平民男子、最強精霊に懐かれ令嬢だらけの魔法学校に入学する 作:ワタリ3@ぼちぼち浮上
「走れ! 北の石倉へ行け!」
アレンは叫びながら、道を駆けた。
泣き叫ぶ子供を抱えた母親。
杖をつく老人。
荷物を持とうとして手間取る男。
村人たちは混乱していた。
無理もない。
悪魔兵器など、普通の村人が正面から見るものではない。
「荷物は捨てろ! 命の方が高ぇんだよ! 後で俺が拾ってやるから行け!」
「アレン、こっちの子が!」
「任せろ!」
アレンは転んだ子供を抱き上げ、母親のところへ押し出した。
「振り返るな! 石倉まで走れ!」
背後で、また赤黒い光が走った。
轟音。
石造りの家の壁に大穴が開く。
破片が飛び散り、悲鳴が上がる。
ウォーカー型は、ゆっくりと村の中へ踏み込んできていた。
四本の脚が地面を抉る。
畑を踏み潰す。
柵を壊す。
その動きはどこかぎこちなかったが、破壊力は十分すぎた。
アレンの視界が揺れた。
炎。
黒煙。
泣き声。
砕ける家。
踏み荒らされる畑。
それは、記憶の奥に焼きついた光景と重なった。
レグロス村。
五年前の夜。
赤黒い光。
崩れる家。
叫ぶ誰か。
手を伸ばしても届かなかった背中。
「……ちっ」
息が詰まる。
足が止まりかけた。
その袖を、ナナティナが掴んだ。
「アレン」
声がした。
白い娘の声。
今ここにいる、自分を呼ぶ声。
アレンは強く息を吸った。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言った。
「今度は、まだ間に合う」
ウォーカー型の砲口が動く。
狙いは、避難する村人たち。
赤黒い光が収束する。
撃たれる。
考えるより先に、アレンは走り出していた。
「アレン!」
ナナティナの声が背中に刺さる。
アレンは近くに落ちていた見回り用の槍を掴み、ウォーカー型へ向かって一直線に駆けた。
「こっちだ、鉄クズ野郎!」
叫びながら、槍を投げる。
槍はウォーカー型の装甲に弾かれた。
当然だ。
村の槍で大型悪魔兵器の装甲を貫けるわけがない。
だが、音は鳴った。
ウォーカー型の砲口が止まる。
赤黒い光が、アレンへ向いた。
「そうだ。こっち見ろ」
アレンは笑った。
喉が乾いている。
足は震えている。
それでも、笑った。
「村人より、俺の方がうるせぇぞ」
ウォーカー型の砲口が光った。
アレンは横へ飛んだ。
光線が地面を抉り、土と石を吹き飛ばす。
熱風が背中を叩く。
「っぶねぇ!」
アレンは転がりながら立ち上がり、村の外へ向かって走った。
村の中心から離れる。
避難場所とは反対方向へ。
ウォーカー型の脚が動いた。
ぎぎぎ、と不快な駆動音を立てながら、巨大な兵器がアレンを追う。
「よし、来いクソ野郎……!」
来てしまった。
自分で引きつけておいて、アレンは心の中で悪態をついた。
だが、これでいい。
村人から注意は逸れた。
あとは、できるだけ村から遠ざける。
ウィッチ軍が来るまで時間を稼ぐ。
それだけでいい。
勝つ必要はない。
倒す必要もない。
自分はウィッチではない。
魔法も使えない、ただの農家の男だ。
だから、できることだけをすればいい。
「……できることだけって、コレだけなんだよね。まぁ十分か!」
アレンは叫びながら、畑の中へ飛び込んだ。
背後でウォーカー型が脚を振り上げる。
畑が潰される。
大地が揺れる。
アレンは必死に走った。
光線が横を掠め、肩の服が焦げる。
転びそうになる。
それでも走る。
村から離す。
避難所から離す。
もう、レグロス村のようにはさせない。
二度と。
二度と、目の前で村を焼かせない。
β
ナナティナは、走るアレンの背中を見ていた。
胸の奥がざわつく。
嫌な感じ。
黒く濁ったもの。
赤黒い光。
金属の体。
そのすべてが、彼女の奥底に眠る何かを揺さぶっていた。
ウォーカー型の砲口が光る。
アレンが避ける。
地面が爆ぜる。
アレンが転ぶ。
すぐに立ち上がる。
また走る。
ナナティナは胸を押さえた。
痛い。
胸が張り裂けそうな痛み。
いや、痛みだけではない。
これは何だ。
分からない。
けれど、知っている気がする。
悪魔。
黒いもの。
喰らうもの。
世界を穢すもの。
そして――。
『エーテルクリスタルは、悪魔を根絶する力を持っている』
声がした。
知らない声。
けれど、どこか懐かしい声。
アレンとは違う、男の声だった。
『ナナティナ。お前の力は、私たち以上の力だ』
白い空間。
光の結晶。
どこまでも澄んだ輝き。
その前に立つ、誰か。
顔は見えない。
名前も思い出せない。
けれど、その声だけが、胸の奥に響く。
『その力をもって、世界を救え』
「世界を?」
記憶の中の自分が尋ねる。
『そうだ。それがお前に与えられた、精霊としての使命だ』
精霊。
その言葉が、ナナティナの中で弾けた。
精霊。
自分は。
私は。
「……そうだ」
ナナティナは呟いた。
「私は……」
視界の先で、アレンが倒れた。
ウォーカー型の光線を避けきれず、爆風に吹き飛ばされたのだ。
地面を転がり、麦畑の端で止まる。
起き上がろうとしている。
だが、足が震えていた。
体力が尽きかけている。
ウォーカー型が、ゆっくりと砲口を向ける。
赤黒い光が収束する。
ナナティナの中で、何かが決定的に音を立てた。
「アレン!!」
彼女は走り出した。
β
息ができなかった。
アレンは地面に手をつき、何とか体を起こそうとした。
肺が焼けるように痛い。
足が重い。
腕も震える。
爆風で全身を打った。
骨は折れていない。
たぶん。
村からどれだけ離れたか。
もっと離さなければ。
けれど、もう走れない。
ウォーカー型の砲口がこちらを向いている。
赤黒い光。
あれを食らえば、終わりだ。
「クソ、成人初日でこれかよ……まったく、華々しすぎるだろ。だが、まぁ……」
アレンは笑おうとした。
だが、口元がうまく動かない。
――ようやく、謝れる
砲口の光が強くなる。
その時、白い影がアレンの前に立った。
「ナナティナ……?」
白髪の娘が、そこにいた。
夜風に白い髪が揺れている。
小さな背中。
けれど、不思議と大きく見えた。
「何してんだ、馬鹿逃げろ!」
「馬鹿はお前だ!」
「死ぬぞ!」
――「アレンが死ぬ方がもっと嫌だ!」
ナナティナは振り返らなかった。
ただ、ウォーカー型を見ている。
「思い出した」
「何を……」
「私は、精霊だ」
アレンは一瞬、言葉を失った。
精霊。
その単語は、彼にとってあまりにも遠いものだった。
ウィッチが契約する存在。
貴族の女性たちが力を借りる相手。
シェリーのラブラリーのように、魔法を使う者の隣にいるもの。
自分とは関係のない、憧れの側の存在。
「精霊って……お前が?」
「そうだ」
ナナティナは淡々と言った。
「私はナナティナ。アレンの精霊になる」
「は……?」
「契約しろ、アレン」
赤黒い光が、さらに強くなる。
時間がない。
だが、アレンは叫んだ。
「できるわけねぇだろ! 精霊と契約できるのはウィッチだ! 貴族の女がやるもんだ! 俺は男で、平民で、魔法なんか使えねぇ!」
「できる」
「何で言い切れるんだよ!」
「アレンは、もう力を手に入れている」
ナナティナが振り返った。
眠たげな目。
けれど、その奥に白い光が宿っていた。
「私を助けた時から。私がアレンを選んだ時から。アレンの中には、もう力がある」
「意味分かんねぇよ……!」
「分からなくてもいい」
ナナティナは手を伸ばした。
「信じろ」
ウォーカー型が撃った。
赤黒い光線が、二人へ向かって放たれる。
アレンは反射的に動いた。
傷つくな、と言われたばかりだった。
遠くへ行くな、と言われたばかりだった。
それでも。
ナナティナの前に出た。
彼女を庇うように、抱き寄せた。
「馬鹿、俺は――!」
その瞬間、ナナティナの手がアレンの胸に触れた。
「アレン」
白い光が生まれた。
「私と共に戦え」
体の奥から、何かが湧き上がる。
熱い。
冷たい。
痛い。
けれど、あの夜のような苦痛ではなかった。
もっと深い場所から、アレン自身の心臓を叩き起こすような力。
血の中を白い光が走る。
骨の奥で何かが鳴る。
ナナティナの声が、頭の中に響く。
そして、アレンは無意識に呟いた。
「――魔装」
夜が白く染まった。
ウォーカー型の赤黒い光線が、白い輝きに呑み込まれる。
爆風は来なかった。
熱もない。
ただ、圧倒的な白い光が、アレンの体を包み込んでいく。
服が変わる。
泥に汚れた農民服がほどけ、白い魔導服へと変わっていく。
胸元から肩へ、純白の線が走る。
腕には白い装甲のような飾りが生まれ、腰からはローブの裾が風に翻る。
髪が白く染まる。
瞳の奥に、銀に近い宝石のような輝きが宿る。
アレンは、呆然と自分の手を見た。
――「……何だよ、これ、『魔装』って言ったか俺」
話には聞いていた。
ウィッチが精霊と深く結びついた時に至る戦闘形態。
精霊の力を身に纏う姿。
魔装。
憧れていた。
見上げていた。
自分には一生関係ないと思っていた。
その力が、今、自分の体に宿っている。
「ナ、ナナティナ……?」
彼女の姿は、目の前から消えていた。
だが、代わりに声が響く。
耳ではない。
頭の中。
胸の奥。
自分の内側から。
『私はここにいる。お前と共に』
アレンは息を呑んだ。
「……俺の中にいるのか?」
『そうだ。私はアレンの精霊だからな』
「いや、意味分かんねぇよ……!」
『後で考えろ。今は前を見ろ』
ウォーカー型が動いた。
赤黒い光線を防がれたことを理解できないのか、砲口がぎこちなく揺れている。
だが、すぐに再照準した。
アレンへ向けて。
『来るぞ』
「分かってる!」
ウォーカー型が撃った。
アレンは地面を蹴った。
次の瞬間、体が軽く跳んだ。
いや、跳んだどころではない。
視界が一気に上がる。
光線が足元を通り過ぎ、地面を抉った。
「うおおおおっ!?」
アレンは自分でも驚くほどの速度で着地した。
体が軽い。
さっきまで限界だった足が、嘘のように動く。
息も切れていない。
痛みもない。
全身に白い力が満ちている。
「何だこれ、すげぇ……けど怖ぇ!」
『怖がるな』
「無茶言うな! 俺、今たぶん人生で一番変なことになってるぞ!」
『大丈夫だ。アレンは強い子だ』
「その雑な励まし、嫌いじゃないけど圧倒的に説明が足りねぇって!」
ウォーカー型が脚を振り上げる。
アレンは横へ跳び、金属脚を避けた。
地面が砕ける。
その衝撃すら、今のアレンには遅く見えた。
避けられる。
動ける。
だが、問題はそこからだった。
「で、どうやって倒すんだよ!」
『攻撃すればいい』
「もっと具体的に!」
『思いを形にするのだ』
「急に詩人みたいなこと言うな!」
アレンは走りながら叫んだ。
魔法。
そうだ魔法だ。
攻撃。
思いを形にする。
そんなことを言われても分からない。
彼は魔法を学んだことがない。
ただ、ひとつだけ覚えている光景があった。
焼け落ちた故郷で、空を裂くように放たれた魔法。
赤く燃える花の光。
絶望の中で見上げた、圧倒的な力。
エヴァリーナ。
茨の戦姫。かつて自分を救ったウィッチ。
彼女が放った、太陽のような花属性魔法。
《――地を焦がす太陽》
そうだ、あの光だ。
あの背中に憧れた。
自分もいつか、誰かを守れる力が欲しいと思った。
けれど、自分は男で。
平民で。
ウィッチにはなれなくて。
それでも。
今、目の前に守りたい村がある。
守りたい人がいる。
もう一度、奪われるのは嫌だった。
「……形にしろってんなら」
アレンは右腕を引いた。
白い光が腕に集まる。
熱い。
だが、燃えるような熱ではない。
清らかで、鋭く、眩い力。
「こういうことかよ……!」
『そうだ、アレン』
ナナティナの声が響く。
『撃て』
ウォーカー型が砲口を向ける。
赤黒い光が集まる。
アレンは叫んだ。
「こっちも初魔法だ! ありがたく食らいやがれ!」
白い光が放たれた。
それは、光線だった。
ただし、アレンが想像していたより、はるかに太く、はるかに速く、はるかに強かった。
白い閃光が夜を裂く。
ウォーカー型の分厚い装甲を、抵抗すら許さず貫いた。
中央の砲口が砕ける。
赤黒い光が悲鳴のように弾け、黒い煙が噴き出す。
ウォーカー型は脚を痙攣させた。
ぎぎぎ、と不快な音を立てる。
そして、巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
大地が揺れる。
土煙が舞う。
悪魔兵器は、沈黙した。
「……やった、のか?」
アレンは呆然と呟いた。
だが、その直後。
遠くで、山の頂が爆ぜた。
白い光線はウォーカー型を貫いただけでは止まらず、そのまま夜空の向こうへ伸びていた。
射線上にあった山の頂上が、白い閃光に削り取られたのだ。
遅れて、轟音。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
地面が震える。
アレンは固まった。
「……」
『……』
「……ナナティナさんや」
『なんだ』
「あれ、俺がやった?」
『そうだな、大した威力だ』
「いや……山、吹っ飛んでない?」
『頂上だけだ』
「だけって言うには規模が馬鹿なのよ!」
アレンは自分の右手を見た。
白い光はまだ微かに揺らめいている。
初めて使った魔法。
それでウォーカー型を一撃で撃ち抜いた。
ついでに山の頂上も吹き飛ばした。
アレンの顔から血の気が引いていく。
「あ、え……俺、怖っ」
『だが強いだろう?』
「強いと怖いは同時に成立するんだよ!」
アレンは、倒れたウォーカー型を見た。
赤黒い光は消えている。
黒煙だけが夜空へ昇っていた。
今夜、イギー村は焼け落ちなかった。
村人たちは生きている。
ガレンも、ナナティナも、自分も。
それだけで、十分だった。
けれど。
白い魔導服をまとった自分の姿を見下ろしながら、アレンは思う。
もう、自分はただの農家の男ではいられないのかもしれない。
その予感だけが、夜風よりも冷たく胸に残った。