産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった   作:ぷに凝

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26 Welcome to Under floor

 暗い、昏い。

 

 暗闇の中を、ただひたすらに落ちていく。

 

「──!」

 

 声にならない悲鳴がヒロトの喉を揺らす。

 

 このまま落ち続けるのはまずい、という確信と。

 

 体を叩きつける浮遊感に思考がまとまらない。

 

 だからヒロトは、咄嗟に今自分の腕の中にあるものを探った。

 

 右腕に抱えているのは黒髪の女の子。博多瀬奈。

 

 左腕に抱えているのは金髪の男の子。神谷光。

 

 このどちらかを手放して、空いた手でどこかを掴むなんてあり得ない。

 

 ……ふと、右腕に何かを握っていることに気づいた。

 

「プリマ、スター、ロッド……!」

 

 魔法少女の杖。プリマスターロッド。

 

 ヒロトは反射的に杖を掲げ、魔力を練った。

 

 体を浮かせる風魔法も、着地の衝撃を和らげる水魔法もヒロトには使えない。炎や土なんてもっての外だ。

 

 ヒロトに使えるのは、暗闇でこそ活きる闇魔法だけだ。

 

「“シャドウチェイン”!」

 

 魔力を解き放つ。

 

 杖の先から、ジャラジャラジャラ──と金属室な音を立てて、真っ黒な鎖が飛び出して伸びていく。

 

「ダメだ」

 

 しかし、伸びた鎖は取っ掛かりを掴めない。

 

 周りに鎖を引っ掛けられるようなものがないんだ。

 

 そもそも、仮にどこかに引っかかったとしても、ヒロトに加えて子ども二人分の重量。それも自由落下の勢いがついていれば支えきれない。

 

 もっと、そもそもこの落下速度を軽減できるようなものじゃないと。

 

「! そうだ」

 

 魔力を収斂し、解放する。

 

 闇魔法は浮遊したり、空を飛んだりすることはできない。それは風魔法の専売特許だ。

 

「“ダークウィング”!」

 

 しかし、下から噴き上げる風を受けるための翼を作ることはできる。

 

 バサッと風を受け、漆黒の翼が広がった。

 

 より強く風を受けられるように、大きく翼を広げる。

 

 自由落下のスピードは、徐々に落ち着いてヒロトの体が滑空を始めた。

 

「ふぅ……」

 

 ホッと一息ついて一安心。

 

 ともかく、まずは周囲の状況の確認だ。

 

 床が抜けたなら、下の階層に落ちたはず。一体どこまで……。

 

「……あ」

 

 そして眼下を見下ろして、気づく。

 

 ──真っ暗な夜色に覆われた、常闇の森がそこに広がっていたことに。

 

 元いた場所と比べても、遥かに広大なその空間は、まさにダンジョンの中に息づいた一つの生態系。

 

 ダンジョンは、奥へ奥へと潜るほどにその広さも、環境の多様性も、モンスターの強さも、指数関数的に上昇していく。

 

 人間の手に制御し切れるのはせいぜい19層までの浅い階層まで。

 

 そこより先は、文字通り未開の地。

 

「……“深層”」

 

 誰もまだ到達したことがない、ダンジョンの胃袋。

 

 迷宮が持つ本物の悪意が在る場所。

 

 カワサキダンジョンの深層に、ヒロトたちは到達していた。

 

 

 翼をはためかせて、速度を調整しながら滑空する。

 

 不思議な魔法少女の力でも、足場もなく空から落ちるだけの状況をなんとかするのは難しい。

 

 それを何とかしてくれたのはスキルではなく、確かな技術で作られた装備だった。

 

「おかげで助かったよ、ヒカルくん」

 

 腕の中で気絶しているヒカルくんに礼を言う。

 

 ヒカルくんとハカセは、落下中に二人とも気絶してしまった。

 

 あれだけ大変な状況だったんだから無理もない。

 

「でも、まずいよなぁ……」

 

 暗闇に覆われた周囲を見渡し、状況の悪さに眉を寄せる。

 

「深層って、どうやって戻ればいいんだろ……」

 

 深層。

 

 巨大な樹木が風で揺れて不気味な音を立て、見たことのない赤い月が空を照らし、森の中には魔力の光がぽつぽつと見えて、遠くからは獣の咆哮。

 

 ダンジョンそのものが生態系を構築し、一種の自然環境が成立するようになった階層を一般的にそう言う。

 

 単なる通路と広い部屋の連続でしかなかったダンジョンの内部が複雑化してモンスターも強力になり、冒険者を阻むのだ。

 

 一般的には、こうした傾向が顕著に見られるのは30層以降。早い場合では25層からその片鱗を見せるダンジョンもあるが、それでもまだ20層のフロアボスを討伐していないカワサキダンジョンで到達できる環境じゃない。

 

 つまりヒロトは、本来入れないはずの階層に迷い込んでしまったのだ。

 

「やばすぎる……」

 

 その事実にげんなりする。

 

 単純に、未知の階層だから何が起きるかわからないというのもそうだが。

 

 進入経路が今回のような偶発的な事故である場合、救助に期待することができない。

 

 なにせ、今頃ヒロトたちが落ちてきた穴はダンジョンの“自己修復”機能によって塞がっているだろうから。

 

「ジン……」

 

 フロアボスが倒されていない以上、深層から上層に戻るのは絶望的だ。

 

 頼みの綱は、上層で状況を把握しているジンだけ。

 

「大丈夫かなぁ」

 

 ただ、ヒロトとしては。

 

 上層に一人で残されてしまったジンが、ドジを踏んでいないかが心配なのだった。

 

 ともかく、こっちも油断はできない状況だ。

 

 まずは安全な場所に着地しないと……

 

「ん、んぅ……?」

「あ、起きた」

「ここは……って、えぇ!?」

 

 どこに着地しようかと吟味していると、腕に抱えていたハカセが起きた。

 

「一体どうなってるのですか……!?」

「動かないでね。今離すと危ないから」

「プ、プリムノヴァ……やっぱり、さっきのあれは夢じゃなかったです……?」

 

 ハカセは自分が空中にいることに驚いたが、ヒロトの姿を見ると徐々に落ち着きを取り戻した。

 

「……ここはどこなんです? こんな広くて暗い階層があるなんて、聞いたことないのです」

「深層だよ。私たち、床をぶち抜いて落っこちちゃったんだ」

「……床を」

 

 ハカセは呟いて、肩を落とした。

 

「……ワタのせいなのです」

「うん?」

「ワタがモンスターをやっつけようとして……余計なことをしたのです。そのせいで、あんなことになったのです。みんなも、先生も、ひーくんも……ワタのせいで……」

 

 落ち込んだ声色で話すハカセ。

 

 そんなことない、とは言えなかった。実際、ハカセのしたことは非常に危険なことだったし、運が悪ければ二人とも死んでいた。

 

 子供でも才能があれば魔法は使える。

 

「魔法は便利だけど、使い方を間違えればもの凄く危険なものだって、学校で習わなかった?」

「……習ったのです」

「どうして危険なのか、よく分かったでしょ」

「……はい」

 

 顔を背けて小さく返事するハカセ。

 

 ヒロトはそれを聞くと、うんと頷いて言った。

 

「じゃ、反省してもう同じことはしないこと! 話はこれで終わりね」

「え……」

「ちょっと待ってて。今、いい感じのとこに降りるから」

 

 ハカセが呆気に取られたような表情でヒロトを見る。

 

「あ、あの」

「ん〜?」

「怒らないの、ですか」

「怒って欲しいの?」

「い、いや……でも……」

 

 ごにょごにょとなにかを言おうとする。

 

「ワタのせいで……プリムノヴァ、巻き込まれたですよね……? ひーくんも……」

「巻き込まれたっていうか、飛び込まないと二人とも危なかったからね」

「あ……!」

 

 もう片方の脇に抱えているヒカルくんを見せる。

 

 苦しそうに息をしているが、彼が無事なのを確認したハカセは、目を見開き、安心したように息を吐いた。

 

「ひーくん、よかったのです……」

「この子には後で謝ってあげな? そうすればきっと許してくれるよ」

「……はいっ」

 

 ハカセが涙ぐみながら頷く。

 

「その、プリムノヴァ」

「ん?」

「ごめんなさい。あと……ありがとう、ございます」

 

 辿々しく、謝罪と感謝を口にするハカセ。

 

 いい子だなぁ。

 

 ヒロトが小学生の頃なんて、恥ずかしくてありがとうなんて素直に言えなかった。

 

 失敗しちゃった後なら尚更。

 

 失敗を認めて、謝れて、感謝ができて。

 

 それだけできれば、このくらいの歳の子としては十分だ。

 

「どういたしまして。あとは私に任せてね」

 

 さて、ハカセは言うべきことを言った。

 

 今度はヒロトが自分の役割を果たす番だ。

 

 森が切り開かれ、小高い丘となっている一角に向けて、ヒロトは硬度を下げていった。

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