平民男子、最強精霊に懐かれ令嬢だらけの魔法学校に入学する   作:ワタリ3@ぼちぼち浮上

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第6話 調子に乗る男

 

 倒れたウォーカー型悪魔兵器は、黒い煙を吐きながら沈黙している。

 四本の金属脚は力を失い、胴体は大地へめり込むように傾いていた。

 中央の砲口には大穴が開き、そこから赤黒い火花がぱちぱちと漏れている。

 

 もう動かない。

 

 それは分かる。

 

 分かるのだが、アレンはその場から動けなかった。

 

「……やべぇ」

 

 白い魔導服。

 白く染まった髪。

 体の奥にまだ残っている、得体の知れない力。

 そして、遠くで削り飛ばされた山の頂。

 月明かりの下、山の稜線が不自然に欠けていた。

 

 アレンは自分の右手を見つめた。

 

「やべぇだろ、これ……」

 

『そうだな』

 

 頭の中でナナティナの声がした。

 魔装している間、彼女の姿は見えない。

 だが、確かにそこにいる。自分の内側に、白い精霊の気配があった。

 

「ウォーカー型ぶっ飛ばしただけじゃなくて、山まで削ったんだぞ」

 

『頂上だけだ』

 

「頂上だけでも普通は大事件なんだよ!」

 

『気にするな』

 

「気にするよ!」

 

 アレンは頭を抱えた。

 だが、その手も白い魔装の手袋に包まれている。

 見慣れない自分の姿に、また心臓が跳ねた。

 

 魔装。

 

 ウィッチが精霊の力を身に纏う戦闘形態。

 子供の頃から憧れていたもの。

 自分には絶対に手が届かないと思っていたもの。

 それを、今、自分が使っている。

 

 男で。

 

 平民で。

 

 農家の息子で。

 

 魔法とは無縁だと思っていた自分が。

 

「……本当に、俺がやったんだよな」

 

『何度も言ってるな……そうだな。アレンがやった』

 

 ナナティナの声は、どこか誇らしげだった。

 アレンは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

 

 怖い。

 

 間違いなく怖い。

 

 だが、それだけではなかった。

 ウォーカー型を倒した。

 村を守った。

 今度は、間に合った。

 その事実が、どうしようもなく彼の心を浮き立たせていた。

 その時、村の方から複数の足音が聞こえた。

 

「アレン!」

 

「無事か!」

 

「ウォーカー型はどうなった!?」

 

 村人たちが、松明を手に駆け寄ってくる。

 先頭にはガレンがいた。年齢を感じさせない足取りで畑を踏み越え、こちらへ向かってくる。

 

 まずい。

 

 アレンは反射的に身構えた。

 今の姿を見られるわけにはいかない。

 

「ナナティナ、これどうやって戻る!?」

 

『戻りたいと思えば戻る』

 

「説明がふわっとしてるぜ!」

 

『戻れ』

 

「命令!?」

 

 とはいえ、考えている余裕はなかった。

 アレンは強く念じた。

 

 戻れ。

 

 戻れ。

 

 戻ってくれ。

 

 元の自分に。

 

 白い光が体を包む。

 魔導服がほどけるように消え、白かった髪が元の色へ戻っていく。体の奥に満ちていた力も、静かに沈んでいった。

 同時に、ナナティナの姿が隣に現れる。

 何事もなかったような顔で。

 

「戻ったな」

 

「もっと早く戻ってくれれば完璧だった」

 

「完璧は次に目指す」

 

「何でも次に回すな」

 

「初めてのことだからな」

 

 アレンは慌てて服を確認した。

 元の農民服に戻っている。

 

 よし。

 

 たぶん見られていない。

 

 そう思った直後、ガレンたちが到着した。

 

「アレン!」

 

「じ、爺ちゃん」

 

 ガレンはまずアレンの体を上から下まで見た。

 怪我がないか確認しているのだろう。

 次に、倒れたウォーカー型を見た。

 そして、遠くの山を見た。

 その顔が、見るからに険しくなる。

 

「……これは、どういうことだ」

 

 村人たちも言葉を失っていた。

 巨大なウォーカー型が倒れている。

 胴体には大穴。

 そして、その向こうの山の頂が吹き飛んでいる。

 普通に考えれば、村人が槍でどうこうできる光景ではない。

 

「アレン、これをお前がやったのか?」

 

 誰かが尋ねた。

 アレンは一瞬だけ固まった。

 

 言えるわけがない。

 

 自分が魔装した。

 ナナティナが精霊で自分と契約した。

 魔法のようなものでウォーカー型を撃ち抜いた。

 そんなことを言えば、村は大騒ぎになる。

 いや、村だけでは済まない。

 

 男が魔装し魔法を使った。

 

 精霊と契約した。

 

 そんな話、ナチュレ領どころか王国が動く。

 アレンは乾いた笑みを浮かべた。

 

「ま、まさか。俺じゃねぇよ。俺はウィッチじゃねーぞ? 悪魔兵器なんか倒せるわけねーじゃん」

 

「じゃあ、誰が?」

 

「その……通りすがりのウィッチが」

 

 自分で言って、苦しいと思った。

 だが、もう口から出ていた。

 

「通りすがりのウィッチ?」

 

「ああ。ちょうど近くにいたみたいでさ。すげぇ魔法でウォーカー型をドカンと一発」

 

「ドカンって……」

 

「いや、ほんとにドカンだったんだよ。

 ほら、あの山を見てみろよ。俺も死ぬかと思ったぜ」

 

 村人たちは顔を見合わせた。

 

 夜。

 

 突然現れた悪魔兵器。

 

 そこへ、偶然通りすがったウィッチが現れて倒した。

 

 話としては怪しい。

 

 怪しいが、ウィッチという存在は、村人にとってそれだけで特別だった。

 

 常識外れの魔法を使う者。

 

 悪魔兵器と戦える者。

 

 村の外から来て、村の外へ去っていくこともある者。

 

 だから、村人たちは次第に納得したように頷き始めた。

 

「そうか……ウィッチ様が」

 

「助かったんだな、俺たち」

 

「ありがてぇ……」

 

「どこの方だったんだ?」

 

「えーっと……すまん。顔はよく見えなかった」

 

 アレンは目を逸らした。

 

「すぐ行っちまったからな。ほら、ウィッチって忙しいだろ?」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなんじゃねぇかな?俺はウィッチじゃねーから分からねーけど」

 

 雑だった。

 

 自分でも分かるくらい雑な嘘だった。

 

 だが、混乱と恐怖の後では、村人たちはそれ以上深く追及しなかった。

 彼らにとって重要なのは、ウォーカー型が倒れたこと。

 村が助かったこと。

 家族が生きていることだった。

 

 しかし。

 ガレンだけは違った。

 

 彼は黙ったまま、アレンを見ていた。

 鋭い目だった。

 畑仕事のサボりを見抜く時の目ではない。

 もっと深く、相手の腹の底を覗くような目。

 

 「……通りすがりのウィッチ、か」

 

 「あ、ああ」

 

 「そうか」

 

 ガレンは短く言った。

 それ以上は何も聞かなかった。

 だが、納得していないことは明らかだった。

 ナナティナが、そっとアレンの袖を掴んだ。

 

「アレン」

 

「何だよ」

 

「お前、嘘をつくのが下手だな」

 

「……今言うな」

 

     β

 

 翌朝。

 

 イギー村は、夜の騒ぎの後始末に追われていた。

 幸い、死者はいなかった。

 怪我人は出たが、命に関わる者はいない。

 

 壊れた納屋。

 

 焼けた柵。

 

 踏み荒らされた畑。

 

 それらの被害は大きかったが、村が丸ごと焼かれなかったことを思えば、奇跡に近かった。

 村人たちは口々に、見知らぬウィッチへ感謝していた。

 

「いやぁ、すごかったな」

 

「山の上まで吹き飛ばすなんて、どれほどのウィッチ様だったんだろう」

 

「王都の軍人様かもしれん」

 

「いや、もしかすると王族の方では?」

 

「まさか。そんな方がこんな村に来るか?」

 

 そんな声を聞くたびに、アレンの背中がむずむずした。

 

 見知らぬウィッチ。

 

 王都の軍人。

 

 王族。

 

 だが、実際にやったのは、目の前で壊れた柵を運んでいる農家の男である。

 誰も気づいていない。

 それが少し怖くて、少しおかしくて、そして少し気持ちよかった。

 

「ふふん」

 

「アレン」

 

 隣でナナティナが見上げてくる。

 

「今、変な顔をしていたぞ」

 

「してねぇよ」

 

「していた。褒められて嬉しい顔だ」

 

「俺は褒められてないぜ。見知らぬウィッチ様が褒められてる」

 

「それはアレンだろう」

 

「しっ、声がでけぇ」

 

 アレンは慌ててナナティナの口を押さえようとした。

 ナナティナは半歩下がって避ける。

 

「何をする」

 

「秘密にしろって言ったろ」

 

「なぜ秘密にする?」

 

「面倒なことになるからだよ。男が魔装したなんて知られたら、絶対に面倒なことになる。

 シェリー様だけでも目ぇ回しそうなのに、ウィッチ軍とか王都とかに知られたら俺の人生が終わる」

 

「終わるのか?」

 

「農家としての平穏が終わるだろうよ」

 

「アレンの場合『怠慢』だ」

 

「切れ味凄いぜ」

 

 ナナティナはじっとアレンを見ていた。

 昨夜の彼女は、どこか不安そうだった。

 今も完全にいつも通りではない。

 

 何か言いたそうな目をしている。

 

 だが、アレンは気づかないふりをした。

 今は、胸の中に別の感情がある。

 

 自分は力を手に入れた。

 

 誰かを守れる力を。

 ウォーカー型を倒せる力を。

 

 その事実が、どうしても頭から離れなかった。

 

    β

 

 さらに数日が経った。

 

 村は少しずつ日常を取り戻していた。

 壊れた納屋は修理が始まり、焼けた柵も組み直されている。ナチュレ家から資材の支援も届いた。

 アレンも当然、畑仕事と修復作業に駆り出された。

 成人したばかりだから、という理由で仕事量は増えた。

 

 はずだった。

 

「よし」

 

 朝早く。

 畑の隅で、アレンは両手を組んで目を閉じた。

 体の奥にある白い力を探る。

 ナナティナは少し離れた場所に立ち、黙って見ている。

 

「思いを形にする……だったよな」

 

「そうだ」

 

「じゃあ、こういうのもできるんじゃねぇか?」

 

 アレンは念じるように両手を前に出す。

 思い浮かべたのは、自分自身だった。

 

 畑仕事をする自分。

 

 鍬を振るう自分。

 

 黙々と働く、たいへん真面目で立派な自分。

 

 両手から白い光が揺れた。

 

 目の前の空間が歪む。

 そして、そこに人影が現れた。

 

 アレンと同じ顔。

 

 アレンと同じ体格。

 

 ただし、全身が白い光を薄く纏っている。

 

 分身だった。

 

「……で、できた」

 

 アレンは目を輝かせた。

 

「できたぞ、ナナティナ!」

 

「……そうだな、間抜け顔が増えた」

 

「急な罵倒!?……ま、まぁでもすげぇよな!俺が二人!これで仕事も半分!」

 

「いや、そういう使い方なのか?」

 

「そういう使い方ですことよ!」

 

「……ふむ、なんか違う気がする」

 

 顔をしかめるナナティナを他所に、アレンは分身に鍬を渡した。

 

「よし、俺二号。畑を耕せ」

 

 分身は無言で鍬を持ち、畑へ向かった。

 ぎこちないが、動く。

 鍬を振り上げる。

 土を掘る。

 また振り上げる。

 また掘る。

 

 アレンは感動した。

 

「働いてる……!俺が働いてる!」

 

「アレンが働くことにアレンが感動する……ややこしいな」

 

「重要なことはサボり魔の俺が働いていることだ」

 

「誇るところではない」

 

 ナナティナは呆れたように言う。

 だが、アレンは完全に浮かれていた。

 

「すごくねぇか?畑仕事もできる。見回りもできる。荷物運びもできる。

 爺ちゃんに怒られてる時、代わりに立たせることもできる」

 

「最後の使い方はやめた方がいい」

 

「たしかに爺ちゃんにはバレそうだな」

 

「そうではなく、怒られるべき時は本人が怒られるべきだ」

 

「正論が胸に刺さる」

 

 分身は黙々と畑を耕している。

 アレンは腕を組んで頷いた。

 

「いいな。これ、いいな」

 

 ナナティナはそんな彼を見て、少しだけ目を細めた。

 

「アレン」

 

「ん?」

 

「それが、お前の本当にしたかったことなのか?」

 

「……え、何が?」

 

「力を使って、自分の代わりに畑仕事をさせること」

 

 アレンは一瞬だけ黙った。

 だが、すぐに笑う。

 

「いいだろ別に。便利なんだから。力は使ってこそだろ?」

 

「……ふむ」

 

「それに、俺が楽できれば、その分ほかのこともできるしな」

 

「ほかのこと?」

 

「村の見回りとか。魔物退治とか。あと……まあ、色々だよ」

 

 ナナティナはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、少し寂しそうに分身を見ていた。

 

      β

 

 分身作戦は、最初のうちは成功した。

 アレンが休んでいる間に、分身が畑を耕す。

 アレンが水を飲んでいる間に、分身が薪を運ぶ。

 アレンが木陰で座っている間に、分身が荷車を押す。

 

 素晴らしい。

 

 完璧。

 

 労働革命。

 

 そう思っていた。

 

「アレン」

 

 昼前。

 ガレンが畑に現れた。

 

「はい」

 

 アレンは木陰から飛び起きた。

 分身は少し離れた畑で鍬を振っている。

 

 まずい。

 

 だが、ガレンは分身を見ても驚かなかった。

 いや、正確には、分身の方を見てから、ゆっくりとアレンへ視線を戻した。

 

「説明しろ」

 

「……えーっと」

 

「説明しろ」

 

 二度目は低かった。

 アレンは汗をかいた。

 

「いや、その、なんていうか……新しい畑仕事の形?」

 

「ほう」

 

「未来の農業?」

 

「ほう」

 

「俺の勤労意欲が形になった奇跡?」

 

 ガレンの拳が、アレンの頭に落ちた。

 

「痛ぇ!」

 

「馬鹿者」

 

「いや、でも便利だろ!? 見ろよ、俺二号めっちゃ働いてるぞ!」

 

「働いているのはお前ではない」

 

「顔は俺だぞ!」

 

「屁理屈を言うな」

 

 ガレンは深くため息をついた。

 それから、分身を見た。

 分身はまだ黙々と畑を耕している。

 

「……昨夜のウォーカー型も、お前か」

 

 アレンは言葉を失った。

 ガレンの目は鋭かった。

 誤魔化せない。

 そう悟った。

 

「……誰にも言うなよ」

 

「やはりか」

 

「爺ちゃん」

 

「言わん」

 

 ガレンは短く答えた。

 

「だが、話は聞く。全部だ」

 

「今?」

 

「今だ」

 

「いやー畑仕事が」

 

「分身がやっておる」

 

「それはそうだ」

 

 アレンは頭をかいた。

 結局、彼はガレンに話した。

 

 ナナティナが精霊だと思い出したこと。

 

 契約を求められたこと。

 

 自分が魔装したこと。

 

 白い魔法でウォーカー型を倒したこと。

 

 その力で山の頂上まで削ったこと。

 

 ガレンは最後まで黙って聞いていた。

 

 怒鳴りはしなかった。

 だが、表情は重かった。

 

「……男が精霊と契約し、魔装したか」

 

「ああ」

 

「前代未聞だな」

 

「だよな」

 

「だからこそ、軽々しく使うな」

 

 ガレンの声が厳しくなる。

 

「その力は、お前が思っているより危うい」

 

「分かってるよ」

 

「全然わかっておらん」

 

 即座に返された。

 アレンは口をつぐむ。

 

「分かっているなら、畑仕事をサボるために分身など出さん」

 

「うっ」

 

「アレン。力を持ったことに浮かれるなとは言わん。村を守れた。それは誇っていい。だが、その力は遊び道具ではない」

 

「……分かってる」

 

「なら、分身を消せ」

 

「え」

 

「消せ」

 

「でも、あと少しでこの畝が終わるし」

 

 ガレンの目が細くなる。

 

「消せ」

 

「はい」

 

 アレンは渋々、分身へ意識を向けた。

 白い光がふっと薄れ、分身は霧のように消えた。

 畑に鍬だけが残る。

 ガレンはそれを拾い、アレンへ渡した。

 

「残りは自分でやれ」

 

「……はい」

 

「ナナティナ」

 

 ガレンは白髪の少女へ視線を向けた。

 

「こいつが調子に乗ったら止めろ」

 

「分かった」

 

「即答だな」

 

「アレンはすぐ調子に乗る」

 

「否定しづらいけど、本人の前で言うな」

 

 ナナティナはアレンを見た。

 やはり、どこか寂しそうだった。

 

     β

 

 ガレンに叱られても、アレンの浮ついた気分は完全には収まらなかった。

 分身を畑仕事に使うのは禁じられた。

 

 だが、魔装そのものを使うなとは言われていない。

 

 少なくとも、アレンはそう解釈した。

 

 数日後。

 

 村外れの森に、再びグリムリが出た。

 畑を荒らし、家畜小屋に近づいていた小人型の魔物だ。

 普段なら、村の若者数人で追い払う。

 

 だが、その夜はアレンが一人で動いた。

 

「すぐ終わらせれば問題ねぇよな」

 

「こりないやつだ」

 

 隣でナナティナが言った。

 

「大丈夫だって。ウォーカー型に比べればグリムリなんか雑魚だろ」

 

「油断している」

 

「油断じゃねぇ。実力差の確認だ」

 

「言い方を変えても油断だアレン」

 

 ナナティナの指摘を聞き流し、アレンは森へ入った。

 グリムリは三体いた。

 棍棒を持ち、畑の脇をうろついている。

 以前なら緊張した。

 槍を握りしめ、距離を測り、足場を確認し、相手の動きを見てから動いただろう。

 

 だが、今は違う。

 

「魔装」

 

 白い光が体を包む。

 ナナティナの姿が消え、アレンの内側に入る。

 白い魔導服。

 白い髪。

 軽くなった体。

 アレンは地面を蹴った。

 

 速い。

 

 グリムリたちが反応するより早く、彼は一体目の前にいた。

 

「よっ」

 

 軽く拳を振るう。

 白い光が弾け、グリムリが血を巻き上げ吹き飛ぶ。

 魔力を腕に溜め、殴るシンプルな技。

 グリムリ程度なら十分倒せる威力。

 

 二体目が棍棒を振るう。

 

 遅い。

 

 アレンは身をひねって避け、足を払う。

 反射神経も上がってるようだ。

 転んだグリムリの上に、魔力を溜めた拳を叩きつける。

 三体目は逃げようとした。

 

「逃がすかよ」

 

 アレンが人差し指を向ける。

 指先から白い光の弾が飛び、グリムリの胸を打ち抜いた。

 昨夜の魔法より威力をかなり抑えた攻撃の魔法だ。

 魔物は転倒し、そのまま動かなくなる。

 

 あっという間だった。

 

 あまりにも簡単だった。

 

 アレンは自分の手を見て、笑った。

 

「……すげぇ」

 

『アレン』

 

「分かってる。威力の制御はできてる」

 

『そうではない』

 

「じゃあ何だよ」

 

『楽しそうだ』

 

 ナナティナの声は静かだった。

 アレンは少しだけ黙った。

 

「……そりゃ、まあ」

 

 口元が緩む。

 

「今までできなかったことが、できるんだぜ」

 

 村を守れる。

 

 魔物を倒せる。

 

 自分が無力ではないと証明できる。

 

 それが嬉しくないわけがなかった。

 魔装を解き、アレンはグリムリの亡骸を縛って村へ戻った。

 村人たちは驚いた。

 

「アレン、一人でやったのか?」

 

「おう。まあ、ちょちょいとな」

 

「すごいじゃないか!」

 

「成人してから頼もしくなったな」

 

 褒められる。

 認められる。

 それは、甘い毒のようにアレンの胸へ染み込んだ。

 

「いやぁ、俺もやればできる男だからな」

 

「またすぐ調子に乗る」

 

 ナナティナが横で呟いた。

 

「聞こえてるぞ」

 

「聞こえるように言った」

 

「お前、最近そういうところ本当に人間臭くなったな」

 

「……アレンの影響かもしれない。『悪影響』だな」

 

「お、俺のせいにするな」

 

 村人たちは笑った。

 アレンも笑った。

 ナナティナだけが、笑わなかった。

 

    β

 

 イギー村の西側。

 ウォーカー型が倒された畑と、その先の山の麓には、王国ウィッチ軍の調査班が到着していた。

 

 人数は五名。

 

 全員が軍属のウィッチである。

 灰緑と鉄灰色を基調とした軍用魔装をまとい、周囲を警戒しながら現場を調べていた。

 彼女たちを案内しているのは、シェリーとナチュレ家の兵、イギー村の村長だった。

 

「報告では、この辺りでウォーカー型が停止したとのことでしたね」

 

 調査班の隊長らしきウィッチが、地面を見下ろす。

 そこには巨大な脚跡が残っていた。

 

 四本脚の悪魔兵器が歩いた跡。

 

 土は深く抉れ、麦畑には広い範囲で踏み荒らされた跡がある。

 

 戦闘があったのは間違いない。

 さらに、地面には焦げた線が残っていた。

 

 赤黒い光線による焼け跡。

 

 そして、それとは別に。

 

 まるで白い熱で焼き抜かれたような、妙に澄んだ焦げ跡が一直線に伸びていた。

 

 その先には、頂上を削られた山がある。

 

「……これは」

 

 隊長の表情が険しくなった。

 

「花属性の火炎ではありませんね」

 

「風属性の雷撃とも違います」

 

「月属性の凍結痕もない。鳥属性の音波でもない」

 

 部下たちが口々に報告する。

 隊長は膝をつき、白く焼けた土へ指を近づけた。

 触れる寸前で止める。

 

「魔力残滓が薄い。けれど、質が異質だ」

 

「まさか、王族級でしょうか?」

 

「分かりません。少なくとも、通常のウィッチの魔法ではない」

 

 隊長は視線を上げた。

 

「ウォーカー型の残骸は?」

 

「それですが……私が来た頃には無くなっていたのです」

 

 シェリーが答える。

 

「無くなってた?」

 

「はい。村人の証言では、確かにここに倒れていたと。

 ですが、キャベット町から戻って現場を確認したら、既に残骸が残っていませんでした」

 

「大型悪魔兵器の残骸が、一晩で消えたというのですか?」

 

「そのようです」

 

 場の空気が重くなった。

 ウォーカー型は巨大だ。

 簡単に運べるものではない。

 しかも、破壊された悪魔兵器の残骸にはデモンコア由来の汚染が残る。

 専門の処理班なしで動かすのは危険だ。

 

 それが、消えている。

 

 地面には、確かに倒れた跡が残っている。

 巨大な胴体がめり込んだ跡。

 火花が散った焦げ跡。

 黒い油のような液体の染み。

 

 だが、本体だけがない。

 

「回収された……?」

 

 部下の一人が呟いた。

 

「誰に?」

 

 別の部下が返す。

 

「ウィッチ軍の回収班はまだ到着していません。ナチュレ家も触れていない。村人に運べる大きさでもない」

 

「なら、悪魔兵器側が?」

 

 その言葉に、全員が黙った。

 悪魔兵器が、自ら残骸を回収したのか。

 あり得ない話ではない。

 だが、もしそうなら。

 破壊されたウォーカー型の情報が、敵側へ戻った可能性がある。

 隊長は立ち上がった。

 

「現場を封鎖します。山の焼失痕も調べてください。それから、村人の証言を再確認。

 特に、ウォーカー型を倒したというウィッチについて」

 

「村人たちは、見知らぬウィッチが倒したと?」

 

「そのウィッチの所属、外見、属性、移動経路。何でもいい。情報を集めてください。シェリー・ナチュレ殿もどうかご協力を」

 

「はい」

 

 隊長は欠けた山を見上げた。

 夜空を貫いたような、一撃の痕。

 消えたウォーカー型。

 そして、村人たちが語る、見知らぬウィッチ。

 

「……何が起きた」

 

 その呟きは、風に消えた。

 

     β

 

 その頃、イギー村では、アレンがまた村人に囲まれていた。

 

「アレン、こっちの荷物も運んでくれないか?」

 

「おう、任せとけ」

 

「若いのに頼もしいねぇ」

 

「成人したからな。大人の男ってやつよ」

 

「サボり魔だったくせに」

 

「今までの俺は今までの俺! 成人した俺はひと味違うってことよ!」

 

 アレンは笑いながら荷物を担いだ。

 本当は分身を出したかった。

 だが、ガレンの目が怖いので我慢している。

 それでも、魔装を使わなくても体が軽く感じる。

 いや、実際に軽いのかもしれない。

 ナナティナと契約してから、体の奥に白い力が残っている気がする。

 

 以前より疲れにくい。

 

 以前より動ける。

 

 以前より、自分が強くなった気がする。

 

「なあ、ナナティナ」

 

「なんだ」

 

「俺、けっこうすごいんじゃねぇか?」

 

 ナナティナは無言でアレンを見た。

 

「……何だよ、その目」

 

「『調子に乗る男』という顔をしている」

 

「顔にタイトルつけるな」

 

「お前は分かりやすい」

 

「俺はな、力に溺れてるわけじゃない。ちょっと可能性を試してるだけだ」

 

「またそれか」

 

「なんだよ」

 

「アレン」

 

 ナナティナは静かに言った。

 

「お前は何をしたかったのだ?」

 

「またその質問か?だから、村を守ったり、魔物を倒したり」

 

「それは分かる。もう聞いた」

 

「じゃあ何だよ」

 

「何度も問おう。……お前が本当に欲しかったものは、そういうものだったのか?」

 

 アレンは足を止めた。

 ナナティナの声は責めていなかった。

 ただ、分からないことを尋ねている。

 だからこそ、少しだけ胸に刺さった。

 

「……ホント何が言いたいんだよ」

 

「今のアレンを見ていると、嫌な気持ちになる」

 

 ナナティナは自分の胸元に手を当てた。

 

「ここが、落ち着かない」

 

「それ、……俺が嫌いってことか?」

 

「それは違うな」

 

 即答だった。

 

「アレンは嫌いではない。むしろ、好きだ」

 

「っ……」

 

 アレンは顔を赤くした。

 

「お、お前な、そういう言葉を急にだな」

 

「だが、今のアレンは駄目だ」

 

「おい、上げて落とすなよ」

 

「落としているのではない。言っているだけ」

 

 ナナティナはまっすぐ見つめてくる。

 

「アレンは、誰かを守りたかったのだろう?」

 

「……そうだ」

 

「では、なぜ褒められると嬉しそうにする?」

 

「そりゃ、褒められたら嬉しいだろ」

 

「なぜ力を見せたがる?」

 

「見せたがってるわけじゃねぇ」

 

「なぜ畑仕事を分身に任せた?」

 

「それは……便利だから」

 

「ガレンも言っていたな。便利だから、で済ませていい力なのか?」

 

 アレンは言い返そうとした。

 だが、言葉が詰まった。

 ナナティナの言い方は少し拙い。

 けれど、彼女はたぶん、何かを感じ取っている。

 アレン自身が見ないようにしている何かを。

 

「……お、大げさなんだよ」

 

 アレンは目を逸らした。

 

「別に悪いことしてねぇだろ。村も助けた。魔物も倒した。

 畑仕事だって、分身を使っただけで誰かに迷惑かけたわけじゃない」

 

「ガレンは怒っていた」

 

「あれは爺ちゃんが厳しいだけだ」

 

 アレンは荷物を担ぎ直した。

 

「力を手に入れたんだ。使い方を試すのは当然だろ。俺は今まで何もできなかったんだぞ」

 

 言ってから、自分の声が少し強くなっていることに気づいた。

 ナナティナは黙って聞いてる。

 

「子供のころ別の村に居た。そこに悪魔兵器が来て、村を焼いた。俺は何もできなかった。

 ウィッチに憧れても、男だから無理だって言われた。

 魔法なんか使えねぇ。戦える力もない。

 結局、俺は畑で鍬振ってるだけの平民だって、ずっと思ってた」

 

 アレンは拳を握った。

 

「でも、今は違う。俺にも力がある。村を守れる。悪魔兵器だって倒せる。だったら、少しくらい浮かれてもいいだろ」

 

「……」

 

「俺は、やっと手に入れたんだ」

 

 ナナティナは、しばらく何も言わなかった。

 ただ、静かにアレンを見ていた。

 そして、小さく呟く。

 

「……そうか」

 

 その声が、なぜか寂しそうに聞こえた。

 アレンは気まずくなり、わざと明るく笑った。

 

「まあ見てろって。俺はこれから、もっと上手くやる。力も使いこなして、村も守って、爺ちゃんにも認めさせて

 シェリー様もびっくりするくらいの男になってやるからよ」

 

「シェリーも驚かせたいのか」

 

「そこだけ拾うな」

 

「分かった。見ている」

 

 ナナティナは言った。

 

「アレン、お前がどこへ行くのか。ずっとそばで」

 

 アレンはその言葉の意味を、深く考えなかった。

 

     β

 

 その夜。

 アレンが家へ戻ると、ガレンが待っていた。

 居間の空気が重い。

 ナナティナも何かを察したのか、アレンの腕から離れる。

 

「アレン」

 

「何だよ、爺ちゃん」

 

「ウィッチ軍が来た」

 

「……ああ、調査か」

 

「ウォーカー型が倒れた場所を調べたそうだ」

 

 ガレンの目が鋭くなる。

 

「残骸がなかったらしい」

 

 アレンは眉をひそめた。

 

「え、あの残骸が?」

 

「ああ」

 

「いや、だって倒れてただろ。俺が……いや、その、見知らぬウィッチが倒した後、確かにあそこに」

 

「なくなっていた」

 

 ガレンは低く言った。

 

「大型の悪魔兵器が、一晩で消えた。ウィッチ軍は警戒を強めている」

 

 アレンの胸の中から、浮ついた気分が少しずつ引いていった。

 

 倒した。

 終わった。

 そう思っていた。

 だが、終わっていなかったのかもしれない。

 

「……誰かが持っていったのか?」

 

「分からん。だが、普通ではない」

 

 ガレンはアレンを見据えた。

 

「お前が倒したウォーカー型は、ただの残骸ではなかったのかもしれん」

 

 ナナティナが、微かに表情を変えた。

 

「アレン」

 

「何だ」

 

「今、再び感じるようになった」

 

「……なに?」

 

「消えたと思った。だが、この前と同じ、嫌な感覚だ」

 

 アレンは黙った。

 頭の中に、倒れたウォーカー型の姿が浮かぶ。

 赤黒い光。

 黒い煙。

 そして、あの巨体が消えたという事実。

 

 どこへ。

 

 誰が。

 

 何のために。

 

 答えは出ない。

 

 だが、ひとつだけ確かなことがある。

 アレンが手に入れた力は、彼が思っているほど単純なものではない。

 

 悪魔兵器を一撃で倒せる。

 

 山を削るほどの威力を持つ。

 

 それは誇れる力であると同時に、誰かに知られれば狙われる力でもある。

 そして、敵がそれを知ったなら。

 村を守ったはずの一撃が、次の災いを呼ぶかもしれない。

 

「……」

 

 アレンは拳を握った。

 けれど、その胸の奥にはまだ、完全には消えない高揚が残っていた。

 不安だ。

 

 それでも、自分には力がある。

 

 今度は何が来ても、自分が倒せばいい。

 そう思ってしまう自分がいる。

 

 ナナティナは、そんなアレンを見ていた。

 

 白い瞳の奥に、寂しさと不安を滲ませながら。

 外では、夜風が麦の刈り跡を撫でていた。

 イギー村は静かだった。

 だが、その静けさの外側で。

 

 何かが、確かに動き始めていた。

 

      β

 

 暗闇の中で、赤黒い光が明滅していた。

 それは心臓の鼓動に似ていた。

 

 だが、そこに命はない。

 

 あるのは、砕けた装甲の残骸。

 焼け焦げた金属片。

 白い光に撃ち抜かれ、原形を失ったウォーカー型悪魔兵器の骸。

 その中心で、デモンコアだけが、まだ死にきれずにいた。

 

『……損傷率、甚大』

 

『駆動脚、全損』

 

『主砲、消失』

 

『外装、再構築不能』

 

 壊れた思考が、途切れ途切れに状況を読み上げる。

 

 動けない。

 

 撃てない。

 

 立てない。

 

 命令を実行できない。

 それは、兵器としての死に等しかった。

 けれど、デモンコアは停止しなかった。

 

 停止できなかった。

 

 灼かれた痛みが残っている。

 白い光に貫かれた瞬間の恐怖が、内部に焼きついている。

 倒れた屈辱が、赤黒い魔力を濁らせている。

 そして。

 

 あの男の顔が、壊れた記録の中で何度も再生されていた。

 

 白い魔導服。

 白い髪。

 こちらを撃ち抜いた光。

 

 命令ではない。

 

 敵性反応でもない。

 ただ、その存在だけが、デモンコアの奥に刻まれていく。

 

『……敵』

 

 違う。

 

『……排除対象』

 

 違う。

 

『……破壊命令』

 

 違う。

 

 もっと深いもの。

 もっと黒いもの。

 もっと熱く、濁り、腐ったもの。

 デモンコアの内部で、ひび割れた思考が軋む。

 

 痛い。

 

 怖い。

 

 許せない。

 

 壊された。

 

 倒された。

 

 負けた。

 

 その感情が、悪魔の魔力と混ざり合う。

 赤黒い光が、強く脈打った。

 残骸の中で、細い金属線が蠢く。

 砕けた装甲片が引き寄せられる。

 焼けた脚部の破片が、軋みながら再接続される。

 

 完全な再生ではない。

 

 元の姿には戻れない。

 

 だが、それでいい。

 動けばいい。

 撃てればいい。

 あの男の前に、もう一度立てればいい。

 

『再構築……開始』

 

『欠損部位……代替』

 

『戦闘記録……保存』

 

『敗北原因……解析』

 

 デモンコアの奥で、何かが笑った。

 

 それは機械の音ではなかった。

 人間の声でもなかった。

 

 心を喰われた何かが、まだ形を失わずに残している、歪んだ憎悪の音だった。

 

 暗闇の中、赤黒い光が一度だけ大きく膨れ上がる。

 壊れたウォーカー型の残骸が、ぎちり、と動いた。

 

『ア……』

 

 音声機構は壊れている。

 それでも、声のようなものが漏れた。

 

『ア……レ……』

 

 記録の中の男。

 

 白い光。

 

 敗北。

 

 屈辱。

 

 憎しみ。

 

 それらすべてが、ひとつの名前へ収束していく。

 

『ア……レ……ン……』

 

 デモンコアは、その名を刻んだ。

 命令ではなく。

 任務でもなく。

 復讐として。

 

 夜の底で、死に損なった悪魔兵器が再起動を始めた。

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