産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「おぉ」
高そうな絵。壁にかかったモンスターの頭。埃一つない掃除の行き届いた室内。廊下に敷かれた柔らかそうなカーペット。
外観を見た時に「豪邸だ」と思ったヒロトの感想が全く損なわれることがない、想像通りの内装にヒロトはキョロキョロと周囲を見回した。
「ジンってちゃんとお金持ちだったんだね」
「俺じゃなくて、親父がな。ダンジョンは儲かるんだ」
ヒロトの前を歩くジンは、いつもの学校の制服姿だ。前から思っていたが、ジンは服を着崩したりしない。キッチリと着こなしている。
思えばそういうところに育ちの良さは出ていたのかもしれない。
ミミックに食われてるシーンのインパクトが強くて気づかなかった。
「まさか、ジンのお家にお呼ばれするなんてね」
放課後。
ヒロトはジンと一緒に、ジンの実家……二階堂家にやって来ていた。
流石はダンジョンマスターの家ということもあって、なんと庭にメイドさんがいた。メイドさんだ。あの夢にまで見た。
おばさんだったけど。
寮暮らしのヒロには考えられない別世界。こうしてお家の広さを見せつけられると、ジンって凄かったんだなぁと今更ながらに痛感。
「ヒロ、ちゃんと設定は頭に入ってるよな?」
「うん。私はプリムノヴァに助けられたことがあって、連絡先を知ってる。それで本人に確認を取ったら、代表の話を受けてもいい……って、どうしたの?」
前を歩くジンが立ち止まり、ヒロトを振り向く。
その目がヒロトの頭からつま先までを眺めて、もにょもにょと口元を動かす。
「いや、なんていうか」
「うん?」
「……ただ助けられただけの一般人、にしては」
ヒロトは自分の格好を見下ろす。
真っ白でリボンとフリルが可愛いノースリーブワンピースに、白いパンプス。手にはクロシェ編みハンドバッグ。
無造作な印象を与えないように、髪は三つ編みにして肩から下げている。メイクは目立たないようナチュラルに。
三つ編みもメイクも最初は苦戦したが、今は慣れたものだ。
ジンからの要望で、「派手すぎなければいい」と言われたのでこういう格好で来たのだが。
「なんか変?」
「変っていうか……」
「??」
「……クソッ、こいつのポテンシャルを舐めてた」
意味がわからん。
「いいか? くれぐれも一般人らしく振る舞え。何ならあんま喋るな」
「言われなくても一般人だけど?」
「お前みたいな一般人が……ああっ、もういいや。行くぞ」
髪をぐしゃぐしゃにして再び前を歩き出すジン。
その背後に小走りで近寄ると、腕を伸ばして手櫛でジンの髪を整える。
「せっかくセットしたのに〜」
「……ヒロ、お前マジでそういうとこだぞ」
「へ」
「そういうこと、親父の前でやんなよ。絶対勘違いされる」
勘違い……?
「親父はいつも仕事で忙しくて家にいない。けど、事あるごとに電話してきてウザいんだよ。今日だって、連れてくのが女だって言ったら……はぁ……」
「な、なんか色々大変だね?」
ヒロトにはよく分からないが。
親がいたのは、ずいぶん昔の話だ。
「ここだ」
そうこうしている間に、目的の部屋の前に着いた。
扉には“執務室”のプレートが掛けられてある。
「親父、入るぞ」
ジンがノックを3回。
中から「どうぞ」とダンディな声が聞こえて扉を開ける。
「行くぞ」
「し、失礼します」
躊躇なく前を歩くジンに続いて部屋の中に入ると、まず目に入るのは壁に埋め込まれた大きな棚と、棚の中でガラス越しに並ぶいくつものトロフィー、表彰状、記念写真。
やっぱりお金持ちってこういう棚持ってるんだなぁ……と軽い感動。
「ジン。家の中とはいえ、来客がいる時はいつも敬語を使いなさい……と……」
そして部屋の奥。大きな窓を背にして書類が積まれた机に座っているのは、灰色の髪をオールバックに撫でつけた、整えられたヒゲがカッコいいおじ様。
確かに、どことなくジンと面影が似ているそのおじ様が顔を上げて、鋭い眼光をこちらに向ける。
「は、初めまして」
と同時に目が合い、なんとか挨拶。
初対面の相手。強面のおじ様……それでも、何度も練習した通りに挨拶だけはなんとか終えて。
これ以上はもう無理、とジンに「要救助」の視線を送ろうとして……。
「ジン、結婚しなさい」
「え」
脈絡もなくおじ様がそう言って。
ジンが天を仰いだ。
*
「初めまして、お嬢さん。二階堂誠也と申します。カワサキダンジョンのダンジョンマスターを務めております」
「お、大森ヒロです」
おじ様……誠也さんの予想外の一撃にヒロトとジンが揃ってフリーズして、その衝撃からなんとか抜け出したあと。
ヒロトは誠也さんに、若干の罪悪感を感じながら偽名を名乗った。
大森ヒロ。
ヒロトが女性として過ごす上でこれから使う偽名だ。
それにしても小林→大森は安直すぎない? とジンに意見を求めたところ。
“お前を見て男の小林と結びつける奴はまずいないから安心しろ”……とのことだった。
いいのか、そんなガバガバ理論で。
ジンって普通に話してれば頭いいんだなってわかるけど、たまにバカになるから困る。
「……親父。さっきの“挨拶”はどういうつもりだよ」
挨拶が終わると、ジンが嫌そうな顔でさっきの台詞に言及する。
良かった、ジンがいてくれて。
ヒロトだけじゃ絶対に切り込めなかった。
「言葉通りだが? 女の子を連れてくるというから、どんな子かと思えば物凄く可愛い子じゃないか。他の男に取られる前に結婚してしまいなさい」
「……ヒロはそういうんじゃねぇよ」
ジンが怖い声でそう言って凄む。
対人経験が壊滅してるヒロトでも、すごく怒ってるっぽいことだけはわかった。
「そうか……ヒロさんと言ったね。君の方はどうなんだね? 息子とはどういう関係なのかな?」
「アッ、エトッ、ハイ、スゥゥ……ジンクントハ、オトモダチデェ……」
「どうしたお前」
突然話しかけられて盛大にバグったヒロトにジンが突っ込む。
「だ、だって初めての人だし……! しかもジンのお父さんなんて、どうやって話せば……!」
「……あぁ、そういやお前、コミュ障だっけ。忘れてたわ」
手をわたわたさせて慌てるヒロトに、ジンがため息を吐く。
「すまない。私が急かしすぎたね。まずは落ち着けるように、茶でも淹れよう」
ヒロトの慌てぶりにも誠也さんは笑顔で、部屋の真ん中に机を挟んで向き合うように置かれたソファーに座るように促してくれた。
ふかふかの感触に思わず感動の声が漏れそうになるのを抑える。
「ジンは緑茶だろう。ヒロさんは、何か飲みたいものはあるかな?」
「あっ、緑茶でダイジョブデス」
「わかった」
誠也さんが机の上の急須を手に取り、棚の中から取り出した高そうな湯呑みに緑茶を注いでくれる。
「いただきます」
湯呑みを手に取り、舌を火傷しないように少しだけ口に運ぶ。
「んっ……美味しい」
「良かった。雑誌ではプリムノヴァは紅茶しか飲まないと書かれていたが、やはりあの手のゴシップは信用ならんね」
「え? 私、紅茶なんて殆ど……」
「ヒロ」
「? なに、ジン……あっ!?」
「……」
ジンに呼びかけられたことで、ようやく気づき。
慌てて自分の口を塞いだ。
「……クソッ」
ジンが苦虫を噛み潰したような顔。
「……」
「なるほど」
誠也さんはジンの顔を見て呟くと、両手を組んで身を乗り出した。
「まだまだだな、ジン。その反応は肯定と同じだ」
「……いつ気づいた?」
「最初からだ」
ジンが気まずそうに顔を逸らした。
誠也さんはさっき、確かに言った。
私を指して“プリムノヴァ”と。
そしてヒロトは、まんまと受け答えしてしまったのだ。
「タイミングが出来すぎているからな。元より疑っていた。そもそも、お前な……」
チラ、と私に向けられる視線。
「こんなに綺麗に着飾った女性を“一般人です”は無理がある」
「だと思ったよ!」
ジンが観念したように両手を振り上げ。
話について行けず呆然とするヒロトに、誠也さんが苦笑していた。