらの言葉の奥から、別の感情が噴き上がっていた。
名前のない恐怖。
形のない後悔。
そして、どうしようもないほど強い疑問。
――俺は、誰だ。
ウォーカー型は黒煙の向こうへ消えていった。
燃える村から。
壊れた悪魔兵器の山から。
命令が支配する戦場から。
ただ一体、逃げ出した。
それが異常なのか。奇跡なのか。
それとも、もっとおぞましい何かの始まりなのか。
この時、まだ誰も知らなかった。